遅牛早牛

時事雑考 「COVID-19下で臨機無能があらわに?ショボいことに」

◇ なんとなく調子が悪いこんなはずではなかったのにとつぶやきながらこの先どうなることやらと闇夜に向かう夕暮れどきに感じるような不安。体調ではない、世の中の動きである。サイコロもわるい目がではじめるととうぶん続くと誰かがいっていた。世の中のネジがゆるんでいるのか、そろそろ鬼か天狗か猩々がでてくるぞ。

◇ 医療逼迫だと聞く。3月21日、1都3県に残されていた第2次緊急事態宣言が解除された。なお関西、中部、福岡の6府県は3月1日に先行解除されていたが皮肉にもその大阪が第3次の発端となった。とくに一部の医療現場の逼迫状況が衝撃的に報道され隣接する府県も厳しい状況にいたっているとも伝えられ、病床の逼迫が入院前重症者や死亡者の増加につながっているとさわがれるなかで政府、自治体、医療機関への圧力は日をますごとに厳しいものとなっていった。

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時事雑考「バイデン時代の米中対立劇が幕開け、日本は重心を落とせ」

歴史のまがり角日米首脳会談に注目するも最重要事項は秘匿

◇ 先週18日、アラスカ州アンカレッジで米中の外交トップがおたがいに火花を散らしバイデン時代の米中外交の幕開けとなったいわゆる「アラスカ対話」についていくつか気になるところを述べてみる。

◇ 一つは、おたがいに思っていることを口にすることは時には大切でやるからには露骨なほうがわかりやすい。

 今回は、米国側が「『新疆ウイグル自治区、香港、台湾、米国へのサイバー攻撃、同盟国への経済的な強制行為に関する我々の深い懸念についても提議する。これらの行動はいずれも世界の安定に欠かせないルールに基づく秩序を脅かすものだ。単なる内政問題として片付けるのではなくこの場で提議する必要がある』」(日経新聞電子版2021年3月19日21:33「『民主主義を押しつけるな』 米中外交トップ冒頭要旨」)と難儀な一連の課題をストレートにテーブルにならべきったことは当面の主旋律を明らかにするという意味で評価したい。

 一方の中国側は、内政干渉だと強く反駁したが、口調や態度は厳しいものの中身は嫌みの列挙に過ぎなかったといえる。今回は中国側が受け身であることが際立ったが、2017年に始まった通商交渉から米側の出方次第という構図に変わりはないということであろう。

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時事雑考「2021年3月、未だ政局にならず前夜祭もなく」

あるとき目にとまった記事がどういう了見で書かれたのかと

◇ ときどき、あらっと思う記事にであう。朝日新聞3月11日の朝刊(14版)「『原発ゼロ』枝野氏の苦慮」との見出しをつけられた署名記事である。中見出しが「公の場で発言避ける」「合流の議員反発◼支援団体『自重を』」となっていて、リードに「-略-『原発ゼロ』をめぐり、枝野幸男代表が発言に苦慮している。-略- 今秋までに行われる衆院選をにらみ、枝野氏がいかに原発政策を打ち出していくのか、注目される。」とあった。

 記事は原発政策をめぐり立憲民主党内に意見の違いがあることを示すもので、その要因の一つに昨秋の合流で脱原発に慎重な旧国民民主党の議員が加わったことをあげている。

 この報道を複雑な思いで受けとめている支援者もいるだろう。というのも、合流新党の綱領には原発ゼロ社会の実現が堂々と掲げられており、また同記事も触れているように2018年3月に提出された「原発ゼロ基本法案」が今でも継続審議となっていることから、何を今さらというのが多くの支援者の受け止めではないか。すくなくとも原発ゼロを評価する支援者にとって2017年10月の総選挙での公約(原発ゼロ)は重要な判断材料であったと思われるし、2020年9月の合流新党の綱領がさらに支持を強めさせたといえるであろう。なら「苦慮」する必要はないのではないか。むしろ、もっと強力に推し進めるべきというのが党としては筋論であろう。

 ということで、もはや議論の余地のない課題なのにこのタイミングでなぜこの記事がでてきたのかということの方に興味が向くのだが、これは余計な詮索なのか。

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時事雑考「2021年3月は逡巡の季節、それにしてもEVははしゃぎすぎではないか」

◇ 3月2日、2021年度予算案が衆議院で可決された。現在、参議院で審議中だが、憲法規定の30日ルールにより3月中に成立することが確実となった。最大野党の立憲民主党は、日程について与党ペースを受け入れたのは審議過程と内容で実を取るためだったと衆議院での審議を振りかえりながらそのように説明している。(3月3日報道)

