政策レポート

2015年7月16日

『ものづくり白書』と製造業の今後

  政府は6月に「平成26年度ものづくり基盤技術の振興施策」(「ものづくり白書」)を閣議決定し、国会に報告しました。「ものづくり白書」(以下、「白書」と略)は、毎年、経済産業省、厚生労働省、文部科学省が共同して作成するもので、今回は15回目の発行となります。

  「白書」は2部構成になっており、第1部は「第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」で経済産業省が担当、「第2章 良質な雇用を支えるものづくり人材の確保と育成」は厚生労働省が担当、そして「第3章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発」は文部科学省が担当しています。また、第2部は、「平成26年度においてものづくり基盤技術の振興に関して講じた施策」について紹介しています。

  本レポートは、主として、この第1部第1章「我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」について紹介・論評します。

1.製造業を取り巻く情勢について

   製造業を取り巻く景気や輸出入の状況などについて、「白書」は次のとおり説明しています。

①景気回復基調の中で企業業績は回復していること。今後は、経済の好循環の流れを加速させ投資をさらに活発化させる必要がある。
②依然として設備投資はリーマンショック前の水準に及んでいない。
③経常収支は、4年連続で黒字が縮小しているが、海外直接投資経常収支は輸出から投資で稼ぐ構造に変化している。また、貿易は天然ガスなど燃料輸入が増大し、一方で海外直接投資による収益が拡大している。但し、海外整備投資比率は頭打ちになっているが、グローバル最適地生産という基調は変わらず、今後とも企業の海外展開は続くであろう。
①景気回復基調の中で企業業績は回復していること。今後は、経済の好循環の流れを加速させ投資をさらに活発化させる必要がある。
  
②依然として設備投資はリーマンショック前の水準に及んでいない。
  
③経常収支は、4年連続で黒字が縮小しているが、海外直接投資経常収支は輸出から投資で稼ぐ構造に変化している。また、貿易は天然ガスなど燃料輸入が増大し、一方で海外直接投資による収益が拡大している。但し、海外整備投資比率は頭打ちになっているが、グローバル最適地生産という基調は変わらず、今後とも企業の海外展開は続くであろう。

  製造業を取り巻く情勢についての「白書」の分析は、現状を反映したものとなっていますが、現在の製造業の業績回復については、①円安を背景に輸出産業主導のもとで回復しているのであり、産業・業種間のバラツキが大きいこと、②国全体としては内需拡大をベースにした手堅いものにはなっていないことを銘記する必要があると考えます。

  このことを踏まえた慎重な設備投資計画の実行が求められますが、実態は業績の回復を受けて、国内工場の増強する動きは活発化しています。

  「白書」は、後でも述べるように、

  (ア)最新の生産技術を確立して海外に移す「マザー工場」化の推進

  (イ)老朽化した工場の設備更新投資

  (ウ)最新ロボットを導入し生産の自動化技術の開発や工場の省エネ化のための投資の活発化

――を挙げています。しかし、これらの投資は国際競争力を高め、ものづくり人材の有効活用に資するものとなりますが、一方で、真の技術継承に繋がっていく投資になるのかどうか、あるいは直接的な人員削減をもたらしはしないのか、検証していく必要があると考えます。

2.海外投資国内拠点の変化と収益率改善の必要性

   「白書」は、ものづくり産業の海外投資と国内投資に関わる最近の変化を捉え、製造業における資金計画について、徐々に国内設備投資に重点が置かれつつあることを指摘しています。とくに、主要生製造業738社を対象にしたアンケート調査によれば、過去2年間に約13%の100社の国内に生産拠点を戻したという回答について注視しています。

  その主な理由としては、

  ①「品質や納期など海外でのものづくり面で課題があったから」(34.4%)、

  ②「円高是正で、日本国内で生産しても採算が確保できるようになったから」(24.4%)

  ③「人件費の高騰などにより、海外の生産コストが上昇した」(24.4%)

