遅牛早牛

時事雑考「米中経済闘争のそれから」

◇ 貿易摩擦問題ではない。貿易戦争でもない。貿易不均衡を材料にした経済闘争ではないのか、米中のもめごとは。普通もめごとは初期消火に失敗すれば拡大するもので、はなから消化する気がなければ大ごとになる。一番まずいのは売り言葉に買い言葉状態で、わざわざ理性の世界から感情、情動の世界へ引っ越しをしている。人類は情動を抑制するのが下手なので、できれば理性の世界へ帰ったほうが良いに決まっているが、子供には簡単であっても政治家には難しい。いま難しい局面にあって、世界は迷惑している。

◇ 何事もやりすぎはよくない。簡単な教訓ではあるが、これがなかなか身につかない。米中貿易摩擦の原因は中国政府のやりすぎにある。善悪ではない。やりすぎが問題なのだ。

◇ 知的財産権についての中国政府の対応は不十分で、いくら自由貿易を標榜しても説得力がない。財産権の侵害はどの国どの世界においても法違反である。

◇ 他国から信認を受けるためには、約束を守ることが大切である。また説明責任を果たし、自らに責任があることから発生した被害の賠償には誠意をもって応じなければならない。国も、機関も、企業も、法人も、そして人も同じである。

◇ 韓国にサードを配置する場所に絡んで、特定の韓国企業が中国において営業妨害にあった。ひどいことである。何年か前にも日本企業が被害にあった。これは些事ではない。大事である。中国に資本を投下し、経済活動を展開することはリスクを伴う。そのうえ、坊主憎けりゃ袈裟まで方式でやられた日にはやってられない。

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暑い夏は国体を思うべし②

 前稿で『なぜ負けるとわかっていながら戦争を始めたのか』『それは誰にも止められなかったのか』との疑問を、まあ人生の宿題として時々思い巡らせてきたと述べた。戦後生まれだが、戦争を引きずる世代として個人的にも歴史認識の決着を図りたいと願いながら、牛の道草のようにだらしのない時を過ごしてきた。そしていよいよ電池残量が気になる齢となり本気で焦っている。それにしても難しい宿題だとぼやく日々が続く。

 そういう日々の焦りの中で、ふと見つけたのが、『国体論 菊と星条旗』(白井聡 集英社新書)だった。いまどき国体か、であるが、なるほど国体なのだと得心した。つまり、白井聡氏の主張は当たっている。論証とか検証などというややこしいことは横におき、共感するものがある。

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時事雑考「暑い夏は仕事の手を休め、振り返ってみよう」

◆何事も振り返ってみると見えてくるものがある。1年。2年。3年前の事柄をゆっくりと思い返しながら、見慣れた映画を何回も見るように。

◆2017年の通常国会は悪い意味で佐川理財局長(当時)の独り舞台だった。質問が集中する中で答弁の強弱が変遷していく。そして、メモ、資料など残っていないとの強弁に至った。なぜそこだけが強拍(強い調子)だったのか、疑問に火がつく。

◆私が言うお役人とは、高い教育と学力、鍛えられた人間関係能力また現実適応能力や使命感などを持つ精鋭集団であって、キャリア、ノンキャリアの区分を問わず仕事のできる人たちである。19847月、全日本民間労働組合協議会の事務局に出向いて以来、私の立場はいろいろ変わったが、もう34年交流は続いている。

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暑い夏休みは静かに国体を思うべし ①

 夏休みのメインテーマは宿題であった。残された数日でどうやりくるか。毎年同じことの繰り返し。計画は立てるが一つも実行されない。正しくは実行できない、そんな怠け者の自分に対する自己嫌悪。積もり積もった自己嫌悪の山に埋もれて、いつも宿題はやり残され、ただ時間だけが経っていった。

 夏休みの宿題とそれをまじめに処理できなかった自分に対するいやな感じは今も滓のように意識の底に積もってはいるがもう慣れてしまった。またどうでもいいことである。

 しかし、人生には別の宿題がある。怠け者だから仕方がないとあきらめたり、放り出すことのできない宿題がある。それは自分が為したことではないが深くかかわっていることである。

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時事雑考「中身のない国会だった」

 平成30年の通常国会が終わる。なんかだるい。半年余り時間を使った割には、中身がなかった。その国会開催中に発生した西日本豪雨は悲惨なものでした。それは5日から気象庁による異例の警告に始まり、「えっ、どういうことや」と聞くほうにも何とも言えない不安感を持たせる、人生初めての体験。そして警告通りの豪雨、豪雨。予測の的中が心中に何とも言えない褥瘡を生む。そして多くの犠牲者を前に言葉もない、自然災害だからと思いつつも、いや何かできたこともあったのでは、あるいは災害への備えを考え直すべきではないかと思い悩む。鉛を飲み込んだ感じで、重苦しい。だから、だせぇ国会だったぜ。

