遅牛早牛

時事雑考「ようやく中道新党がスタート」

―「遅牛早牛」として雑論を掲載してきましたが、2000字を超えるものはどうしても足が遅くなり、時宜を失いがちになります。そこで、「時事雑考」として推敲不足ではありますが時宜にかなう◆式の雑考を掲載することにしました―

「ようやく中道新党がスタート」

◆ 難産とは思えないが予想以上に時間がかかった。「なぜ餅にカビが生えたかって?そりゃ早く喰わねぇからだ」と有名な小話を思い出す。とは言えいろいろな事情があったのだろう。外野があれこれ言っても仕方がない。これで中道に家が建ったのだから、当面野党として精進してほしいものだ。

◆ 時間がかかった理由の一つに、旧民進党陣営の流れ方への思いがあるのだろう。会派統一の呼びかけが必要だったのか、外野から見ると疑問ではあるが、当事者らの気分としては必須だったと推察する。ウェットでやさしいね。その点、立憲民主はドライである。とにかく拠点を固めること。同感である。昔のなじみに気を遣う余裕などありゃしない。サバイバルファースト。

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変わり目ー政局も報道もー

 本欄201782日掲載の『「軽傷」「重症」「致命傷」』において ―― 安倍官邸は72425日と衆参において開催された総理入りテレビ入りの予算委員会で加計問題などの疑惑払しょくに努めたが「120日」と言う荷物を新たに背負い込んでしまった。そもそも初手の侮りが事態の悪化を招き、偉そうに「怪文書」と切り捨てたものだから反発は収まらない。それにしても厳しい野党時代の経験から暴飲暴食をつつしみ生活習慣病の克服に精励したはずなのに、驕りは何の病なのか。とはいっても「軽傷」には違いない。しかし、止血帯は傷口を外している。感染症の心配も。―― と記したが、出血が止まらず感染症を起こし重体となった。昨年10月の総選挙の勝利も感染症対策にはならなかった。どこかで素直にわびればひどくはならなかったと思う。人は小さな嘘を取り繕うために大きな間違いを犯すものだ。

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籠池氏、佐川氏証人喚問に思う

「人には沈黙する権利があり、表現する自由がある」

己にとって都合の悪いことは語らなくともいい。沈黙を罰することはできない。これは人権擁護の基本原理である。同時に、人は表現の自由をもつ。いつでも、いかなるところで表現していい。しかしそれによって生じる不都合については責任を負う。

 昨年323日の籠池泰典氏と本年327日の佐川宣寿氏の証人喚問は好対照であった。「本当かしら」と思わせるほどの籠池氏の饒舌、一方で「そこまで隠さなければいけないのかね」と疑念を引き寄せる佐川氏の拒否。きついコントラストだったが国会としてどんな意義があったのか。中途半端感は免れない。国有地売却と公文書改ざんの真相解明、責任の所在などテーマを整理して議論を進めないと結局対策までは届かないのではないか。野党にしても内閣支持率の低下だけが目的ではないと思うが。政争は政争としてあっても仕方ないがそれだけに終始するのでは建設的な進展がないし国民には疲労感と不信感だけが残る。

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世に三塞あり、国会、日銀、民進党

 世に三塞あり。国会の閉塞。日銀の閉塞。民進党の閉塞である。

 国会での審議が3月19日再会した。「財務省が森友学園との国有地取引に関する決裁文書を改ざんした問題」が当面のテーマとなっている。現在参議院予算委員会が舞台であるが、議論が分かりづらくなっている。その原因の一つは野党が7つもあり、事前ヒアリングは6党で合同して行っているが、質問点を含め質疑構成などについて十分調整されていないところにある。

 また土地取引にかかわる疑惑解明なのか、改ざん理由解明なのか、はたまた政府に対する責任追及なのか、質問の都度、主題が変わり集中できていない。

 もし真相解明に軸足をおくのであれば、そのための場を国会の責任において設けるべきであろう。一方、土地取引にかかわる疑惑解明については、国有財産を不当な価格で処分したという背任容疑が中心なので国会では難しい。検察の仕事である。