 確かにスケジュール闘争の険しい雰囲気はなかった。その是非は置き、政権にとってかなりややこしい醜聞が転がっている中で年度内成立を許容すると「何か裏があるのでは」といった憶測を呼ぶことになる。したがって、それが分かっていながらそうしたからには野党第一党として何かしらの作戦があったと推察するのが自然であろう。そこでこれを作戦説としておこう。

 一方で、追求型の国会質疑がどうにも評判が悪いことから、ありていにいえば自信喪失の中でゆるい対応に終わらざるを得なかった、という自信喪失説も捨てがたい。

 他に通好みをいえば、与野党国対癒着説があるが、今さら何をというものでこの確率は低い。しかし、一応考察の対象とするのが批判的論評の「お約束」なので取りあげるが、根拠は接触が長くなるとどうしても癒着するらしいという程度の他愛ないものと思う。現象をいえば国対責任者のキャラが人付き合いを好み、生成(きな)りで親和性が高いといった場合、癒着とはいわないが密着度の高い人間関係に発展することへの周辺からの牽制が現れているのかも知れない。

 そのような関係はべつに悪いことではないが、一般にはあまり長く同じ役職に居させないということになるのではないか。

 さて、大切な推論をすっ飛ばして結論だけを述べるなら、作戦説の確率が相当に高くその心は「管総理相手に総選挙を戦いたい、それもできるだけ遅い時期に」ということであろう。

 具体的には、解散に追い込まない、9月の自民党総裁選で替えられないように深追いをしない、といった生かさず殺さず作戦だと聞けば納得のいく気がする。まあ、応援はしないが致命症も与えないという高度な対応に、あの生硬な立憲民主党がね、と感慨をこぼしたいがまた甘いと難じられるのが嫌だから止めておこう。

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時事雑考 「2020年2月末、ワクチン接種からマイナスサムゲームへ」

隠居のニューノーマル

◇ 2月もそろそろ終わり、ここで「早いもので」をはさむと一気に陳腐で分別臭くなるから少し我慢して「今年の1月、2月はなぜか長く感じた」と。さらに「これといった用事も無かったのに、どうしたわけか」と自問風に続け、たとえばコロナ騒ぎの緊張感が神経を鋭敏にしそれが時間を長く感じさせたのではといった理屈っぽいものではなく、もっと洒落た中オチをと思っていたのに、オチが見つからない。

 原因は、本当にヒマだったから直(ちょく)に時間を持てあましていた、それだけのこと。たぶん来月もそうだろうし、おそらくその先もあまり変わらないだろう、つまりヒマの常態化。これがニューノーマルなのか。 

◇ そんな風に理屈をこねてもだめ、隠居はヒマだから隠居なんで、ニューノーマルもヘチマもない、だから隠居があたかも世の役にたっているがごとくそわそわと出かけていたのがそもそもの間違い。外に居場所はおろか出番なんかない。

 だから、不要不急といわれてみるとなるほど毎日が不要不急なんだね。こうなると、端(はな)から無くったっていいような気がする、それ人生そのものが。少しいいすぎだけど、世の中逆さ景色がそんな風になっているのではないか。

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時事雑考「2021年2月 妄想から覚め、風の未だ冷たきを知る」

◇ 現首相の発信能力に疑問符がついている。そうかも知れない。しかし、「だから何なの」という声もある。確かに心に響いてはいないと思う。それに議員としても演説はうまくない。が、まあ嘘よりはましではないかとつくづく思う。  

 ところで、響きすぎるのも暑苦しい。演説の巧拙が感染症対策の効果性を決めるとも思われない。だいいち国民は適切に行動抑制しているのだから当初の目的は達成できているといえる。感染症対策こそ首相の演説に寄りかかるべきものではないだろう。

 そういえば小泉時代は首相の言葉に動かされた。古い話であるが2005年の郵政解散時のテレビ姿は鬼気迫るもので選挙結果も壮烈であった。時に巨大な情念が政治を支配する危険性を感じたが、幸いにも自民党は全体主義には陥らなかったが、与野党ともに党首の発信力に過度に依存するようになってしまった。また有権者への迎合が強まった。今は演説下手っぴ-な政治家で世の中が治まることのありがたみを感じ、そのことを神仏に感謝したいぐらいである。

 なんといっても、政治は国民の被統治能力が肝心だと考えているので、国民の受信能力の方に着目したい。そもそもコミュニケーションは送信側と受信側の共同作業だからフィルターやバイアスがあることを考えながら双方が努力することが大切であろう。今さらドイツのメルケル首相と比較しても仕方がない。感動させても結果が出なければ馬鹿みたいではないか。

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時事雑考 「2021年1月の妄想-破壊あるいは破滅が待つ惑星地球号-」

