遅牛早牛

時事雑考「衆参過半数割れは赤ランプ点灯だが、政権交代はモラトリアム」

まえがき

[ 今回の参院選は世論調査の予想の範囲でいえば「やや上限に近い」といえるかもしれない。もちろん、与党過半数割れとなったうえに、議席減をみれば大敗ではある。つまり、自公で47議席なので非改選75との合計議席が122であるから、過半数の125には3議席足りない。3議席というのは微妙で、保守系無所属や保守系野党が案件ごとに賛成にまわれば過半数をこえるという、ギリギリのゾーンといえる。過半数割れにもいろいろある。また、国会が開催されれば会派構成が明らかになるが、秋の臨時国会までには無所属議員の会派入りがあるかもしれない。

 7月25日、野党党首に日米関税交渉の中身が説明された。令和の不平等条約と将来非難されるかもわからない。初めから条件闘争に入るとこういうことになるといった批判もでてくるであろう。このなんともいえない奇怪さを国会の議論で払いのけられるのか、というテーマだけでも臨時国会開催の価値があるのではないか。

 それにしても、週央での石破氏退陣号外には驚いた。推測記事はよくあるが、号外とはやり過ぎではないかと思う。さらに、昼の報道系番組でも日米関税交渉についての「よくやった感」には江戸時代のかわら版を思いだし、いまだに報道に情緒主義をもちこんでいるのか、と少し落胆したのである。詳しい話も聞かずにということで、日米両国の政権担当者の政治誘導を無検証でたれ流すという「立派なお仕事」を「なんとなく皆で」かついだのではないかしら。トランプ関税は国難であるといっていたのに基本的な議論もなしに終結とは、減収減益となる企業もでてくるだろう。野党にも大きな役割があるだろう。

 参院選の投票に関する考察は後日にして、今回は21日に外部出稿したものに大幅加筆し、当面の政局についての予想方々妄想とした。 ]

1.石破政権、ガラス細工から紙細工へ

 7月20日投開票の第27回参院選は与党47議席で、非改選とあわせて122議席となり、これで石破政権は衆参ともに少数与党化し、ガラス細工から紙細工へとさらに弱体化した。

 筆者は、昨年10月の総選挙の民意を「伯仲以上、政権交代未満」と表現した。今回は保守票、中道票の国民民主党、参政党への流入が原因であり、また政権交代の中核となるべき野党第一党への支持には勢いがないことから「交代容認」レベルに留まっていると考えている。

2.石破氏への不満も大きいが、当面は政権基盤の強化に集中か

 これで石破政治はさらに停滞することは確実で、野党との調整に手間どるこになる。とくに、日本維新の会、国民民主党さらに参政党の動向が法案などの成否を決めることから、国会はやや保守・中道色を強めるであろう。

 石破氏が続投するには、政権基盤の強化が当面の課題となる。そのためには衆参一括しての多数派をめざす「連立拡大」を模索することになり、それは同時に次の総選挙を構想することでもあるから、負けたわりには総理周辺の動きは活発化するであろう。しかし、当然のことながら石破氏一択という雰囲気にはない。

 もちろん、選挙の大勢が判明したころから、自民党内では石破氏の責任を問う声が高まってきていたが、一言いわせてもらえば足を引っ張ることは簡単だが、その後どうするのかは与党全体の責任である。党内のことであるから勝手にとは思うが、それでも内閣総理大臣は政府の最高責任者であるから党内事情だけを優先して辞任を議論するのはやり過ぎであろう。たとえば、石破政権として日米関税交渉などまだまだ始末をすべきことが多々あると思われる。

 にもかかわらず、党内の策動によって石破氏のレイムダック化を早めることがはたして国益にかなう行動であるのか。筆者などは大いに疑問に思うのである。

今の与党は総理大臣を勝手にかえる立場にはない

 選挙で示された民意が即退陣であるというのはかなり勇み足であり、わが国がおかれている困難への対応について落ちついた議論をすることなく情動に流されるようでは政権政党の資格さえ問いたくなるではないか。

 今の流れは、自民党内の雰囲気を悪くして本人の自主的な辞任を促すということのようで、たしかにこの1年にも満たないうちに国政選挙では2連敗、重要地方選の都議選では大敗であったから石破氏の責任論が噴出してもやむをえないといえる。

