政策レポート

2015年9月 9日

農協の改革とTPP交渉再開に向けて

1.農協改革の可能性

  8月28日、参議院本会議で、「農業協同組合法等の一部を改正する等の法律案」が可決・成立しました。この法律の目的は、「地域農協が農業者と手をたずさえ、農業所得の向上に全力を挙げてもらう農業改革をめざす」としています。

  報道では、全国農業協同組合中央会(JA全農)の権限縮小が特に強調されていますが、実際は、①地域農協の選択により組織の一部を株式会社や生協等に組織変更できる、②「連合会・中央会」が地域農協の自由な経済活動を適切にサポートする、③全国農業協同組合連合会(JA全農)がその選択により株式会社に組織変更できる、④農業の担い手への集積化・耕作放棄地の発生防止・新規参入の促進をはかる「農地利用最適化推進委員」を新設する、⑤農業経営の発展を促進するため農業生産法人の要件を緩和する――などの施策が織り込まれています。

  これらの施策によって、実際に農業の生産性が大きく向上し、農業所得が大幅に向上するかどうかについは疑問も投げかけられていますが、今後の単位農協の努力への期待もあり、今後の推移を注意深く見守っていく必要があります。

  とりわけ、「農林漁業者等が農林水産物及び副産物の生産・加工・販売を一体的に行う」という、いわゆる6次産業化に向けた活動拡大の流れは注目すべきでしょう。

  ただ、今日、農業従事者が直面している最大の課題はTPPの交渉の成り行きです。以下、このTPP問題と農業の競争力強化の課題について考えることにします。

2.TPP交渉の経過

  環太平洋戦略的経済連携協定(TPP協定)は、7月下旬にハワイで閣僚会議を開催し、最終的な合意に向けた交渉が行われました。しかし、かなりの分野で交渉は進展したようですが、最終的には合意には至りませんでした。

  まず、日本がTTPにどのように関わったかの経過を見ます。

  TPPは、2006年5月にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4ヵ国の「経済連携協定」として発効しました。その後、米国の参加表明によって2010年3月から拡大交渉会合が始まり、アメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシア、カナダ、メキシコが順次、交渉に加わりました。

  日本は、民主党の菅内閣時代にTPPへの参加方針が表明されましたが、その後、農産物などの関税撤廃問題、医療保険制度の問題などを巡り、国論を二分する議論が行われました。そして、2012年12月の総選挙で政権復帰した自民党は、選挙では「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加には反対する」という公約を掲げましたが、2013年3月に安倍政権はTPP交渉への参加を正式表明し、その後、参加国の承認を経て、同年7月23日より正式に交渉に参加する運びとなりました。

  この交渉参加から2年余が経過しましたが、この間、日本はアメリカとの2国間交渉に重点を置き、主として、日本に輸入される農産品の関税撤廃とアメリカが日本から輸入する自動車の関税の撤廃問題が焦点となりました。TPP交渉は、その交渉経過を一切公表しないという秘密主義がとられているため、詳細は明らかではありせんが、今回の閣僚会談までに報道された合意点・調整点は次のとおりです。

<農産物の関税等>
①米国産の牛肉の関税を現行の38.5%を15年程度かけて9%に下げる。一方、アメリカに輸出する和牛については低関税枠を現行の1.5倍に拡大する。
②米国産の豚肉(安い部位)1キロ当たりの関税482円を10年程度かけて50円に引き下げる。
③米国産・ニュージーランド産のワインの関税15%(あるいは1リットル当たり125円の低い方)を7年程度で撤廃する。
④米国産のコメの輸入を7万トン(日本側の主張)から10万トン(アメリカ側の主張)の間で調整する。
  
<自動車の関税等>
①日本車の課せられる2.5%の関税を25年以上かけて撤廃する。
(参考:米韓自由貿易協定では、韓国車は5年で関税撤廃)
②自動車部品については、300品目ある部品のうち大半の関税について、即時又は5年以内で撤廃する。

  日本車のアメリカ国内での現地生産比率は、トヨタが7割、ホンダが9割を越える中で、日本として、この合意方向をどのように評価するという議論は残ります。しかし今後、円安を背景に自動車の輸出比率が増えていくことが予測されること、また部品の対米輸出が活発であることなども含め、貿易立国としての日本は、世界の自由貿易体制を維持・発展させていくことに貢献すべきであり、TPP交渉の早期合意に一定の役割を果たしていかなければなりません。

3.TPP交渉の合意に向けての留意点

  今回の合意見送りの主な要因としては、医薬品のデータ保護期間で太平洋州の国とアメリカが対立したこと、またニュージーランドの乳製品輸出拡大問題で合意できなかったことだとされています。医薬品のデータ保護期間問題は、新薬を開発してその開発利益を長期間保持したいアメリカと、保護期間をできるだけ短くしてジェネリック医薬品(後発薬)を早く製造販売したい大洋州の国との間の対立です。また、乳製品に関しては、ニュージーランドがアメリカ・カナダ・日本への乳製品輸出の拡大を求めたのに対し、日本を中心にこれに反対したというものです。

  そもそもTPPは、人、モノ、カネ、情報が国境を越えて自由に行き交う仕組みを作ることによって地域の経済成長を高めようとするものです。参加国は、当然のごとく自国の比較優位商品(相手国に比べ品質・価格面などで競争力があり、その生産を得意とする商品)の輸出を伸ばし、経済成長を高めようとします。ここで、関税などが障壁の課せられない自由な環境にあれば、それぞれの国は比較優位商品を輸出しあい、結果的に双方が経済成長を実現することができます。

  例えば、TPPのスタート時のニュージーランドとシンガポールを見ると、ニュージーランドが比較優位商品である乳製品をシンガポールに輸出しても、シンガポールには農業がないので何ら問題は生じません。しかし、ニュージーランドが乳製品を日本に輸出しようと思えば、日本には酪農産業が確固として存在しますので、乳製品の関税や輸入量規制が撤廃されれば、安価な輸入品が大量に入ってくることになり、酪農農家にとっては死活問題に発展します。当然、「日本の酪農を守れ」という政治圧力がかかりますので、日本政府としてはニュージーランドの要求に応えることはできません。一方、ニュージーランドは人口僅か400万人の小国で、酪農が主力産業であり、輸出総額に占める酪農製品の割合は32%です。国内市場が小さいため、競争力がある乳製品の輸出を拡大することは譲れない政策なのです。

  このように、TPP交渉においては、ニュージーランドのように単純な産業構造で成り立ち比較優位商品を特化できる小国と、様々な産業を抱えている大国が同じテーブルについているため、当然のごとく利害が衝突することになります。当初の小国グループのTPPから、米国、日本などの大国も参加するTPPになった段階で、すでに「聖域なき関税撤廃を前提」とすることは不可能になっていたわけです。各国が聖域を設け、TPPという市場統合のレベルが低下したとしても、加盟国のみならず世界経済にとって大きな利益になるのであれば、加盟国は妥協点を見出す努力をしなければならないと考えます。とくに大国は、単純な産業構造をもつ小国に対し、経済成長の機会を与えるよう譲歩することを考慮していく必要があります。

  最終合意に向けた交渉が、いつ、どのようのような形で再開されるかは現在のところ明らかではありません。TPP交渉が漂流するのではないか、との懸念も出ています。我が国としても、いまこそ「農業協同組合法等の一部を改正する等の法律」の成立を機に、農業の生産性を高め、輸出できる農産物を拡大し、より高次な市場統合への備えをしていかなければならないと考えます。