遅牛早牛
時事雑考「2025年8月の政局―敗因は物価、政治とカネ、低賃金(構造問題)、日米関係の4項目」
まえがき [今回は参院選での自公の敗因と今後の政局がテーマである。とくに、総理総裁の石破氏の責任についても触れているが、党内での氏の責任追求については前々回と同じで、「ご勝手に」というのは変えようがない。ただし、石破氏を辞めさせる場合は、衆議院での多数派工作か、あるいは前回のような決選投票での日本維新の会や国民民主党の対応の再現が必要なので、総裁がほぼ自動的に総理に就任するというわけにはいかない。
さらに、X氏が総理に就任しても少数与党であることは変わらないので、連立拡大が不調におわれば、苦しい国会運営を余儀なくされ、不本意な政権運営になることは確実であるから、それを理解した上でのイシバ降ろしなのか、すこし疑問がある。連立拡大の確証をえてから総裁を変える手順でないと混乱するのではないか。
仮に石破氏続投であれば、連立拡大の時期は遠くなる。そうなると秋風が解散風になる可能性も生じる。少数与党の総理が解散風を纏う不思議な国会になるかもしれない。
トランプ関税への問題意識が政府内で統合化されていないようで、とうぜんわが国経済への深刻な影響も重要な課題であるが、世界経済が受けるダメージについても分析を急ぐべきであろう。
年初に指摘されていたトランプ流のリスクはいまだに軽減されていない。とくに個別状況への過剰な対応が多くの不確実性を生みだしている。そしてそれが経済活動を阻害している。経済がうまく回る理屈はゼロなのに株価が上がっている。まるで妖怪のようで、実に奇怪である。
プーチン氏とのアンカレッジ会談は停戦仲介者としては不発、交渉者としては接待過剰であった。交渉内容もさることながら、イベント優先のトランプ流が見透かされているようで、同盟国としては気持ちが悪い。まるで暗号が解読されているような。まあ、ヘッドラインづくりのためのイベントなんだから、ロシアもやり易いということか。
紛争はかき回すだけでは解決にはいたらない。ところで、戦争をしたくないトランプ流はもちろん評価されるべきではあるが、結果としてロシアに翻弄されているだけではないかと心配する声が増えている。米ロによるウクライナ処分となれば、NATOは崩れてしまう。嵌められたのか。自分で嵌まったのか。それとも、お疲れなのか。ディープ・ステートが実在するのならこんなことにはならなかった?ですね。
それにしても制裁としての関税政策に効果があったのか、むしろ足元を見透かされただけではないか。など、米国への信頼低下は同盟国にとっても難事であろう。
ということで、日米関係の揺らぎや綻びが自公政権の支持率を多少なりとも引き下げているというのが筆者の視点である。さらに、構造問題への対応の弱さもふくめ自民党の弱点が露呈している。
それにしても、国会議員たる者は週に一度はスーパーマーケットなどをめぐるべきで、ここ2年間の値上がりを直視すれば47議席は出来すぎである。40割れもありえたというのが感想であり、次はそうなるかもというのが今回の妄想である。]
1.「政治とカネ」は自民党だけにマイナスであって、こじらせてしまった
7月の参院選が与党の敗北ではあったが、筆者は大敗北とは考えていない。これが今回のベースラインのひとつである。
そこで、敗北の原因であるが、それには前段のストーリーがある。2024年8月岸田総理(当時)は9月にせまった自民党総裁選への不出馬を表明した。直接にしろ間接にしろ不出馬の本当の理由は知る由もないが、内閣支持率の予想外の低迷に悩まされていたことは間違いない。もちろん清和政策研究会(安倍派、すでに解散)の裏金問題が発覚し、世論が硬化していった時期と重なるので岸田氏固有の問題とはいえない。
固有の問題といえば、2022年末から2023年にかけて「増税メガネ」といった表現がネット空間で広がっているとメディアなどで紹介された。これは岸田氏が、防衛費の増大や異次元の少子化対策などに関連して増税をめざしているのではないかという憶測から発生したと推察されているが、発信源は不明といわれている。
一般的に新政策には財源が必要であるから、岸田氏がとくだん増税を指向しているとか、強硬な増税派であるとは感じられなかった。また、「増税メガネ」には風刺的要素をこえた悪意さえも感じさせる何かがあったといえる。
岸田総理の評価という点では、2023年(春の賃上げが久しぶりに3.6%と3%台を超えた)頃の40%前後が妥当ではないかと、かなり甘いかなと思いつつ、また筆者自身「暴走宰相」と表現していたこともふり返りながら、今ではそのように思っている。
ということで、やはり「裏金問題」の影響が10~20%ポイントほどあったと思う。またこの落ち込みが内閣支持率だけではなく政党支持率にも10%ポイント以上の影響を与えたというのが筆者の見方である。
最終的には、「裏金問題」が火を噴いていた2024年には、岸田政権の内閣支持率は20%台に落ち込み、さらに6月ごろには20%近くにまで急落し、不出馬へとつながったということで、それに比べれば石破氏の支持率はまだまだマシなようにも思われる。
この岸田氏の不人気ぶりには解釈不能な点があって、筆者も少なからず悩ませられたのである。今では先般の参院選の結果をみるかぎり、やはり「政治とカネ」問題とその対応に自民党の支持層が厳しい反応をしていたと考えるのが妥当なところであろう。
2.手足を縛られた石破氏が、「政治とカネ」が原因で敗北した選挙の詰め腹を切らされる不条理に多少の同情が?
