政策レポート

2014年12月 8日

トマ・ピケティの『21世紀の資本』の読み方

1.我が国の格差拡大の問題

 今日、我が国において、「格差拡大の問題」が大きく取り上げられています。個人間の所得格差や資産格差、大都市と地方との間の地域間格差、あるいは産業・業種・企業間の収益力格差など、様々な格差が指摘されていますが、その中には社会的にも経済的にも不公平・不平等を作り出しているものもあります。

 とくに我が国では、所得格差が拡大しており、現役世代においても年収200万円以下の新たな貧困層が増え、大きな社会的問題となっています。その背景には、パートタイマー・アルバイト・派遣労働者・契約社員・嘱託社員などの非正規雇用労働者の増加、あるいは正規雇用であっても低賃金のためにワーキング・プアになっている労働者の増加があります。

 貧困層の増大は、生活苦に陥ること、病院にも行けなくなること、社会的に孤立化することなど当事者の問題のみならず、とくに貧困家庭の子ども達がその影響をまともに受けることになります。栄養摂取のアンバランス、給食費の支払い不能、学力の低下、進学の断念など、学校の対応では限界を超えた状況に陥っています。このことにより、貧困が次の世代にも継承され、社会的格差の固定化をもたらします。今こそ、あらゆる政策手段を使って、格差の拡大と固定化を防ぎ、公正・公平な社会をつくっていかなければなりません。

 我が国おいて、格差が生じ、拡大している要因については様々な分析があります。一般的には、①1991年からのバブル崩壊による長期の不況と経済のグローバル化によって賃金コストの引き下げ圧力が強まったこと、②2004年の小泉政権における製造業への労働者派遣解禁などを契機に一挙に非正規雇用が増加し始めたこと、③不況と人口減と高齢化によって特に地域経済が疲弊してきたこと、④国民年金の制度と運営の問題から、無年金や低年金の老人が増加していること――などが挙げられます。

 これらの要因のうち、雇用の場における所得格差や身分的格差の拡大が、今後、我が国の社会・経済に深刻な影響をもたらすのではないかと懸念します。所得格差は、次に資産格差をより拡大させ、じわじわと社会の2極化が進み、そして中間層が失われることによって経済・社会は大きな悪影響を被ることになります。社会に格差が存在するのは当然だ、という考えもありますが、過度な格差は社会の不安定要因となるのみならず、非正規雇用労働者や貧困層の増大は、生存権を保障する公的支援のための国民負担をますます増大させ、また出生率を低下させて国力そのものが弱体化するという大きな問題を孕んでいるのです。

 

2.ピケティ教授の格差の分析

 格差拡大の問題は、日本のみならず、欧米やアジアにおいても大きな政治的・政策的なテーマになっています。このような状況のもとで、先進国の格差問題に関し、欧米や日本の過去300年にわたる税務データを収集して所得と富の分配を分析し、その要因と歴史的な経過と処方箋を明らかにしたのが、フランスの経済学者のトマ・ピケティ教授です。その著著『21世紀の資本』が、今年4月に英訳されると一挙に欧米でベストセラーとなりました。最近は中国でも翻訳され、日本では12月9日に翻訳本が出版される予定です。

 この著書に関する論評・報道などから、格差問題の本質を突くピケティ教授の分析と格差問題への対処法について以下、要約して説明します。

   欧州における格差拡大のメカニズムは、それぞれの世帯が所有する資産額に大きな格差があること、そしてこの資産格差が所得格差を生み、それがまた資産格差を拡大させるというものである。具体的には、「資本収益率」(株式や不動産投資などにおける利回り)が、1914年から1970年までの期間を除き、常に「経済成長率」(賃金の伸び率とほぼ同一)を上回り、このことにより、持てる者はより資産・所得を増やし、持てない者との間の格差が拡大していった、ということである。ちなみに、18世紀以降では、「資本収益率」は平均して5%、「経済成長率」は1~2%であった。欧州では、第1次世界大戦から1970年代までは格差は一旦縮小したが、1980年以降は再び拡大し、格差が拡大していた100年前の状態に近づいている。
 
