遅牛早牛

2019参議院選挙、負けたのはどこだ

◇ 2019参議院選挙が終わり、暑い夏が始まった。自民は単独過半数に達せず、公明依存が続く。また、三分の二の影響議席の確保は果たせず、改憲論議のすすめ方は変更されるようだが、もともと本気で改憲発議を考えていたのか疑問である。いつもながらとってつけたような「憲法改正」論に、作り置きのポテサラを毎回出すなよと定食屋で愚痴るシーンが連想される。

 自公は「圧勝とはいえないが大勝である」ともいえるが、大勝したのは公明であろう。与党内での存在感、発言力は復旧し、ややこしい改憲論議がソフト化する見通しが強まったことから、気持ちも楽になったのではないか。しかし、投票率と逆相関にあるとは悲しい現実である。

◇ 一方、維新は東京、神奈川に橋頭保を築き、東西大都市圏政党に出世した。紆余曲折をのりこえての善戦である。しかし、さらなる飛躍には格段の工夫が必要であろう。いつまで新自由主義の残影を曳くのか、民への慈しみも要るのではないか、余分なことだが一言。

◇ さて、リベラル政党の立民であるが、議席倍増のほめ言葉ほどの中身があったのか議論が残る。京阪神の不調に加え、比例票が予想を下回った。また国民の議席と合わせた23は、無所属議席を合わせても3年前の民進32には届かず、凋落の風情が漂いはじめている。これで野党第一党の責務を果たせるのか、やはり静岡事案は余分だったと思う。支援者も不思議がっている。

◇ 国民は防戦一方であった。最後踏みとどまったが、隣接野党からの執拗な攻撃は止みそうにない。また、昔の民社党には中小企業の代表という看板があったが、ここらあたりをどうするのか。もちろん、中道・改革政党の中身が伝わらなかったのが不振の原因であるから、しっかり盛り上げないと労組依存だけの政党に堕してしまうのではないか。存亡の危機にあることには変わりない。

◇ 比例の特定枠をフレームアップした山本・れいわ、集票も巧みであった。今後実務をふくめどんな政党活動を展開するのか、期待と不安の中にある。すくなくとも国民議会のあり方に着火できれば成功といえよう。

◇ 献身的だったとほめてもらえるのか、共産の悩みは深い。選挙協力に限定しても流れは左派連合に行き着く。この党にとって何が新しいことなのか。はたして隣を信じていいのか。老舗の葛藤に似ている。

◇ だれが名付けたのかN国はどこから見ても奇であり妙である。むき出しの自己顕示とぶっちゃげ主義。百歩どころか千歩譲っても無理がある。これから先、党首のキャラに注目するメディアは非難されるべきだ、国会と芸能界は違う。そのことよりも出汁にされたNHKは心穏やかではないだろう。政府の方針に逆らえないのに金だけはしっかり取る路線の副作用か。公共放送なのか国営放送なのか。漠然とした疑問がつづくのがいちばん怖い。

◇ ついに50パーセントを割ってしまった。二番目の低投票率。この選挙、負けたのは参議院そのものである。そこに不要論が口を開けて待っている。17日間の選挙期間中マイクを握った党首の多くは衆議院議員である。政権のための参議院選挙であり、政党のための参議院選挙であった。国民のための参議院が語られずに48.8パーセントの投票で議席が確定した。負けた参議院の奮起を望む。

◇ さて、秋の臨時国会が迫ってくるが、難問山積である。スポーツ以外いい話はない。久しぶりに充実した議論を期待したい。政局追及と逃げ隠れ、そんなマンネリ劇場は願い下げである。与党議員もたまには本音、本気の議論をしてみたら、きっと清爽な気分にひたれると思うが。衆議院はまた解散話で浮足立つのか。もういい、解散話で国会の議論が滞るのは。こうなると業務妨害ではないか。政権のための国会ではない、国民のための国会なんだ。

◇ 寄せ来たり近海生まれの台風が

加藤敏幸