さて、「裏金問題」を語るうえで、2012年12月の故安倍総裁による自公の政権復帰は氏の功績であり、さらに2013年2016年2019年の参院選3回、2012年2014年2017年の総選挙3回、都合6回の国政選挙を勝ち抜いたことは憲政史においても輝くものがあったと、まずは触れておくべきであろう。
その栄光の中心にいた派閥のとんでもない不祥事によって、反安倍派的立場にあった石破氏が総裁に浮上したのであるが、残念というか総理総裁としては結局のところ衆参の過半数を失ったのであるから、皮肉なことではある。つまり、自民党が派閥あるいは安倍派的宿痾の払拭という党にとっての歴史的な課題への適任者(祭司)として石破氏を選んだという含意を部外者として噛みしめるときに、また石破カードの選択が自民党にとっては簡単なことではなかったと推察しながら、「やはり民意は待ってはくれなかった」との感慨に浸るのである。人びとの怒りは顔を変えても消えなかったのであろう。
そこは、自民党サイドでいえば「精いっぱい努力しているし、特定の派閥に集中した問題なのに」といった思いがあるのは人情においてもとうぜんのことではある。他方、有権者サイドとしでは、待望の石破カードであったとしても「裏金問題」については派閥の自主解消といった小ぶりな処分と人的措置で糊塗し、「政治とカネ」には及び腰であると感じていたので、石破カードで劇的な改革モードに突入したとは受けとめていない、つまり両者の間の巨大なギャップが選挙戦にいたるも解消されなかったということで、これでは勝てる選挙にはならないといえる。
さらに、大反省のうえで斎戒沐浴をして選挙に臨むべきなのに、あるときは不用意な発言があったり、また国会での駆け引きに明け暮れた7か月をふり返れば、民主党政権時代の記憶がよみがえったりして、有権者としては、政党とか議員集団には冷静なふり返りを期待することは無理だとの結論に達したのであろう。だから、新興政党に票が流れたのである。
昨年の9月に、総裁に就任した石破氏は鉄鎖で縛られた首領であったから、主導権を確立すべく乾坤一擲の総選挙に勝負をかけたのであったが、結果は少数与党への転落であった。石破氏は世論はわれに味方すると踏んでいたのであろう。しかし有権者の不満は「裏金問題」にとどまらず物価上昇による生活苦の方へと広がっていたと思われる。
考えてみれば、政治家の怠慢と高慢を正すには普通選挙で落選させるしかないわけで、たとえその結果が不毛なる事態を招くかもしれないと思われても鉄槌は下されなければならない。ということで今回、有権者は原理原則に従ったといえる。
3.国民の生活苦を忘れた与党が選挙に負けるのは当然である
2022年2月から始まったロシアのウクライナ侵略による世界的な物価上昇の直撃を受け、わが国では3年余の間で10%近く消費者物価が上昇しているが、労働者の賃金改善はそれに追いついていなかったのである。もちろん、政府も賃上げの旗をふる中で、労使による春の賃金交渉は2024年2025年ともに高い賃上げを実現したものの、今年6月の実質賃金はなおマイナス1.3%ということで、労働者の家計はいうにおよばず年金生活者の家計においても赤ランプが灯っているといえる。つまり賃上げは津々浦々にはおよんでいないのである。
2023年秋には実質賃金の低下が顕著になり、労働者(人びと)の不満が滿汐のように高まっていったと思われる。
つまり、物価高と政治とカネが岸田政権時代からの人びとの関心事項であったことから、迅速な政治対応が求められていたにもかかわらず、岸田・石破政権ともに有権者を納得させるだけの「ケジメと対策」を提示できなかったということで、2023年段階からすでに選挙的には与党は大いに劣勢にあったといえる。
弊欄での論考もそのラインに沿いながら、いくつかの政局を予想してきたのであるが、今日まで与党劣勢の構図に変化はなかったということである。
さらに、2024年秋からコメ不足による高騰問題が「コメ農政」における政策失敗というナラティブの証拠として有権者に刻印され、さすがの小泉進次郎氏の登用と迅速な対処も、農家サイドにすれば将来不安を増幅させるだけであって、結果的には不発におわったといえる。
大変長い前説明で申しわけなかったが、今回の参院選の敗因を石破政権単独で語ることはできない、あくまで前政権からの連続した事象として解明されなければならないと考えている。