などを挙げており、現在の状況からすれば、この傾向はさらに続くことが予想されます。

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  そして国内拠点については、①海外拠点との差異化を図るための拠点」と位置づける企業が多く、具体的には、新製品開発などの「イノベーション拠点」、海外工場のバックアップをする「マザー工場」、多品種少量生産・短期生産などに柔軟に対応できる「フレキシブル工場」などの役割を果たしているとしています。

  そして、「白書」は、この国内回帰現象の傾向を指摘しながらも、一方で、企業の海外現地生産比率の上昇や海外現地調達率の上昇傾向を捉え、企業に対しては、「国内に残す分野」と「海外で稼ぐ分野」を明確化する必要があるとしています。そして、国内は輸出競争力の強化をはかり、国外で稼ぐ分野は収益を還流させ、国内でイノベーションを生み出すリサイクルを作ることが重要としています。とくに自動車産業では、国内需要の低迷のもとで海外生産にシフトし、日本をマザー工場として位置づける方向にあるとしています。

  「白書」は、この国内と海外の棲み分けについて、化学産業と航空機産業についても具体的な事例を紹介していますが、多くの研究開発拠点を国内に残している傾向が依然としてある中で、製造業における研究開発費が減少傾向にあること、特に、「情報通信機器」や「電子部品等」の業種で減少していることを懸念しています。これらの産業における国内での研究開発投資の拡大に向け、政府としての新たな投資促進支援政策が必要になってきているものと考えます。

  一方、7月3日に閣議報告された「2015年度通商白書」は、日本企業が輸出や海外投資によって稼ぐ力を分析しています。これによると、売上高に対する営業利益率が10%以下の企業は日本企業の91%で、アメリカや欧州やアジアの他の国の企業に比べて多過ぎることを指摘しています。また、輸出全体を見ても、輸出量が増えている品目のシェアは日本が47%に止まっており、アメリカ(74%)、ドイツ(71%)、中国(79%)に比べ、数量拡大の面でも大きな問題を抱えていることを明らかにしています。

  「白書」では、「海外で稼ぐ分野を明確にすべきである」としており、事例として航空機産業を取り上げていますが、今後、海外市場の需要動向を見極めた「選択と集中」を基本とする研究開発が求められており、政府としても、収益率の高い商品を生み出すハイテク企業などへの積極的支援を行っていくことが重要であると考えます。

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3.ものづくり人材確保と地域振興

  「白書」は、多くの業種で「ものづくり」人材が減少していることを指摘しています。この背景には、団塊の世代の退職や若年者の減少があるでしょうが、「白書」は研究開発に携わる人材が増加傾向にあり、企業が求める人材に変化が生じていることも挙げています。

  一方で、ものづくりの人材不足を見据えた、シニア・ベテラン人材の活用や女性の活用という企業の取り組み状況も紹介していますが、とくに製造業における女性の就業率の低さから、今後、女性採用や女性の幹部登用の促進を提言しています。

  しかし、製造業のおける女性の活用においては、これまでは組み立てラインなど単純な作業に従事するケースが多かったわけですが、熟練技能工や研究開発に携わる技術者の養成については、学校教育段階からの中長期的な育成プランが必要であり、さらに家庭的責任も果たすことができる労働環境を整備することが重要になってきます。今後、各種の休暇・休業制度の充実をはじめとする法整備や、企業の女性活躍のために積極的な施策が求められます。

  また、「白書」は、ものづくり産業を振興する目的の一つとして、「地域における雇用の受け皿を作り」と「地域内調達による地域経済の貢献」ということを挙げています。そして、グローバル化が進む中で、特定の製品や技術に強みを持ち、世界で高いシェアと利益を確保している優良中堅企業である「グローバルニッチトップ(GNT)企業」の育成と「ものづくりベンチャーの創出」を重点課題に挙げています。

