1、成人年齢の18歳に引き下げは妥当か
2月13日、鳩山法務大臣は 現在20歳の成人年齢を引き下げる是非について法制審議会に諮問しました。
今回の諮問は、昨年5月14日に成立した憲法改正の手続きを定めた「国民投票法」がきっかけになっています。この法律をめぐっては、「護憲」対「改憲」、あるいは「憲法第9条」をめぐり国論を二分する大論争がありましたが、民主党が主張した投票年齢の18歳への引き下げが決まりました。
しかし、「国民投票法」第3条では、投票権者を18歳以上の日本国民としたものの、附則3条で「この法律が施行されるまでの間に、年齢満18年以上20年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう、選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法、成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」と暫定措置を設けました。
政府は、法律成立後、「年齢条項の見直しに関する検討委員会」を設置し、昨年11月に計191本の関連法を検討する方針を決め、そして今回、法制審議会における本格的議論になったわけです。
明治29年に民法が制定されて以降、110年以上変わらなかった成人年齢の引き下げ問題について、民法学者だけでなく、社会学者、大企業・中小企業経営者、消費者団体、家庭裁判所、高校教師などの代表が「若年者の精神的成熟度と若年者の保護のあり方」の観点からその是非を議論することになっています。国民投票法の2010年5月18日に施行に向け、法制審議会での審議は1年程度が予定されています。
2、18歳投票権と政治教育の現状
国民投票法に関連して成人年齢をめぐる法整備を行うことも重要ですが、選挙年齢を引き下げる際に最も重視しなければならないことは、青少年がきちんとした政治的判断が下せるよう教育環境を整えることです。
今回の国民投票法に続き、将来、国・地方議員を選出する選挙においても18歳選挙権が実現するでしょうか、誕生日を迎える高校3年生や中学を卒業してすでに納税している18歳以上の青年労働者がきちんとした政治選択ができるようその能力を付与していくことが重要です。政治状況や政策に関する情報、議会制民主主義に関する知識や民主主義発展の歴史、そして何よりも政党や政治家が打ち出す政治理念や政策について理解する力と判断する力を青少年に付与することが緊急の課題であると考えます。
(写真:国政選挙への投票を呼びかける都道府県の選管ポスター)
(1)我が国の青少年の政治意識
近年、我が国における選挙の投票率は低下傾向にあり、中でも20歳代の投票率は30%を切る状況になっています。特に政治的な対立点や政策的論点が明確でないときなどは、著しく投票率は下がっていきます。
若者はなぜ選挙に行かないのでしょうか。研究機関などによる意識調査では、まず青年の保守化や政治への関心度の低下が指摘されています。青年や高校生に具体的な理由をさらに問いつめると、「政治や政治家が信用できない(26%)」、「支持できる政党がない(21%)」、「政治に関心がない(19%)」などが大きい理由にあげられています。これには、テレビの影響が大きいと分析する研究者もいます。青少年は一般的にテレビによって話題性の高い情報には敏感になっていますが、ワイドショーの司会者やタレント評論家などの言動に乗って、「政治家は信用できない」「だめな政治家は早くやめるべきだ」「政治家は勝手にしろ」のような政治と距離をとるような中高校生の比率が極めて高くなっていると指摘されています。政治家の資質で判断し、現実の政治問題や社会改革といったテーマから青少年を遠ざけてしまうマスコミの影響力は大きいと言えます。
このことに関連して言えば、政治家や政党の側も、青少年にむけてのアピールが不足していることが指摘されるでしょうし、青少年問題についても、いじめや不登校など限られた教育問題にしか政策を打ち出し得ない現状も反省すべきだと考えます。
(2)我が国の政治教育の現状

(写真:参議院での体験プログラム・・子どもたちが法案審議を体験)
我が国の青少年は、前述のように、政治そのものに関心が無いのみならず、政治の仕組みから、政治参加の意義などにも興味を示さない政治的無関心層が大部分であるというのが現状です。このことは、社会的・経済的な競争が一段と激化しているとか、幸せの追求が家族や小グループ単位に極小化しているといった社会全体の構造的な問題に起因していることも指摘されていますが、教育学者を中心にした研究では、根本的には中高校生に対する公的教育機関での政治教育の貧困に主要原因があると分析されています。
我が国の公的教育における政治教育の現状を見てみますと、小・中学校の「社会科(公民)」、高校では公民系の「現代社会」「政治・経済」「倫理」の教科があります。内容的には、民主主義の歴史・思想体系、選挙制度を含む具体的な議会制民主主義の制度・仕組み、地方自治、マスコミの役割などが教えられます。国会図書館から取り寄せた公民関係教科書を見ましても、実にバランスがとれていて、内容的にも非常にしっかりしています。しかし、教科書がどんなに立派であっても、一連の政治教育科目において、青少年が本当に民主主義政治体制の実態を見つめ、選挙における的確な政治選択ができる能力が備わるかどうかは不明です。
