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原子力発電あれこれ

原発をめぐる議論の停滞

 原子力発電(原発)をめぐる議論が停滞している。原発推進についてはいくつかの立場があり、それぞれに正当性を裏づける論があるのだが、なかなか折りあわない。議論を交わせばかわすほど発散し、気持ちも離れていく。どうせ発散するのだからという思いが停滞をもたらせているのかもしれない。また、当然のことではあるがその時の取り巻く情勢から強い影響を受けている。

 たとえば、1986年のチェルノブイリ原発事故発生によって、当時の全日本民間労働組合協議会(全民労協)の活動方針討議において「初めて原子力発電について触れる」というもくろみが頓挫し、議論はふりだしに戻った。当時の事務局(後に連合会長に就いた故笹森清氏ほか)は方式や炉の構造の違いとかさまざまな説明を試みたが、けっきょく反対派を説得できなかった。そのぐらい事故の影響は強烈であった。情勢が議論を制した典型例であろう。

 また、原発をめぐる議論には反核運動の影響が顕著で、エネルギー政策の議論に限定してもいつの間にか反核がしみ出していた。

独特の議論 勝敗が決まっている土俵

 当時の原発をめぐる議論は、論から賛否を決めるというパターンではなく、はじめに賛否すなわち立場があり論は後づけという「最初の陣地が最後の陣地」状態が普通に起こっていて、また賛成か反対かという二択の裏には安全に対する個人の情緒・感覚がべったりと貼りついており、論理的とか客観的といった言葉が立ち入る余地が少なく、それがさらに議論を難しくしていた。この状況は今も続いていると感じている。

 つまり、安全であるのかないのかは、安全の定義とその条件を明示しての議論であるべきで、答えはすべて条件を付してということになるはずであるが、「絶対安全」といい切れない土俵で、「絶対危険」から出発した人々に対し、相対的安全をいくら説明しても理解をえることは難しい。つまり、「絶対安全」でなければ議論を始めることができない状況であるから、議論の勝敗はすでについているのである。まして安全性とは確率をふくむ課題であるとの認識を共有するにはいたらない。

反原爆感情と通底

 また、わが国だけに限ったことではないが、原爆による被ばく被害と原発による被ばく被害は分かち難く、この二つの被害は歴史的に通底した事象として捉えられ、同程度に非難されるべきものと認識されている。こういった歴史観をも含みこんだ二つの被害の同一視を前に、平和利用という開発にあたっての目的理念は意味もなく力もなく、誰からも相手にされないものとして世の片隅に追いやられている。平和利用の意義が忘れ去られているだけではなく、原発が長年にわたって生み出してきた膨大な電力量による社会貢献に対するまっとうな評価も同様に無視され、何かしら公平な議論が阻まれているように思われる。意図的とは思わないが、集団的情動を感じる。つまり、原発事故は他の化学工場爆発や航空機事故などとは厳密に区分された特別法廷でかつ特別基準で裁かれている現状にあると思われる。これは現実であって是非の議論ではない

かみ合わない議論 不要論の優勢

 また、この特別法廷においてはいかなる科学あるいは工学上の知見を提示しても、スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマと唱えられ、「制御できなかった」事実として反論され議論は途切れてしまうのである。技術の敗北という事実を踏み台に、極論すれば原発はこの世にあってはならないものと烙印され、それにいたる論理は支持する者には無欠無謬のものとして批判なく受け入れられている。

 そして、取り返しのつかない被害を考えればそもそも原発は始めるべきではなかった。新設など言語道断、既設のものも直ちに停止し廃止すべきである。という最も分かりやすい方向性が導き出され、多くの人に支持され広まっていく。この流れに抵抗する気はない。もともと必要がなければやることはなかったのであるから、まことに「不要」であるのなら議論の余地はないと思う。しかし、現に原発存続を主張する議論があり、それらに対し「原発村」の利権の保全が主たる動機で国民経済からいっても破綻しているといった批判だけでは直ちに原発不要と断定できない現実、すなわち容易に消し去れないさまざまな課題があり、それらの議論を入口で拒否することはできない。そして、その主張は今日まで積み重ねられた歴史事実に立脚したものである。もちろん、これらの歴史事実を非難しそれらをもたらした歴代政権の政策方針に対し厳しい批判を浴びせる立場はあって当然である。と同時に原発推進という歴史事実を引き受けてきた立場からの必要性を主張する議論も同様に受け止められるべきである。加えて、屹立する二つの立場から離れ新たな視点から原発の必要性を論じる立場もあって当然だし、今日の状況からいえばむしろ強く期待されるものであろう。