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三月十六日、即詰みの風景

 将棋ブームである。名人戦などでは別室に大盤が用意され、解説や予想でにぎわう。テレビ対局ではプロ棋士による解説が放映される。

 「詰んでますね。う~んと。」解説者がつぶやくと、見る側に緊張が走る。「いや、失礼しま~した。う、こうなるとわからないか。いやそうでもないか。」と独り言がつづく。どっちでもいいから、はっきりしろ。と内心いらだつ。

 一時間半の番組の中で、ここがもっとも面白い場面である。私のような素人には、5手先、7手先を読むのは難しい。詰将棋問題には正解があるからいいようなものだが、詰むのか詰まないのかが分からないと素人は途方に暮れる。ましてプロ棋士が読む何十手先の詰み手順の有無は素人には神がかりである。また詰み手順があると思えても完全に詰むかどうか短時間での検証は難しい。だから解説者もはっきりはいわないのだろう。

 また詰み手順があるにしても、対局者が間違えると詰まなくなる。手順が前後するだけで局面が変化する。よほどはっきりした手順でない限り解説者はいわない。即詰みがあるのにそれを見逃すことはプロ棋士の恥である。あからさまにいわないのは対局者への気遣いもあるのではないか。

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裁量労働制をめぐる答弁撤回ー答弁は政治家の責任ですー

 129日衆議院予算委員会において「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」と安倍首相は答弁したが、216日午前の衆議院予算委員会では「129日の私の答弁は撤回するとともに、おわびを申し上げたい」と撤回した。

 首相の国会での前言撤回はきわめて珍しいことである。しかしこの時点で何がいけなかったのか、つまびらかではない。というのは216日午後、「データもあると話をしているわけで、これのみを基盤として法案を作成していない」との発言を朝日新聞は伝えている。確かにデータがあることは事実である。だから20157月の衆議院厚労委員会で当時の塩崎恭久厚労大臣も同様の答弁をしている。

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まったなし、国会改革(国会は行政府から独立せよ)

 来週22日、通常国会が開会される。課題山積の中、国会への要請が各紙を賑わせる時期となった。各方面からの要請あるいは注文はそれぞれに意味のあることであるが、問題は国会を構成する衆参両院の国会議員自身の考えであろう。

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年頭に「無災厄」を祈る

 「あけましておめでとうございます」と新年を寿ぎながら、例年になく力の入らない正月だったと思う。何がめでたいのか。とりあえず無事に新年を迎えられてよかった。という意味ではその通りだが、逆に無事に迎えられないケースとはどのような事態なのかしら。

 年末に飲み過ぎて体調を崩したり、老親が危篤になったり、家族が交通事故にあったり、といった個人的事情において無事ではないこともありうるから一言めでたきかなとつぶやいてもいい。独り言だから、いい。

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今日的リベラル考「やっていることはかなりリベラル」安倍首相

 「私がやっていることは、かなりリベラルなんだよ。国際標準でいけば」と朝日新聞(1226日朝刊)は安倍首相の言葉を伝えた。「リベラリズム」あるいは「リベラル」は多義的かつ相反する意味をもつので、同紙は「ここで言う「リベラル」とは、政治的な立ち位置のことではない。経済を市場や民間に委ねるのではなく、政府が積極的に関与し、所得再分配の機能を強めていくという文脈で使った表現だ。」との解説を加えている。 

 筆者は団塊世代である。若い頃、リベラリズムの用語法がズレだし、最終的に真逆に近いところに落ち着き、面食らった記憶がある。以来使いたくない言葉の一つとなった。

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野党結集の壁 (岡田さんの気持ちはわかるけれど、、)

今年はひどい以外の何物でもないと衆院会派「無所属の会」代表岡田克也氏が12月5日午後の記者会見で語ったという。 また、党員・サポーター、有権者のみなさまに本当に申し訳ないとの思いを表したうえで、謝っているだけではいけないので、どういうふうに力を結集していくか、今までの様々な信頼関係をもとに話し合いをしていきたいと結んだとのことである。

 しごく当然のことだと思う。岡田氏は2014年12月の総選挙の後、落選した海江田氏の後任として民主党代表に就き、蓮舫氏に代表を譲る2016年9月まで厳しい状況にあった党の立て直しのため尽力し、維新の党の議員との合流の上、民進党を立ち上げた中心人物である。民主党からの党名変更なのか、新たな政党発足なのか、認識は別れるが民進党の初代党首は岡田氏であることに間違いはない。だから忸怩たる思いであろうと推測できる。

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