遅牛早牛

時事雑考「プーチンのウクライナ侵略と終わりを見通せない経済制裁」

「プーチンのウクライナ侵略戦争」というべきか

◇ 筆が止まってしまった。前回の2022年2月26日「予算案は参院に、ウクライナ侵攻が変える安全保障意識」の後がつづかない。この瞬間においてもロシア軍の都市部への攻撃がつづき死傷者が激増している。しかし、今のところ停戦協議が成果をあげるとは思えない。また協議中であっても攻撃を緩める気配もなく、むしろ無差別攻撃になっているのではないかと心配している。生活空間を破壊し、民間人を死傷せしめ、避難者を苦しめているが、これは「プーチンのウクライナ侵略戦争」と命名すべきものである。(文脈上敬称を略す)

 

国連総会が国連を支えたが、新しい風を吹かせることができるのか

◇ この侵略に国際社会が受けた衝撃は大きく、また多くの国が強い憤りを感じていることは、「国連総会のロシア非難決議『ウクライナに対する侵略』」が2日に賛成141か国、反対5か国、棄権35か国、無投票12か国で採択されたことからも明らかである。安保理常任理事国の悪しき特権をのり越えての総会決議の意義は、今日その存在を問われていた国連にとってとても大きいものといえる。もちろん、この決議には法的効力はない、しかし国際社会の規範を明確にする機能は十分はたしているといえる。直ちに撤退を強いる実効力はないものの、決議文にある16項目を読めばほとんど判決内容に近く、141か国が賛成した事実とあわせ、国連に新しい風が吹きはじめたと受けとめたい。ということから、なによりも侵略国を大いに苦しめる流れができたことは確かであろう。8年前のクリミア併合時とは大いに違ってきたと感じている。

反対した5か国、棄権した35か国。「烙印」となるか

◇ 国連憲章はじめ条約などを踏みにじっての侵略は、ロシアにとって取り消せない事実として歴史に残るが、「プーチンのウクライナ侵略と○○○○」と題される未来の歴史書においての○○○○部分はまだ空白であるので、ロシア国民の努力によって不名誉と被害を最小にすることができるはずであるが、他方筆者にはなにができるのかとも自問している。

 不名誉といえば、国連総会決議にも「ベラルーシの関与に遺憾の意」と名指しされた同国への逆風はとうぶん収まることはないであろう。ロシア、ベラルーシ以外の反対国である北朝鮮、エリトリア、シリアについては、民主制からはほど遠い国であり、それぞれに国内に大きな問題をかかえている。

 他方、不名誉ということではないが、棄権あるいは無投票の国々についてもその判断についてさまざまな議論が生じるのではないかと思う。それは剃刀で毛先を整えるようなことではなく、各国の投票行動について、どういう事情があったのかなど機会があるたびになにかと問われるだろう。また従来になくしつこく問われることから、予想以上に国際社会の反発が大きいことを思い知らされる国もでてくるのではないか。そういった従来とは違う雰囲気が国際世論の新しい扉を開いていくと思われる。ささやかかもしれないが、国際社会の変化を感じている。

重要な中国の役割 (しかしCOVID-19の疑念も残っている)

◇ さて、とりわけ中国とインドが棄権に至ったくわしい経緯を知ることは、今後の国際政治のゆくえを議論するうえできわめて重要であると思われる。とくに、北京冬季五輪の間隙を衝いての侵略行為に、中国が微妙にかかわっているのではないかという疑念は、前後の状況からいって可能性は薄いと専門家の多くはみているようであるが、それでもわざわざ開催国権限で招いたプーチン大統領とは、2月4日の共同声明にかかわる非公式対話もふくめ、何もなかったというのはあまりにも素っ気ないではないか。もともと公表できないとしても、である。

 なお共同声明では、はじめて「NATOの東方拡大に反対」と述べるとともに、「両国の友好に上限はなく、協力にタブーはない」ともいう、今思えば侵略動機の間接表現のようにも聞こえるのだが、タブーのない協力とは聞きようによっては、ずい分ときな臭いではないか。

