遅牛早牛

「同一労働同一賃金」昔から難問だった

◇  ずいぶんと昔の話であるが、行きつけの理髪店での店主とのやり取り。「5万円の床屋が東京にあるとテレビでやってました」「・・・」「5万円の散髪って一体どんなものなのか」「・・・」「で、うちでやるとしたらどんな内容になるかいろいろ考えてみたんですよ」「どうなったの?」「それがとても難しくって。シャンプーとか最高のものを使っても大した金額にはならないんですね。マッサージを念入りにやってもたかが知れているし、床屋がマッサージで金取ったらおかしいでしょう。」「まあそうだね」「うちでは1万円を超えるのも無理、5万円のサービスなんてとても無理です。」「土地代も安いしネ」

 

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時事雑考「残党ではない、新党だ」

◇ さて政治は安倍三選を受け臨時国会を迎える。召集は10月第4週、24日あたりと予想されている。12人もの新閣僚を迎え波乱含みの展開を期待する向きもあるが、地味であっても中身の濃い議論が大切である。特に、米中経済闘争と米朝協議の進展は我が国にとって重要事項である。また2020年のオリパラの準備状況もしっかりと確認する必要がある。コンパクトといいながらも会計検査院から「すでに8000億円を超える支出があった」と指摘されている。来年秋には消費税率の引き上げが予定されているが、財政規律以前に政治規律が緩んでいるのではないか。世界一の借金大国であることを忘れずに真剣な議論を期待したい。とキレイに締めくくりたいが、相当に期待薄である。特にモリカケはいつまで尾を引くのか。質問する野党をいじる発言が散見されるし、確かにこのことでどんなに頑張っても野党の支持率が上がるものではない。しかしだからといってパスするわけにはいくまい。質問する野党が悪い、報道するメディアが悪いというのは勝手だが、スッキリさせられない政権側に問題があるのであって、さらに政治の遅滞による逸失利益は大きい。国益をいうのなら体勢を変えた方が良かったのではないか。もちろん変えられないのが生きた政治だと分ってはいるが、一言いってみたかった。

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暑い夏は静かに国体を思うべし ③ 皇紀は2600年

 「金鵄上がって15銭、栄えある光30銭、朝日は昇って45銭、紀元は2600年、あゝ一億の金は減る」と母親が口ずさんでいた、昔の話である。

 国民歌「紀元二千六百年」は皇紀すなわち神武天皇即位紀元2600年を祝して創られたが、前述の替え歌のほうがはるかにはやった。皇紀2600年とは、1940年、昭和15年でありすでに日中戦争は泥沼化し、時の政府は戦費調達のためタバコの値上げを断行した。もちろん不評で、国民の反発は替え歌に表れている。

 ところでこの皇紀紀元は明治5年に定められている。明治政府の力作である。正しくは肩に力の力作である。

 国体論のスタートは明治維新にある。なぜ神武天皇即位を紀元としなければならなかったのか。西暦645年「大化」が元号の初出であるから、紀年法として使うなら「大化」元年を、さらに元号の連続性を重視するなら西暦701年の「大宝」を起点とすれば何の問題もないうえにすごく便利である。にもかかわらずなぜ、在位年数はおろか実在すらあいまいな伝承神話から類推しての紀元を創作したのか。もちろん歴史学ではなく国民の伝承として神武天皇を初代とすることに異論はないが、紀年法は別である。

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「政党・政治の歴史を踏まえた今後の政治」ー電機連合NAVI №65(2018年Ⅰ号)から転載ー

目の前にある悲嘆と悲観

2018年は例年にも増して騒がしい年になるだろう。地球は一つ。国境はあるが宇宙船から眺めるとそんなものはない。だから壁を造らねばと、彼の国の大統領はいう。そんな中、壁があっても無くてもイエメンの惨状はさらにひどくなるだろう。港湾の封鎖は大量死への確実な一歩となる。

昨年12月末台風27号がフィリピンを襲い大量の雨を降らせた。気候変動を原因とする自然災害が多くの人々を害する。干ばつや山火事の被害ははかり知れない。

さまざまな紛争の出口は死者、負傷者、生活破壊、避難民の山である。終わりのない悲劇の中で当事者は自身の正義を叫ぶばかりだ。

世界人口の約半数36億人分の総資産と同額の富が8人の富豪に集中していると2017年オックスファムは伝える。富の集中は加速度的だ。タックスヘイブンに置かれている個人資産はおよそ7.6兆ドル。その推定節税効果は1,900億ドルで毎日1ドル1年間5億2千万人に配布できる額である。所得再分配における金の流れでいえば逆向きである。加えて異次元の金融資産集中。これで災いの起こらないはずはない。

強欲資本主義と指弾されたのはリーマンショックの後だったか。否もっと前から金融経済化の弊害は指摘されていた。働かない金が金を生むことをどう説明すればいいのだろうか。子どもたちに。

