政策レポート

2015年3月19日

所得格差の捉え方と格差是正策のあり方

  今日、格差問題・貧困問題が大きく取り上げられています。すでに、この問題に関し、本ホームページにおいてトマ・ピケティーの「21世紀の資本」に関するレポートを掲載しました。その後、民主党は2月3日に「共生社会創造本部」を立ち上げ、格差や差別のない共生社会を作るための方針作りの作業に入り、現在、有識者や関係者などから格差・貧困問題に関するヒアリングを行っています。民主党としては、今年の秋には政策要求や党としての活動方針を出す予定ですが、これらのヒアリングの中から、参考となるデータや識者の知見を紹介し、あらためて格差の現状をどのように捉え、また格差是正に向けた取り組みの重要性について考えてみたいと思います。

1.格差と経済成長の関係

(1)OECDの政策・調査レポート

  昨年12月に経済協力開発機構(Organization for Economic Co-operation and Development以下、「OECD」と表記)が発表した「格差と成長との関係」に関する政策・調査レポートは、国際的にも注目されるレポートとなりましたが、格差が拡大している日本においても、この問題を考える際に大いに参考になるものと考えます。

  OECDは、先進工業国34ヵ国で構成される国際機関で、先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、①経済成長、②貿易自由化、③途上国支援の三つを目的に活動しています。とくに各国のデータを集めて分析し、それぞれの加盟国や先進国首脳会議などに対し、経済・社会政策に関する勧告・提言を行うなど、極めて高い調査・政策立案能力を有するシンクタンク的機能をも持った国際機関です。ちなみに、パリに置かれたOECD本部事務局は、直属スタッフの他、加盟各国の政府や諸機関から派遣された人材が業務に当たっており、労働組合団体と経営者団体から様々な意見を聞くことも制度化しています。労働組合の方では、連合も加盟している「OECD-TUAC(労組諮問委員会)」が設置されており、経済政策や雇用政策などの個別の政策に関する専門家会議への参加の他、先進国首脳会議やOECD閣僚会議など国際的に大きな影響力をもつ国際会議の場に労働組合としての意見反映を行なう場として機能しています。

  さて、OECDの分析は、結論を言うと「所得格差は、統計的にもその後の中期的な成長に悪影響を及ぼす」というものです。具体的には、「OECD諸国における過去20年間の<ジニ係数>が平均して3ポイント上昇した一方で、経済成長率は25年間にわたり毎年0.35%ずつ押し下げられ、25年間の累積的なGDP減少率は8.5%となった」と分析しています。

(2)ジニ係数とは

    <ジニ係数>は、経済活動の成果である国全体の所得が各世帯にどのように配分されているのかを示す統計学の数字で、0から1の間の数字で表されます。この係数は<ローレンツ曲線>から導かれます。<ローレンツ曲線>とは、横軸に世帯の累積比、縦軸に所得の累積比をとり、所得の低い方から順番に並べて世帯間の所得分布をグラフ化したものです。全世帯の所得が同じという完全平等であるなら<ローレンツ曲線>は均等分布(45度)線と一致します。一方、世帯間の所得に差がありその差が大きければ大きいほど<ローレンツ曲線>は下方により大きく膨らんだ形になります(図1)。

ローレンツ曲線.jpg
図1 ローレンツ曲線

  <ジニ係数>は、この45度線と<ローレンツ曲線>の弧で囲まれる面積と、直角二等辺三角形の面積との比で、0に近いと所得格差は小さく、1に近いと所得格差が大きいということになります。

  <ジニ係数>は、その国において、所得の分布状況がどのようになっているのかをみることができます。例えば、ある二つの国の一人当たりの国民所得が同じだったとしても、実際の所得格差の実態は様々であり、この場合、<ジニ係数>を用いて比較すれば二つの国の格差の度合いの違いが分かります。一方、<ジニ係数>が同じだったとしても、<ローレンツ曲線>の曲がり具合によって二国間の格差の質が違ってくることにも留意する必要があります。 

(3)格差が経済成長に与える影響と対策

  OECDは、「所得格差は、統計的にもその後の中期的な成長に悪影響を及ぼす」という結論を出しましたが、<ジニ係数>の増減と経済成長率の相関関係を国別に推計したのが次の図2です。

  推計によれば、格差拡大が過去20年間の経済成長率を10%以上押し下げた国はメキシコとニュージーランドです。また、イタリア、英国、米国では所得格差が拡大していなければ累積成長率は6~9%高くなるとしています。日本も、ほぼこの範疇に入ります。他方、スペイン、フランス、アイルランドは格差が縮小し、その分1人当たりのGDPの増加に寄与したと分析しています。

OECD_格差と成長.jpg
図2 格差変動のその後の累積的成長に対する影響(推計)

  これら各国を対象にした分析において、「ある国の所得格差が拡大すれば経済成長は抑制され、格差を是正すれば経済成長は活性化される」との結果が得られたわけですが、OECDはその理由を次のように分析しています。