経験から、あるいは生活実感からいっても「与党が勝てるはずのない状況」がつづいていたといえる。したがって、敗北するのは当然のことであり、今さら党内で文句をいっても始まらないのである。
しかし、会派として衆院で196議席、参院で100議席というのはなかなかの勢力であって、まとまりの悪い多党化にあっては、比較第一党としてはそれなりの存在である。久しぶりの権力の移行というドラマを期待していた人も多かったが、与党勢力の規模を考えれば権力の移行は簡単なことではないといえる。
その点でいえば、政策ごとに与野党が協力する(パーシャル連合)あるいは連立拡大の方がはるかに安定かつ安全であると思われる。
ちなみに、8月12日発表のNHK世論調査では『自民・公明両党の連立政権に野党が政策ごとに協力する』が44%で、『自民・公明両党と野党の一部による連立政権』の26%とあわせれば70%ということで、政局からのフィードバックを反映しているのかすこしきれい好きの感があるが、現政権にとってはありがたい声であろう。つまり、石破氏が否定されているわけではないということで、自民党内の石破氏降ろしが何となくやり過ぎな感じがするのは世間の方にも未練が残っているからであろう。とはいえ、石破氏の政治生命が危機に瀕していることは否定のしようがないといえる。
4.もはや疑似政権交代は通用しない、政権放擲(てき)なら退場を
参院選における与党の敗因は、直接的には物価対策の失敗と政治とカネへの不信、賃金への不満などであるが、結局のところ政党として有権者に、はじめからさいごまで伴走できなかったことが、2024年10月衆院選、2025年6月の都議選につづき、参院選でも敗北した原因といえる。ところが「スリーアウトチェンジ」とか聞こえてくるが「チェンジ」というのは政権交代のことであって、疑似政権交代とは違うのである。
あるいは、この際野党に政権をわたして、一度下野してはどうかといった主権在民からは何光年も離れた発想もあったようだ。いわゆる「政権放擲(てき)論」の最大の問題はそれを決めるのは有権者であって、自民党ではない。最大政党の傲慢から生じる勘違いであり、責任放棄にほかならない。
5.状況適応型政党の弱点は構造問題―既成政党に共通する
今回の敗因の中でウェートは低いがもっとも深刻なのが、自民党は構造問題には弱いというもので、厳しくいえばいわゆる「才能ナシ」なのである。
たとえば、少子化問題は1970年代から指摘されていたもので、すでに半世紀もの時間をへた今日においても、しっかりとした方策は確立されていない。現にその指標である出生数と合計特殊出生率の年次推移(1947-2024年)をながめると理屈抜きで愕然とする。たとえば、1949年に約2697千人だった年間出生数(当時のベビーブームで特異的)が2024年には約686千人となり、75年間で約2000千人の減となっている。また、合計特殊出生率は1974年の2.05を最後に2を超えることなく年々漸減傾向がつづき、2024年には1.15となった。とくに2017年からは減少率がさらなる加速傾向にあり、回復不能ゾーンに踏みこんだ気分になってしまうのである。
問題指摘は山のようにあるが、解決策は少なく、成果は微々たるものである。
同様に、一極集中や地域間格差、産業の二重構造と表現されていた企業規模による格差、少子化と高齢化による社会保障制度の老朽化など難しい課題が山積しているのに、先送り体質は改善されていない。政治が楽する方向に流れるのは万国共通ではあるが、30年間の停滞の責任はどこにあるのかと考えだしている有権者が増えている感じがする。
つまり、有権者の認識の一部に、構造問題に正面から取りくまない既成政党の怠慢がすり込まれ、与野党をとわず既成政党には構造問題を解決しいく能力が欠けている、という思いが膨らんでいるようである。
もちろん、既成政党といわれる側にも反論があると思うが、現実問題として進歩がうかがえない現状の責任は歴史の長さに比例するという考えから、既成政党がスルーされているのではないか。反論よりも反省が必要かもしれない。
また、製造業の競争力を議論する前に、司法、行政、社労などの分野が実際のところ法律や行政システムにおいて不効率なのである。多少の改善や進歩は見られるものの、マイナンバー制度のてん末を見れば現状のレベルが分かるわけで、効率化が利益を生むという考えが低いからか、遅延するのは自然現象と受けとめているようで、これでは改革は容易なことではなかろう。