 とはいえ、報道も走りすぎである。辞任であれ続投であれ、わが国が巨大な困難に遭遇していることは変わらない、つまり簡単な状況とはいえない。とくに懸念されていた日米関税交渉は大綱としてまとまったようではある。しかし、細目を知ればとても国民の理解がえられるとは思われない。それでも細部については首脳間でしっかりと確認しなければ後日に禍根をのこす懸念もある。あるいは相手が変わればトランプ氏は豹変するかもしれない、これをどう抑えるのかという難度の高い仕事も残っている。

 ここらあたりの対応が、自民党は状況に対し存外に鈍感であると批判される所以であろう。

 同時に、東アジアにおける安全保障のあり方についても日米首脳間の意思疎通が大事であろう。自民党の都合でヘッドをかえても、日米首脳間の人間関係にまで責任をおえるのか。衆参ともに少数与党であるにもかかわらず、手前勝手に総理大臣をかえられると思う気持ちこそ傲慢というべきであろう。

 落ち着いて考えれば外交日程は相手があることなので時間的余裕もひつようであるから、与党が党内事情で総理大臣を追いたてるのは不見識と思う。

石破氏が不人気であることは、月ごとの内閣支持率を見れば一目瞭然で議論の余地もない。しかし、今回の投票が主に石破氏に向けられたブーイングなのか、それとも自民党へのブーイングなのかと考えれば、両方であるというのが合理的な解釈であろう。正直な感想をいえば、自民党あるいは〇〇議員に向けられた愛想尽かしをすべからく石破氏御身一身に向けられたものと集団で強引にそう見なし、自身への批判をかわそうとしているように見えるのである。

 落選、敗北、後退の失意は理解できるものの当然ながら当選者もいるわけだから、今投げかけられているブーイングのわけを時系列的に解きほぐしていくのが早道かもしれない。

 早晩、石破氏の政治生命は尽きる。しかし、自民党が選んだリーダーなんだから道筋を整える時間ぐらい身内としては許容すべきではないかしら。貧すれば鈍する。悲しいかな、老舗の壁の崩るは家人のなせるものなり。

 それにしても、敗因のひとつに若年層の支持の低迷があげられている。であるのに、党内の青年局といった中堅若手がいち早く「石破おろし」に走っていると聞くが、半分は若年層に人気のない石破氏の責任だとしてもあとの半分は要領のえなかった党青年活動の責任とも考えられるのではないか。

3.連立拡大の模索がメインテーマとなる夏の政局

 そこで、次の総選挙の旗頭は石破氏なのか、自民党内の誰かなのかそれとも新たに連立する政党の党首なのかという3択に集約できる。ただし、石破氏を残すことには多くの異論があると思う。とくに党内の衆議院議員は「総選挙は3連敗の石破氏以外で」ということであろう。したがって、石破氏継続であっても、総選挙は別の顔でという声は与党内では巨大な伏流水としてかならず地表に噴きだすものと思われる。さらに、国民民主党の玉木代表にいたっては約束を守らなかったことを理由にほぼ全面否定している。かように通常国会時よりも状況は厳しくなっていると思われる。

 とはいえ、総理総裁というタイトルを保持しているのは現時点では石破氏だけである。その石破氏を自民党の理屈だけで総理辞任に追いこむことには道理的にも無理があるのではないか。くどいようだが、石破政権は維新と国民の不作為によって成立したという経緯をもつもので、それが通常国会の運営になにげにプラスに作用したことを与党は忘れてはならない。

 この際、総裁と総理を分離するのであれば野党に仁義をきるべきであろう。

4.連立拡大の相手は?

 そこで、連立拡大の相手であるが、昨年11月の首班指名においては「石破」とは書かなかったものの決選投票で「野田」とも書かず、結果的に石破政権の成立を容認した日本維新の会と国民民主党がいちおう思い浮かぶのであるが、さらに予算案に賛成した日本維新の会(以下維新)が至近にあると思われる。ここまでは常識的な推論である。

