政策レポート

2015年11月17日

TPP協定交渉の大筋合意をどのように評価するか

1.ようやく合意に至ったTPP

  2010年3月から始まった環太平洋経済連携協定(TPP協定)の交渉は、本年から最終的段階を迎えましたが、7月下旬にハワイで開催された閣僚会議では合意に至りませんでした。その後、交渉再開を求める声が強まる中で、ようやく9月30日、アトランタで交渉が再開されることになり、各国間の粘り強い折衝が行われた結果、会議日程を1日延長し、10月5日に大筋の合意にたどり着きました。合意に至る交渉期間は5年半、また日本が交渉に参加してからは約2年が費やされましたが、これにより、世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大な経済圏が誕生することになります。

  TPPの交渉はこれまで秘密裡に進められたこともあって、農業をはじめマイナスの影響を受けそうな産業や業界では、合意内容に対する不安や戸惑いが出ています。日本政府は、今回の合意は日本経済にとって大きなメリットとなると強調し、影響を受ける農業などに対しては、その支援策を含めた「政策大綱」を11月下旬に決定する方針です。

  政府は10月5日の大筋合意のあと、政府間において合意された内容の詳細な詰めと協定文や付属文書等のテキスト化に向けた交渉を継続しており、交渉結果や合意文書を順次発表し、関係省庁のホームページに公開しています。また、農業関係については、農水省が、10月29日に21品目別の「影響評価」を公表し、大きな反響を呼んでいますが、民主党としては、現在、「経済連携調査会」を随時開催して、政府の担当者などから、交渉の経過や具体的内容、影響などについて確認する作業を進めています。

  以下、TPPの合意内容と今後の対策のあり方について考えてみたいと思いまが、これまで公表された主な文書は、次のとおり公表されていますので、それぞれご参照下さい。

●環太平洋パートナーシップ協定の概要(内閣官房TPP政府対策本部)

  http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/10/151005_tpp_gaiyou_koushin.pdf

●TPPにおける関税交渉の結果(内閣官房TPP政府対策本部)

  http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/12/151020_tpp_kanzeikousyoukekka.pdf

●TPP協定の全章概要(日本政府作成、内閣官房TPP政府対策本部2015年11月5日発表)

  http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf

●TPP協定の全章概要・別添付属書等(内閣官房TPP政府対策本部2015年11月5日発表)

  http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_fuzokusyo.pdf

●TPP交渉参加国との交換文書概要(内閣官房TPP政府対策本部2015年11月5日発表)

  http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_koukan.pdf

●TPP農林水産物市場アクセス交渉の結果(農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/pdf/tpp_1.pdf

●TPP交渉 農林水産分野の大筋合意の概要・追加資料(農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/pdf/tpp_2.pdf

●TPP交渉 農林水産分野・関係追加資料 「1.日本以外の国の関税撤廃の状況」、「2.各国の 対日関税にする交渉結果」(農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/pdf/tpp3_1_2.pdf

●TPP市場アクセス交渉 「農産物の品目別の交渉結果概要」(農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/pdf/tpp3_3-1.pdf

●TPP「農林水産物品目別参考資料」(農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kanbo/tpp/pdf/151104_sankou.pdf

●TPP市場アクセス交渉「加工食品等の品目別交渉結果概要」(農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/pdf/tpp3_3-2.pdf

●TPP市場アクセス交渉「林産物の品目別交渉結果概要」(農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/pdf/tpp3_3-3.pdf

●TPP市場アクセス交渉 水産物の品目別交渉結果概要 (農林水産省)

  http://www.maff.go.jp/j/kokusai/tpp/pdf/tpp3_3-4.pdf

●環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)における工業製品関税に関する 大筋合意結果(経済産業省)

  http://www.meti.go.jp/press/2015/10/20151020002/20151020002-1.pdf

2.TPP合意の主な内容と農業への懸念

  今回の合意では、まず、関税に関する幅広い合意が行われました。日本に関しては、現在、9,018の貿易品目のうち、95%の8,675品目の輸入関税が撤廃されることになります。これにより、モノの貿易の自由化が一挙に進むことになります。さらに、今回の合意においては、このモノの関税のみならず、域内のサービスや投資、金融サービスなどについても自由化が進められ、また特許・商標や著作権などの知的財産の保護ルールの統一化も行われます。一般的には、日本のような大きな資本力や国際競争力のある製品開発技術、あるいは多くの知的財産を有する工業先進国は、市場開放によって企業活動の海外展開が一段と拡大し、経済を大きく活性化させるチャンスを得ることになります。

  では、これまで国論を二分し、国政選挙においても重要争点の一つとされてきたTPP交渉参加問題について、今回の合意内容はどのように評価がなされるべきでしょうか。結論的には、大筋合意から1ヵ月を経過した今日、国内の関係者、有識者、そして政党・国会議員の間では依然として賛否両論がぶつかり合っています。とくに慎重派からは批判が出ていることは当然ですが、TPP推進派からも一部、批判が出ているという状況です。

