遅牛早牛
時事雑考「2026年の1月 地殻変動の時代に身動きのとれないリベラリズム」
【まえがき 昨年の年頭コラムは1月5日付けであったのに、今年は1週間も遅れてしまった。理由は米軍のベネズエラ急襲のせいである。おかげで文面は米国、正確にいえばトランプ政権を中心としたパワーゲーム(戦略)に占領されてしまった。ゲームといっても武力行使をともなうので犠牲者が発生する点はまことに憂慮すべきことである。これがウクライナやガザ地区では365日つづいているのである。
筆者としてはずい分と重たいテーマであったが、また10日には通常国会冒頭での解散との報が飛びこんできた。「可能性は否定できない」というのが無難な回答である。まったく毒にも薬にもならない回答である。おそらくは高市効果の配当狙い、利益確定の売りなのか、あるいは「働いて、はたらいて、はたらいて、はたらいて、働く」前に解散する安倍流の戦術なのか、王道でないことは確かである。
仮に衆議院で過半数を確保しても参議院はどうなのか。この悩みは連鎖して国民民主党を直撃するであろう。これ以上は分からない。
そういえば、昨年のコラムでは参議院選挙については「逆転する可能性が高い」と述べたが、今回は2月に入ると変化を求めて第一、第二政党から保守系中道政党に民意が流れる可能性がでてくると考えている。意外と世論が割れて高市押し活だけで乗りきれるとは思えないのである。そのぐらい激変する国際環境にあって、わが国と米国と中国との三角関係を有権者がどのように判断するのかがポイントではあるが、有権者の問題意識のあり様が気になる。すごく心配性の国民であるから外交に対する不安も大きいという点を考慮すれば、支持は拮抗するかもしれない。
自分が解散した総選挙で敗北すれば、つまり過半数をとれなければ退陣するしかないだろう。さらに昨年秋の政治空白劇を2月3月にやれば、自民党は確実に崩壊にいたると思う。有権者はそれほど甘くはない。期待があっての高い支持率である。だから勇ましい気分だけで国運を賭けてはならないのだが、解散権は総理の専権事項などと軽薄なことをいってはならないのだ。
専権事項という前にリスクマネジメントがあり、たとえば高市氏の失脚を期待している国があるかもしれない。逆に、反中・嫌中気分が高市氏を後押しするかもしれないといったあたりが、当面の政局における注目点といえる。現状は維新と国民の協力もあり来年度予算案が安全圏にあるので、冒険することもないと思うが。
さて、件の米国であるが、正直なところトランプ路線はハイリスク・ハイリターンかつ短期決戦型である。支持者も4年間熱狂しつづけるのは大いに疲れるし、無理であろう。もちろん本人も。限界は暦とともに迫ってくるから、耳目はいずれヴァンス氏に向かうと考えるのが妥当なところであり、その日は近いと思われる。喉が渇けば水が欲しくなる。】
1.結果がすべてであった米軍の拘束作戦
2026年1月3日(米国東部時)、米軍がベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拘束し、ニューヨークに連行したと報じられた。そういえば麻薬を積んでいると思われる船舶への攻撃がなにげに話題になっていたが、この度はハリウッド映画を思わせる誘拐、監禁であるから、衝撃は世界を駆け巡ったであろう。ただし、米国はマドゥロ氏を大統領とは認めていない、選挙の正統性の確認ができていないことが理由のようである。もちろん、大統領と認めていればこんなことはできなかったであろう。
そのことはともかく、さっそく「まあ、国際法違反だな。」とつぶやいてはみたものの、内心では「だから?(なんなのよ)」と、もう一人の筆者が反論する。「それで、どうするのよ」とも。
だから、とりあえず異例の事態と表現しておいて、しばらくは様子を見るのが一番。だとしても、この先の展開は視界ゼロなので、国内でのとっさの言説は役にたちそうもない。重要なのは西半球と東半球とでは違った色彩で描かれることであろう。直近の米国の国家安全保障戦略はそのことを示していると思われる。
