政策レポート

2014年6月27日

「ものづくり白書」と今後の産業政策のあり方

  平成25年度の「ものづくり基盤技術の振興施策」(以下、「ものづくり白書」と略記)が6月6日に閣議決定され、国会に提出されました。以下、白書の主な主張点とこれに対するコメントをまとめてみました。

1、アベノミクスへの評価の問題

  今回の「ものづくり白書」は、まず、景気回復の中でアベノミクスが我が国製造業に与えた影響について分析しています。その基本的なスタンスは、「異次元」の金融緩和政策による円安誘導と株価の上昇によって輸出環境が改善され、企業収益が増大した、あるいはベアの実施企業の拡大など、アベノミクスについて概ね製造業に好影響を与えたと高く評価しています。

【コメント】製造業の回復基調と円安傾向は、2012年第4四半期、つまり民主党から自民・公明への政権交代の前からその流れは出ており、アベノミクスの経済効果については、海外の経済動向や金融政策の直接的効果、さらには景気循環の実態の検証を含め、総合的な立場にたって評価すべきだと考えます。とくに、賃上げに関しては、依然として実質賃金がマイナスである状況、あるいは税・保険料負担の増加による可処分所得の落ち込みという状況も踏まえ、「生活実感」をも重視した判断が求められます。

 

2、製造業を取り巻く課題との役割

  一方、白書は現時点における製造業を取り巻く情勢と課題にも言及しています。過去最大の貿易赤字による経常収支の黒字縮小の問題を取り上げ、その要因として、原油・天然ガスをはじめとする原材料の輸入価格の上昇や、生産拠点の海外移転が進んでいることなどを挙げ、円安下においても輸出が回復しにくいという点を指摘しています。

  また、この貿易赤字問題については、これまでの輸出を支えてきた「自動車、電機機器、一般機械」の輸出が伸び悩んできていることを問題視しています。とりわけ、「電機機器」は2005年の黒字の7.1兆円が2013年には1.7兆円に大幅に縮小したわけですが、これは携帯電話と太陽光発電パネルの輸入増によることが主要因になっています。

<図1 貿易収支の推移>

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【コメント】我が国の電気機器産業がおかれた状況は大変に厳しいものがあり、白書の言うとおり、明らかに製品別の競争力の変化が生じています。今後は、高度な製品企画・開発力の強化、あるいは市場開拓の努力や良質なサービス提供など、言わば「経営力」そのものが大きく問われています。一方、政府としても、これらのものづくり産業に対する研究開発投資への様々な支援、ベンチャー企業の育成、さらにはイノベーションを担う人材の育成について真剣に対応していかなければならないと考えます。

 

3、生産拠点の海外移転と回帰現象

  生産拠点の海外移転では、白書は、とくにアジアにおいて自動車産業での低価格帯の小型車の海外移転が進んでいる状況を指摘しています。このことが、円安が直ちに輸出増に繋がらない状況を作っているわけですが、今後は、現地生産による付加価値をいかに多く国内に還元させるかなど、システムづくりを含め輸出力の強化策を強調しています。白書は、具体的に国内製造業は一人当たりの生産性を高め、付加価値の高い製品を生産していくことが重要であると結論づけています。これに伴い、海外拠点の拡大にともなう国内拠点の役割変化そのものを注視し、戦略的な経営を展開することが重要だとしています。

<図2 海外現地生産比率の推移>

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  一方、海外の人件費上昇などを背景に、一部に生産拠点の国内回帰の兆候についても、具体的事例を挙げながら言及しています。今後は、国内拠点は高付加価値品の開発・生産、一方、海外拠点は汎用品の開発・生産といった国際分業の流れが必要であるとし、国内拠点に関しては、①人とロボットなどの最先端設備との最適な棲み分け、②国内産業集積の厚みの活用、③最先端の研究開発機能との隣接性、④顧客の多様なニーズに対する短納期対応――というように、国内・国外の使い分けの重要性を強調しています。

【コメント】国内需要が高齢少子化、人口減のもとで制約されつつある中、海外の大きな市場に近い所で生産することのメリットは当然重視されるべきです。一方で、白書が国内回帰の兆候も見逃さず、国外・国内双方の使い分けを提言しているところは、「的を得た」ものであると言えますが、国内回帰を含む国内投資促進のためには、エネルギー、工業用水、港湾・空港などの産業インフラの整備が不可欠であり、さらに租税、行政手続きをはじめとする制度的な環境整備が必要になることは言うまでもありません。

 

4、国内投資促進のための環境整備

  白書は、国内投資の拡大、国内拠点を高度化するための周辺整備が必要であるとしています。これまで、経済団体は、経済活性化のための制約要因として、「円高」「高い法人税率」「自由貿易協定への対応の遅れ」「製造業の労働規制」「環境規制」「電力不足」の六重苦を強調し、政府に政策的対応を求めてきました。そして今日、輸出産業にとって最も大きな制約課題であった円高が解消されましたが、残りの課題の克服は、安倍政権が「成長戦略」の主要政策項目の一部になっています。