現在需要を前提にどのような供給体制が考えられるか

 さて、原発が必要であるのかないのかは、エネルギーの需要と供給をどのように見通すかによるもので、特に需要については生活と産業をどのように規定するのかによって議論の大筋は決まり、多くは現状程度の需要規模を前提とした議論となっている。以下の議論もその前提ですすめる。

 また、供給は電力以外のエネルギー供給と電源構成のあり方を比較検討したうえで最適解を求めるべきものであるが、最適を規定する基準のとり方によって議論は大きく分かれることになる。いいかえれば、「安全」、「安定」、「コスト」、「環境」の四要素をどのように組み合わせるのか、また評価基準の選定によってさまざまな組み合わせが考えられるが、議論の要点は原発比率をゼロにするのか、あるいはできるのかということにつきる。

原発比率をゼロに出来るか 重要なのは安定供給

 この原発比率ゼロが現実政策としてありうるのかというスタート地点での議論も重要であるが、それ以上に、関連している「安定」、「コスト」、「環境」との相互関係の分析を深めなければ議論をすすめることはできない。

 たとえば、「安定」すなわち安定供給については、自給率と電源特性が重要であり、特に化石燃料はほぼ百パーセントを海外に依存し、さらにその過半はホルムズ海峡などを通過することから、その調達は国際情勢の変化の影響を直に受ける。また、太陽光発電については、日照時間が不定であること、また時間帯による発電出力の偏りが大きく不安定であり、規模的に賄えたとしても細かな需要に応じて供給するという安定性からはかけ離れた電源といわざるを得ない。このように一口に安定といっても論点はさまざまであり、国際情勢から技術的側面まで幅広い複雑な構造になっている。

エネルギーコストは生活と産業を直撃する

 「コスト」も単純な構造ではない。まずコストそのものがさまざまな要因の影響下にあり、独立のものではない。また、電力コストの上昇は生活と産業を痛撃することから、その上昇に世論は敏感になる。懸念すべきは、安全第一、安全のためなら何事も我慢するという心的態度であっても必ず経済原則の影響を受けるわけで、電力コストの水準しだいで、突然安全への関心が低下してしまうこと、つまり、どんなに議論を積み上げても、コスト水準によっては背に腹は代えられないとばかりに議論が振りだしに戻ることである。

 原発の安全対策が漸進的に強化されると想定されることから、そのコスト増を価格転嫁できなければ電力供給事業は破綻することになる。したがってコスト増がほぼ無条件に転嫁されることが定着すれば、それは製造業にとって厳しい時代となる。原発の安全対策費等が後発的に増大し電力コストがそれに連動して上昇することは工場にすれば不定の将来債務を抱えることに等しいわけで、「ものづくり冬の時代」を迎えることになるだろう。また、原発による発電コストの不確定性が高まることは産業だけでなく、電力に強く依存している日々の生活にも大きな影響を与えるもので、「将来に向けての価格安定性」が極めて重要であることを改めて認識させられるであろう。

 一番望ましいのは再生可能エネルギーのコストが大幅に低下することであるが、毎月の再エネ促進賦課金を眺めながら、あれこれ考えをめぐらせては見るものの、まだまだ時間がかかりそうである。

 エネルギーコストのありようはわが国の基本問題としてますます重要になってくると思われる。

環境問題を考えると原発ゼロは難しくなる

 「環境」すなわち環境負荷についてはさらに複雑な関係にある。基本は化石燃料からの脱却である。もちろん化石燃料でCO2非放出型発電ができればベストであるが、現段階では議論になりえない。近未来へ向け、意欲的なアイデアが語られているが、実現するまでは夢物語である。したがって今日明日の話としては、環境政策からの要請にどのように応えるのかという議論が前面に出てくる。当面「化石燃料の抑制」、「再生可能エネルギーの伸長」、「原子力発電の維持」というミックス政策に行き着き、原発ゼロ政策とは相いれない。しかし原発も事故を起こせば甚大な環境汚染をもたらすものでこれはなかなか難しい問題である。とはいえ、現実論からいえば原発ゼロ政策は環境負荷という視点からは選択肢にはなりえない。特に、石炭火力の削減が目の前にあり、その発電分だけでもどのように代替していくのか、頭の痛い問題である。

 大気中の炭酸ガス濃度を主原因とする温暖化がもたらす異常気象が引き起こす各種の災害はこの先ひどくなることがあっても緩和することはないとの見通しに立てば、議論の流れはおのずと決まってくることから、原発ゼロの立場に立つなら、相応の代替電源について合理的な提案をすべきであろう。

原発ゼロ論と環境保護論の折り合いを

 さように停滞している議論を前にすすめるためには、原発事故被害から人々を守る原発ゼロ論と年々増大する気象災害から人々を守る環境保護論との折り合いをつけ、途上国などのひどい生活環境と貧困に苦しむ人々を救う電力開発論との総合調整をはかることが必要となってくる。いずれも単独で議論しているだけでは独善の壁を超えることが難しく、効果的な解決策にたどり着けないもので、議論の土俵を広げ統合化をはかることが求められているのではないか。原発ゼロとCO2削減を両立させられる策は残念ながら今のところ思い浮かばない。