確かに、「不法行為だからご夫妻をカラカスに帰しておあげなさい」とトランプ大統領閣下に進言する人はいないだろうし、で後のことを考えれば、おそらくひどい紛争とか混乱が生じると思われるので、帰すよりも帰さない方が最終的な犠牲者は少ないかもと日和ってみたり、つまり筆者においては「何もできない、何もしない、何かをやるにしても責任がとれない」という、本当のところは白黒をはっきりさせないリベラル的懊悩がつづいているのである。これはいわゆるインテリ病に近いというかとにかく狡いのである。
このインテリ病が、近ごろオールドメディアとか既存メディアと負の符丁(タグ)をつけられた、要するにネット空間において若年層からはひどく疎まれている報道番組や新聞の社説欄においてあだ花を咲かせているというのが、筆者の見立てである。
あだ花は実がならないだけで、花は咲くのである。いいかえれば言論空間にだけ咲く花だから、その空間でしか通用しないという虚しさを消せない、問題の解決にはほとんど役には立たない議論といえるのである。
ところで、今回の作戦名が「Absolute Resolve」であったと伝えられている。この訳し方にはいろいろとあるだろうが、「これしかない」と筆者は解している。1週間たって作戦は終了したらしいので過去形を使い「これしかなかった作戦」を同盟国であるわが国が色眼鏡なしで直視できるのかというのがここでのテーマである。
2.力による現状変更というほどのことか、が分かれ道となる
そこで、同盟国などといって場違い感の高い言葉を運びこんでいるのは、トランプ政権では国際法とか国連憲章といった概念はすでに蒸発していて、それよりも西半球という地理区分さらには同盟国およびパートナー国という関係区分しか残っていない、つまり彼らは世界をそのように定義した、してしまったのである。西半球と同盟国とパートナー国しか言葉がないのである。
この事態を情緒的に表現するならば、ほとんどの国が置きざりにされたということであろう。これほど勝手なことはないと思うが、ローマ皇帝も秦の始皇帝もごく一部の取りまきだけで世界の大事を決めていたと思えば、そういう時代にもどったのだとまではいう気はないが、「良い悪いとか正しい正しくない」といった議論に明け暮れていては政治は完結しない、つまり機能しないという考え方であろう。まあ、うれしい話ではないが。
今回の作戦のキーワードは、確信と決意と切迫だからなぜそのように考えたのか。という切り口でトランプ政権の隠された姿を洞察するいい機会ではないかと、たぶん役には立たないだろうが、ここは思いきりトランプ的に考えてみたいと思う。(今回の作戦は司法行為への軍の支援と位置づけられていることは、賛否はともかく念頭におくべきであろう。)
さて、「力による現状変更は許されない」というのが冷戦を乗り切った国際社会のコンセンサスであったことは否定できない。しかし、それが米国の力によって支えられていたことも反面の事実である。この米国の、最終的には軍事力が世界の秩序と平和を支えてきたという事実認識を土台にするならば、またそれが崩れかけていることも踏まえ、現在のわが国のリベラルな言論空間が陥っている病弊を指摘すると、それは足元がすでに崩壊しつつあるのに慣性の法則か何かでまだまだ支えられていると勝手に錯覚している、いわゆるかん違いではないかということである。
仮に言論が自由であるとしても、「力による現状変更は許されない」ことを自らの犠牲をも顧みずに守り通す意思と力が不在であれば、自由であればあるほどその言論の空虚さも増していくのではないか。だから、そういった空虚さを低減させ議論に実在感をとりもどすためには、やはり世界の秩序を守る警察官の登場を期待せざるをえないことになり、さらにその役割を担うのは中国でもないロシアでもないEUでもないもちろん国連でもないと消去を重ねていくと、やはり米国に求めるざるをえないという結論にたどり着く?というのでは、あまりにもだらしがないというべきであって、米国の否定から出発して米国の必要を説くのは背反論理というものであろう。
つまり、今日の嫌米傾向に染まったリベラルな言論空間がただちに解決しなければならないのはそういった論理矛盾の解消であるのだが、米国をして米国を譴責させるという手品的論理展開を矛盾していると分かっているのにまだやっているのかというのが、米国依存を無意識のうちにさらに強めている言論への反論なのである。
3.「米国は世界の警察官ではない」ことの今日的解釈は