◇ 「解散総選挙はどうなりますか。やはり10月ですか」と聞かれ「コロナ次第」と答えていたのが昨年早春から晩夏のころで、今年も状況は変わっていない、コロナ次第である。

 昨年1年間の感染者数と死者数の推移グラフを見れば今年の感染状況がどうなるのかおおよそ見当がつくであろう。それは最初に丘があって、次に小山があって、さらに大山があってという実に簡単な話である。しかし、グラフは簡単でも感染被害は深刻である。

昨年4月頃つまり第一波が収束しはじめたとき、この先一年間の感染予測をどのように考えていたのかと振りかえれば、第二波こそは警戒の対象であったものの、第三波以降については考える気すらないという状況だった。すなわち想定外ではなく思考外であったのである。先のことは何も考えない、いつものことだが大事な局面できまって長期展望を欠くのである。1930年代もそうであったが、国の方向を決める重大な議論において緻密な討議を嫌う癖があって、結局国策を過つことが多かった。今回もその例に漏れず、また長期といったって一年先二年先のことではないか、とにかく物事を構造的に捉えることを蛇蝎のごとく嫌っているように見受けられるが、本当に不思議でならない。だから先ほどとは違う意味で深刻なのである。

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時事雑考「2021年はとても憂鬱で気ぜわしく不安で大声を出したくなる年です」

◇ 2021年、改まったという実感が乏しい年明けとなった。やはり新型コロナウイルス感染症の影響は甚大である。相次ぐワクチン開発に一時はホッとし経済も回復傾向を見せていたが再び世界を暗雲が覆っている。年が変わっても事態の深刻さは寸分も緩んではいない。わが国のコロナ禍はまだまだ続く。波乱ではなく大波乱の年となるであろう。

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時事雑考 「2020年を振り返り、2021年を想う」

コロナ禍にあっても人の性根は変わらずや

◇ 2020年はコロナに始まりコロナに終わりつつあるが、その影響は実に大きく深い。それにまだまだ続きそうだ。さてどう続いていくかは誰にもわからない。それにしてもワクチンはどの程度効くのか、いつごろ行き渡るのかなど新年もあれやこれやと感染症に翻弄されることは確かである。

 また災厄にあってグローバリゼーションが持つ感染拡散力のすごさをあらためて痛感しているが、だからといってグローバリゼーションを止めることにはならない。残念ながら甘受せざるをえないことになる。まあこれも文明病と受けとめるべきなのか、沈鬱な思いの年の瀬である。

 しかし、文明病と無為に受けとめる前に日常に浸潤しているさまざまなリスクを体系的に整理できていない私たち人類の科学性の欠如が気になる。科学の発展は人類の成果であり、大げさにいえば人類文明の精華である。しかし私たちはそれほど科学的ではない。

 たとえば確率論、統計学、論理学などを習ってはいても身についているとはとてもいい難い。だから、感情が先立ち正しく怖れることができず多くの場合事態を甘くみるか過剰に怖がるかの極端に走りがちで、とどのつまり最適解には遠くおよばないのが現実である。

 今回の災厄も、新型コロナウイルスが原因であることは間違いない。しかし、わくように起こっている被害の多くはむしろ科学性を欠いている私たちが生みだしている気がしてならないのだが、これも何年か後には整理がつき、ことの次第がはっきりすると思う。おそらく正しく怖れることは大変難しいことであったと、そいう結論になるのではないか。

 科学は迷信ではないが、科学といわれる迷信が一人歩きして、余計な悪さをしている。それが被害を広げているともいえる。それにしても、確かなことは私たち人類は科学よりも迷信を好むということであり、さらに嘘と噂も大好きで、どうにもこうにも度しがたいものである、とは地球規模の話であるが人間の性根はそんな千年や二千年で変わるものではないだろう。

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時事雑考「臨時(素うどん)国会が終わった」

◇ 臨時国会が閉じた。素うどんのような国会で、管総理の初舞台としてはいかにも「らしい」ものであったといえる。それにしても閣法7本とは情けなやの一言である。法律の更新は円滑な行政のために必要不可欠であるから国会は遅滞なく対応すべきではないか。かけひきもほどほどにすれば、もっとやれるだろう。

 素うどんではあるが、底にエビ天一本が隠されていた気がしたのが、労働者協同組合法の成立である。全会派賛成の議員立法、それも100条を超える堂々の押し出しである。聞けば10年余の奮闘があり、故笹森清中央労福協会長の念いがあり、関係者の大量の汗があったという。まるで奇跡のようであり、画期の匂いがする。こういう政策・制度の取り組みもあるのだ、久しぶりの快挙の報に心が躍った。

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