  まず慎重派・反対派は、従来から主張されてきたように、日本の農業が被るマイナスの影響を問題視しています。関税の撤廃・引き下げや輸入枠の拡大などにより、売上減や収益減などの実質的な被害を受ける可能性が大きいからです。

  我が国は、これまで国内の農林水産産業を守るために、2,328品目の農産物について関税をかけてきました。これが今回のTPPの合意によって、最終的に81%の品目で関税の撤廃が行われ、また関税が残されてもその引き下げが行われることになりました。具体的には、与党が「重要5品目」として自由化の対象にしないことを選挙公約した①コメ、②麦、③牛・豚肉、④乳製品、⑤甘味資源作物については、大枠として現行の制度は維持されることになりましたが、関税の引き下げや輸入枠の拡大が行われたのです。また交渉過程において一切明らかにされなかった、野菜・果物など多くの農作物や加工食品の関税撤廃などが行われることになりました。

  具体的には、農水省のホームページに掲載されていますが、全体として、関税対象の農林水産物2,328品目のうち、協定発効時で51.3%が関税ゼロとなり、また段階的に実施されるものを含めると最終的に81%が関税ゼロになりますので、その影響は小さくないと推測されます。例えば、農業県である長野県は、政府の試算を待たずに、専門家の協力を得て、TPPが県の農業・経済に与える影響について次のように試算しています。

  ①長野県の農林水産業の生産減少額の推定額は1,029億円

  ②農林水産業の生産減少による全産業の生産減少額の推定額は約1,884億円(波及倍率は1.83)

  ③勤労者に与える影響は、農林水産業で約3万9千人、全産業で約4万5千人の雇用減

  ④県民総生産(GDP)は約1,032億円の減少でGDPを1.29%押し下げ

  この試算は、長野県全体として受けるTPPのマイナス影響をかなり深刻なものとして捉えています。今日、多くの農家は、「どんなに良い作物を作っても、海外から安く農産物が輸入されれば、消費者はどうしても安い方に引っ張られていく」ことを実感していますから、TPPによって農林水産業における生産量が大きく減少するという試算も説得性をもってきます。もちろん、農産物の関税引き下げによって、消費者サイドは価格引き下げという恩恵を受けるという全体としてのメリットは出てきます。しかし、生産者サイドに焦点を当てれば、付加価値の高い農産物を生産する農家はさほどの影響は受けないでしょうが、長期的には離農者が増え、新規就農の停滞も起き、ひいては食糧自給率そのものも大きく低下していくという国家安全保障上の問題も出てくることになります。

  農業・酪農・牧畜などの産業比率が高い北海道においては、関係者の危機意識は一段と強いものがあり、今後の国と地方自治体の農水政策のあり方が大きく問われることになるでしょう。政府は、今後の農業について「攻めの農業」「強い農業」といった大規模農業の推進に力を入れようとしていますが、我が国の自給率の維持に実際に貢献しているのは小規模農家や中山間地域の農家です。これらの農家に対する支援施策が今後の焦点になってくるわけですが、一方で1993年ウルグアイ・ラウンドの時のようなバラマキ的政策(約6兆円)では国民的合意は得られません。いずれにせよ、政府・与党の責任において、実効性と効率的を重視した適確な農業支援策が推進されなければなりません。

3.TPPのプラス評価とものづくり

  TPPは、国家間のモノ・ヒト・カネの移動に関わる様々な障害・障壁を取り除き、それをもって域内全体の経済の活性化を図ろうとするものですから、資源を持たない貿易立国の日本としては、輸出を増やし、ビジネスチャンスを拡大していく絶好の機会となります。とくに、自動車産業のように域内で比較優位にある産業には大きくプラスに働きます。もちろん、日本の農業のように全体として比較劣位にある産業はマイナスの影響を受けますが、中長期的にみれば、我が国全体としては、TPPはプラスに作用するとものとして判断でしてよいでしょう。

  そこで、TPPをものづくり産業の視点から見ますと、まず、工業製品を輸出する場合は、相手国の関税が撤廃もしくは引き下げられますので、輸出量の拡大もしくは利益の増加が見込まれます。但し、この影響に関する試算は、現在政府の中で行われていますが、非常に難しいとされています。例えば、一つの工業製品の関税が撤廃されることになったとしても、製品の国際競争力は単に価格だけでなく、品質・納期の問題、あるいは他国の代替製品の存在やその国における非関税障壁の状況なども複雑に絡みますので、関税撤廃が直ちに売上げに繋がるとは限らないからです。

  いずれにせよ、ものづくり産業にとってTPPはプラスの影響を受けることは間違いないことですが、今回の合意においては、とくに自動車の貿易自由化に関しては大きな不満が残りました。とくにアメリカ向けの自動車の関税引き下げは、今回のTPP交渉では「攻め」の中心的課題でした。しかし交渉の結果は、アメリカが現在日本車に課している2.5%の関税は、15年間は現状が維持され、その後段階的に引き下げられ、完全撤廃は25年後とされたのです。また、トラックについては25%の関税について完全撤廃は30年後とされました。これは米韓FTAと比べても非常に不利な内容であり、日本の自動車輸入に対するアメリカの厳しい態度が貫かれました。しかもこの合意には、協定違反があった場合にはこの期間をさらに延長できるという日米間のルールが規定されているのです。まさにアメリカはアメリカの聖域を守ったということです。

