遅牛早牛

時事雑考「2025年7月―巨大なリスクにどう向き合い克服するのか」

まえがき

今回は7月13日の「『アメリカファースト』と『チャイナファースト』の相克」のつづきである。とくにトランプ政治のリスクに着目してトランプ関税の各国におよぼす影響を考えてみた。はたして嫌米運動としての不買運動が各国でおこるのか。もちろん妄想ではあるが日米関税交渉の国内や民心への影響もふくめ、さらに安全保障体制へ対応など、かなり喫緊といえるテーマとなっている。

 リスクといえば、日米関係がうまくいかないのであれば別に保守政党にこだわることもないとまでは有権者も割りきれないと思う。が、現実はサバサバしているのか、それももうすぐ分かる。今回も、字数超過で「つづき」となったが、くどくどしい部分もあって○○を自覚しつつある。

 「かな」の多い文体を試していたが、どうしても漢字が攻めてくる。日本語変換に支配されてはいないが、いちいち訂正し「かな」にもどすのがめんどうなのである。

 前回にひきつづき、ユーラシア・グループの「2025年10大リスク」のリスク項目は、本文中では「」で表し日本語はユーラシア・グループ「2025年の10大リスク」日本語版リポートから引用した。

5.「トランプの支配」と「トランプノミクス」をあわせれば巨大なリスクに

 ユーラシア・グループのいう2位トランプの支配と4位トランプノミクスをあわせてトランプ政治のリスクと総称するならば、この巨大なリスクへのわが国の対応策の一つとして、日中間の民間対話の促進が脚光をあびることになるというのが、自然発生的ではあるが地政学的なあるいは歴史的な反応ではないか、という単純な議論が活発化するであろう。たしかに、対米輸出の減少分の埋めあわせ先としておたがいにリストアップしあうと思われるが、問題は購買力にある。米国がある意味強気なのは旺盛な国内購買力の存在があるからで、今の日本、中国にそれだけの力があるとは思えない。

 したがって日中による相互代替効果にはあまり期待できない。そもそも、そういうことが可能であるのなら、すでに実現しているはずである。また、民間といっても中国に自立した民間はないのであるから、現実には中国政府の工作の一環と見なされ警戒されることになる。現実味のない議論である。

 本線にもどりここで指摘すべきは、トランプ政治のリスクには日米関係に一波乱二波乱どころの騒ぎではない、80年間あるいは半世紀の安寧をやぶる歴史的大波乱を呼びこむ可能性があるということである。あくまで可能性だから大げさにひびくと思うが、始まりは米国が激動しているからで、またこの激動ぶりが壮絶なものであることから、わが国も大きく動くことになる。

 そこで、日米が同期同調するのかについてはさまざまな条件が重なっており、今日の延長線上に明日を確定することはできない、つまり従前の関係はかならずしも保証されてはいないのである。

 それは、一人ひとりの日本国民が、米国との協調つまり同盟関係をどのように評価するのかが重要なのであるが、個人の判断であるとはいっても、まだ未然のことであるから、個人においても優柔不断なのである。

 おそらく、日米非協調を選ぶ者が過半を占めることにはならないが、それでも傾向としてざっくりいって4人に1人ぐらいまでは反米ないし嫌米の立場をとりはじめる可能性があると筆者は気にしている。

 もともとわが国の対米感情は良好で、そのうえ安定していたのであるが、今年(2025年)の年末ごろまでには悪感情が増長すると思われる。これは世界的な傾向として予想できるし、おそらくトランプ関税反対の趣旨から嫌米感情が広がっていくと思われる。

 7月初旬に届いたと思われる書簡には、対抗関税には報復すると前もって明記されているが、これでは関税による宣戦布告にちかく、受けとった国の人びとはトランプ政権の傲慢さを感じるであろう。そこで自国政府に代わり対抗運動をさまざまに企画すると思われる。

 近未来予測であるが、現時点で起こるか起こらないかは分からないものの、十分起こりえるこの手のハッシュタグ運動は関税問題が政府間で決着をみたとしても、関税が原因でおこる景気後退などの不都合が改善されないかぎり終息させるのはむつかしく、比較的弱いレベルではあるが広範な自然発生的な不買運動などがダラダラとつづいていくとシナリオ的には想定されるのである。