これらの悲嘆と悲観から本当に脱却できるのか、たしかなのは悲嘆と悲観の放置が暴力を生み、暴力はカタストロフィー(崩壊)を招くことである。

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時事雑考「米中経済闘争のそれから」

◇ 貿易摩擦問題ではない。貿易戦争でもない。貿易不均衡を材料にした経済闘争ではないのか、米中のもめごとは。普通もめごとは初期消火に失敗すれば拡大するもので、はなから消化する気がなければ大ごとになる。一番まずいのは売り言葉に買い言葉状態で、わざわざ理性の世界から感情、情動の世界へ引っ越しをしている。人類は情動を抑制するのが下手なので、できれば理性の世界へ帰ったほうが良いに決まっているが、子供には簡単であっても政治家には難しい。いま難しい局面にあって、世界は迷惑している。

◇ 何事もやりすぎはよくない。簡単な教訓ではあるが、これがなかなか身につかない。米中貿易摩擦の原因は中国政府のやりすぎにある。善悪ではない。やりすぎが問題なのだ。

◇ 知的財産権についての中国政府の対応は不十分で、いくら自由貿易を標榜しても説得力がない。財産権の侵害はどの国どの世界においても法違反である。

◇ 他国から信認を受けるためには、約束を守ることが大切である。また説明責任を果たし、自らに責任があることから発生した被害の賠償には誠意をもって応じなければならない。国も、機関も、企業も、法人も、そして人も同じである。

◇ 韓国にサードを配置する場所に絡んで、特定の韓国企業が中国において営業妨害にあった。ひどいことである。何年か前にも日本企業が被害にあった。これは些事ではない。大事である。中国に資本を投下し、経済活動を展開することはリスクを伴う。そのうえ、坊主憎けりゃ袈裟まで方式でやられた日にはやってられない。

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暑い夏は静かに国体を思うべし②

 前稿で『なぜ負けるとわかっていながら戦争を始めたのか』『それは誰にも止められなかったのか』との疑問を、まあ人生の宿題として時々思い巡らせてきたと述べた。戦後生まれだが、戦争を引きずる世代として個人的にも歴史認識の決着を図りたいと願いながら、牛の道草のようにだらしのない時を過ごしてきた。そしていよいよ電池残量が気になる齢となり本気で焦っている。それにしても難しい宿題だとぼやく日々が続く。

 そういう日々の焦りの中で、ふと見つけたのが、『国体論 菊と星条旗』(白井聡 集英社新書)だった。いまどき国体か、であるが、なるほど国体なのだと得心した。つまり、白井聡氏の主張は当たっている。論証とか検証などというややこしいことは横におき、共感するものがある。

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時事雑考「暑い夏は仕事の手を休め、振り返ってみよう」

◆何事も振り返ってみると見えてくるものがある。1年。2年。3年前の事柄をゆっくりと思い返しながら、見慣れた映画を何回も見るように。

◆2017年の通常国会は悪い意味で佐川理財局長(当時)の独り舞台だった。質問が集中する中で答弁の強弱が変遷していく。そして、メモ、資料など残っていないとの強弁に至った。なぜそこだけが強拍(強い調子)だったのか、疑問に火がつく。

◆私が言うお役人とは、高い教育と学力、鍛えられた人間関係能力また現実適応能力や使命感などを持つ精鋭集団であって、キャリア、ノンキャリアの区分を問わず仕事のできる人たちである。19847月、全日本民間労働組合協議会の事務局に出向いて以来、私の立場はいろいろ変わったが、もう34年交流は続いている。

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暑い夏は静かに国体を思うべし ①

 夏休みのメインテーマは宿題であった。残された数日でどうやりくるか。毎年同じことの繰り返し。計画は立てるが一つも実行されない。正しくは実行できない、そんな怠け者の自分に対する自己嫌悪。積もり積もった自己嫌悪の山に埋もれて、いつも宿題はやり残され、ただ時間だけが経っていった。

 夏休みの宿題とそれをまじめに処理できなかった自分に対するいやな感じは今も滓のように意識の底に積もってはいるがもう慣れてしまった。またどうでもいいことである。

 しかし、人生には別の宿題がある。怠け者だから仕方がないとあきらめたり、放り出すことのできない宿題がある。それは自分が為したことではないが深くかかわっていることである。

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時事雑考「中身のない国会だった」

 平成30年の通常国会が終わる。なんかだるい。半年余り時間を使った割には、中身がなかった。その国会開催中に発生した西日本豪雨は悲惨なものでした。それは5日から気象庁による異例の警告に始まり、「えっ、どういうことや」と聞くほうにも何とも言えない不安感を持たせる、人生初めての体験。そして警告通りの豪雨、豪雨。予測の的中が心中に何とも言えない褥瘡を生む。そして多くの犠牲者を前に言葉もない、自然災害だからと思いつつも、いや何かできたこともあったのでは、あるいは災害への備えを考え直すべきではないかと思い悩む。鉛を飲み込んだ感じで、重苦しい。だから、だせぇ国会だったぜ。

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妄想か、貴族院時代へのタイムトラベル

 着席してから議長がギャベルを叩くまでの数分間は思いを巡らせる自由時間であった。参議院本会議場は荘厳な雰囲気を漂わせ21世紀を忘れさせる空間であった。また天井はステンドグラスを通して自然光を取り入れていることから間接的に外の天気がうかがい知れる、どこかと繋がった感じの空間でもあった。

 約70年前そこは貴族院。議場の調度は桜木が中心でその堅い木地が反響を硬くしているのは当時も同様であったに違いない。

 「この席にはだれが座っていたのだろうか」。

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