 しかし、この展開では石破政権の温存策にすぎないことから、選挙で示された有権者の声に的確に対応できるのかという大きな疑問が入道雲のように湧いてくるのである。くわえて「石破で勝てるのか?」という不安と不満が潜在しているので、ここは思い切って連立拡大の水面下の協議には首班もふくめるというやり方が合理的と思われる。しかし、連立拡大先からの逆指名がでてくるようだと自民党としては総裁選の扱いがむつかしくなるので、分かりやすくいえば連立拡大先との協議をすすめながら場合によっては総裁選もありうるとの、連立協議先行型がスムーズなような気がするのである。

 連立拡大先の意向によって総裁選の要否が決まるというのは天地逆転のことなので、なかなか理解はされないだろうが、事態はそれほどひっ迫しているのである。

 もちろん水面下の話であるから、少なくとも工作にあたっては自公が全体として結束していることが必須条件である。あえていえば、野中広務的人材が求められるのであろう。人材マップがぼやけているようにも思われる。

 この線でまとまれば、総裁選の有無は選択肢となる。シナリオとしては3党代表者により連立協定書と首班を確認することになるが、首班はとりあえずX氏としておく。

 これで総選挙までの政局は安定する。つまり内閣不信任決議案は否決できるので、総選挙の日程は手の内にできる。衆参ともに少数与党からの脱却である。

 しかし、X総理で総選挙(いつになるのかは分からないが)で勝てるかどうかは分からない。とくに自公の党勢が停滞気味であることから、拡大連立であったとしてもふたたび過半数割れになる可能性もあり、そうなるといよいよ本格的な政権交代を考えなければならないであろう。

5.歴史的なキャスティングボートを握る維新は決断できるか?

 では、維新に連立拡大を受けいれる素地があるのかについては、党勢が停滞気味のなかで、勝利の方程式を見極めてベストポジションを探るひつようがあるが、とりあえず激化している参政党との競合において比較優位を確保するうえで他党との選挙協力が欠かせないことから、何かと摩擦のあった自公とは協力を前提に選挙戦線の選択と集中を徹底して、党勢を立て直す方向が合理的な選択であろう。

 さらに維新は、大阪府と大阪市の行政の一元化を目指し、地方政治での執行力とその業績を背景に「論より証拠」で支持を拡大してきた成功体験をもっていることから、また時の政権中枢あるいは自民党中枢とのパイプを有効に活用してきたことからも、政権に参加することには抵抗は少ないように思われる。簡単な調整とは思わないが、挑戦しなければ始まらない。とくに総選挙の時期の選択に参画できるのは大きなメリットであろう。代表や首脳陣の決断が焦点となるだろう。

6.躍進した時こそ重心を下げる国民民党と参政党

 一方、国民民主党は躍進にともなういわゆる成長痛に悩む時期で、けんめいに筋肉増強をはからなければならない。衆議院の小選挙区でのさらなる躍進がなければ党としては持続力(スタミナ)に欠けるわけで、この程度の体力で連立参加というのはまだまだ不安がある。とくに中堅層の育成が急務であろう。ともかく是々非々であるのなら反対できる立場に身をおくことが大切である。

 とても大きな獲物をのみこんだ蛇は身動きできなくなり、やがて野獣や猛禽に屠られるということで、大きすぎる獲物には気をつけるべし。ところで、国民民主党支援の労働団体はいわゆる機関決定主義であるからエビデンスがないのに支持政党を増やすことにはならないだろう。

 

 さて、躍進の参政党であるが、自民党よりも右に位置する中規模政党の出現である。政策的にも自民党とは重なるところも多いが、自民党にとっては意味深長な存在といえる。まだまだ分からないところが多いが、将来的には自民党との連立の可能性は否定できないであろう。

 一人区では自民党を不利にしたと考えられることから、次回も同様の選挙戦術をとるのであれば与党(たぶん自公ということで)との調整はむつかしく、また先々新党ブームの衰退の可能性もあるといえる。

7.連立拡大が不調となれば政局は混迷し、仕切り直しの総選挙か?