 これは見方をかえれば、報復関税の代償行為であると同時に米国製品の減価につながるもので、商品トラブルではなく、米国の関税政策への抗議ともいえるもので、まことに理不尽ではあるが、それを責めるのであればトランプ関税こそが、諸国民にすれば理不尽そのものであるから、対抗運動はなかなか止められないであろう。文句があるなら「トランプにいえ!」という気分ではなかろうか。まったくのところ不幸なことなのである。

 このように被害者意識をベースにした対抗運動が想定されるのであるが、地球規模での米国製品ボイコットがはじまれば、それがどの程度効果的なのかは疑問ではあるものの、トランプ関税が最善策とはいえないという米国内での議論にもフィードバックされるであろう。

 さて、この問題の根っこには、公正な貿易ルールとは何かという問題と利害調整に介入せざるをえない政府の役割という大きくは二つの課題があると思われる。とくに、トランプ氏の長年にわたってアメリカは搾取されてきたといった認識が妥当なのか、彼がいう、安いものを無理に輸入させられて赤字が増えて困っているという主張が本当に正しいと思うのか、アメリカの消費者がそう思い、また世界から搾取されていると考えているのか、じつに疑問ではある。G7でももっとも実質賃金が伸びている国が輸入によって搾取されているとはどういう理屈なのか、筆者にはとうてい理解できない。

 そうでなくとも今回のような恣意的な関税をつかった破壊的な提案はめったにあることではない。もちろん、関税セロが正義とはいえない。関税そのものは国家でいえば自衛権とならぶ基本権であるから、理由も聞かずに排除する議論はありえない。とはいっても国際間でいえば関税をめぐる長い交渉の歴史があって、今日の世界の繁栄があることも、またグローバリゼーションが中国にかぎらず開発途上にある国々の経済成長を促したことは事実であり、そういった活動の主演が米国であったことも歴史的事実である。

 また、そういう世界規模の交易の活性化によって、多くの国が裨益したということでもあるのだから、それを搾取されたといって被害者意識をあおりたて諸外国を攻撃することはきわめて不適切といえる。搾取された云々は米国内の分配構造の問題で格差拡大の結果ではないか。というのが多くの国の感想だと思うが、それにしてもトランプ関税への各国の反応はそうとうに控えめといえる。

 ところで、少し視点をかえれば、米国が輸入品にかける関税は米国の商流にそって負担されるべきものであろう。またとうぜん、ほとんどが最終消費者に転嫁されることになると思われる。

 商品ごとにさまざまなケースが考えられるが、原則論をいえば関税分は勇気をもって値上げされるべきである。筆者は労働者の立場にたつが、労働の成果が税関で減価させられることには反対である。各国の労働者に被害がおよばないのであれば、嫌米運動など起こりようがない。しかし、現実は起こるであろう。そして、それがあらたな国際間のトラブルになりうるのである。トランプ政治のリスクとはそういう広範なものまでふくんでいるのである。

 さて、今回の問題の底にはドルが貿易赤字に比して安くならないという基軸通貨ゆえの悩みがある。ぜいたくな悩みとは思うが、巨額の貿易赤字を抱えながらもドルの購買力はすこしは下がりつつあるものの、投機筋もふくめて有事のドルとかいって買い支えられているのである。

 余談ではあるが、その原因のひとつが弱い円にある。かつては円が逃避先であったのに今では最初に売られている。筆者は2013年以来、とくに15年以来の日銀政策には問題があったと考えている。それはともかく、現在のドル円でいえば、米国の消費者にとって日本製品は安くて安くてしょうがないというものであろう。円安路線の日銀の視野には庶民の姿は入っていないのか。(庶民の敵とはいわないが)

 たしかに、トランプ氏がドル安を求めるのは分からないではないが、現実問題としてドル安は輸出増にはプラスであるがインフレを強めることから、政策としては難物といえる。

 ということで、国家間の対応が穏やかであるとしても、消費者や労働者の反応は異なるもので、景気後退により雇用を失い生活が苦しくなれば反政府的になるのはあたりまえで、多くの国で政権交代や政情不安が発生することも考えられるのである