   欧州に対し、米国ではトップの企業経営者や金融の専門家が高額の所得を得ることで所得格差が生まれている。保有している資産から得られる財産所得だけではなく、経営能力によって格差が生じている側面がある。そして米国では、2012年段階で所得が最上位の1%の人たちが全体の所得に占める割合は19.3%までになっている。
 
   1980年頃から先進諸国では、世の中の賃金や所得の分配に対する規範的な考え方が変わってきた。一つは、所得税の最高税率を引き下げる動きである。ちなみに、日本では1970年ころは所得税の最高税率は75%であったが、1999年以降は40%程度にまで引き下げられた。また、1980年代以降の先進諸国では、経済活動の自由を高める様々な規制緩和、官営企業の民営化、労働組合の弱体化政策、金融政策を重視するサッチャリズムやレーガノミクスが実施され、格差の解消より経済成長率を高める方策が優先された。そして、ピケティ教授は、「先進国では、長期的・趨勢(すうせい)的に労働分配率が低下し、資本への分配率が上昇していること」「資本の分配率上昇の恩恵をより大きく享受しているのは、中間層ではなく富裕層である」ということを指摘している。
 
   この富の偏在について、2010年代のヨーロッパでは富裕層のトップ10%が富全体の60%を占め、逆に下位50%が占める富の割合は概ね5%未満になり、アメリカでは上位10%が富の72%を占め、下位50%が占める割合は僅か2%に過ぎない、と試算している。
 
   格差拡大と固定化を防ぐ政策としては、高額所得者や高額資産保有者に対する累進的課税を行う必要がある。具体的には、年0.3%~10%の資本課税、年間所得50万ドル(5,000万円)以上に対して80%程度の税金をグローバルに取り立てるグローバル累進課税の導入、租税回避を防ぐための国際金融機関のデータ共有などを提唱している。

 

3.格差是正のための政策のあり方

  ピケティ教授は、「資本・所得倍数(ストックである資本をフローの所得で割った比率)が上昇して資本主義が先鋭化しても、それ以上に経済全体のパイが成長すれば労働者は報われるはずである」という考えに対して、データを示して、資産保有者と労働者の所得格差がますます拡がっていることを解明しました。また、資本に対する税制が低下する一方で、経済成長率が低下していることも格差拡大を誘導していることを指摘しています。とくにIT(情報技術)の発達で労働者の「生産財」として相対的価値が低下し、一方で資本収益率が守られる優遇措置により、現代資本主義は宿命的に格差を生み出す構図にあることを明らかにしたわけです。

  この格差拡大を防止するためには、政府が積極的に市場をコントロールする必要があります。ピケティ教授は、資産や高額所得に対する累進課税、あるいは資産格差の是正という視点から、相続への重い課税などを提唱していますが、我が国としても、これまでの所得再分配政策や雇用政策を検証しながら、ピケティ教授の提言について具体化に検討すべきだと考えます。

  今日、我が国の政府・与党は法人税減税の方針を打ち出し、また租税特別措置法の維持、株式や投信など個人の資産運用への優遇措置など講じていますが、企業や資産家の資産増大に大きく寄与するだけに、このような政策のあり方についても格差の視点から再検討していく必要があるでしょう。

  我が国においては、近年、労働分配率が低下し続け、労働者の賃金水準は低迷したままで、ワーキング・プアも増加しています。その結果として、生活することが困難な労働者が増え、消費の低迷が続き、経済全体の足を引っ張っている状況にあります。いまこそ、給与水準と最低賃金の水準を引き上げ、また非正規雇用労働者については、「同一価値労働・同一賃金」を保障する制度設計をしていく必要があります。

  ピケティ教授の分析と提言を念頭に、格差の拡大・格差の固定化を防止する視点からも、まずは労働・雇用政策の抜本的見直しをはかっていかなければならないと考えます。

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