 また、外交的ボイコットのせいで、うっとしい開会式になるところをプーチン氏に助けられたから、つまり大きな借りができたので、「危険で、きな臭い記述」に目をつぶったのか、つまり目をつぶったのでウクライナ侵略について後から批判がましいことがいえなくなった、といった解説がでてきたり、またそうであれば用心深い中国にしてはあまりにも迂闊すぎるのではないかといった批判も流れているようだが、いずれも断片的でやや興味本位と思われる。

様子見をつづける中国、しかし行き詰るリスクもある

◇ 中国にすれば、開会式に来てもらってありがたかったことはその通りであろう。しかし、米国は昨年段階から「ロシア軍の動静とウクライナ侵攻」について、中国に対し従来になく頻繁に情報を提供していたと聞くが、この時の中国の反応は、米国による中ロ離間策ではないかと疑い、また米国が急に親切になったのが妙にあやしいとも思い、まともに対応しなかったと伝えられている。

 こういった解説はおもしろいので、無糖コーヒーの甘味としてはいいが、裏取りが困難であるからほどほどにすべきと思っている。ところで後述するが、中・ウ関係は緊密であるのに、またロシアによるクリミア併合も記憶に新しいのに、中国がロシア・ウクライナ両国間の緊張状態の機微を察知できなかったとはとうてい思えないのである。つまり内容の程度はともかく、知っていたと解するべきではないかと思っている。

 一方、北京にやってきたプーチンの心境は、オリンピック委員会からは「招かざる客」といったあつかいであるうえに、国としての代表団あるいは選手団は形式上不在であるから、さぞや居心地が悪かったと思うのだが、それでも来たということは、プーチンには何か狙いがあったのではないか、つまりウクライナ侵略について、何らかのサイン(あるいは協力要請)を中国に示したいとの意図があったのではないか、という疑問が浮かぶわけで、であるなら何かを聞かされた側にすれば喉に刺さった魚の骨のように、吐き出せず呑み込めずといった、たいへん具合の悪い状態に陥っていたのではないかと思う。

◇ そこで、いかにもばつの悪そうな顔つきの中国として当座は「(国連決議にもとづかない)制裁には反対」でのり切るしか手がないのかもしれない。しかし、もし首都キエフが陥落し、ロシア軍が掃討作戦を開始すれば、死傷者がさらに増大し国際世論の矛先はロシア、ベラルーシにさらに厳しく刺さるであろう。また、ウクライナ軍がゲリラ化して抵抗を続ける可能性が高く、欧米からの支援活動も一段と力が入ると思われる。そして近々にも世界から「不法占領」「無差別殺戮」「非人道的行為」という非難が飛びかうと予想されるなかで、中国に対しても冷たく厳しい視線が注がれるであろう。つまり被害が増大し状況が悪化すればするほど、態度を明らかにしなければならなくなるのであって、そのことは中国は百も承知していると思われる。そこで、はたして仲介するのか、またできるのか、今のところ全く見通せない。中国の国益計算機はまだ計算中のようであるが、ウクライナを見捨てたという情動的国際世論については計算不能のようで、いつか中国式利己主義と非難される日がくると思われる。

中国が口にする複雑性の真意は、中ロの鞘あてか

◇ 中国政府はウクライナ問題に対しては歴史的経緯と現実の複雑性といった表現をつかっているが、歴史的経緯とはロシア(ソ連)史でありウクライナ史にかかわるものを意味しているのだろう。だから中国の出番はないに等しいといえる。しかし、現実の複雑性とは何であるのか、これがはっきりしないから、中国の主張が分かりづらいのである。筆者の感想をいえば、すこし飛躍するが、中国がかかわっているから複雑なのであって、また中国の立ち位置が浮遊し定まっていないから、とくべつ複雑に見えているのではないか、と思う。表向きはNATO加盟問題が焦点であったといわれているが、もちろんそれが最大の要素ではあるが、それはそれとしてどう考えても裏側に中ロの鞘あてがあるのではないか、と疑っている。