 すなわち、2025年後半からはじまる(と予想される)であろう世界経済の変調がもたらす低所得者の生活苦が各国の重要な政治課題になると思われる。これは低所得層が困難に追いやられるといういつものパターンなのである。そして、その原因が明確であるから苦しむ人々の憎悪や反感の的も明確といえる。

6.経済不調が原因で生活が苦しくなれば、その怨みの行き先は

 もっとも、世界規模での消費者運動などは妄想のきわみである。もちろん近未来予測ではあるが、この予測はトランプ関税に象徴される「アメリカファースト」が国ぐるみのエゴイズムであり自然権の発露であるといえる。トランプ氏にしてみれば当然の権利の主張なのであろうが、各国がそれをやりだすと「万国の万国による戦争状態」になり、収拾不能な混乱状態にいたるのである。また、1980年代から急速に進んだグローバリゼーションの真逆をめざすもので、米国以外の人びとは「米国の、米国による、米国のための巻きもどし策」だと受けとめるであろう。グローバリゼーションでもっとも儲けたのはだれなのか、と考えれば搾取という言葉は使えないはずだが。

 結局、生活上の損失をうける米国以外の多くの人びとは、地球規模の嫌米運動に参加することでしか明確な意思表示をおこなうことができないのである。

 とはいっても、それらは米国以外の国の内政であるから、トランプ政権2.0にとってはどうってことはないのである。しかし、関税交渉が結果として米国に利益を移転する動機と仕組みを有するかぎり、たとえばわが国内での利害の当事者は間違いなく損失をこうむると受けとめることから、米国と宥和する気持ちはゼロといえる。このあたりがトランプ関税の副産物ともいえるマイナス効果であり、嫌米感情の温床となるのである。

良好な安全保障関係にも影響がおよぶ可能性は?

 また、日米間の安全保障関係は今でこそ世界においてトップクラスの安定性を誇ってはいるものの、その歴史経過は心臓を背負ったようなドキドキ感にあふれたものであった。とくに、国民の理解の醸成に多くの関係者が努力した結果としてみちびかれた安定であるといっていいと思う。

 そこで、トランプ氏の認識が「米国が守って(やって)いる」という一本の丸太棒を転がしたような一方的恩恵的なものであれば、おそらく日本政府の立場はそうとうに苦しいものになっていくと思われる。とくに日米関係推進の主要プレイヤーであった自民党が受けるダメージは疼痛ともいえるもので「困ったこと」なのである。わが国では露骨な議論は公開されておらず、政府と人びととの間には想像以上の認識ギャップがありうるのだが、それを自民党の統治力と公明党の与力で多々なだめてきた歴史がある。

 もちろん、これはたしかにわが国の国内問題そのものといえるが、米国には無関係とはいえない事情もある。たとえば、米国の公文書は数十年後に公開されるが、文書が公開されても日本政府の公式態度は変わらない事例があるように、たとえていえば建築での「既存不適格」に近い「既存不都合」がありうるのである。そういう増築改築をかさねた関係であるから、そしてそのこと(つじつまの合わないこと)を人びとは薄々感じているのが日米関係の実相といえるのである。

 だからアイディア優先のガラガラポン発言が関係者には天敵に見えてしまうのかしれない。

 それはそれとして、問題なのはひと言で説明できない事項が増えると国内政治としての質が有権者によって問われ、ときどきの選挙結果に影響をあたえるといえる。さらに、これからの安全保障に関する議論にもつながることから、二国間のかかわりは深いといえるのである。

急進右派の伸長が左派を刺激し覚醒させるというのは劇画的すぎるが 

 したがって、ここは日本政府としては踏んばらなければならないところではあるが、ポピュリズムは右派だけではなく、左派にもあるわけで、今のところリベラルな人たちが雷同しないから平穏なのであって、右派が活性化すればそれに応じて左派も活性化するし、元来左派のほうが安全保障についてのプロパガンダは得意といえるのである。