そこで、「米国は世界の警察官ではない」とオバマ大統領(当時)がシリア内戦についての演説の中で宣言したのが、2013年の9月だからもう12年以上前の話である。では「警察官でない」とは何を意味するのか。さらに「アメリカファースト」がいかなる影響をおよぼしているのかが新規のテーマとなる。
これについては、一番大きいのが警察官として保持していた規範性の放棄であると思われる。
早い話がみんなの規範に従う必要がなくなったのだから米国としてはずい分と楽になったと思う。とはいっても警察官的行動を放棄したわけでもなさそうで、場合によっては警察官のように立ち回るという実に雑味の多いことになってしまったのである。そのうえに、それの「どこが悪い、文句があるか」という態度でヴァンス氏あたりが待ち構えているのを目の当たりにすれば、これは容易ならざる事態であると誰もが思うであろう。だから、わが国も認識の刷新をはからなければ「対米追従外交」ですらままならないことになるのではないか、ということである。
という文脈でいえば、保守であれリベラルであれ言論空間そのものが内容的には遅れているのであって、知識人、有識者、コメンテーターなどとペラペラの符丁をつけられて、打ち合わせで用意された資料を読みこみ、味付けだけは自分「らしさ」をあしらった付け焼刃のコメントはやめたほうがいいと思う。もちろんテーマにもよるが、何年間も考えつづけたことでないと、激動へのコメントとしては浅すぎるというか、直前の資料や局の意見の焼き直しとみられる、少なくとも筆者はそのように感じている。
さらに、アテンションエコノミーの悪弊はネット空間だけではなく言論空間や報道空間にもおよんでいるようで、そういうニオイには読者や視聴者は敏感なのである。とくに現下の国際関係については器用さだけではまとめられないと思うが、あらためてジャーナリズムとは何なのと問いたい。
4.1945年から80年以上経過した今日、地殻変動が生じているのに常任理事国は拒否権と核保有にあぐらをかいているではないか
1945年を起点に数えればすでに80年以上もの長い時間を経て、生物種としての世代においても大きな区切りを迎えている。いわんや政治、経済、社会などいずれの分野においても、大きく変貌を遂げようとしている。変貌とは使い物にならないものが増えていくことである。理屈も感性も人物だってどんどん使い捨てられている。
にもかかわらず、平然と構えていられるのは個体の知覚鈍化によって変わらないと錯覚しているからであろう。同じ入れ物であっても中身は変化し、別物になっているということではないか。
といいながらも変わっていないものがある。たとえば、4日の国連安全保障理事会では各国ともいいたい放題であったが、どれだけ討論を重ねても出口はない。拒否権があるかぎり不本意な結論はでないという常任理事国にとっての予定調和が21世紀においても変わることはない、というのが国連の現実であり、この現実を多くの国は納得しないまでも理解はしているということで、ここに国連をはじめ国際機関の限界があると筆者は受けとめている。
いいかえれば、機構改革などでの重要な役割を果たさず、ひたすら拒否権と核保有にあぐらをかいている5か国の中でも、一番悪いのは米国で、とりわけトランプ氏が悪いという見立ては陰謀論と同じように人びとに受けいれられやすいということもあって、メディアもそういう姿勢をとっていると思われる。
とくに、トランプ氏の表現系は公私ごちゃまぜのようで、くわえて口語的誇張表現にあふれ、また政治家とは思えないほどに陽動的である。今でもその陽動作戦にひっかかっているメディアも多々あるようだが、正月明けそれも賀詞交歓会後の一週間はいわゆるネタ切れ期なので、トランプ関連物は格好のテーマとして扱われている。今年もそうであった。もっとも、当初の糾弾姿勢が微妙に軌道修正されていくという、いつものパターンこそが筆者はとてもトランプ的だと思っているのだが、正月明けで取材力が落ちていたのであろう、正義の主張にかなり傾きすぎたと思っている。
5.790万人以上の避難民の存在がベネズエラの政治の実情である
現在、ベネズエラからの難民が790万人以上といわれ、その多くがコロンビア、ペルー、チリ、エクアドル、アルゼンチン、ブラジルなどの国々に避難しており、受け入れ国にとっても経済的、社会的負担が大きく緊急性の高い課題となっている。
