遅牛早牛

で結局何なの、物価目標2%って

 世の中、原因と結果を取り違えると奇妙なことが起こる。経済が過熱すると、摩擦熱あるいは体温のように、物価が上がる。しかし物価を上げれば経済が活性化するかと言えばそうはならない。逆の因果関係が立証されたなど聞いたことがない。第一誰がどうやって物価を上げうるのか。といった疑問の中、足のない政策が彷徨っている。

 物価目標2パーセント。随分と翻弄された。日本銀行が消費者物価の上昇を目論む。物価の番人が昼寝でもするつもりなのか。聞いて驚く。驚いているうちに世間が「そうだ、そうだ」と言い始めた。その時期に消費者問題特別委員会で物価の質問をした時のことである。「物価が上がらなくていいのか」というヤジが飛んだ。「?」短い間が自然発生した。年配議員がやじった議員をたしなめている図が目に入ったので質問を続けたが、「物価上昇がそんなに有難いのか」と逆に詰問したかった。

 永らく消費者物価の動向特に上昇は賃金交渉の重要条件であり、先ず過年度上昇分を確保する。これが基本である。失われたものを取り戻す、つまり返還要求なのである。そのうえで改善分である積み上げに努力するのであるが、それは生活向上分とか成果配分とか思いつく事柄を満載しての労使論戦となる。華々しい論戦を重ねながらも必ず結末を迎えるのであるが、その在り方については別途記すこととして今回は消費者物価に絞りたいと思う。

 で「物価が上がらなくていいのか」と年金生活者に聞いてみたらどんな答えが返ってくるのか。大多数の答えは「ちゃんと補償してくれるのならいいけど」となるだろう。年金生活者のほとんどは公的年金である。平成2812月、国会で抑制策が確定したことから、公的年金は物価スライド型から賃金連動型へ変更される。賃金交渉を通じて、賃金が物価上昇に連動する確率が高いことから、間接的とはいえ物価上昇連動性を内包しているといえる。しかし連動性であって100%物価上昇分が補償されることにはならない。賃金交渉の波及効果は跛行的である。またマクロ経済スライド分の引き算がいずれ機能するだろうから、日銀の目指す2%達成の折、実際に年金額がどの程度実質購買力を支えられるのか、また政府の年金抑制方向を思えば年金生活者の心中は複雑であろう。加えて預貯金は確実に目減りする。目減りを防ぐには金利が2%を超えなければならない。市中金利がそうなると、新発国債の金利は2%以上にならざるを得ない。ということは既発債の市場価格は下がることになり、保有者は損失を被る。ちょっとした金融恐慌である。政府は困惑するに違いない。その上もともとの金余りである。だから金利をあげることにはならない。(少しは上がるだろうが)故に目減りは防止も補填もされない。泣き寝入りである。少し乱雑だがシナリオ的には概ねこんな感じではないか。

 このシナリオの中に隠されている意図は、私に言わせれば悪意であるが、1500兆円におよぶ個人金融資産の6割を占める高齢者マネーの活用である。つまり目減りするのだから早く遣いなさい。自分で遣えないなら早く子供や孫にあげなさい。手元に置くなら株などに変えなさい。あるいはオリンピックがあるから都会の不動産に投資しなさい。

 また2%ものインフレが10年も続けば国の借金は約22%減価する。国が預かる年金資産は投資性向を高めた分増加するだろう。また国の年金債務は賃金連動型のため大きくは膨らまない。ということで2%程度の物価上昇は国にとっては良いことずくめである。しかし年間所得を補償されない人や資産減価にあった人は泣きっ面に蜂である。また国債暴落のリスクは高い。

 ある意味見事であるが、一方あまりにも人を馬鹿にしたシナリオではないか。馬鹿にした部分があるから正直に言えないのだろう。現政権が財政再建あるいは財政規律の回復に不熱心なのも「物価目標2%」という魔法の言葉があるからではないかと勘繰りたくなる。

 しかし願望に基づく予想を政策とは言わない。また物価目標は、ひどい物価上昇をせめて2%以下にとどめるために何ができるか。何をするか。の議論であって、自分の都合のために人の犠牲を期待するようなものではない。

 本来日銀は消費者物価を操作できない。インフレ心理に働きかけるなど影響を作ることは出来るかもしれないが、12千万人を超える人々の、日々の生活や嗜好、また家計や将来への思いなど巨大な関連複雑系からなる消費活動を握ることは不可能である。加えて世界につながるグローバル系でもある。気候変動に苦しんでいる昨今、気象は極めて複雑でスーパーコンピュータで解析してもなかなか追いつかない。一時的に解析できても今日明日の気象を変えることは出来ない。物価も同様。複雑すぎて簡単には行かない。であるにもかかわらず、日銀が物価目標を前面に押し出す意義と意味がどこにあるのか。素人の私にはよく理解できない。

 仮に2%の物価上昇が達成できたとして、そのことにより損失を被ったと思う人々がその補填を求めたとき、「経済現象だから」と鼻で笑ってうそぶくのか。矜持とか難しいことは別として、日銀は何のためにあるのか、庶民の疑問と不信は深い。

2017820

加藤敏幸