 わが国の政治動向における近未来予測のハイライトは、トランプ関税を契機に生じる景気後退の機会をとらえた安保左派の復活であろう。筆者はそれを望まないが、日米安保体制は人びとの複雑な感情のもとでなんとか均衡が保たれていると認識しているので、トランプ氏の解釈は可能性として歴史的な日米関係を矮小化するものであり、この機会をとらえ巧妙に一波乱二波乱を演出することは左派にとっては造作なくできると考えだすのは時間の問題であろう。

 もともと、国内の反対陣営にすれば「属国的軍事同盟」そのものであるから、基本的にはいかなる国の軍隊もその駐留には反対するという基本線は変わらないといえる。逆にいえば、武装同盟を是としていてもそれがただちに外国軍の駐留には直結しないと宣言できない政党は本質的には左派ではないのである。

 (出兵もふくめ米国の海外政策は矛盾も多く、理論潔癖症の左派としてはどうしても同居できないので、結局反米とならざるをえないのである。)

 また、右派も愛国主義であればナラティブとしても外国軍の駐留を受けいれられないはずであるが、現在の右派は高度に現実的というか、きわめて柔軟なのである。ということで、今は平穏ではあるが、政治論争が勃発すれば、状況によっては基地反対闘争がふたたび活性化する可能性はありうるのである。ただし、ウクライナで進行中の事例をふまえれば武装中立だけでは人びとの支持をあつめられないということで、左派としてどういう理屈を編みだすのか、くわえて選挙での急進右派の伸長を横目に、左派として鳴動するのかあるいは沈黙のままなのか、まさか第三国の秘密介入があるとは思えないが、注目されるところであろう。

7.日米関係に支えられてきた保守政権にとって最大の危機

 先に一波乱二波乱の騒ぎではないと表現したが、70年安保闘争を知る世代としてはまさか「安保反対、条約破棄」を警戒すべき時代がくるとは思いもしなかったので、トランプ氏の不満発言には面食らっているのである。驚天動地ではあるが、50年代から70年代の波乱の歴史をふまえればトランプ氏の発言こそがレトリックでの帳尻あわせであって歴史リアリティには欠けるということであろう。まあ、悪趣味なことではある。

 ともかく、震源が米国の政治状況にあるとしても、トランプ関税のやり方に対する反応をいえば、内容もふくめてほとんどの人が反発を覚えていることはまちがいないことであって、この点だけを凝視すれば日米関係は悪化しているといえる。

 という残念な状況ではあるが、安全保障という観点でいえば日米同盟を後退させることはできない。むしろ、わが国の安全保障にかかわる情勢の厳しさを考えれば、タイミングはともかく緊張激化へのテスト(試練)をうけなければ軍事同盟は持続的ではない、というのが筆者の考えである。

 もちろんそれだけで双務型が求められると結論づけることはできないが、軍事同盟の原初的な考えからすれば同等性を外すことはできないであろう。そういう理屈の上での非対称をかかえたままでは、東アジアの安定(平和)に寄与することはむつかしいと考えるのが妥当といえる。が、老婆心ながら手順において間違えれば災いを呼ぶことになるかもしれない。

トランプ氏の対日不満が政権を痛打する

 さて、少なくとも、トランプ政権2.0が過去の交渉事例などから日本の譲歩を想定しているのであれば、最もシンプルな表現ではあるがそれは危険であると指摘しておきたい。今回の関税問題は人びとの意識下にある不平等条約をふたたび思いおこさせたるかもしれないし、そうなれば一般論ではあるがそのベクトルは政権にむかうと予想できるのである。

 一般的に憤りをおぼえる世論は、与党の政権政党としての資格を厳しく問いつめるであろう。そのうえで、失格であるとの烙印を押すかもしれない。現在の与党体制は脆弱であり、世論が日米関係に不満をおぼえはじめれば、伝統的な保守政党は次の総選挙を恐怖と感じるかもしれない。

 今回の関税交渉がかかえるもっとも危険かつデリケートな面を簡単に指摘すれば、いわゆる政治決着がはらむ心情問題すなわち自尊心の毀損ではないか、というのが与党議員らの心配事なのである。それが硬直せざるをえない事情なのである。