責任追及と原因究明は分けた方がいいのでは

 さらに、責任追及と原因究明を同じ土俵で扱うことについて、航空機事故調査における免責制度の導入の経緯などをふまえ、いま一度考える必要があるのではないか。

 もちろん、事故における責任の所在は厳しく問われなければならない。しかし責任の所在を明らかにするだけでは仕事は終わらない。原因究明と再発防止についても徹底した対応をはからなければ完結しない。この点において、原因究明のためには責任追及を少し控えるのも一法であるとの考えも理解できる。厳しい責任追及の嵐の中で、はたして人は真実を語ることができるのだろうか。あくまでバランスの問題ではあるが原因究明と再発防止の方により重心を置く立場があってもいいのではないか。長年、抱いてきた思いでもある。

「事故」と「被害」、「原因」と「責任」、「対策」と「補償」

 「事故」と「被害」。「原因」と「責任」。この二対四項目についてどのような議論が必要であるのか。という始まりの議論をこなしたうえではじめて、「対策」と「補償」を加えた三対六項目の総合議論に取りかかることができる。原発をめぐる議論の停滞を解きほぐすためには、さまざまな工夫と整理が必要であり、また各立場の論者がそれを受けいれることが大切ではないか。合意は難しいとしても、相応の理解を広げることが大切だ。

廃炉、汚染廃棄物、プルトニウム

 ところで、廃炉をどう進めるのか、技術面だけでなく、国民経済の視点に立った議論が必要である。当然人材育成の仕組みをどのように持続させるのか、といった地味な難しい議論に向き合わなければならない。厳しい環境の中で、「だからやらなきゃよかったんだ」といいたくなる気持ちはわかるが、これらの課題を避けて通ることはできない。また汚染廃棄物の処分も大きな課題である。消しゴムで消せるものなら今すぐ消したいが、消しゴムで消せるものではない。また反対を唱えていたからといって問題から逃げられるものでもないだろう。特に政治家は由来の賛否にかかわらず、現に今あるこの問題に立ち向かうべきである。

 日ごろの饒舌さを思えば不思議なぐらい寡黙ではないか。黙しているとは思わないが説明責任を十分果たしているとは思えない。核燃料サイクル、貯蔵プルトニウムの扱いもふくめ国民に説明すべき事項は多い。「ていねいに」とよく口にされるが、都合の悪い、あるいは不得手な問題はすぐ押し入れに仕舞いこむ癖があるのではないか。政府は将来にわたる環境負荷を考えれば原発の維持はやむを得ない現状にあることを、ていねいに説明し、質問に応じるべきである。

統合された総合政策として原発を考えるべきではないか

 すべての問題を丸ごと解決できるそんな魔法のような政策は民主政治のもとでは難しい。とはいっても、この原発についての議論は統合された総合政策化を考えるうえで貴重な事例である。他の領域でも社会保障と国民負担など個別論では対応に限界のある課題が山積しており、事態の改善をはかるためには統合された総合政策化について幅ひろい議論を押しすすめる必要があり、特に国民が個別のポジションにこだわらずさまざまな利害の存在を理解したうえで、それらを乗り越える方策を生みだすことが、今は必要である。このため、多くの立場の参加のもとたとえ緩やかであっても社会的合意にこぎつけるべきである。

<付録> どのように原発をとらえてきたのか、私的振り返りと感想

◇ 1969年、概論程度の知識しかなかった頃は、原発?なんでそんなややこしいことをといった感じであった。あえていえば消極的反対でさほどの関心もなかった。というよりむしろ、推進の中心人物の中には核武装の狙いを抱いている者がいるといった野党的憶測を信じる傾向にあり、いつでも原爆製造が可能なようにプルトニウムの入手、備蓄をはかっているという見方も浸透していて、だから、国会で平和利用と高らかに宣言してみても、それが日本全体の旗印とは思えなかったし、灰色の部分があると懐疑的に受け止めていた。

◇ 私自身の原発容認の契機は、1973年に発生した第4次中東戦争に端を発した石油危機であった。1974年に入るとモノ不足が著しく、特にトイレットペーパーを求めて毎日スーパーマーケットには長い行列ができ、極端な例だと思うが四畳半一部屋がトイレットペーパーであふれているとまで報道された。列島全体がパニック状態で、狂乱物価(73年秋から74年春にかけて卸売物価30%、消費者物価25)といわれ、まさに生活直撃の事態となった。この事態への対処は、中東に集中していた調達先の分散、備蓄量の積み上げ、石油以外のエネルギー源の開発、節エネルギーと自給率の向上などであり、原発の増設が対策の主力に浮びあがった。