中国・ウクライナ友好協力条約

◇ たとえば、2013年12月北京で、ウクライナのヤヌコビッチ大統領(当時)と習近平国家主席が「中国・ウクライナ友好協力条約」に調印し、あわせて「中華人民共和国とウクライナのさらなる戦略的パートナー関係深化に関する合同声明」を発表したが、そういった友好的な中・ウ関係をまず指摘しておきたい。

 とくに、当時において「中国がウクライナに『核の傘』を提供」と受けとめる海外メディアもあったようで、そこまでいうのはさすがにと思うが、合同声明にはたしかにそのような文言があったことは事実である。2013年当時のウクライナは財政赤字に苦しんでおり、中国の援助(100億ドル以上の投資計画で合意)を期待しての関係深化と受けとめるべきかもしれないが、それでもロシアの受けとめはどうであっただろうか、多少なりとも不快感をもったのではないかと、憶測している。

 また、その翌年の2014年2月にはウクライナ騒乱(ユーロマイダン革命)が発生し、親欧政権となりヤヌコビッチ氏はロシアに逃れた。つづいて、同年3月にはロシアのクリミア併合が起っているが、それに対する国際社会の制裁は不十分でずい分緩いものであったといわれているが、これがロシアが制裁を侮る遠因となったのであれば、国際社会としても何かしら考えざるをえないであろう。

話の筋をいえば「中国は仲裁に入る」べきであろう

◇ さらに中・ウ関係を両国の貿易でみても、2020年のウクライナの輸出先は中国14%、ポーランド7%、ロシア6%であり、輸入先も中国15%、ドイツ10%、ロシア8%となっており、中国へは鉄鉱石・トウモロコシ・植物油を輸出し、玩具・携帯電話・パソコン・太陽光パネルなどを輸入している。また、ウクライナ東部はソ連時代には主要な兵器製造拠点であり技術蓄積もあり、ちなみに航空エンジンや艦船における中・ウ両国の交流が確認されている。さらに黒土地帯は世界有数の肥沃地で、これからの食料事情を考えれば、中国としては大枚をはたいてでも手に入れたい地域といえる。(すでに借地計画が進行していると聞く。)くわえて、ウクライナは「一帯一路」の賛同国であり、同構想におけるヨーロッパの玄関口ともいえる。

 という事情を知れば知るほど、複雑というのは少くとも中国の心中であって、その戦略性の高いパートナーであるウクライナが今ロシア軍によって蹂躙されているのである。最低でも仲介あるいは仲裁すべきと思うが、手出し無用とロシアから釘をさされたのかしら、それも2月4日に。それとも米中対立のさ中にあって、米国への対抗上ロシアとの協力関係を崩すわけにもいかず、さしずめ「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」といったところであろうか。いやむしろ、「義を見てせざるは勇なきなり」と中国のふがいなさを衝くべきか、まあよくわからないが。

今回の経済制裁は速い、強い、広い

◇ また、久しぶりに大義名分をえた欧米列国はすばやく多くの国を糾合し、予想をこえて経済制裁のノッチを上げているではないか。中国としてこれ以上ロシアをかばうことが許されるのか、また6000人(2月25日時点)を超える在ウクライナ中国人に死傷者が発生すれば、中国国内でも反ロシアの動きが強まるであろうし、それを抑えこむことはできないと思われる。中国赤十字は9日ウクライナへの人道支援を発表したが、それでもなお中国として「ロシアによる軍事侵略」を認めない模様である。おそらく、政治的にうまく対応しているのだろうが、場合によってはロシアと連携していると見なされ、制裁の対象になるかもしれない。「プーチンのおかげで北京冬季五輪は平和の祭典ではなくなった、こんなことなら来てもらわなくても良かったのに」と今さら悔やんでもどうにもならない、すべて後の祭りである。だから、2月4日プーチン大統領とどんな話をしたのかに、スポットライトがあたるのである。とはいっても、表にでる話ではないうえに、とんでもない策謀が潜んでいるとの観測もあるようで、あやしい情報戦が広がっている。しかし、どんな話であろうとも人びとを巻き添えにするのは決して許されることではない。

中国は国益の損得計算中?

