遅牛早牛

時事雑考「2025年5月、地球レベルの政治変動が米国を襲う①」

1. もう山は越えたのかとトランプ関税の行方を思案している。思案してみても予測不能であることは変わらない。そこで、昔懐かしい鉛筆転がしでもやってみようかと思ったが、何を占うのかが意外とむつかしい。

 さて、トランプ関税はインフレを招くのかと鉛筆を転がすと何も印字されていない素面がでた。「いまだ分らず」ということか。考えてみれば日用品や雑貨は駆けこみ輸入で米国内には相当量のストックがあるようなので、数か月は小売り価格に影響がでることはないと思われるが、いずれ在庫は底をつく。

 4月の初旬だったか、90日間の発動停止という英断(?)にホッとしたことにくわえ、米中のボスの座争いに似た関税率のもりもり競争が25パーセント、10パーセントを踊り場として同じく90日間の中断にいたったことから、株式や債権あるいは為替市場の空気がおおいに緩んだものの、宇都宮の釣り天井という仕掛けの危うさは消えていないから、「安心するのはまだ早い」と忠告しなければと思っている。

 しかし「ではいつになったら安心できるの」と問われれば、それもそうだよなあと、つぶやくばかりである。

 ところで、安心できないのは、日々売り買いをしなければならない金融市場の気分はともかく、たとえ10パーセントであったとしてもベースライン(一律)関税のもつ景気への阻害性が気になるからであろう。

 各論があるにせよ、その一律という特性はあきらかに米国にとって輸入抑制あるいは消費抑制にはたらくと多くの専門家が指摘しているように、まずはネガティブといえる。

 したがって、貿易赤字はおそらく縮小すると思われるが、そのことだけで米国内での製造業の復活を信じる企業家はいないだろうから、輸入していた品物の多くが品薄になり価格は上向くであろう。という見方が変わらないかぎり、関税の賦課が本格化すればインフレが強まるとの方向感も変わらないと思われる。

 これに対し、ミラン米国CEA委員長がどこかの会議で「輸入比率が(対GDPで)14パーセント程度なので関税がインフレを引き起こすとは考えられない」旨の発言をしたと報じられている。

 そうかもしれない。たしかに、経済全体でいうインフレと個別品の値上がりとは次元のちがう話ではある。しかし、2024年10月までの分野別の輸入額ベースでの構成比は、一般機械(15.8%)、電気機器(14.5%)、自動車及び部品(12.1%)、化学工業品(11.3%)の4分野で53.7%となっている。これらは原材料や部品などの中間財としてサプライチェーンに組み込まれており、波及効果も大きいと思われる。金額ではなく波及効果を見ればその影響は思いのほか大きいのではないか。

 これらのギトギトした分野で短期間で国内製造に切りかえることが可能とは誰も考えないであろう。そこで国内での代替が不能となれば、関税負担は米国内でのコスト増となるから、結果的に物価上昇はさけられないと考えるのが自然ではないか。

 現在のところ、たとえば大統領みずからウォルマートに圧力をかけて、関税の小売価格への転嫁をはばむ作戦のようであるが、圧力には法的根拠はなく時間の経過とともに堤防がやぶれ溢水(価格転嫁が全分野におよぶ)すると思われる。

 しかしこういった予想は現実的ではない。なぜなら、バイデン氏のインフレを批判して勝利したトランプ氏がみすみすインフレの種を見逃すはずがないということで、いずれどこかで「関税賦課」の再中断あるいは再延期を、ディールが成功している証として誇らしげに宣言すると予想できる。彼にとって「関税(タリフ)」は脅しでつかっている間は美しい言葉であるが、本当に適用されるとなればやっかいな問題を引きおこすものであるから、美しい出口のあり方を模索しているのではないかと想像している。

 ということで、ミランCEA委員長の「関税はインフレの原因にはならない」というご宣託は逆説的に的中すると思われる。逆説的とは「インフレを誘引するほどの関税はかけられない、続けられない」ということである。

2. ところで、今日時点で世界がもっとも懸念しているのは、トランプ関税そのものもさることながら、トランプ関税をめぐる騒動が引きおこす「景気後退という気分」が現実化することであろう。始めはリアル感に欠けるが、報道として世界をめぐりはじめると、トランプ関税の影響で世界は同時不況に突入するぐらいの大げさな思い込みが人びとの心理に固着すると思われる。つまり、人びとの不安感が日々の消費意欲を減耗させることこそが世界が懸念するところである。不況は空想から現実へと降下するのである。