  しかし、GNT企業を発掘し育て、ベンチャーを育成していくためには、民間の自助努力では限界があります。政府は現在のところ「人材確保・育成」「製品開発・生産」「活躍舞台の国際化」の政策パッケージの活用を提案していますが、国の支援政策のみならず、自治体や大学・研究機関などの技術的・資金的支援が不可欠であることは言うまでもありません。

4.製造業の新たな展開

  ITの急速な技術革新が産業の様々な領域に影響しはじめており、「白書」は、データ収集、解析、処理というサイクルの中で製造業においても新たな付加価値が生み出され、国際的な競争領域の変化について注目しています。しかし、我が国製造業におけるIT利活用は、例えばビッグデータの活用という点だけでも米国より大きく見劣り、またIT技術者の分布状況も米国と比較して製造業では少ないことを指摘しています。

  すでに、国際的には、センサー技術の進歩やデータ蓄積のクラウドの普及等により、「モノ」をデータ化してインターネットにつなぐ「Internet of Things (IoT)」が製造業において実用化されつつあり、ドイツでは、この IoTを活用した製造業振興政策として2011年から「インダストリー4.0」が推進されています。とにかく、このIoTの強みは、企業や工場の内部をつなげ、市場ニーズに応じて柔軟な生産を行うスマート工場を作り、さらに企業間の壁を越えてつながることで、国内製造業の全体最適化を目指すというものですが、「白書」は、このIoTの活用による生産方式の革命を期待し、さらに我が国の強みである「ロボット戦略」をつなげていけば、我が国の製造業の新たな地平が切り開かれると展望しています。

  しかし、我が国は、官民挙げた政策の展開が出遅れており、IoTに関するベンチャー企業も少ない状況で、国際標準化への対応も遅れています。但し、政府や企業の担当者の間では、①「Japanブランド」というこれまでが築き上げられてきた信頼によって日本製が選ばれる可能性は依然として高いこと、②家電分野においては我が国のメーカの家電設計者の数は圧倒的に多く、IoTを導入すれば製品開発力をさらに強化することができること、③家電やハードウェアの工場がアジアに集中している状況のもとで、日本との時差が少ないことが情報収集や製品開発に有利になること、④日本人技術者の“こだわり”や“職人気質”は「プロトタイプ開発」において短期の開発に有利に働いたこと――などを指摘しています。

  IoT活用に関するこれまでの遅れを取り戻し、我が国の製造業がニーズの把握と迅速な開発に優位に立てるよう、関係者の努力を期待したいと思います。

5.ものづくり人材の確保と育成の課題

  ものづくり産業において、これまで「ものづくり人材」の果たしてきた役割は大きく、これは自社の強みに「高度な熟練技能を持っている」(33.8%)ことを挙げる企業が最も多いことに表れています。そして各企業は、「ものづくり人材」を定着させるために、「賃金水準の向上」や「能力を処遇に反映」など、処遇の改善の取り組みを行い、職場での教育訓練をはじめとする熟練技能伝承のための努力を続けてきました。一方で、教育訓練の課題としては、「育成を行う時間がない」(43.5%)、「若年ものづくり人材を十分に確保できない」(37.3%)などを挙げる企業も多く、今後は、ものづくりの魅力発信、女性技能者を含む職業訓練などについて国として、助成金の充実、技能検定の受検促進策などの必要性を「白書」は提言しています。

  なお、「ものづくり人材」の確保・育成の課題を論じる際に気になることは、製造業において、派遣労働者や契約社員など非正規雇用労働者が増えていることです。恐らく、多くの企業において派遣先企業は派遣労働者に十分な職業訓練を行っていないと思われますし、また逆に、重要な製造行程に外部の労働者を配置し、労働者自らによる改善・改良のインセンティブを削いでいる状況もあるかと思われます。前述のように、製造業の強みの一つは「熟練技能」を持っている労働者がいるということです。今後、我が国製造が強みを発揮し続けていくためにも、優秀な労働者を確保・育成していく労働政策を展開していく必要があります。非正規雇用労働者が製造現場で増え続けていくことは決してプラスにはならないと考えます。

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