遅牛早牛

第二の統一(その二)

「政治と労働の接点」における第一の論点は、政党と労働組合具体的には民主党と連合の関係のあり方である。今回は両者の関係を簡単に振り返りながら、「第二の統一」についてその意味合いを明らかにしていきたい。

連合は1989年の統一以来28年の歴史を踏み固めてきた。最初の10年間は土台作り。期待と疑心の中、立ち位置と役割を模索しながら基礎を築いた時代でもあった。「春闘終焉」と言われながらもバブル崩壊、金融システム改革そして円高など厳しい状況と折り合いをつけながら賃上げに尽力した。今日をしのぎながら明日の在り方を求め議論を繰り返した。

 また労働戦線統一に続く政治戦線統一の受け皿を求め試行錯誤が続けられる中、1998年ようやく民主党結成にたどり着いた。

 続く10年間は、出口の見えないデフレと雇用不安の中にあって、生活を守る運動の在り方が厳しく問われた。社会保障制度など企業内交渉では解決できない政策課題への関心の高まりが、度重なる政権政党の不祥事への批判と相まって、自民党に代わる政権を求めるすなわち「政権交代」を目指す運動に結集するいわば政治の季節の到来を思わせる10年でもあった。

 2003年民由合同を経た新生民主党は小泉政治に翻弄されながらも2007年参議院選挙において「逆転の夏」と呼ばれる成果を収め、20098月の総選挙勝利を射程に入れた。2007年参議院選挙の結果は2006年に代表に就任した小沢氏の指導力の成果であるとともに、連合にとっても結集軸をリアルに感じ取れる、目の覚めるような内容であった。

 2009年からの8年間は、民主党政権誕生の頂点からの転落すなわち失意の時代であった。連合と民主党は違う組織である。が違うと言うことが許されない関係であった。少なくとも国民の認識はそうであった。

 リーマンショック、地震、津波、原発事故は政権の体力をはるかに超えていた。盛るだけ盛ったマニフェストは過大広告と論難されその評価は下落し、政治主導は役人の離反を招き、理想を語る政策は非現実的と思われた。民主党には欠けている何かがあると、あら探しではない本質にかかわる疑問を主権者が感じだした時、党は分裂した。

 おそらく、欠けている何かを見出す舞台が分裂の前にあれば事態は変わっていたであろう。まさに短気は損気。冷却期間を置く知恵すらなかったのか、残念としか言いようがない。今日時点でいえばそれはガバナンスの欠如ということであろうが、そういった指摘なり反省が気の抜けたビールのように感じるのは私だけであろうか。離婚の前になすべきことを離婚後にやってみても仕方がない。後の祭りである。

 確かに「社会保障を支える消費税引き上げ」は正しい。が慌てる必要があったのだろうか。2010年参議院選挙では時の菅総理が消費税引き上げを吹いた。で負けた。今度は三党合意があるからリスク分散できるだろうと考えたのであれば、全くもって主権者の心情に疎いとしかいいようがない。こういった単純さが欠けたる何かの最たるものではないか。

 とはいえ問題は連帯保証をしている連合である。通常連帯保証人とは一方的に被害を受ける立場にある。とはいえこの8年間の連合の苦しみは尋常ではなかった。特に職場に近ければ近いほど厭な気分が横溢し、役員や委員はいいようのない苦しみの中で身悶えたのではなかろうか。それが今も続いている。

 では連合にこれらの苦しみを甘受しなければならない何かしらの瑕疵があったのか。なかったと思う。政権政党を領導する実力も大義もあろうはずがない。(ここは大いに議論の残るところなので後日に譲ることにする。)

 だからあえて連合の瑕疵をいえば、それは民主党に連帯保証したことであろう。否、連帯保証することのリスクを詳らかにしなかったことではないか。「政権交代可能な政治状況を作る」ことと「某党に政権を担わせる」ことは似ているが違う。後者は連帯保証人となり、某党と一蓮托生化することである。だから当然某党のしくじりの後始末も請け負うことになる。要はその覚悟があるのか。あったのか。ということではないか。

 連合運動史第4巻(197ページ)第5章第1節「連合の悲願・政権交代 民主党が総選挙で圧勝し実現」には2009831日高木会長が発表した「連合見解」の要旨が掲載されている。「(略)連合結成以来20年、政権交代可能な政治体制の構築という強い願いが、ここに実現した。その意義をかみしめたい。総選挙の勝利を謙虚に受け止め、政治の原点を忘れることなく、国民に約束したマニフェストを着実に実現していくことこそ、民主党を中心とする政権の最大の責任である。連合も選挙結果におごることなく、政権交代にかかわってきた責任を自覚しなければならない」とあるが、政権交代にかかわってきた責任を自覚するとは具体的に何を意味するのであろうか。普通に読めば民主党政権の尻拭いも連合の責任であると透けて見えるが、この時点では政権交代の失敗が次の政権交代を招き、ある意味正常な交代サイクルが実現することなど思いもしなかったと思われる。これも尻拭いの範疇なのか。職場の厭な気分はまだまだ続く。

 民主党から民進党へ、また野党選挙協力のなし崩し的展開、突然の原発政策の見直しなど連合にとってストレスの高まる2年余ではなかったか。28年の歴史の中でこれほど忍耐を強いられたことはなかったであろう。これはある意味戦略的忍耐なのか。では忍耐の果てに何があるのか。何もないなら、関係は破たんする。

 職場からの支持は往時の半分に届かない。怨嗟もある。どのように改善するのか。関係を解消するにはタイミングを逸している。また理屈が立たない。連合にとって正念場である。だから28年前の統一に向けての約20年間、また連合事始めの数年間、先輩たちが真摯に話し合った、摩擦熱で発火しそうになるほどぶつかり合った、その歴史を思い起こし、「さてどうするべきか」について激論を展開すべきではないか。第二の統一、連合30年目に向け今準備すべきと思う。

201793

加藤敏幸