 だから、ストレートにいって7月を越えてなお不透明な事態がつづくようだと、関税云々よりも先行きが不透明であることが景気後退の直接原因になることを自覚すべきであろう。トランプ関税を起因として軽い景気後退からトランプ不況へ、さらにトランプショックへと災禍が拡大されることが危惧されるのである。

 という話も今はまだ空想といえるが、これから先も空想のまま壁に貼られた「古びたポスター」であって欲しいものであるが、そのためには多くの人びとがそのように信じなければならない。

 つまり、空想に鋭い嘴や翼を与えず、さらに空想のまま檻に閉じこめておくには、トランプ氏自身が「何事にも限度がある」という自覚と「都合が悪ければ即座に変える」柔軟性を持ちあわせていることが条件となるであろう。

 幸いにも柔軟性については呆れるほどトランプ氏のレベルは高く、逆に高すぎて不確実性を高めるという背反性さえ感じられるが、前言にこだわりをもたない非一貫性に対しては、少なくとも市場関係者はほどほどに安心感をもっていることは間違いないから、投資家が悩みぬいてクリニックに通うこともほどほどにないのである。

 一方の「何事にも限度がある」という自覚の有無については今のところ確認することは難しい。以前にも述べた「大統領取扱説明書」が公開されることはない。秘中の秘であり、各国ともその研究に余念のないところであろう。

 いずれにせよ、極端な言説があふれる国際政治にあって、限度(最終ライン)をわきまえている政治家のグループにギリギリではあるがトランプ氏をならべることに異存はなく、期待も込めて賛成である。

3. いうまでもないことであるが、トランプ氏の取扱いには定説はない。それは彼の価値体系や羞恥体系を一般的なモノサシではかることができないことから簡単には定説化できないということであろう。一般的なモノサシが使えないといえば、最高司令官でありながら軍事にかかる費用が口惜しいほどにもったいないという感覚をつよくもっているようだがかなり珍しいタイプである。しかし、ソロバン勘定優先には悲惨な戦争を抑止するという経路があるので、その逆の経路を塞ぐことを条件に、評価してもいいのではないかと思っている。

 今日時点では、戦闘機やミサイルを使うよりも売りつけるほうが好きという性癖への評価は尚早といえるが、悲惨な現状を前にすれば売るだけなら「まだまし」という文脈において、国際社会はいくばくかの安心をえていると筆者は受けとめている。もし、論旨を大上段にかまえて、あらゆる暴力には反対すべきということであれば議論はかみ合わない。

 コーヒーにそえられるチョコレートの小片ほどのものかもしれないが、今日の情勢をめぐりどんなに高尚な議論を展開してみても、死傷者は少ないほどいいことだけは変わらないのであるから、そういった努力についても評価していくべきであると考えている。口先のことは措き、政治家において何よりも命が優先されることは稀というか、残念ながら状況次第ということで、世界の戦争や紛争による死傷者数は積みあがっていくのである。

4. それにしても、今回の中東でのトランプ外交は氏の面目を一新するほどの内容であり、これほどのまとった成果は例を見ないものであろう。

 2025年5月13日、トランプ大統領はサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談し、6000億ドル規模の対米投資協定をむすんだ。さらに、1420億ドルの武器売却合意には米国製中距離空対空ミサイルをふくむ防衛装備の供与などがふくまれている。

 また、カタールでは最大210機、960億ドルのボーイング機売却をふくむ2430億ドルの経済協定がむすばれ、さらにUAEではAIやエネルギー分野で2000億ドル超の投資協定が調印された。

 荒稼ぎといいたいが、米国にとっての実績として計上されるのは先のことであるが、風呂敷がはち切れそうな成果に国内はもとより関税交渉に難渋している各国への顕示効果としては十分であろう。もちろん、だからといって関税交渉がどうにかなるとは思えない、まあ百貨店屋上のアドバルーンと思えば納得がいくであろう。

 今回のサウジアラビアからの投資は、医療や軍事などの研究、AIデータセンター、エネルギー、インフラなどでの米国企業とのパートナーシップ強化を目指すといわれているが、詳細は不明であり未定である。目の前にある品物の商談ではないから、直ちに米国のものづくりに寄与するものではなく、実現には多くのハードルがあるというものの、先々の楽しみといえるかもしれない。