◇ 今回のウクライナ侵略における、中国にとっての政治上の利害得失の評価は、当然まだ固まっていないと思うが、「ロシア-ウクライナ-中国」の三角関係の顛末について現時点で中国がどう見ているのか、あるいは今後をどのように展望しているのか、日ごろ西側情報に浸かっている身にすれば、そろそろ非西側情報が欲しいところであるが、もともと開示情報が少なくフェイクも多いので、仕方なく想像をめぐらせることにならざるをえないのである。

 ということで、時制を2月4日におきながら中国の思惑を少し覗いてみる。 

 一つは、対中関係に集中したい米国に対し、その後方に兎を走らせ気をそらせることで、つまり無理やり米国を二正面作戦に追いやることで、中国への圧力を半減させるという狙いはわかりやすいといえる。もちろん実行はべつの話ではあるが。

 二つは、ウクライナとの友好関係を発展させ、ロシアを「一帯一路」に組みこみ、もって中国の風下におくという狙いもありうるのであるが、これは見事に打ち砕かれたといえよう。カザフスタンも同様で、プーチンにしてみればそれらの地域はロシアの中庭であって、断じて公道ではないという意思表示かもしれない。

 三つは、ウクライナで騒動がもちあがり、結果としてロシアの中国依存が高まることにより、中国が旧東側の盟主におさまるというシナリオもおいしい話ではある。どの程度のおいしさなのかは不明であるが、流れとしては米中による天下二分の計に近づくわけで、通貨元の基軸通貨化や台湾政策もその一里塚あるいは下部目標と考えていたのかもしれない。この仮説の肝は、といった戦略目標を精密な戦術レベルに落としこめば、当然のこととして、中ロ間においてリーダーシップをめぐる軋轢が起りうることは、中国としては十分想像できていたというもので、いわば味方同士の軋轢説である。ただし、これらはあくまで想像の所産なので、どこまでいっても空想歴史小説のネタにしかならないものであることはひとこと断っておきたい。

だから「漁夫の利」説が流れる、ということ

◇ という大雑把な構図を頭におきながら、中国の立場で事の成り行きを考えれば、仮説として、ロシアには経済的に長期の継戦能力がないので、いずれ経済支援の要請がくると想定できる。であれば、中国にとって対ロシア「債務の罠」作戦のチャンスが来ると予測できる。

 またロシアに対する経済制裁が強化されることは自明なので、いってみれば経済制裁の実効性が確認できる良い機会、つまりロシアを使った予行演習にもなるので、中国として今後の制裁への準備ができるわけで、ここで肝要なのはとにかく今は制裁対象にならないことである、という話は十分成立すると思われる。

◇ そこで、ロシア、東ヨーロッパ、中央アジア方面での中国のプレゼンスを強化することができれば、これは習体制にとって歴史的偉業となるであろう。ということから、プーチンを国際関係において帰還不能点に追いこむことができるなら、結果がいずれに転んでも損はないという計算が成り立つかもしれない。したがって、ウクライナ侵略を中止させることができていたのなら、それはそれで称賛されたであろう。しかし、その機会がなかったあるいはそうする気がなかったのであるから、賛成ではないが反対することもないという棄権こそが、わが身にとっては浅い傷ですむ、という意味で適切であったと考えたのであろう。理屈は後から貨車でやってくるから、要は泥沼に追いこむことが優先されたとの推察も国際関係においてはありうるといえる。もちろんこの推察は、はなから「やめとけ、協力できない」と強くいっておれば事態は違っていたであろうという前提によって成立するものである。

 そのうえで、ウクライナの復興のための資金は十分ある。また、景気後退による国内余剰労働力も十分でてくるので、一石二鳥ではないか、と考えた参謀がいるとしても少しもおかしくはないであろう。

森羅万象を読み切ることはできない、その1が「ウクライナ軍の反撃」

◇ しかし、天下の参謀の才をもってしても森羅万象をことごとく読みきることはできない。予算は誤算となる。プーチンもしかりであろう。24日にはすでに躓きがはじまっていた。