 ところで、前述した連立拡大が不調におわった場合は混迷の度合いを深めることになる。肝心な点は、新総理が誕生しないかぎり石破政権がつづくことである。7月20日の参院選挙において民意をえられなかったからといって、石破政権が崩壊するわけではない。そういう意味では「事実上の政権選択選挙」という表現は半分だけの真実なのである。連立拡大がまとまらなければ、現状維持のままで推移する可能性が最も高いといえる。

 ことほどさように、現職の総理を辞任に追いこむのはそうとうに骨の折れることで、自発的辞任がないかぎり内閣不信任決議案を可決するか、内閣信任決議案を否決するしか手がないのであるが、他方において立憲民主党にも民意が寄せられなかったことから野党連立の見通しがたたない状況での、野田代表による内閣不信任決議案の提出にはおそらく揺らぎがでてくると思われる。ただし、欠席者が多いと決議案が成立することになるが、そこまで造反者が増えることになれば、事実上の自民党分裂であるから、そういったケースの実現可能性はそうとうに低いと思われる。

 ということで、秋の臨時国会(日程は未定)は石破首班であるかぎり野党の協力にも限界があるし、法案賛成への見返りも嵩高(かさだか)になるので、補正予算案成立の見通しは霧の中である。

 とくに、トランプ関税のマイナス効果が出始める秋には景気後退のおそれもあり、世界が揺れ動くことから対米、対中など外交においても決められない政治への不満が人びとの間に高まるものと思われる。

 衆参過半数割れの自公にできることは限られており、また政権をいつまでも不安定な状況におくことは国益を害するので、すみやかに解散総選挙をとの声が高まると思われる。

 三度の国政選挙を石破氏でたたかうのか、与党わけても自民党の内部軋轢は最高潮に達すると思われる。筆者の妄想もここらあたりが限界である。現在参政党は衆議院の議席が3であるので、連立拡大の対象にはならない。しかし、年内であれば勢いが持続するであろうから、それを見越しての総選挙後の連立参加あるいは閣外協力の可能性はハイリスク・ハイリターンではあるがかなり高いといえる。

 なにが起こっても不思議ではないといえるが、立憲民主党的には石破氏が相手のほうが、人気のある新人よりもかなりやり易いというのが本音であろう。だから、当面は石破引責辞任の動きに対しては強くけん制にでるかもしれない。案外、これが主旋律になるかもしれないと思っている。

8.日米関税交渉の評価はこれからの推移を緻密に分析してからでも遅くはない、それにしても15%は高い!世界経済を破壊するかもしれない!

 日米関税交渉の評価は、これからの景気動向や業種あるいは企業の具体業績を慎重に見極めてからということで、バザールの値引き交渉ではないのだから、25%が15%になったからといって直ちに喜ぶような話ではなかろう。15%でも法外な税率で、不平等条約そのものである。

 それ以上に5500億ドルもの対米投資とか、その利益の90%は米国のものだとか、アラスカの天然ガス開発への出資とか、大盤振る舞いも度がすぎるというか国民に説明できない巨大なリスクが隠されているのではないかと危惧するのである。そんな金があるのなら国内への投資も考えるべきで、ジャパンファーストがいい、という声も高まるであろう。

 25が15になっただけでちょうちん行列さえしそうな民放番組ははしゃぎすぎの感じがする。評価には時間がかかる。それと、やはり自由貿易の原則をどこで確認するのか。長期視点で考えれば、WTOに対する無視や敵視はかならず行きづまると考えるべきではないか。もともと無理な話なのである。

 といった原則論を主張できるのは野党であるから、ここはきびしく対応すべきであろう。たとえば、広範な範囲の関税措置が全国的な規模での業績不振を引きおこすことは明々白々であるし、それが一時的ではなく恒常化するのであるから、賃上げどころか雇用不安さえ発生しかねないのである。国民生活を考えればマイナスだらけであり、そうなればだれが責任を取るのか。各国とも事情は似ているので、米国への反感が地球規模で広がることは避けられないと思われる。けだし野党の責任にも重たいものがある。

 最後に、石破氏への責任論は残るが、今問われているのは政権安定化への責任であろう。さらに、日米関税交渉の確定と定着である。トランプ氏には自分の理屈でページをめくる癖があり、状況変化を変更事由とするかもしれないから油断できないのである。

 臨時国会は当選議員の任期開始の日から30日以内に開催と国会法で定められている。今のところ8月1日のようであるが、参議院では改選議員をふくめた院の構成を決めることになる。まさかの内閣不信任決議案の扱いもあり、国会対応には緊張と工夫がひつようであろう。

◇ 盛夏とは 悩むことなく 暮らすこと

注)下線部分へ修正。中心→原因 2025年7月26日16:00、与党内→党内 7月27日8:45

加藤敏幸