社会的知識や判断力などがつき始める高校段階にあっては、「現在社会」「政治・経済」「倫理」の各教科は大学入試センターの選択科目になっており、かなり高度な知識の取得が要求されています。これらの科目を選択する者にとっては、入学試験の準備段階で一定の政治知識を得ることができますが、これらの科目を選択しないもの、あるいは大学進学をしない者にとっては、高校における通常の中間・期末テストに間に合う程度の勉学にとどまるというのが現状ではないでしょうか。
18歳選挙権の実現を提言した「国民主役の新しい公職選挙法を考える会」は、法案可決後の平成19年6月4 日に「18歳選挙権の早期実現を求める緊急提言」を出しました。この中で「若者に対し統治主体としての自覚を促し、必要な知識と技能の習熟を進める『主権者教育』が不可欠であり、政府における一連の検討作業でもその取り組みを主要課題として位置づけるべきである。また、国民各界も、民主政治のインフラ構築の一環として『主権者教育』への責任を共有し、啓発活動を行い、国民的議論を喚起するための国民的組織を立ち上げるなどの積極的な取り組みを行うべきである」と訴えていますが、まったくその通りだと考えます。
青少年の政治意識を高揚させ、政治への参加意識を高めているためには、家庭・地域社会・そして公的教育機関において、青少年に社会的関わりを意識させることができる生活態度の養生が必要であると考えますが、我が国の現状からして、まず、公的教育機関による政治教育の充実が最優先して取り組まれなければならないと考えます。
現在、青少年の政治教育の推進を訴える団体やNPOの活動も徐々に高まってきており、また芝浦工業大学柏中学高等学校のように政治教育に先進的に取り組んでいる私立学校もありますが、公的教育機関において全国的な実践を行うことが求められます。まもなく、誕生日を迎える高校3年生から憲法改正のための国民投票の投票権をもつことになるわけですから、教育効果が表れるまで時間を考えますと対策は急を要するものとなっています。
3、海外の政治教育の事例から学ぶ<参考>
(1)選挙年齢に関する世界の潮流と我が国の政治教育の停滞
現在は、選挙権年齢は18歳というのが世界の潮流です。報道でも頻繁に紹介されていますが、国立国会図書館の調査では、世界185の国や地域で、18歳を基準にしているのが154カ国(83%)にのぼり、20歳を基準にしているのは、日本や台湾、モロッコ、カメルーンなど7カ国(4%)しかない、とされています。
選挙権の18歳への引き下げは、1960年代から各国に広がっていったとされています。その理由は、第一に、欧州などでは活発化した学生運動に対して、若い層を政治に取り込んでしまおうという意図があったこと。英国は1969年、学生運動の高揚を背景に21歳だった選挙権年齢と成人年齢をそろって18歳に引き下げました。また、旧西ドイツも同じ理由で、1970年に成人年齢(21歳)を据え置いたまま選挙権だけ18歳に引き下げ、その4年後に成人年齢を18歳にしたという経過があります。
第二の理由は、徴兵年齢を18歳にしている国において、若者に何らかの意思表明もさせようという意図があったため、とされています。
日本においては、60年・70年の学生運動は沈静化し、また徴兵制度もないため、とくに選挙年齢を引き下げようとする力は働かなかったと言えるでしょう。しかし、若者の意見を政治に反映させるべきだとの意見は近年ますます強まっています。とくに年金制度など、高齢化社会によって高齢者向けの政治的利益配分が行われれば、当然、若者にしわ寄せがいきます。そこで、若者が政策決定プロセスに積極的に関わり、世代間の利害調整をはかっていく必要性が高まってきたのです。
また、日本における政治教育の歴史は、戦後、イデオロギー的な対立があったため、憲法改正問題や外交防衛問題をはじめ、政治的な見解が分かれる課題が授業で扱われず、また、70年安保闘争における高校生の政治行動についても教育界は抑制策をとったという経過があります。結果的に、政治教育は基本的な知識の提供という程度にとどまり、社会現象を理解し、政治的な判断能力や政治参加への意欲を養うような教育は行われてきませんでした。このような、実際の政治とは距離をおいた政治教育そのものが、青少年の消極的な選挙行動になって現れたとも言えるでしょう。
次に、参考のために、主要国における公的教育機関の政治教育の概略を紹介します。
(2)ドイツにおける政治教育
ドイツにおける青少年の政治教育の事例はかなり参考になるものと思います。ドイツでは州ごとに、中等教育段階から「政治教育」の教科が設けられています。その目標は、@政治問題への関心を高める、A政治の世界で語られる言葉について理解力を高める、Bその理解力に基づいて政治的な選択において合理的な判断が能力をつける、C政治に参加する能力を身につけること――に置いています。この目標ベースに考えられる個別のカリキュラムが組まれているわけですが、とくに注目すべき点は、連邦と州に設置されている政府直轄の「政治教育センター」です。民間団体を支援しながら中高生を「有権者」とした選挙を模したジュニア選挙などが実施されています。
(3)アメリカにおける政治教育