 ウクライナ軍の反撃については各国の専門家も予想外の善戦であったと述べている。くわしいことは分からないが、少なくとも士気だけではなく軍事的にも対抗できている面もあり、ロシア軍のキエフ制圧にはなお時間がかかると思われる。このことはプーチンの当初の目論見が大きく外れたことを意味しており、その結果として侵攻後のマスタープランがないという、最悪に近い状況が生まれているのではないかとの不安が、関係者の間に広がっているようである。

 また、ウクライナ軍のこの2週間余りの善戦はウクライナ国民を勇気づけ、近未来でのゲリラ戦への展望を拓くもので、この場合の展望とは降伏はないという決意から生じるものであり、そのような共通認識がウクライナ国民の間に広まることで、最低でも侵攻前の状態に戻すことを前提に交渉に臨むという方針が多数派となれば、ロシア側としては折り合う余地がないことになり、交渉による解決がきわめて困難になると思われる。

 また犠牲の最小化を願う善意の第三者の仲裁も、強制力を持たないかぎり実効を上げることはできないであろう。いずれにせよ、戦線の膠着はさらに多くの犠牲を生むことになる。

 この事態の流れを中国がどのように受け止めていくかが、隣接国としてのわが国にとってもっとも重要なテーマになると思われる。もちろん中国自身にとっても安全保障上の最大の課題であろう。ここ20年間の中国の軍備の近代化と規模拡大は世界史に残るほどのものであるが、今一度何のためにと考えてもらえれば、中国にとっては従来とは違った景色が見えてくるのかもしれない。ときどき、専門家においてウクライナの事例が、中国にとって無理な行動を抑制する良き教科になるのではないかといった、多少の期待を込めた論評が紹介されているが、そうであればいいのだが、ウクライナの事態の進展いかんによっては別の景色を見ることになるかも知れない。

経済制裁の実効性とその影響

◇ 予想外といえば、経済制裁が迅速に固まったことである。異例の速さと、国際銀行間金融通信協会(SWIFT)からの排除に踏み込んだこと、そして参加国が多いということに着目すべきであろう。つまり今回の制裁の特徴は、速さ・深さ・広さを兼ね備えているところにある。

 また、ドイツが2月24日ノード・ストリーム2の承認手続き停止を決めたことも制裁の実効をあげる点で画期的であり、あわせて国防予算を大幅増額する方針をも明らかにした。EUの主要国であるドイツの方針変更は欧州における安全保障の流れを変えるきっかけになるもので、あらためてNATOの存在意義に光をあてることになるであろう。ただし、勢いあまってロシアの過剰反応を引き出すことには注意が必要である。

◇ さて、中国が息をひそめて見守っているのが経済制裁の動向であろう。ここで経済制裁の影響をまとめれば、まず世界規模での経済不調に陥ることは間違いない。大不況を引き起こすリスクもあり、またエネルギーはじめ食料や生活必需品までもが供給不足となり、国民の不満が高まるなかで各国とも政治が不安定になるリスクを抱えることになる。が、我慢比べに負けるわけにはいかないので、内政においても抑圧的にならざるをえないであろう。したがって、実質GDPの落ちこみ具合とその期間が事態を動かす決定的な要素となるであろう。

 また、寸断されたサプライチェーンがもたらす影響については、まだまだ不確定であるが、当面は生産計画の立てようがない状況が地域的に続くであろう。どんなに悲惨なことが起こるのか想像がつかないといえる。つまり、大きくとらえれば世界の生産体系が揺らぐということであろう。

 侵略下にあるウクライナ国民も、また強力な経済制裁を科せられたロシア国民も程度に差があるとしても、日々の悲惨は今後強まっていくばかりで、またそうでない国すなわち制裁を科す側の国民も経済恐慌並みの生活難を被るかもしれない。こういった経済不調は相乗しながら世界を覆い、やがて政情不安の大波となって、各国政府を襲うのではないかと心配している。

 人類は予想外とか想定外といいながら、本物の魔物に遭遇するのかしらと筆者は悲観の絶頂に佇んでいるのだが、いくら冷静な気分でいようとしても経済の落ち込みがひどければひどいほどに、社会は動揺し、政治は揺らぐのだから無傷では済まされないであろう。

