遅牛早牛

「軽傷」「重症」「致命傷」

 安倍官邸は72425日と衆参において開催された総理入りテレビ入りの予算委員会で加計問題などの疑惑払しょくに努めたが「120日」と言う荷物を新たに背負い込んでしまった。そもそも初手の侮りが事態の悪化を招き、偉そうに「怪文書」と切り捨てたものだから反発は収まらない。それにしても厳しい野党時代の経験から暴飲暴食をつつしみ生活習慣病の克服に精励したはずなのに、驕りは何の病なのか。とはいっても「軽傷」には違いない。しかし、止血帯は傷口を外している。感染症の心配も。

 問題は森友学園への国有地売却である。バナナのたたき売りではあるまいし、国民にすれば噴飯ものである。国有地は国民の土地、しかし財務省は権力者に貸しを作りたいのか、強情な答弁で質問をシャットアウト。どこを向いているのかと国民から疑念を持たれた財務省、いずれ高い代償を払うことになるのではないか。

 神津連合は27日札幌にて「高プロ修正政労使合意」を見送る組織決定を行った。「北都に死す」とは言わないが打撃は大きい。もともと条件闘争は難しい上に「残業代ゼロ法案」とのレッテルの切れ味は鋭い。その鋭さが安易な方針転換を許さなかった。妖刀でわが身を傷つけたと言えば酷過ぎるか。政労使の三者協議は先進国のシンボル。合意前の安倍総理に対する要請後の翻意である。では「7月13日」の要請はなんだったのか。何かにつけて今後の政労関係の障りになるだろう。連合内部も、急な方針転換を異物侵入と認識し、全身の免疫機構がエンジン全開となり自身を攻撃する事態となった。自己免疫疾患の寛解には時間がかかる。特効薬のない「重症」である。

 蓮舫民進丸は昨年9月船出をしてから10カ月を待たず座礁した。で、7月27日の代表辞任会見は痛々しい限りであった。少なくとも私にとっては。2012年暮れの総選挙で政権を失って以来、海江田氏、岡田氏と党立て直しに力を尽くしたが、及ばなかった。旧維新勢の一部との合同や名称変更も画期とはならなかった。そのうえで従来型ではない代表として彼女は選ばれた。切り札として登場したが残念ながら機会を得られなかった。どんな切り札もガードがなければ逆狩りに会う。取り巻きはいるがガードは不在。取り巻きと近衛兵は違う。仲間と軍師も違う。「7月25日」両院議員懇談会での野田幹事長の辞意表明は闇を含んでいる。「幹事長受けないシンジケート」でもできたのか。「主殺し」は舞台劇の定番だが民進党の十八番ではないはずだ。何があったのか、求心力と遠心力、言葉だけが残った。

 かつて政権から転落してゆく民主党を自民党の谷垣氏は「今、民主党はアイデンティティークライシスに陥っている。」と論じた。さすがにその対処法については語らなかったが、自己喪失は若年層に多い。個人でいえば自らの存在意義を再構築することに尽きるが、集団の場合はどうなのか。自分に限りなく甘い人は自己喪失などには陥らない。他人に厳しく自分に甘い性癖を他人に甘く自分に厳しい風に変えることなのか。

 満ち潮での座礁は致命的であるが引き潮での座礁ならまだ助かる。満潮に脱出機会があるからだ。チャンスはある。応援団もいる。しかし放置すれば「致命傷」である。

加藤敏幸