研究会抄録

「政治と労働の接点-これからの政治参加の傾向と対策-」
講師:岡崎敏弘様、難波奨二様、オブ参加者様
場所:メロンディアあざみ野(横浜市青葉区)2025年10月17日14時から
発言広場
【遅牛早牛】 時事寸評「2026年5月の政局-行先不明のトランプ外交と宿題山積の高市内政-」
まえがき
[ 今日もトランプワールド。正直なところ話題に事欠かないという小さなメリットにニンマリしながらも、遠国の写真に見る被害の凄惨さに気持ちが萎える。また、ホルムズ海峡の閉塞が私たちの生活をじわじわと削っていく。
昨年のコメ騒動がナフサでも起こるのか。年内はもちろん、年を越えても必要な量は確保できていると聞かされても、不安はぬぐえない。食品トレーや包装資材が不足気味と伝えられている。値上げしても品不足の解消にはならないから、値上げと品不足は併走するだろう。すでに景気停滞のような気がするし、酷暑から残酷暑までのあいだに景気が後退するのではないか。といっても、政治の役割には限界があるので、庶民にとっては我慢して辛抱して夏場を乘りきるしか手がないのだ。いつものことである。
週に4回は買いだしに地元スーパーマーケットを巡る筆者にとっては価格改定は事件である。「1970年代の狂乱物価を思えば大したことはない」といえるのかしら、それも疑問である。それに便乗値上げを警戒しなければと思うが、消費者の家計はそうとうに傷んでいるから、値上げに消費がついていけない、高エンゲル係数世帯がさらに増えていくと思われる。そうなると2月の高市ブームが反転するかもしれない。
それにしても、160円もの円安は有害であるが、150円でも非常識なぐらい安すぎる。海外からの旅行客が安い安いと喜んでいる姿を見るにつけ、円安容認の政府・日銀への反感がつのる。「○○○○○!」といいたい気分である。
様子見が好物の植田日銀総裁の慎重さはどうであろう。情勢を見定めてからというのは、雨が止んでから傘をさすようなもので、ワンテンポ遅れているのではないか。それにしても高市総理の「円安ウハウハ観」は天平時代のようで、政権の生命線である国民生活からは距離がありすぎると思う。
高い内閣支持率とはいうものの、生活に即した実感でいえば支持できるような状況ではないというのが庶民(金融資産には縁のない)の感覚であろう。2月8日時点との比較でいえば、生活環境面ではいい話はない。小規模企業での賃上げにブレーキがかかることがないように、労働組合がない企業への働きかけを強化しないとせっかくの賃上げも息が切れるかもしれない。
物価の動向で実質賃金の伸びがきまるので、夏から秋にかけて最低賃金もふくめて要注意であろう。
さて、民主主義の粗しょう化が本家筋ですすんでいる。18世紀からの啓蒙思想が朽ちているのではないか。所得や資産などの格差が忍耐をこえて拡大すれば、流れとしては社会主義への傾倒が生じるはずというのが一般的な見方であるが、トランプ現象に惑わされているのか、別の対立軸が形成されているように思われる。いずれにせよ、格差社会の不都合を解決する道筋が見えてこないのでは話にならない。そのうえでいえば、煽ることと治めることとは真逆であるから、展開如何によっては分断がさらに深まるかもしれない。
だとすれば憂いは深まるばかりである。そこで、ポスト啓蒙思想の時代だと軽々しくいってみたい。暗がりの中でも、いうのは自由だろう。
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