◇ といったさまざまな予測を各国政府は俎上にのせながら、ケースごとの対応を立案していくと思われるが、筆者の当面の関心は隣国中国の動向である。経済不調に向かっている中国国内事情をリカバリーするために、何かをするのではないかといった漠然とした不安が確かにあるといえるが、他方世界の工場として今や揺るぎのない立場にあることを自覚しながら、さらに野心的にふるまうことも予想される。つまり、事態を奇貨としてさらに影響力を涵養する道もあり、また米中対立構造の緩和の可能性もなくはないと思われる。ここらあたりから、隠れた主役である米国の存在が浮かびあがるが、登場させるには米国内の世論の動向を見定める必要があり、それには今少し時間が必要といえる。

 では、いつになったら事態が収束するのか。また、その条件はなんであるのか。つまり、経済制裁終了の条件がわからないところに最大の課題があるといって過言ではないのである。ロシア軍のウクライナからの撤退が完了すればと思われるが、「特別作戦」による被害賠償、復興措置など課題は山積している。これらの問題に立ち入りたくないので部隊を駐留させる、半永久的な対応もあるかもしれない。ウクライナ軍だけでロシア軍を国境外に追いやることは難しいであろう。さらに戦後処理には時間がかかり、その間交渉がつづくわけで、残念ながらその間にも何が起こるか分からないのである。といっている期間ずっと制裁をつづけるのか、そうなればおそらく経済活動でいえばよくて、-5%から-10%のレベルに押し込められるのではないか、といった予測があらたな世論を形成していくと思われる。

パンデミックが収束していないのに、戦争の不安が世界を覆う

◇ 思えば2019年内は何事もなく、ほとんどの人は2020年を普通に迎えたのであるが、この2020年がパンデミックによって悲惨な年になってしまった。ついで2021年の東京夏季五輪は無観客となり、2022年の北京冬季五輪も感染症に苦しめられているが、それでも開催できているのである。ところが残念ながら世界の平和の祭典のさ中に、ロシアのウクライナ侵略がはじまったのである。

 いってみれば、パンデミックがどうなるのかという不安を抱えながら2022年を迎えたのであるが、人類はさらなる強敵に道をふさがれようとしている。戦争と核の脅威と経済恐慌である。

 という状況にあって、誰が考えても人びとの犠牲を最小化する道はロシア軍の撤退であろう。とくに、ロシアの人びとにとって史上最強の制裁がとんでもない災禍をもたらす前に、プーチンが撤退を決めれば被害を最小化できるのである。このことは世界全体についてもいえる。つまりウクライナの降伏かあるいはロシア軍の撤退かという二択に対しては、国連総会は141か国の賛成をもってロシア軍の撤退を選択しているのである。

 ということからロシア国民が問われているといえるのであるが、同時に中国も問われている、プーチンに連帯するのかと。しかし、真実を知らなければロシア国民は判断できないのであるから、見方を変えれば政治体制の質が問われている、あるいは民主政治の強さが問われているともいえるわけで、単純に民主主義対権威主義の対立構造で問題が解決するとはとうてい思えないのである。 

 むしろ、米国内の分断状況がかかる問題を生みだす遠因ではないかとも考えられるもので、それは統一された価値観を陽気にまた無邪気に振りまわしていた強い米国の存在が、国際社会の免疫力であったのではないかというノスタルジアからもたらされるもので、多数が賛同するような話ではない。

 たしかにだれかの責任に帰し話を終わらせることはできない。「資本主義の暴走、社会主義の堕落、民主主義の危機」といった三題噺にうつつを抜かしていたわが身の愚かさが辛いのであるが、と落ちこんでいる場合ではないのである。

 いよいよ、わが国も世界秩序の再構成に積極的に参加し、役割を果たさなければならないのである。今から世界の戦後体制のパラダイムシフトが始まるといえよう。

(残念ながら、字数超過のため強制終了です。)

下線か所修正:16000人→6000人(2月25日時点)

◇松越しに六甲をみせる庭師かな

加藤敏幸