 ということから、わが国では極論すれば政権組みかえどころか再編の可能性が濃くなると思われる。すこし飛躍するが、トランプ政治のリスクの第一の発現場所は日本であり、さらにそれは政変を呼び、いずれ政界再編につながると筆者は考えている。

 というのは、現在の与党による日米関係の紐帯がこの程度でしかないのであれば、政権を自公に任せるメリットはゼロと考える人びとが増えるからである。とにかく自公政権の支えは安定した日米関係であったし、それが(与党の)最後の砦であったと仮定すれば、いよいよ政権を交代させても国民としてはあらためて失うものはないと確信することが決定的なのである。もっとも、受け皿がなければ始まらないのであるが。

ガラス細工政権にとって本格的な試練―断崖絶壁

 そうでなくとも石破政権はガラス細工なので、参院選後の波乱を予想する関係者は多い。昨年の総選挙における民意を筆者は「伯仲以上、政権交代未満」と表現した。歴史の皮肉というか通底して自民党を支えてきた上等な日米関係あるいは日米安保が、ある意味ありふれた普通の二国間関係でしかないと、トランプ発言によりそれとなく示されたことで、保守層がうける脱力感はそうとうなものであると、あくまで仮説ではあるがそう思われる。

 今日の保守政権の退潮の原因を直列で日米関係に求めることはいき過ぎではあるが、歴史認識として大きな曲がり角にあることは確かである。そういう意味では旧習から抜けだし、現実に即応できる安全保障関係を滑らかに構築すべき時期にきていると思うが、そういう使命からいえば保守政党は力不足であるという評価が保守層にひろまっていると思えるのである。いわば従来構図でいう足元からの落胆表明である。 

 

トランプ氏にとって日本は普通の国―衰退する老大国か

 今回、ごくオーディナルな対象国として大統領閣下から書簡をいただいたそうだが、交渉国間ではあまり差をつけない対応はとてもリベラル的で感じがいいといえるが、石破氏にとっては政治生命のつづくかぎり筋を通さざるをえない状況に追いこまれたと推察するのが普通であろう。7回も大臣を派遣しながら、一通の書簡に書かれたことを普通に解釈すれば鼎の軽重が問われまくったということで、残念なことである。

 とはいっても、関税撤回という線は米国にとって構造的に受けいれられないものというべきで、それは米国の身になってみれば、対中政策における主要な同盟国といえども例外扱いはトランプ関税そのものをぶち壊すものであるから無理というべきで、「日本なら、この苦境を分かってくれるよな」という本音があるのかもしれない。

 わが国の対応としては譲歩を前提に交渉を組みたてるのか、あるいは関係悪化を覚悟しがまんくらべに入るのか、総理の判断であったということであるが、「論理と腕力と共感」の三元方程式をふまえる余裕もなかったのか、結局足元の弱さが災いしたということであろう。しかし、交渉はこれからである。

嫌われるリスクをとった米国、しかし孤立させてはならない

 今回の関税交渉は巨大かつ難解かつ問題ぶくみで多国間交渉では5年以内にまとまる可能性はゼロというのが常識的な見方であろう。それを個別交渉に分解したことで、諸国の横にらみは必至となり、たとえば東南アジアの国々が35%ラインを上まわる理屈として中国からの迂回輸出にそなえての対応であると報道では解説されている。それを聞けば、今は19世紀かと、矛盾に満ちた傲岸な要求に東南アジアの若手外交官はいいようのない憤怒と底知れぬ侮蔑に内心震えていると思われる。

 無言のうちに集団ボイコットになる可能性もあり、そうなるとトランプ外交のダメージははかりしれないというべきで、それはそれでわが国にとっては好ましくなく、またきわめて深刻な事態の到来を恐れることになるのである。日米で連帯できることはないのか、わが国だけが得をするという視点ではなく、問題の本質をともに考え解決の努力をする、決して米国を孤立させないというのは立派な政治哲学である。