とりわけ、2024年7月の大統領選挙、2025年1月の大統領就任式以降も状況の悪化がつづいており、ベネズエラ難民問題として国際的にも対処が急がれている。
この難民問題を正面からとらえた国内報道は少ないが、マドゥロ体制がつづくかぎり避難民が多くの苦難からのがれることは絶望的であったということであり、もちろん受け入れ国の負担も限界をむかえていたと思われる。このまま放置することは新たな問題(難民の生存)の引き金になると危惧されていたというのが国際機関はじめNPOなどの共通認識であったと思われる。
もちろん、今回の作戦は難民問題の解消を狙ったものではない。しかし、副次的ではあるが問題の解決の一助になりうる可能性は大切にしたいものである。
現在、国外に滞在中の野党指導者マリア・コリナ・マチャド氏(昨年のノーベル平和賞受賞者)が「法を順守する毅然とした態度と決意」に対してトランプ大統領に謝意を示したとCNNは伝えている。トランプ氏に対して法を順守する態度とはわが国での議論からいえば180度違う評価である。たぶん特別な状況下における発言であろうが、マドゥロ体制下の政治の酷さを逆によく表しているということであろう。
5日、副大統領のロドリゲス氏が暫定大統領に就任した。当面、疲弊した経済やどん底にある国民生活の立て直しが急務であるものの、既成権力派と反対派との調整は困難をきわめると思われる。とりわけ米国との協力関係を前提に成功するかどうかは不透明であるが、現状を考えれば彼女には現実路線を選択する以外に道はないというのが専門家の一致した見方といえる。
ところで、まさに一日仕事で大統領夫妻が拘束連行された国の防衛とは何なのかと不思議な思いを禁じえない。関係者の間では、むしろ弱かった防衛体制こそが中国ロシアとの関係において注目されているのかもしれない。弱い防御力にくわえ、内応する勢力がいても不思議ではないとも思う。などなど、考えれば考えるほどに見放されたマドゥロ氏の復帰はありえない、ということではないか。
6.ベネズエラ難民問題と麻薬問題の原因
ところで、トランプ政権の暴走だという方向での非難に熱中している向きに問いたいのは、ベネズエラ難民問題への対応についてはどう考えるのか、とくにマドゥロ政権の当事者能力と責任についてはどうなのかと。もちろん国際法違反とは別建ての難民問題ではあるが、わが国もふくめ国際社会としては難民問題にも本格的に取り組まなければならないことは間違いない、とはいっても「わが国」をいれるのかどうかについてはかなりの逡巡があるようで、リベラル言論空間的には「難民問題は西半球主導で」といった本音があると思われる。
口先はマドゥロ氏擁護・トランプ氏非難ではあるが、その内心は裁判に時間がかかることを望んでいるようで、ここらあたりの偽善臭さがリベラルが色々と嫌われる原因なのかしらとも思っている。
実に総人口の約4分の1に相当する790万人あまりが国外に避難せざるをえない、そんな国がまともな国家といえるのか。厳しくいえばすでに崩壊過程にあったと認識すべきであろう。
筆者はチャベス-マドゥロ時代の社会主義の名を借りた過激な左派路線と迎合的反米主義また石油産業の実質国有化(2007年)などにみられる無理筋の政策が本来豊かな資源に恵まれているにもかかわらず、国民に許容しがたい貧困をもたらせた原因であると考えている。
さらに、政府組織の一部が麻薬にかかわる犯罪組織に便宜を図っていたとか、あるいは軍幹部や政府高官などが麻薬犯罪組織とネットワーク化されていたといった指摘もあった。しかし、情報としては時系列的にも整理がされておらず、個別の摘発事案として報道されてはいるが、国ぐるみの犯罪といえるかどうかはなお不明といえる。そういう意味では、今回の訴追事実をふくめ真相が明らかになることを期待したいのであるが、そもそもの話として裁判が成立するのかなど、スタートラインについての課題も多く、確たる情報をもちあわせていない筆者などには正直なところよくは分からないということである。
さらに、ベネズエラの政治状況が改善すれば米国の行動が後付けであるにせよ、米国内的には妥当性が強化されるので、司法取引の可能性があるかもしれない。仮に国ぐるみということになれば責任追及の範囲が広範囲におよび、ベネズエラの再建にも差し障りがでてくると判断されれば、トランプ政権としては柔軟な対応も選択肢の一つとなるであろう。(ということは真相が分からなくなるということになるのだが)