 それよりも、ガザ地区の完全制圧を目指すイスラエルを(わざとだと思うが)迂回しながら三か国を歴訪し、くわえてイランとの(核開発)協議再開あるいはシリアへの制裁解除などイスラエル一辺倒ではないトランプ流をちらつかせたのは、微妙に変化している関係国の対イスラエル感情を鋭敏に感じてのことであろうが、きわめて重要な課題に対するトランプセンサーの感度のよさに驚きながら、くわえ超特急でそれを行動として表現できるのは普通ではない何かをもっているからであろう。トランプセンサーによればイスラエルわけてもネタニエフ政権への国際的評判が感情面でも急速に悪化しているということだろうが、それはそれで新たな心配事が増えたということである。

 このような反射的なトランプ流がつねに成功するのかは疑問が残る(つまり失敗することも多いと思う)としても、交渉国としては油断のできない相手といえる。

5. さて、トランプ関税の源流について、結局のところ米国CEA委員長ステファン・ミラン(博士)氏が昨年11月に発表した論文「A User's Guide to Restructuring the Global Trading System(国際貿易システムの再構築に向けた手引書)」に注目があつまっている。もちろん手引書(ユーザーズ・ガイド)というタイトルも意味深長であるし、おそらくトランプ氏への指南書ではないかという指摘も的外れではないと思う。

 ただ現実に手引書がどれだけ活かされているのかといえば、項目としてデザートが先にとどいたり、前菜については食卓どころか厨房にもとどいていないといった、システムものにしては料理長(トランプ氏はじめ閣僚)の手腕のせいなのか、結構ちぐはぐ感がつきまとっている感じが率直なところである。

 ミラン氏によれば、米国としてガマンできないほどの貿易赤字の原因がドルの過大評価であり、その是正には関税のほかに、1985年のプラザ合意や87年のルーブル合意のような多国間通貨協定が有効であると考えるので、トランプ氏の私邸にちなみ「マララゴ協定」と呼ばれる新たな通貨協定を模索する可能性がある、ということである。

 つまり、米国にとって諸悪の根源であるドル高を是正するために関税はもちろん、ズバリ通貨協定こそが本命ではないか、そしてその方法論(梃子)として関税を交渉と圧力のツールとしてぞんぶんに使い、また米国の提供する安全保障の見返りとして、他国が米国債を購入し、あるいはすでに保有している短期債を利子ほぼゼロの「世紀(永久)債」と交換することにより、米国としての安全保障の資金調達負担(金利負担をふくむ財政負担)を軽減し、さらに債権をもたない国には高関税を課すことで、通貨協定への参加を促進させるというプランのようである。いいかえれば「通貨政策と安全保障政策との抱き合わせ」によるMAGAの実現プランといえる。

 ここでは、ミラン氏の手引書についての論評は例によって控えるが、米国内においても評価はさまざまである。トランプ支持者は当然好意的であるし、リベラル派はもちろん著名な経済学者たとえばポール・クルーグマン氏などは、経済学的な論理に欠陥があり一貫性がないといった具合で、論文というよりも政治文書の一種と受けとめていると伝えられている。

 といっても、ミラン氏の手引書が示している政策がトランプ関税の源流であるというのはややいい過ぎの感がある。というのも、通貨協定への言及がいまだにトランプ氏の口からでていないことへの説明がつかないので、話がまえにすすまないのである。

 このままではトランプ関税だけで、たしかに差別的な国別関税一覧表についてはトランプ氏が高々と掲げていたが、「マララゴ協定」には言及していないのである。さすがのトランプ氏も尻込みせざるをえない何かがあるのか、それとも単に恥ずかしがっているのか、可笑しな話である。

 それは措き、ミラン氏の手引書にいう安全保障と通貨協定との連携については、それほどの中身があるとは思えないという印象が強く、おそらく作成中なのか、あるいは安全保障の奥が深すぎて間にあっていないのではないかと推察している。

 正直なところ筆者でさえ安全保障と通貨あるいは通商政策との間合いをここまで詰めていいのかと疑問に思うし、むしろ「それはだめでしょう」ととっさに反応したいぐらいである。さらに、相手のある同盟関係をそのように軽く扱っていることに嫌悪感すら感じるのである。