 緊急事態がパラダイムを変えたわけで、「千載一遇のチャンス」と本音を漏らし便乗値上げに走った業者に国民生活を預けることはできない。また、背に腹は代えられない。私にとっても大きな方針転換であった。

◇ 次の契機がCO2削減問題であった。京都議定書の時代、わが国は節電・節エネルギーの分野で先頭を走っていたが、それでは間に合わないということでさらに踏み込んだ対策が求められるようになった。おりしも20099月に民主党鳩山政権が成立し、直後(922日)の国連気候変動首脳会合における鳩山演説で述べた「2010年までに1990年比温室効果ガス25%削減」が国際公約(鳩山イニシアチブ)と受け止められた。しかし、国民負担のあつかいや経済、産業への影響をふくめ党内の議論は生煮えであったが、この水準を目指すとなると再生可能エネルギー(主力は太陽光発電)の普及促進と原発比率の引き上げをはかるしか他に手立てはなく、政府としても原発推進へ大きく傾かざるをえなかった。

 海外輸出も含め原発重用に舵が切られたが、その時に原発事故に襲われた。すべての原発が停止する事態にあって、20121月、野田内閣によって鳩山イニシアチブは無効とされた。

◇ 3.11以降の原発をめぐる党内論議は大きく揺れ、ゼロ廃止から維持推進の幅の中で、再生可能エネルギーの積極開発と原発2030年代ゼロがまとめられた。これはぎりぎりの妥協点であった。再生可能エネルギーである太陽光発電については破格の買い取り価格を設定し、急速な普及を図った。これが現在の再エネ促進賦課金につながっている。

 やむを得ない状況下での緊急対策であり、発生した事故の過酷な状況を目の前にして時間を要する議論は困難であり、中長期の方向性をまとめられる状況ではなかった。しかし、当座の対応としては評価しうるものであったと今でも思っている。

◇ 2017年に当時の民進党において、「2030年原発ゼロ」が模索されたと聞いているが、外から見れば「尻切れトンボ」のようで何がどうなったのか怪訝な話であった。連合あるいは関係産別が猛反発するのは自明なので、政治的には反対を押し切ってでも貫徹するところに意味があるとの判断から出発したものと思うが、結果はなにやら腰砕けで双方に不満がくすぶる不健康な状態となった。確かに突っ込めば、議論はロードマップをどうするのから始まり最後は政権担当能力の有無や支持解消におよぶだろうが、一度は徹底した議論が必要であったことは間違いないわけで、2012年には消費税増税をめぐり党分裂につながる大舌戦をやったのに、あのころのエネルギーは無くなったのか。「原発村」といった揶揄や利権構造といった解説からは離れ正面から挑まないと、発電の現場は命懸けでやっているわけで、中途半端な論理では「代わりの電源があればいつでもやめたいわ」という声を超えることはできない。議論をしかけたことは賛成であるが、激論をのり越え互いに尊敬しあえる関係ができる前に立ち消えたのは残念であった。ここらが分岐点ではなかったか。 

 

◇ 歴史は非可逆でやり直しが効かない。昔に始めたことを無かったことにはできないわけで、今ある現実を受け止める以外に道はない。そのうえ、すべての原子炉を停止しても核燃料の危険性は変わらない。使用済み燃料であっても冷却しなければならない。廃炉、高濃度汚染物の最終処分、プルトニウムの扱いなどはいずれも厄介なまた莫大な経費のかかる問題である。ここは既存原発の稼働による収益を原資として必要な対策をすすめる。国民経済からいって他に合理的な選択肢はないのではないか。また、困難な時代に原発から少なからず恩恵を受けたことも事実であり、けっこう難儀な技術領域ではあるが、粘り強く積み上げていくしかないと思う。

 加えて、「ウランではなくトリウムで始めておけば」など米国の原発開発にかかわる思惑など恨みがましい想いはあまたあるが、過去は過去、取り返せるわけがない。また、はたして津波対策を本気で議論していたのか、どこかのタイミングで対策を講じる機会があったのではないか、さらに政治主導が機能していたらとか、他方、福島での立地にもさまざまな議論が残るが、何が何でも原発反対の大合唱の中で、なにか大切なことが忘れ去られていると感じる。そして、事故が起こらないと対策を始められない風土、体質を何とかしなければとも思う。

 歴史に学び道を開くべき政治家がひどい物忘れに陥っている。責任あるものが、自分たちがやったこととやらなかったことを峻別できなくてそれで政治といえるのか。また、それと同じくらいに国民の物忘れもひどくはないかしら。

◇ 梅雨残りカンナヒマワリうだりけり

加藤敏幸