研究会抄録

ウェブ座談会「気にいらなければ政党を作ればいい?」

ウェブ座談会「気にいらなければ政党を作ればいい?」

講師:井村和夫様、岡崎敏弘様、難波奨二様

場所:メロンディアあざみ野(横浜市青葉区)2026年6月30日14時30分から

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発言広場

【遅牛早牛】 時事雑考2026年11月「反核兵器運動が甦るのか-NPT体制の矛盾と危機-」

まえがき

【◆食料品などの消費税廃止が「悲願」であったとか。それなら初めから恒久財源による恒久制度を目指したらいいじゃないですか、と言いたいところだが、ひょっとしてインフレによる大幅な税収増を見越しての「2年間限定減税」が本命だったかも。うっ、かなりの策士だな、これは。

 しかし、制度として定着している消費税を手間と費用をかけて中途半端に改変しながら2年後には元に戻すというのは施策としてはとんでもない下策だと誰でも思うだろう。

 そういえば、「2028年には消費税減税の延長を争点にした衆参ダブル選挙」と予想する向きも多い。他の条件において変わりがなければ「選択肢の一つ」と言える。アベ時代には、野党結集の芽を摘むために攻めの解散総選挙が強行され、2014年と2017年に限れば当時の民主党に追い打ちをかけた解散総選挙は、結果からいえば奏功し、安倍氏の長期政権の礎石を築いたと言える。

◆しかし、その一方で民主政治のあり方としては問題を残し、仕掛けられた野党側にも批判される面があったとしても、結果をみれば解散総選挙の非対称な攻撃性が際立っていた。もっとも、それも含めて「民意に委ねる」のが選挙であろう。

 強い政党をさらに有利にする仕組みは、政権構造をむやみに変えることによって生じる不都合を予防する、政治における「慣性の法則」みたいなものだと理解しているが、それでも民意を越えて政権党が巨大化することの弊害も早晩出てくるだろうと予想している。現在の参議院が与党劣勢であることの価値を秋の夜長の暇潰しにしみじみと感じている。

◆たとえば政権交代に対する忌避感が事実を越えて反復連打される中で、政権交代へのリスク過敏症ともいえる政治土壌が造られたのも、その時代であった。

 確かに変わることのリスクは半端なものとは言えない。しかし、変わらないことのリスクがいつも小さいとは限らない。例を引けば、今日のわが国が長期停滞状況にあることは各種統計数値の国際比較を見ても明白である。国の長期停滞と政権の長期安定とが因果関係にあるとは証明できないが、政権維持に精力を使い果たして、10年先を考える余力がなくなっているのではないかと感じている。

 2026年2月の総選挙において示された民意の中に、そういった停滞感の打破を高市氏に期待した一面があったと受けとめている。変わり切れない「生煮え感」がいつも残り、どうしても現状追認に流されざるをえない政治への落胆が、逆に期待に反転し高市氏に向かったとしても不思議はないと言うのが筆者の解釈である。

◆という解釈に立てば、「議員定数の削減」が長年にわたって低迷を続けるわが国の立て直し策としての渾身の一手といえるのか、そうではないだろう。国会議員が増えても減っても、わが国の基本課題は未着手のまま残されている、それが問題なわけでこれをどう扱うのか。また参議院の議席数では国民民主党の方が価値が高いことからも、高市氏としては政策議論を国民生活に直結する課題へシフトすべき情勢と言えるのではないか。さらに、対中から始まり、ロ朝はもちろんのこと、対米でさえ油断ならない事情にあることから、何が優先されるべきかについては歴史的な判断があってしかるべきであろう。生活目線からははるかに遠い党固有の政策にこだわるから、急速に「維新は言い過ぎではないか」との声が高まりつつあるのが、直近の相場かもしれない。

◆多くの民主主義国の内政はさまざまな権力闘争の集積の上に置かれている。これは権威主義国においても同様であろう。内政の核心が権力闘争であるなら、外交がその手段と化すのは自然な流れと言える。とはいっても、内政の方法論としての外交と言い切ってしまうとこれはこれで「国を過つ」ことになる。

 2026年が各国の内政に振り回される外交のピーク年だったと過去形で言うのは早計で、むしろ来年の方がひどくなる可能性があることから、油断はできない。そこは主要国の国政選挙の結果次第と思われる。

 前回に引き続き核兵器の危険について触れてみた。核兵器と隣り合わせの時代が半世紀以上続き、もはや日常化している。とくに恐怖感覚のマヒが著しく、一部では核兵器の存在すら忘れ去られているように感じられる。核兵器保有のリスクについて楽観的すぎるのではないか。くわえて保有国と非保有国との間の本音の違いをもはや見過ごすことはできないと思っている。文中敬称略。】

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