  「格差拡大が成長に及ぼす最大の要因は、貧困層の増大によって人的資源の蓄積が阻害されることにある。つまり低所得者の子ども達が教育機会を失うことによって、その社会における技能開発が阻害されることが成長のマイナス要因になる」というものです。

  格差があっても、社会的流動性(低所得の家庭で育った子どもでも、ミドルクラスやそれ以上の社会経済地位を獲得するチャンスがある社会の状況)が低下しなければ社会全体が活性化し発展する可能性もあるのですが、現在は、先進工業国において格差はより拡大し、貧困などが世代を越えて固定化している状況にあります。このことが成長に大きなマイナスの影響を与えているというわけです。また、OECDは、貧困または人口の最下位10%の所得層のみならず、とくに下位40%の所得層の動向が成長のマイナスに大きく影響していると分析しています。

  この点において、OECDは社会政策として、①貧困層への現金移転施策、②質の高い教育・訓練の実施、③保健医療などの公共サービスへのアクセス拡大――など、機会均等化を進めるための施策に対する社会的投資の拡大策を提言しています。

  併せて、OECDは、これら「租税政策や所得移転政策による再配分政策の強化は、経済成長を損なわない」ということをデータを用いて強調しています。民主党政権の時にあった「所得再配分政策と成長政策との間のトレードオフの関係」との批判は、データ的にも間違った説であったことが明らかにされたのです。

2.「貧困削減率」と政策のあり方

(1)「貧困削減率」と「相対的貧困率」

  格差問題と格差解消政策、あるいは所得再分配政策のあり方を考える際に、参考となるデータの一つが「貧困削減率(poverty reduction rate)」です。「貧困削減率」とは、相対的貧困層にある世帯の所得が政府の所得移転(手当、年金など)によって可処分所得が増え、その結果どの程度貧困率が下がったかを表す数字です。つまり、政府が実施する租税政策、社会保障政策、さらには教育支援施策などにおける所得再分配機能がどの程度、有効であるかを問う数字です。

  まず、「相対的貧困」「相対的貧困率」という貧困の捉え方ですが、国内の所得格差の実態把握や、国際比較をする上で有効な指標となっています。

  「相対的貧困」とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分に満たない世帯員を指し、全国民における割合を示すものが「相対的貧困率」です。最新データである2007年の「国民生活基礎調査」では、日本の2006年の等価可処分所得の中央値は254万円で、その半分の127万円未満が相対的貧困者となります。世帯人数毎に表せば、単身者では手取り所得が127万円以下、2人世帯では180万円以下、3人世帯では224万円以下の場合は相対的貧困者となります。また、厚生労働省の統計によれば、平成24年の我が国の相対的貧困率は16.1%となり、近年、とくに子供の貧困率の上昇が続いています。

相対的貧困率の推移.jpg
図3 相対的貧困率の推移

(2)所得再配分機能の強化を

  さて、「貧困削減率」については、民主党の「共生社会創造本部」において、東京大学の大沢真理教授がいくつかの特徴や課題を指摘されました。第1に、国際的に比較すると日本の「貧困削減率」は公的年金制度の成熟などを反映して急激に上向いてきたが、ヨーロッパ諸国に比べれば依然として低位にあること。第2に、現役世帯では全員が就業すると社会保険などの負担面が大きくなり「貧困削減率」はマイナスになること。第3に、「貧困削減率」を上げる政策としては貧困層が多い一人親世帯への支援(子ども手当、負の税額控除など)が効果的であること。

  以上のことから、我が国の所得再分配の政策は有効・公平に機能しているとは言えず、今後の政策の変更の検討が必要であると考えます。とくに勤労や資産運用などで得る所得が少ない高齢者世帯では、年金給付は多額の所得移転をもたらし「貧困削減率」を大きく引き上げるものとなりますが、貧困世帯で国民年金や国民健康保険に加入する人は、定額的な高い保険料を納めることで可処分所得が大きく減り、「貧困削減率」をマイナスにしてしまいます。一方、我が国においては所得税の最高税率が低く抑えられていること、社会保険料算定の基礎となる標準報酬月額に上限・下限があることなども所得再配分機能を弱めている要因となっています。

  大沢教授は、本来であれば所得の再分配機能を果たすべき日本の社会保障制度は、高所得者には優しく低所得者ほど厳しくなるという逆進性を持つことを指摘されました。確かに、国民年金や国民健康保険に加入している非正規雇用労働者などは保険料負担に耐えられないために制度から脱落し、最低限の社会保障すら受けられなくなる状況に追い込まれている現状があり、民主党が主張した消費税を財源とする最低保障年金制度の導入など、社会保障制度の抜本的改革が求められます。

  OECDの分析は、所得再配分機能を重視した租税政策や所得移転政策は「適切な政策設計のもとで実施される限り、成長を阻害しない」ことを明かにしました。我が国としても、民主党政権時代の子ども手当や高校授業料無償化政策が家計の可処分所得を増やし「貧困削減率」を高めたという経過がありました。今後は、OECDの知見もふまえ、子供の貧困対策を最優先しながら、貧困家庭や生活保護にまで至らない生活困窮者に対する施策を一段と充実させていかなければなりません。