6.30年間の停滞は政治と経済の失敗自民党の怠慢
さらに決定的なのは、OECD諸国においてまたG7において、わが国の経済成長や賃金所得が顕著に停滞している事実である。このことを示すグラフを見れば他国との比較から30年間の停滞が自然現象ではなかった、人為であったと誰しも思うであろう。ということは政治の失敗であり、経済の失敗であると、たとえばロスジェネ世代はみずからの経験をかさねながらそう強く思っていると筆者は銘じている。「われらの世代に苦難をもたらせたのは何を隠そう既成政党であった」との確信がどこに向かっているのかが明瞭になった選挙であったといえる。
ということから、自公立共への支持が芳しくないのは、有権者の一部から「もうあなたたちは時間切れ」とダメだしされているからで、そういう理由であればこの先も状況的にはむつかしいと思われる。
では、しがらみのない政党であると自ら標榜していた日本維新の会さえも失望の対象になっているは、かなり複雑な理由があるように思われる。正直なところ「大阪」はわが国の標準ではない。その大阪の維新が反権力ではないことは万博やIRで証明されている。しかし、全国津々浦々においての維新は誰の味方なのかがはっきりしないのである。改革はいいが、誰のための改革であるのかが今ひとつ分からないということであろう。
わが国だけが例外的に停滞し、G7においては低賃金国に落ちこみ、OECDにおいても何かと順位を下げている現実を目の当たりにしたときに、自民党へ投票する気がおこるのか。結局、場当たりの対応が得手なだけで、行きづまれば借金を重ねる既存政党には期待できないという結論が出たということであろう。しかし、新しく期待を集めている政党もぼやぼやしていると同じ評価の網に捕らえられることになる。
というように有権者の政党や政治家に対する評価は年々厳しくなっていくのはそれだけ生活が厳しくなっているからで、やはりわが国の貧困化がつづいているということである。
主権の行使とは投票であるから厳しいのは当然のことで、正直な話これ(厳しい投票)がなければ革命しか手段がないと思えば、実に穏やかな仕組みではないか。とはいっても、コペルニクス的転回がないかぎり自民党は次も苦しい。誰のための政党なのかがはっきりしたので、次も苦しいということである。
[参考:来年の賃上げが歴史的分岐点]
おそらく投票率は緩やかに上昇していくであろう。トランプ関税の影響でわが国の企業から米国への所得移転がすすめば賃上げどころの騒ぎではなくなるから、今よりも状況がはるかに悪化するであろう。ということは来年の賃上げはいろいろな意味で歴史的分岐点になると思われる。具体的には労使にとって修羅場であり、組織労働者以外の不満も頂点に達すると思われる。という状況を反映して一次分配を問題にする本格的な労働者視線の政党が支持をあつめると予想される。そのぐらいロスジェネ世代はもちろん若年層をはじめ30代40代50代の労働者の生活は本当に苦しいのである。
このような指摘には意外感があるかもしれない。しかし、もともと労働への分配が過度に薄かったことがこの国をダメにした、つまり経済停滞を生んだ可能性が高いわけで、遅ればせながら先進国基準への回帰がはじまった、といえるようになりたいものである。
賃上げと物価の好循環は、いうのは簡単であるが持続させることはむつかしい。そもそも非正規労働者という概念こそが労働分配をケチる野蛮な経営といえるが、バブルの崩壊以後そういった経営を称揚してきた風潮が貧乏な人びとを生んだのである。さらに、わが国の政治は事の重大性を見逃し、気がついても腰が抜けていたから30年もの歳月が失われたのである。失われた30年などと気楽にいわれれば当事者は吐き気を催すだけで、どうにもこうにも何もしてくれなかった政党に金輪際投票する気がないということであろう。しつこく述べてみたが、議員であればそういう世代の気持ちを受けとめてもらいたいものである。
まともな労働者政策をもたずにG7の一角を占めていたことこそが世界の不思議である。
7.故安倍氏の功績(?)も吹っ飛ぶトランプ氏の安全保障観―関税ファーストへの不信感が自民党離れを起こしたのか?