【コメント】規制緩和に関しては、「労働」、「環境」といった分野は社会的規制が不可欠なものであり、投資促進のみが優先されるとは限りません。世界各国においても、新自由主義的な規制緩和政策を優先したことで、想定しなかった様々な弊害が出てきた歴史もあります。労働者の諸権利を犠牲にしたり、環境破壊を生む可能性もある規制緩和によって外国企業の国内投資を促進したとしても、国全体としては決してプラスにならないことを明記すべきだと考えます。とくに労働については、労働基準の国際的な標準化をはかることによってイコールフッティングの状況を作ることが大事だと考えます。また、成長戦略にとっては、勤労国民の購買力を引き上げ、内需を拡大することが最も効率的で実効性ある政策であると考えます。

 

5、輸出の担い手の育成

  ドイツでは、中小企業が輸出に大きく貢献しており、さらに、特定分野で高い世界シェア(占有率)を持つ中小企業を新しい輸出の担い手として育てる取り組みを提言しています。我が国においても、今後、中小企業の輸出力を高めていく必要がありますが、白書は、「新しい輸出の担い手の育成」、「グローバル需要の取り込み、経常収支維持のための海外収益還元促進」として、グローバルニッチトップ企業やベンチャー企業の育成に言及しています。

  ちなみに、グローバルニッチトップ企業は、その特徴として、①特定分野で高い世界シェアを持っている(平均59.6%)、②高い収益性を維持している(平均10.7%―一般的な製造業では平均2.9%)、③特許などの知的財産を戦略的に活用できる戦略性をもっている。④高い海外売上比率など国際性をもっている(平均45.1%)――を挙げています。これらの企業は、国内拠点を基本としており、また地域経済の支え手にもなっています。

【コメント】政府や自治体としても、これら期待される企業群に対し、産学の連携、人材育成、資金調達、知的財産の保護などで積極的に支援していく必要があると考えます。但し、グローバルニッチトップ企業といっても、実際は対象となる企業は限られたものであり、経済全体への貢献度についても明らかではありません。むしろ、これらの企業より市場のシェアや収益率が低くとも、将来性のある優良企業の経営力を高める政策を展開する方が有効であると考えます。

 

6、モジュール化とサプライチェーンの構造変化

  今回の「ものづくり白書」は、「稼げるビジネスモデルの構築」に重点をおいて言及しています。すでに、国際的にものづくり産業におけるビジネスモデルのパラダイムシフトが生じており、具体的には、①3Dプリンターなどのデジタルものづくり、②モジュール化などサプライチェーンの構造変化などをとりあげています。これにより、試作期間の短縮や複雑な造形物の形成など、まさに「稼げる」ビジネスモデルができるというわけです。

  とくに自動車産業に見られるモジュール化は、グローバルな競争が激化する中で、「車種の多様化」と「コスト削減」を両立させ、また電子部品比率を高めることにより、我が国メーカーが優位に立つことができます。しかも、非モジュール化領域においては、我が国メーカーは得意の「摺り合わせ」の強みを発揮し、技術革新を促すことができます。白書は、各企業もモジュール化のメリットとデメリットを見極め、その領域を上手く使い分け、競争力を強化していくべきだと強調しています。このことに関連してサプライチェーンの構造変化も生じてきますが、大企業は我が国製造業の特徴である「中小・中堅企業の厚み」を生かしたサプライチェーンの構築を、また中小企業についてはオープンな企業間連携の促進、脱下請け・自立化を訴えています。

<図3 3Dプリンタ普及の影響に対する認識>

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【コメント】「稼げるビジネスモデルの構築」を支える産業政策としては、知的財産戦略の支援や産業集積、積極的な中小企業支援策など、ある程度、限られたものにならざるを得ません。とくに部品メーカーとしては、モジュール化はアジア諸国の製造業の攻勢を許すことになり、先手をとった事業連携、企業合併、技術力の向上、積極的な海外進出などをはかっていかなければなりません。今後、サプライチェーンの構造変化を、国内での雇用創出に結びつけ、部品メーカーの経営をより高度化させる産業政策の在り方を検討する必要があると考えます。

 

7、ものづくりと人材活用

  少子高齢化の中での人材難を見据え、白書は、国際競争力のある人材を幅広く育成していく必要があることを強調しています。そして、人材育成の課題として、「管理職層や中堅層のマネジメント能力やレベルアップの必要性」「M&Aにかかわるビジョンや戦略の策定、事業の推進ができる人材の確保」「海外で活躍できる人材・海外適応力の高い人材の拡大」などを挙げています。

  また、今後、生産年齢人口が大きく減少していく中で、女性、高齢者を積極活用する必要性について、業務の標準化や職場環境の整備などについて先進的事例を挙げながら課題を指摘しています。

【コメント】ものづくり人材の育成に関する最も大きな課題は、平成不況以降、我が国の職業能力開発をささえてきた企業内職業訓練が縮小したことに対し、これをいかに取り戻すかということにあります。また、管理職候補者への能力向上や国際的人材の育成は、一般的には企業内教育の領域に入りますが、国際的人材育成は、外国語の習得をはじめ子どもの時からの対応が重要であり、学校教育の改革が必要となってくると考えます。一方、高齢者や女性の活用については、雇用法制の整備とともに、働く女性に配慮した社会保障制度の見直しや、ライフワークバランスを実現する様々な政策を実行する必要があります。政府としても、これらの法改正を含む制度改定のタイムスケジュールを作成し、それを着実に実行していく戦略が必要になってくると考えます。