 ということで、わざわざ安全保障を持ちだすまでもない、新手の資金調達方法といったほうが正直ではないか。また、「安全保障への見返り」としての米国債保有とは体のいい借金塩漬けであり、ほぼ徳政令に近いものであろう。もっといえば毎年NATO加盟国や日韓あるいは他の国々が米国債(それも永久債に交換予定の)を買いつづけることが可能なのかは米国が判断することではなかろう。

 さらに、ミラン氏のアイデアでは永久債を担保に協定国はドルを借りだし、そのドルで米国製品を買いまくれということのようであるが、それは同盟国を植民地化することではないか、ほとんどやらずぶったくりの世界というべきであろう。

 安全資産だと思って積みあげた米国債を利子のつかない永久債に交換し、ドルの借入れ権とは名ばかりの資金凍結をおこない、決済通貨ドルの流量を管理下に置くというのであれば、同盟国にはメリットはなく、デメリットの見本市のようなものであろう。グローバルシステムとしては利益の非対称性がひどく、本質は米国にとってのローカルシステムをつくるということであろう。そういいながら百歩譲って、仮に巨額の資金(米国債現物)をもちより同盟国決済基金を作ったとして、公正な運営が期待できるのか、「米国はずっと搾取されてきた」と自国民を扇動している国を、また政権が変わるごとに方向性が大きく変わる国を信頼することができるのか、壁は厚くどこまでも高いといえる。

 すでに、日本や英国あるいは欧州の主要国は目一杯米国債を保有しているのだが、もちろん売る気もないが売ることもできない。だからすでに永久債に近いのかもしれない。それでも利子はつく。

 そこで穿ってみれば、ミラン氏の手引書の肝は「米国債を売却するな」ということであり、安全保障にからめて「売却すればお前も地獄に落ちるぞ」という聞えよがしの独白なのかもしれない。表現をかえれば「売却させるな」「売却されたら地獄に落とせ」ということであろう。現実は中国と民間をのぞき簡単には諸国の保有するは米国債は売却できないのである。

6. もちろん、膨大な財政赤字や貿易赤字を何とかしたいというトランプ政権2.0の問題意識は理解できる。さらに、貿易赤字がドル高という交易条件の悪化によりもたらされ、原因か結果かはべつにして国内ではとくに製造業などの空洞化がすすみ、そのことによりさらに貿易赤字が膨らんでいったことも事実である。

 くわえて、安全保障費の負担も重く、とりわけ同盟国との非対称性は看過できない水準にあることから、安全保障においても応分の負担を求めたい、そのためには関税をツールとして用いるのはやむを得ない、という主張も賛否はべつにして分かる気がする。

 しかし、財政収支の赤字は巨額の減税や感染症対策などが原因であり、安全保障費用が主因であるという主張には同意しかねる。さらに、過大なドル高は基軸通貨であるかぎりまぬがれないもので、その恩恵は米国の一般市民が享受し、世界からの輸入品で豊かな生活を実現している。

 ところで、頂上が見えないぐらい積みあがっている米国債が、不死身と思われていた米国のアキレス腱であったのか、少なくともトランプ政権2.0の表情と行動からはそう見えるのである。

 さて、ミラン氏の手引書をまつまでもなく、新たなプラザ合意(フェーズⅡ)はひつようであろう。しかし、問題は何をするのかも重要であるが、同時に某国の工作や市場に隙を与えないように瞬間的に決定しなければならない。それができなければ破局を迎えることになるかもしれない。筆者の妄想ではあるが、金融政策あるいは通貨政策のために戒厳令が施行されるようでは何をかいわんやであろう。いいたくないが、もしミラン氏の手引書に示されているアイデアを本気で取り組む気があるのなら、同盟国を関税で追いこむような手段はとるべきではない。軍事同盟の意義を一方的に毀損すべきではない。といった信頼を保持する態度をともなわなければ、主要国の協力をえることは難しいと思われる。

 余談ではあるが、グローバル貿易システムの再構築にトライする条件の筆頭は米国への完全な信頼回復である。協力するにやぶさかではないが(筆者などがいうセリフではない)、まず成功確率の高いプランでないとなかなか乗れないことも現実であるから、正式な提案(時期も中身も秘密だろうが)を待つしかないのである。もちろん、トランプ氏と習近平氏の共同提案なら是非もないが。

 内政の延長としての外交ということであれば足並みがそろうことにはならない。また、潮目が変わるとすべてが逆転するといわれている。トランプ流が誤解されるのではないかと心配しているのであるが、これも寝る前の妄想なのであろうか。

つづく

加藤敏幸