さて、故安倍氏の国政選挙6連勝は、民主党政権への反動という時代背景の中、また野党の選挙態勢が整わないうちに解散総選挙を強行するといった選挙戦術によって、解散権の乱用との批判を受けながらも長期安定政権をもたらしたのであるが、政策全般にわたり有権者の支持が形成されたのかについては議論が残っている。いわゆる争点ずらしや論点隠しが政策議論の過程において負の効果を生んだことは否定できないところである。
とはいえ、わが国の安全保障については対中関係をふまえながら警戒的な問題提起をし、多くの野党の反対を押しきる形で保守化路線を実現したのは自民党に一日の長があったからといわざるをえない。
平和安全保障法制(関連二法)の施行(2015年)からすでに10年が経過しているが、集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更についてはなお反対の立場があり、野党第一党の立憲民主党も同法にかかわる違憲部分の廃止の立場は変えてはいない。とはいうものの、2022年のロシアによるウクライナ侵略からは同党においてもトーンダウンの傾向がうかがえる。理屈が現実におし流されたのである。
顧みれば、米国の強い影響のもとで、東アジア地域の急速な緊迫化という情勢を踏まえた時の政権の問題意識を、世論がいかに消化・吸収していくのかという側面が際立っていた時代であったといえる。さらに政権側にも安全保障における担当能力を試金石として、過分に対立を際立たせることにより野党との差別化をはかるといった狙いがあったことは否定できない。
もっとも、2010年代から中国の軍備拡張にともなう目に余る示威行動の顕在化が、日米軍事同盟の深化をめざすうえでの最高の説得になっていたということであろう。
という経過を念頭に、今回の自公政権への支持低減の一因として、トランプ氏の安全保障への姿勢が微妙に影響しているように思えるのである。ここらあたりは、弊欄においてはすでに何回か述べてきたが、端的にいえば自公政権の基盤としての日米関係という認識が多くの国民に浸透していたのであるが、昨今のトランプ氏の発言などから、日米同盟へのコミットメントの薄さをほとんど本能的というか敏感に感じとっている気配があるようで、そのことが安全保障上米国との連携にもっとも役にたっている自民党という評価軸がすこしぶれはじめているとの印象を持つ自民党支持者が生まれているようで、もちろん一部の人びとにおいての話ではあるが、対米関係において自民党でなければならないという神話は今や崩れ始めているということかもしれない。
また、トランプ政権の政治手法に対する違和感というか、はたしてこれが自由主義、民主主義の盟主の対応といえるのか、などなど伝統的な自民党支持層の中にそう感じている人が増えていると思われる。
限りなくということではないが、想像をこえているという意味では、手法において中国共産党に近づいているのではないか、といった見方がトランプ関税交渉によってかなり増幅されているようである。だから、あの2015年のわが国の安全保障についての騒ぎは何だったのかと、与野党ともに関係した議員は記憶を反芻しているのではないか。
まあ、トランプ氏の個性もあることから、あまり神経質になることもないのであろうが、アベドクトリンともいうべき解釈改憲の大仕事が米側からいえば歯牙にもかからないものであったかのような発言にはわが国の保守派は脱力せざるをえないと思われる。
日米同盟は堅く、ミリ単位においても動くことはないと考えてはいるが、昨今では米国の対中姿勢に張り子感を覚える人も多いのではないかと思う。などなどたしかに日米同盟が不動であるとしても、人びとの内心の日米中の三角関係はかならずしも不動とはいえない。ここらあたりの揺らぎが原因で、自民党の支持率のうち数%ポイントが目減りしていたのではないかというのが、直近の筆者の妄想である。
8.日米関係の再構築のむつかしさはトランプ氏の不確実性にある
自公政権は、日米関係に支えられた権力であるから、米国政府の影響力は世間で思われているよりもはるかに大きく強力である。斜にかまえて批判的にいえば、それで独立国といえるのか、といった指摘はあたらずとも遠からずといえる。しかし、それはマイナスだけではない。米国にとってある程度コントロールが効く日本という存在は何かと重宝であって、対アジア、対中国を考えれば、地政学上も失うことは許されないのである。