要するに、麻薬撲滅に熱心で力強い行動力をもつ大統領というイメージの確立が重要なわけで、さらに後続のコロンビアとの交渉と具体的成果が当面の目標であると思われる。
7.南北アメリカから反米国家をなくし、中ロの影響を排除する
という説明があったとしても、「だからといって、軍事行動で他国の大統領を拉致することが許されていいはずがない」というのが、有識者の1月5日の週における一般的な声であった。
しかし、今回の目的を分析するにロシアのウクライナ侵略とは次元のちがうものであり、さらにカリブ海をはさんでの中ロなど反米国家の影響力の排除という安全保障上の狙いや米国内のインフレ対策としての原油資源の復活などが複合化されたものであったと推測される。
したがって、理屈の正しさを大切にするジャーナリズムや国際政治学の流れでいえば「けっして容認できない」ことであり、その主張は当然継続されてしかるべきであろう。
継続すべきという言葉の裏には、南北アメリカ大陸における3大反米国家(キューバ、ニカラグア、ベネズエラ)といわれたベネズエラがたやすく米軍の侵入を許したことは一大事件であり衝撃的であったことにくわえ、さらに誼(よしみ)を通じていたキューバあるいは友好関係にあった中ロが結果として何もできなかったことの軍事的意味とそのことがもたらす政治動向についての解釈にはなお時間を要することと、さらに裁判の進行との兼ね合いからも単純な構造ではなかったということが概略予想されるので議論としては長期戦になるといいたいのである。
いずれにせよ淡い反米傾向の国々は驚きと大きな不安を感じたであろうから、従来の態度を変える可能性は高いと思われる。こういった政治動向が少なくとも南北アメリカでの国際世論に米国に有利な流れをつくるのではないかという思惑があることは間違いないわけで、少しく注目すべきことであろう。
淡い反米傾向の国々は、おそらく時代の流れを感じての「お得感」で中国あるいはロシアとの距離をつめたものの、今回の急襲とその成功を目にすれば当然のこととして自国の安全について再考せざるをえなくなるのは自然の流れといえる。とくに、西半球における非民主的反米主義がはらむリスクを詳細に検証しないわけにはいかないということである。
フェンタニルをはじめ麻薬類を米国内に持ちこむことは犯罪を超えた安全保障上の攻撃であると少なくともトランプ政権は位置づけている、というよりも位置づけることができる、しかも恣意的にできるのである。フェンタニルはメキシコ経由で流入しているといわれている。ここが麻薬対策の焦点となっている。
麻薬対策は孫悟空の如意棒のようなものである。さらに、ベネズエラの資源を管理することはキューバの生命線を握ることであり、これは中国に対する警告と牽制のはじまりと思われる。
という目論見にそって作戦は決行されたと思われる。確信と決意と切迫、すなわち「やるしかない」作戦だったというのが、前にも述べたが筆者の解釈である。
とりあえずうまくいったということではあるが、とても危険な賭けであったといえる。また、失うものも多く、とくに風評に損失が集中しており、後世に禍根を残すのではないかといった心配もある。
ところで今時分国内でこんな文章を書いているのは筆者などわずかであって、普通は不快感を表明して当然であるから、そのような流れがつづけば米国の風評が減価されることは間違いないであろう。しかし、このことについてはトランプ政権は無頓着であり、むしろ成果だけを見ているようで、やや心配である。しかし、大成功と祝う声が多いことも受けとめなければならないと思っている。
8.昨年暮れの国家安全保障戦略にはカモフラージュされたところがある
筆者があえて中立から離れトランプ的ストーリーを展開するのは、戦略として西半球に集中するというのはカモフラージュであることを指摘したいからで、超大国が多少息が上がったからといって閉じこもるはずがない。いつまでも覇権国家であろうとすることは間違いない。またその可能性は高い。あきらめた瞬間から衰退がはじまるのである。
何かしら東半球を手放すといった解釈が流されているが、それにはあきらかに誤解である。その真意は、東半球への負担はゼロベースが理想であるが、権益はけっして手放さないという「手は出すがカネは出さない」ということでなければ辻褄があわないのである。
