その意図は、出資法の上限金利(グレーゾーンの金利)の引き下げに伴う利益逸失を、利息制限法の上限金利の一部引き上げてカバーしようとするものです。まさに業界の利益を守ろうとするもの以外の何ものでもありません。しかも、引き上げられる10万〜50万円の区分は個人の利用が多い区分であり、また100万〜500万円の区分は商工ローンとして自営業などでニーズの多い区分であることは言うまでもありません。サラ金問題が依然として深刻な社会問題を引き起こしている現状を考えれば、このような実質的な金利の引き上げに繋がる法改正は断じて認めることはできません。
4、貸金業の思惑と言い分
それでは、なぜ貸金業界はこの低金利時代に高金利貸付を展開しようとしているのでしょうか。業界の主張をまとめると次のようになります。
第1は、本来、金利は貸し手と借り手の間の需給関係や信用度などによって決まるものであり、国家が上限金利を決めることは市場メカニズムを無視したものだとする考えです。現に、宮城県の貸金業団体は、内閣府の構造改革特区推進室に、上限金利の規制をはずす特区の申請を行ないました。高い金利でも借りる人がいるのであれば、これに対応する自由な市場を形成すべきだという主張ですが、近代国家は自由放任によって生ずる様々な経済的混乱を回避するために、市場をコントロールする経済・財政・租税政策や関連する強制法規をもって経済活動の秩序を保ってきました。また、それによって国民経済は発展してきたわけです。そして金利の誘導あるいは金利の抑制も重要な政策の一つであったわけです。金利は自由だ、金利は資金の需給に任せればよいという考えは、この経済原則を全く無視したものです。
第2に、貸金業界は、これまで銀行が軽視してきた小口の貸付については自分たちが開発したビジネスモデルであり、何としても、この高収益経営システムを維持・発展させたいという強い動機があります。確かに、庶民が少額の借金をして当座の資金不足を補いたいというニーズに応えたという点で、クレジット・サラ金業界の功績はありますが、今日に至るまで一部の消費者が悲惨な状況に追い込まれている実態を考えると、今回の問題となっている高金利や信用調査の面などでこのビジネスモデル自体に大きな問題が内在していると言わざるを得ません。
第3に、金利を引き下げると信用調査がより厳密になり、多くの消費者がサラ金から見放されヤミ金融に流れ、問題がより深刻化するという主張です。確かにそのような現象が一部で起こることは予想されますが、ヤミ金融は明らかに非合法活動であり、これは金融行政の問題と言うより警察による取り締まりの問題です。大きな悪を許さないために小さな悪は見逃すべきだ、という論理は近代社会においては容認されません。青少年が暴力団に入っていかないために暴走族程度は許しても良いではないか、という論理は一般的にも受け入れられないはずです。また、2000年6月に出資法上限金利を40.004%から29.2%に引き上げた際には大きな混乱もなく、逆に貸し出しは大幅に増え、業界は大きなビジネスチャンスを得たという事実も銘記すべきです。
5、サラ金問題は政府の責任
さて、この貸出金利の上限引き下げに関する法案調整の動きについて指摘できることは、まず、この大きな社会問題が小手先の対応だけで、実質的には長年にわたり放置され続けてきたことです。これは、まさに政府・与党の怠慢とも言うべきものです。とくに貸金業側は利息制限法ではなく、政府の施策によって温存されてきた出資法上の上限金利を利用して、より高い金利でお金を貸し続けてきたという事実は問題視しなければなりません。この特異なビジネスモデルが存続してきた背景には、銀行と一緒になって自民党に圧力をかける貸金業界(全国貸金業政治連盟)のロビー活動があるわけです。そのほか、業界への天下りの実態もあり、まさに政・官・業の癒着構造が依然として機能している実態が読み取れます。
私たちは、こういった実態の裏で、悲惨な目にあっている債務者のことを忘れてはなりません。善良な市民や勤労者が、高金利の怖さを知らずに、ちょっとした動機でサラ金からお金を借り、払わなくてもよい出資法上の上限金利のために返済に行き詰まり、その結果、多重債務に陥るわけですが、やはりサラ金問題の基本は高金利問題にあると言ってよいでしょう。
現在、労働組合も労働者福祉協議会を通じて、特例措置の撤廃、利息制限法の実質的な金利引き上げ策の撤回をめざす運動を繰り広げています。また、民主党も「ノンバンクPT」を設置してこの問題の対策を練っています。具体的には、金利の引き上げを認めず、みなし弁済規定は廃止し、日掛け特例については廃止するよう求め、国民の皆さんの声を反映させながらサラ金問題の解決に全力で対応していく方針です。