通常においても相互に利益を共有しているのであるが、米国にとって不都合になればリセットできるという意味で貴重なのである。つまり、わが国の程のよい弱さが相互関係を円滑にしているともいえる。だから、生硬な考えで外交上の自律性を高めてみても、結局のところ国家間の協力は不可欠であるから、いずれにしろ同盟関係を構築することになる。そういう意味では初めから結論がでている感じで、いわゆる「ずるい理屈」と受けとめられるであろう。もちろん一からの議論をはじめてもいいのであるが、手間がかかるうえに、無同盟状態は避けなければならないので、それはそれで面倒なことになる。
だから結論的には、必要であれば日米安保条約を破棄すればいいのであるが、そういう方向でのまとめは大事変のないかぎり政治的には不可能といえる。ではあるが、たとえばわが国の防衛負担をGDP比で3.5%に引き上げることを米国が求めるのであれば、日本政府がどういう方針を示そうが、国民の間では基本的な議論がわき起こることはわが国が民主主義を国是としているかぎり当然のことといえる。昔のように、圧倒的な国力を背景に同盟国に対して恩恵的に安全を保障しているのであればまだしも、現状をはるかに超える防衛負担(予算)を求めるだけであれば財政民主主義にもとづき、同盟のコスト負担についての広範な議論が湧きあがることは避けられないであろう。
例によって、国内では基本的な論議が活発に展開されると思われるが、とりわけ同盟のコストということになれば同盟形式や同盟範囲なども対象になるであろう。まさしく議論のあり方こそが民主主権を体現するといえるが、そこがトランプ政権の手法とぶつかる可能性も考えられる。
最近の米国は相手国の議論を受けとめるステージをもたないということなので、基本的に民主主義国を相手にしたディールという概念は存在しないことになる。つまり一律化である。
感想ではあるが、議論の対象となる防衛力の基準とはどんなものなのか。いいだせばいくらでも膨らむものではないのか。といった疑問も多くあることから国民的な理解を前提にするなら、日米間のタイムラインの設定は困難になると予想できる。市井の人びとからは強要と報復の交渉スタイルとの批判が生まれることは容易に想像できるもので、人びとの対米感情の悪化から日米間のギャップが生まれるのではないか、と危惧している。
ところで、わが国のGDPを600兆円と仮定すれば1%は6兆円であり、2%は12兆円である。今回の参院選では消費税減税や直接給付が争点になったといわれているが、例えば国民民主党が求めた課税最低限を178万円に引き上げる案の財源はおよそ6、7兆円といわれている。このギャップをもって防衛負担増は不可能と判断するのは短慮ではある。しかし、なぜそれだけの予算を必要とするのか、その総体はいかなるものであるのかといった概論ですら白紙ですまそうとするのであれば、それは安全保障を盾にした新種の植民地主義ともいえるものであろう、という強い反発が予想される。
それにしても、同盟国や友好国への要求は厳しいものの、対中、対ロのそれはさほどではないとの指摘も多く、仲間からの収奪ではないかという疑いが広がっている。もちろん、予断は避けるべきであるとしても、弱い相手には強く、強い相手には弱くでるということなのか。疑問が生まれている。
しかし、世の中ボーイングだけではないと多くの国民は考えているので、国防構想についても、また防衛装備についても自律性を高める方向に議論は流れていくと思われる。さまざまな議論が提起されるであろうが、いずれにしても歴史にも学ばなければ最適解は見いだせないし、最適解がないということかもしれない。
安全保障において日本が米国の体制にただ乗りしていたわけではないが、歴史的経緯をふくめれば合理的な負担であったことは間違いのないところである。しかし、日米同盟という表記上日米の順で表しているが、内実は米日軍事同盟であり、今日では米側の主導で税金でいえば20兆円を大きく超える規模に強化・拡張していくべきという。どうであろうか。人びとはハイコスト、ハイリスクと受けとめるのではないか。
この問題を軽く考えてはいけない。というのは、「同盟増税」といわれるのが分かっているのに、唯々諾々とその路線にしたがうのであれば、自公体制における日米関係については興ざめな感じを人びとはもつであろう。また、中国やロシアの脅威論をさんざ聞かされたとしても承服する人は少ないと思われる。また承服したくないのであるから、中国やロシアの脅威については否定的になるかもしれない。強行すれば、流れは米国一辺倒からどんどん遠ざかるだけであろう。