アメリカの高校は、州ごとに教科が決められますが、一般には社会の3単位に、アメリカ政治学0.5単位、経済学0.5単位が含まれています。すでに18歳選挙権が実現されているアメリカの高校においては、政治的態度の形成、あるいは政治的な物の見方の形成を意識した政治教育の実践が行われています。教育研究者は、これを「政治的社会化」と称し、「個人が政治に関連した態度形成・行動様式を学習するプロセス」として規定しています。高校における政治教育は、高校生が在学中にも与えられる選挙権の行使を前提に、極めて実践的に進められていると言えるでしょう。また、18歳になると、住んでいる自治体に「民主党員」「共和党員」「インディペンデント(いずれも党も支持しない)」のいずれかを選択して有権者登録をしなければならないことも、政治をより身近なものにしています。
一般的に、中・高等教育における政治教育の教科書は、@政治的知識の付与、A政治的行動についての訓練、B政治的志向性の獲得――の3点を目標に編集されています。これは日本の高校の公民系教科書と基本的には変わりませんが、日本と大きく違うのは、まず教科書の中味であり、アメリカの教科書は質・量ともに非常に豊かであることが指摘されています。さらに、政治関連の本を読む宿題が多く出され、それにもとづき授業において徹底した討論が行われます。高校生は日常的に、新聞の政治面や経済面を見ることが求められているわけです。
さらに、政治科目の授業の一貫として模擬選挙が実施されることも注目すべきです。有名大学も高校生を招聘して模擬選挙を実施するところもあるそうですが、模擬選挙は、選択に必要な判断材料を豊かにし、投票そのものへの積極的意識と能力を育てることに大きな効果があることが実証されています。
(4)イギリスにおける政治教育
イギリスは2006年に選挙法を改正し、18歳選挙権に加え、立候補できる年齢である被選挙権を21歳から18歳に下げました。これは若者に政治への関心を持ってもらうための措置であり、併せて青少年の政治教育をいかに充実させるかが政治的要請事項の一つとなっています。この選挙年齢の引き下げを前に、イギリスでは、1988年の教育改革法成立以降、社会科系の教科に「シチズンシップ教育(citizenship education)」が加えられることになり、2002年8月からキーステージ3(12歳〜14歳)とキーステージ4(15歳〜16歳)においてこの教科が必修となりました。直訳すれば「市民教育」ですが、「市民性を育む」「市民としての必要な資質を身につける教育」、つまり「公民の資質を養う」きわめて実践的教科となっています。
それまで、イギリスにおいては、日本と同様に、学校における政治教育は政治的論争が持ち込まれ、政治的中立のあり方が問われるということで慎重な対応が行われてきましたが、2002年に、ようやく教育改革に一貫として、この「シチズンシップ教育」が実践されるようになったのです。その目標は、「青少年が、参加型民主主義を理解・実践するために必要な知識・スキル・価値観を身につけ、行動的な市民になるように育成すること」にあります。具体的には、@「コミュニティとの関わり」の育成、A「社会的・倫理的責任」の育成、B「ポリティカル・リテラシー(政治的教養)」の育成などで、各学校は独自のカリキュラムを組んだり、他の教科に組み込んだり、学校行事に併せてこの「シチズンシップ教育」を実践していることが報告されています。
(5)参考になるイギリスの模擬選挙
イギリスにおける「シチズンシップ教育」において最も注目されるのは、「模擬選挙」の実践です。これは、日本においても非常に参考になると思われます。
イギリスの各高校においては、学校行事として校内で「模擬選挙」が、まさに本物の選挙のように行われています。生徒たちは、設定された投票日の1ヵ月以上前から政党を組織し、候補者を擁立する。そして政策選挙の中心となる「マニュフェスト」を自分達で作る。その政策では、教育問題や治安問題、北アイルランド問題、EUとの関係、社会保障、防衛、憲法、雇用、税金などに言及し、まさに現実の選挙の論点を網羅しているのです。そして高校生は実際に校内で政策を説明する個別訪問活動や公開討論会を実施するなど、本物の選挙運動と同じ運動を展開するのです。
こういった高校生や大学生が行う模擬選挙において注目されるのは、労働党や保守党といった政党が「模擬選挙パック」を作って、政策情報や選挙の戦い方、手続きなどを指南している点であります。また、イギリスのマスコミも、こういった模擬選挙の関心を高めるために、どこかで行われている模擬選挙を取材して報道するなどの努力をしています。
イギリスの高校における政治教育のダイナミズムはこの「模擬選挙」に集約されるわけですが、とくかく、自分たちで政党を組織し、候補者を決め、政策を勉強し、選挙運動も実行するという体験は、政治の制度や現実的政策を学ぶだけでなく、民主主義のプロセスや社会や国家に対する意識を持たせ、政治に参加する意義と喜びを認識させることに繋がるものだと考えます。まさに、実践的に楽しく学べる政治教育が行われているわけで、我が国としても、この事例を大いに参考にしながら、青少年の政治教育の実践と、今後の国政・地方選挙における選挙権・被選挙権の引き下げのための運動を展開していく必要があると考えます。
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