  このように、自動車輸出の大きな市場であるアメリカとの交渉結果は期待はずれとなり、TPP推進派もこのことへの批判を強めています。但し、日本政府の交渉団は、自動車部品について輸出金額81%相当分の関税の即時撤廃と、「域内の部品や組み立ての付加価値の合計が55%以上なら関税を優遇する」という域内調達率の改善を勝ち取りましたし、ベトナムをはじめとするアジア・大洋州諸国における自動車の関税撤廃という合意結果を併せると、自動車部品業界を含めた自動車関連産業にとっては一定の評価ができるものと考えます。

  一方、関税問題の他にも、今回のTPP合意においては、様々なビジネス環境の整備についても方向性が示されました。とくに貿易ルールや投資ルールの整備により日本は大きなビジネスチャンスを得ることになります。例えば、これまで東南アジアの国々では金融機関などの外資の進出が厳しかったわけですが、コンビニやレストランの出店規制などとともに大幅な規制緩和が行われますし、公共事業など政府調達の参入についても規制緩和が行われ、我が国企業のインフラ輸出に拍車がかかるとされています。

  また、交渉段階からTPPの懸念材料として指摘されてきた輸入食料品の安全基準適用問題、郵貯などの政府系金融機関の扱いの問題、国民皆保険制度の廃止圧力の問題などは「現状維持」ということで決着しました。さらに、企業や投資家が国を相手取って非関税障壁などの問題を訴えることができる「ISDS条項」が乱発され、日本の安全や国益が損なわれるのでないかという懸念についても、「ISDS条項」は限定的なものであること、また日本にとっても必要な制度であるという認識に落ち着いています。

  これらの点についてもTPP交渉を評価する一因となっています。

4.今後の農業対策のあり方

  再び農業への影響の問題に戻りますが、TPPが農産物の価格引き下げや生産量の減少を引き起こし、当該作物を生産する農家は収入源などの影響を受けるので、TPPは受け入れがたいという主張があります。しかし、今回の合意は、基本的に農業分野では保護主義的色彩が強く残ったとの見解もあります。それは、関税撤廃率が他の11ヵ国は100%(8ヵ国)・99%(3ヵ国)であるのに対し、日本は農業関係の関税を維持したことによって95%に止まったことに表れています。具体的に「重要5品目」の取り扱いを見ると、その影響は深刻な問題とはならないことが分かります。

  例えば、コメについては、今回、米国から5万トン・豪州から0.6万トン(当初3年間)の追加輸入枠が設定されました。この枠は13年目以降で最大7万8,400トンになりますが、実は、我が国ではコメの消費量は年間8万トンから9万トン減少しており、追加枠と消費量減少分はほぼ同じ量になります。つまり、消費量減少分に見合った生産調整を1年分前倒しするということになります。もちろん、輸入枠の拡大によってコメの在庫が増加すれば米価の下落圧力になってきますが、生産調整やコストの引き下げ努力で対応できるという意見も否定できないと思います。

  このような考え方は乳製品についても言えます。今回、生乳換算で6万トン、6年目から7万トンの低関税輸入枠が新たに設けられましたが、コメ同様に、我が国の生乳生産量は、国内消費量の落ち込みを見込んで、1年で9万トン以上減少しています。これも1年分の前倒しと同様に捉えることができます。つまり、米作も酪農も、我が国の人口減・少子高齢化、食生活の変化を見据えた適確な生産体制の確立が求められているのです。

  また、牛肉・豚肉については、牛肉は16年かけて、また豚肉は10年かけて段階的に関税が引き下げられることなりますが、両方とも輸入量が一定水準を超えた場合はセーフガードを発動し、関税を引き上げることができます。さらに豚肉は「差額関税制度」が維持されましたので、小売価格の低下につながるかどうかは現時点では不明ということです。

  このように、重要5品目に限っても、「さほどの心配をする必要はないのではないか」「経営力を強めればTPPの影響を最小限に食い止めることができるのではないか」といった見解も出てくるわけです。むしろ、日本農業は、「農家の高齢化、後継者不足、経営者能力の格差拡大」に対していかなる改革を実行していくのか、ということが喫緊の課題となっているわけです。これには、海外からの輸入拡大を食い止めることではなく、意欲ある農家や農業経営者の経営イノベーションを支援する方策が必要だと思います。もちろん、この施策は「言うは易く行なうは難し」なわけで、前述のように小規模農家や中山間地域の農家については食糧供給の主要な担い手として、特別の支援策を講じていかなければならないと考えます。

  今後の政府・与党の政策の詰めの作業を注視していく必要があります。