そうでなくとも、トランプ関税で「もう付きあっていられない」感が広まっているのに、このうえ同盟増税となれば選挙で大敗するのは目に見えているから、政党の主張は逆方向、つまり冷却的になると思われる。ここまではけっこう実現性の高いシナリオであろう。
そこで問題は、この日米間の引き潮をどのあたりで止めるかである。しかし、現時点で先回りの議論をすすめてみてもむなしいだけであるから、まずは一呼吸か二呼吸ぐらいは間をおいた方が利口ではないかと思う。
こういった冷めた議論が自公体制にとって有利に働くのかは今のところ不明であるが、安倍政権時代の日米間の安定性はとうてい望めないことだけは確かであろう。相手が変わったので、もう元には戻れないのが現実であるから、わが国としての外交ラインを引き直すことも視野にいれるべきであろう。(立憲民主党が政権を望むのであれば件の外交ラインを提起するべきである)
日米関係とりわけ安全保障については、自公だけでは多数派を形成できない状況の中で、はたして安定的な議会勢力を糾合できる日米関係像をまとめられるのか、新興野党の外交戦略が不明な中で少数派となっても自民党の役割は大きいといえる。(日米同盟を基軸にというだけでは話にならないのである)
9.勝手自在なトランプ流外交は日本の手に負えないが、嫌米・反米感情が世界的潮流になる怖れが心配である
さて、トランプ政権の欠点は、同盟国や友好国をはじめ関係国への情報提供や事前相談という必須のプロセスを、なぜだか分からないが、相当程度省略していると思われる。つまり、そういった勝手自在な外交を平然とおこなえるのは根底に蛮勇価値があるからではないかと思うのである。貶(けな)しているのではない。
というのはたとえば、蛮勇こそがマンネリズムから抜けだす唯一の道という場面もあるから、そういう意味でトランプ外交のバーバリズムにも価値というか期待が残ることは率直に述べておきたい。その上で、弊害の多さもまた指摘しつづけなければならない。
問題は、その価値なり期待と当然起こりうる弊害とが量的逆転をするタイミングがいつ頃であるのかという「時期」なのである。現在のトランプ流が修正されることなくこのまま続くようであれば、各国とも草の根運動的な嫌米、反米感情の亢進をおさえることがむつかしくなるとの判断が働くと思われるので、対米交渉の硬度を強めなければ内政に差しさわりが生じるという微妙な状況も考えられる。
という前提に立ち、トランプ関税のエンドロールをいつ流すのかということが自ずから論点化すると思われる。まさか恒久措置ということではなかろう。米政府関係者の中には、4-6月期の経済指標から楽観的な見通しを発信する向きも多いが、相互関税の税率が確定していった8月から輸出業者の価格戦略がはじまると思われるので、値上げに踏み切る品目も増えてくると思われる。
(が、空気全体が不確実性ともいえる状況なので、確定的な見通しはむつかしいと保険はかけておきたい)
また、交渉中の国がまだまだ残されているので、総括的な論評が出そろうのはやはり夏休み明けと考えられるが、世界経済に与える影響はこれから本格化すると思われる。そこで、本格化すれば損失の実態が明らかになるので、是正運動が立ち上がり、各国とも再交渉を求めることは間違いないことであり、さらに中国との交渉が宙ぶらりんであることへの反発も生まれてくると思われる。そもそもこの交渉は何が原因で始まったのかという原点回帰がたびたび掘りかえされることは米国にとっては大いに不都合であることから、聞こえないふりをするかもしれない。
事実問題が生じているからクレームをつけるわけで、そういったクレーム処理で米政府機関は当面の間は忙殺されるであろう。
国際的な喧騒のうちに新たなフェーズに入るのであるが、もっとも可能性が高いのが、有志国による「不平等関税撤廃お願い運動」であろう。お願いである。米国も内政からの圧力で保護主義に走ったのであるから、同様の動機において各国もさまざまな動きをしなければ国内は治まらない。成果はともかくクレームをぶつけるしかないのである。クレームをつけている間は各国とも国内政治は落ちつくから、当分の間は外交団が顔をあわせるたびに「それにしても酷いものですな」と愚痴をかわすだけでいいのである。それも重なれば反米ムードが高まっていく土壌となるであろうし、米国の人はそういうのをひどく嫌うので、逆に米国内は団結するかもしれない。そうなれば少しは冷静な議論ができるだろうというか、世界有数の豊かな国が同盟国や友好国をはじめ開発途上国まで圧迫していると気づいてもらえば少しは変わるであろう。