 ユーラシア・グループが唱えるGゼロとはこういうことか。つまり日本もその役割を果たせないところがGゼロの一部分なのであろう。トホホのかぎりである。

8.トランプ関税を国難と位置づけるなら参院選明けをどうする野田代表 

 外交交渉には事前の地ならしが必要であることは各国とも深く認識しているはずなのであるが、今回のトランプ流は寝た子をいきなりたたき起こす異例の手法をとっている。これについては通常の手段ではのらりくらりと時間かせぎのクリンチ戦術にでられるので、端から米側の固い決意をしめすためだという報道解説もあったがそうかもしれない。

 筆者も以前に「ロープ際のクリンチ戦法」を予想したほどで、そういう意味において米側の懸念は痛いほど分かる。しかし、圧力をかけて相手を追いこむことは、逆に自らをも追いこむことになる。したがって、夏から秋にかけて交渉が遅滞すればするほどトランプ政権が受けるストレスも強まることから、蝉も鳴かない重苦しい夏を過ごさなければならないであろう。

 そんな中で、日米交渉は先行事例にもなりうる重要なものであるから、成果がなければならないという側面と、失敗できないという側面がコインの裏表のように一体化している。くわえて日本側には少数与党とか、参院選とか運の悪いことばかりが目だつというか、とにかく交渉地合としては芳しくない状況がつづいているのである。もちろん、そのことだけで日本の政治状況が激変するというのは早とちりかもしれない。たしかに、国難だからといって内閣不信任案は提出されなかったが、立憲民主党は参院選ではかなりの成果を収めそうである。

 参院選の結果待ちではあるが、国難への対応はさまざまであるから、やはりどうする野田代表と問われるであろう。

9.信じられるのかというリスクをどう克服するのか

 さて、日米間にかぎった課題であるが、歴史的にも重要な関税交渉を提起する前に安全保障体制の信頼性を確認する措置をとっておくことが必須であったのだが、残念ながら関税交渉が先行することになり、それも書簡による要求という異例の対応がわが国の世論を切り裂くことになってしまったといえる。

 この状況で防衛負担の対GDP比率をもちだすことは問題をややこしくするだけで、あまりうまいやり方とはいえない。わが国の多くの人びとは、少なくともトランプ氏の真意は経済的価値の優位性にあると認識しているので、有事における米国の対応(担保)については悲観的見通しのほうが優勢なのであるのに、対中国を意識した抑止力の維持を日米武装同盟として具体的にどのように構想していくのかという喫緊の課題を横におき、防衛負担や関税交渉をからみあわせたディールて成果をあげようとするのはあまりにも操作的であると受けとられるであろう。

 いわゆる駆け引き(ディール)の余地があるということなら、情勢として切迫していないとの解釈も成りたつから、それならばリベラル好みの外交努力という言葉に象徴される対中友好路線や宥和外交がふたたび力をえる流れを助長することになり、米国にとっても石破氏にとってもマイナスであろう。

 また、直近でいえば、ウクライナへの武器供与について国防省が用意した停止措置を大統領がくつがえしたと報道されている。どっちなのだ、と思わずつぶやいた人も多いのではないか。さらに、プーチン氏に対する認識も180度の方向転換のようで、そんなことはみんな知っていたのに、と首をかしげる人が多い昨今、トランプ・プーチン両氏の不思議な関係が頭の中にのこっているので、いつまたロシアに寄るかもしれないと心配な人も多いのである。

 つまり、米中対立の東アジアにおける枠組みについて細部にいたる対話的説明が致命的に不足していることが問題であり、それがわが国の人びとをいらぬ疑心においやるのである。

 まことにポピュリズムというか、国民の感情を背景にせざるをえない外交交渉では、細かいことではあるが手順の違背が意図せざる事態を引き起こすことはけっして珍しいことではない。

 やはり、トランプ政権2.0には対日関係を安直に考える癖があるようで、そういう点では石破氏のつぶやきも分るような気がする。

(つづく)

注)修正(4か所;トランプのリスク→トランプ政治のリスク)、(現象→傾向)、(挿入;を警戒すべき 発言)2025年7月18日11:30

◇日傘ゆく 橋の向こうの えびすかな

加藤敏幸