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妄想か、貴族院時代へのタイムトラベル

 着席してから議長がギャベルを叩くまでの数分間は思いを巡らせる自由時間であった。参議院本会議場は荘厳な雰囲気を漂わせ21世紀を忘れさせる空間であった。また天井はステンドグラスを通して自然光を取り入れていることから間接的に外の天気がうかがい知れる、どこかと繋がった感じの空間でもあった。

 約70年前そこは貴族院。議場の調度は桜木が中心でその堅い木地が反響を硬くしているのは当時も同様であったに違いない。

 「この席にはだれが座っていたのだろうか」。

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閉会してはならない、結論が出るまでは

 けだるくて感じが悪い。国会を中心とした政治状況が、である。何かの病のようで、確たる病ではない。これが「未病」なのかと思いつつ、新聞に目を落とすと私大アメフト部の悪質タックルをめぐる騒動が長引いている。大学の運動部は華やかで、ニュース価値も高い。だから枠からはみ出た部分は何かと騒がれるものだが、今回のケースは「監督の指示による反則タックル」の疑いを起源とする連鎖反応型騒動である。

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時事雑考「ようやく中道新党がスタート」

―「遅牛早牛」として雑論を掲載してきましたが、2000字を超えるものはどうしても足が遅くなり、時宜を失いがちになります。そこで、「時事雑考」として推敲不足ではありますが時宜にかなう◆式の雑考を掲載することにしました―

「ようやく中道新党がスタート」

◆ 難産とは思えないが予想以上に時間がかかった。「なぜ餅にカビが生えたかって?そりゃ早く喰わねぇからだ」と有名な小話を思い出す。とは言えいろいろな事情があったのだろう。外野があれこれ言っても仕方がない。これで中道に家が建ったのだから、当面野党として精進してほしいものだ。

◆ 時間がかかった理由の一つに、旧民進党陣営の流れ方への思いがあるのだろう。会派統一の呼びかけが必要だったのか、外野から見ると疑問ではあるが、当事者らの気分としては必須だったと推察する。ウェットでやさしいね。その点、立憲民主はドライである。とにかく拠点を固めること。同感である。昔のなじみに気を遣う余裕などありゃしない。サバイバルファースト。

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変わり目ー政局も報道もー

 本欄201782日掲載の『「軽傷」「重症」「致命傷」』において ―― 安倍官邸は72425日と衆参において開催された総理入りテレビ入りの予算委員会で加計問題などの疑惑払しょくに努めたが「120日」と言う荷物を新たに背負い込んでしまった。そもそも初手の侮りが事態の悪化を招き、偉そうに「怪文書」と切り捨てたものだから反発は収まらない。それにしても厳しい野党時代の経験から暴飲暴食をつつしみ生活習慣病の克服に精励したはずなのに、驕りは何の病なのか。とはいっても「軽傷」には違いない。しかし、止血帯は傷口を外している。感染症の心配も。―― と記したが、出血が止まらず感染症を起こし重体となった。昨年10月の総選挙の勝利も感染症対策にはならなかった。どこかで素直にわびればひどくはならなかったと思う。人は小さな嘘を取り繕うために大きな間違いを犯すものだ。

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籠池氏、佐川氏証人喚問に思う

「人には沈黙する権利があり、表現する自由がある」

己にとって都合の悪いことは語らなくともいい。沈黙を罰することはできない。これは人権擁護の基本原理である。同時に、人は表現の自由をもつ。いつでも、いかなるところで表現していい。しかしそれによって生じる不都合については責任を負う。

 昨年323日の籠池泰典氏と本年327日の佐川宣寿氏の証人喚問は好対照であった。「本当かしら」と思わせるほどの籠池氏の饒舌、一方で「そこまで隠さなければいけないのかね」と疑念を引き寄せる佐川氏の拒否。きついコントラストだったが国会としてどんな意義があったのか。中途半端感は免れない。国有地売却と公文書改ざんの真相解明、責任の所在などテーマを整理して議論を進めないと結局対策までは届かないのではないか。野党にしても内閣支持率の低下だけが目的ではないと思うが。政争は政争としてあっても仕方ないがそれだけに終始するのでは建設的な進展がないし国民には疲労感と不信感だけが残る。

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