筆者は国際関係は素人なので発言はほどほどにしているが、米国自身の国内の紛争解決手段さらには同盟国や友好国との紛争解決手段があるのかないのか、深刻な問題であると考えている。
今年から来年にかけての懸念事項は地球規模の反米感情の盛り上がりであり、米国の外交が身動きのとれない事態にいたることである。さすがにこれはまずいということで、おそらくUSAIDなどは復活する可能性もあるが、一方でボヤに油を注ぐ勢力もあるから、容易ならざる事態が出来するかもしれない。
何もやらなかった方がむしろ良かった。というのが改革の墓碑銘である。同盟国としてはそういった事態を避けるべく努力と協力を重ねるとは思うが、はたして日米の対話が成立するのかどうか、わが国にとっても試練といえる。
10.トランプ関税への反撃は極右政党、右翼政党からはじまるというのがセオリーだと思うのだが
ところで、各国において極右政党が支持を広げている。増勢の事情は国によってさまざまである。大衆扇動的な政治手法などにおいてはトランプ氏とはかなり親和的に見えるものの、トランプ政権の利己主義的路線(アメリカファースト)が各国の極右をはじめ右翼政党に気持ちよく理解されるのかは大いに疑問である。たとえ思想信条において近くても、現実は関税をつうじて利益相反関係にあるのだから、国民感情からして理不尽な関税は許さないというのが大勢であろう。
ちなみに現在進行中のトランプ関税交渉を当然のごとく支持し、それを受けいれることにより国民から絶大な支持がえられるというのは完全な倒錯であり、現代のブラックジョークである。
だから、極右政党であれ右翼政党であれ中道政党であれ左翼政党であれ、他国からの一方的な関税措置が自国経済に多大な損害をもたらすのであればどうしても反対の立場をつらぬくことになるのではないか。そういう反対の声がたかまれば、世界に背をむけて友達をなくしていく国、アメリカの栄光の時代は終わりをむかえることになると思われる。
ところで、民族主義者や愛国主義者はトランプ関税をどのようにとらえているのかはとても興味深い。A国とB国の愛国者政党が似た者同士ということで連携できるのか、それも不平等な関税をはさんでと問われると答えは明白であろう。
右翼政党が愛国主義を基盤にするかぎり反グローバリズムの傾向を強め、そのことにより国際的な限界をかかえこむのは、愛国主義の内向きの力に原因があると思われる。また、内向きがすぎると過度の排外主義となり、周辺諸国との摩擦が激化しやすい。トランプ政権の不法移民対策が愛国主義を土台に排斥的な方向に向かっていることに違和感を感じる人びとも多い。とくに、保守リベラルに属する人々は暴力的な強行措置には拒否感情が強いことからトランプ政権には批判的であると思われる。
今回の自民党の敗因がトランプ流から派生したとはいえないが、無関係ともいいきれない。そういう意味では、日米関係への自民党としてのスタンスをすこし整理するひつようがあるのではないか。相互関税についても15%に下げられてよかったということではなく、どちらかといえばWTO的感覚が当然といえる。自公ともにトランプ政権への批判を控えざるをえないことは理解できるが、沈黙は承認であるから、有権者の感情としては一言二言の反論があって当然であるということではないか、と思う。だから石破氏の「舐められてたまるか」との発言もわりかし素直に受けとめられているのであろう。
与党議員は気づいてないようだが、トランプ氏に対して腫れ物に触るような態度こそが保守リベラルのプライドをひどく傷つけているのかもしれない。確証があっての指摘ではないが、与党議員の対米腰抜け感が支持を散らかしているように感じる。戦後80年という節目にあって、諸事がさまざまに交錯することから慎重になるのは分かるが、この先苦労するのは輸出産業でありそこに働く人びとであろう。採算悪化のしわ寄せを直接受ける中小零細企業にすれば「米国の手先なんだから」という思いはぬぐえないだろう。
秋になり仮に相互関税の悪影響が出はじめると、雰囲気は激変すると筆者は予想している。(時期不明の)15%というのは植民地待遇であるから、それをよくやったなどとおくびにでも出そうものなら次の選挙はないものと思うべきであろう。きついが国民の代表とはそういうことである。
政府ではないのだから、国民の気持ちをもっと代弁すべきであると思う。これは他党においてもいえることである。
◇見飽きたか 積乱雲に カモメ飛ぶ
注)下線部分追加 2025年8月20日12:00
加藤敏幸
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