米国が疲弊した道筋を相手にも歩ませる。兵法でいえば、兵を引きわざと空白地帯をつくり敵を誘いだし、兵の密度を薄め兵站に負荷をかける。といった狙いがあるというのが筆者の妄想である。
米国が停止している対外援助の穴を中国が埋めることは意義深いものであるから推奨すればいいと思う。もちろんトランプ政権の判断は短慮に過ぎるとは思うが、感謝もされないことに税金を支出することには限界がある。正直なところその主張の半分は共感できる。米国の開けた穴を中国が埋めることができるのか。穴を埋めたとしても拒否権は揺るがないから中国の意のままに操れるものではない。おそらく米国が感じた気分の悪さを同じように経験するであろう。国際協力が理想主義では動かなくなったので、再出発の道すなわち行動原理を探ることになると思われる。
中国はレアアースを軍事力と同等に扱っている。WTO加盟が今日の経済発展の最大要因であったことは間違いないのであるが、残念ながら強力なカードとして交易関係を使ったのである。2012年には対日恫喝の道具として使い、おそらく対米関税交渉でもほのめかしたと思われる。経済的威圧はグローバリゼーションへの反抗である。蹉跌のはじまりにならなければいいのだが。
さて、トランプ政権の喫緊の課題は中国の交渉力の削減であり、とりわけレアアース隘路の漸進的解消であろう。それは簡単ではないが、中間選挙に向けたインフレ対策の切り札として対中交渉をまとめる必要があると思われているが、ベネズエラを失い、イランが危機に瀕している状況下で習体制が果して応じるのか、応じてもゼロ回答の可能性も高いので、環境改善は難しいように思われる。
もっとも、日米をはじめEUも各国ともに中国経済の生産力に背負われているところもあり、決してゼロサムゲームではないことから、全面対決ということにはならないし、中国経済の破綻は世界の損失であるから、おたがいに加減を間違えないようにということである。
日米欧とも、1990年代には中国の経済発展が民主化を進めるという根拠なき楽観論に浮かれてしまったが、今日ではその後始末に手を焼いているのである。楽観論の結末は、経済発展により覇権主義が頭をもたげ、民主化の前に安全保障上の脅威になってしまったということである。
という文脈を前提に、わが国のリベラル言論空間に期待しているのはトランプ政権が高転びしないためには適度な抑制を批判をつうじて為していくことであろう。
9.評論はいいが、国民は反米路線を選ぶことはない 表面的なリベラルはやめたほうがいい
しかし、わが国政府がどのようなコメントを発するべきかは、すこし切り分けて考えるべきではないだろうか。もちろん政府に対し、反対表明を求める立場は政治信条あるいは表現の自由の範囲であるから自在といえる。
だが、二国間関係において「力による現状変更である」ことの立証が可能なのか、またマドゥロ氏の身柄をどうしたいのか、さらにその根拠は何なのかと問われたときに、まさか「国際正義の実現」などと現実離れしたことを国を背負っていうべきであろうか。
くわえて「許容できない」と強く米国に抗議したところで喜ぶのは中国とロシアであり、さらに中国からの威圧がやわらぐものではないだろう。むしろ、日米関係が緩めば嵩にかかって理不尽とも思える対日攻勢を強めるだけである。
そもそも、副大統領が暫定大統領に就任している事実があるのに、力による現状変更との批判には拡大解釈の疑いもあるわけで、異例の事態への批判はありうるが、全体としては過剰反応といえる。
このように、現実認識でいえば国際関係はバランス点を求め複雑に動くものであり、かつ非可逆的であるから、対立国間では白を黒といいつづけあうのが常態なのであって、倫理観を議論するすき間はなくなったと認識すべきである。そういう意味では、憲法条文でいう「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」というのは、相手をよく見て、相手の対応あるいは利害関係を十分見極めたうえで「われらの安全と生存を保持しようと決意した。」ということではないか。
さて筆者の見解であるが、貧しさゆえに麻薬植物の栽培に手を染める人びとには多少の同情があるとしても、一部とはいえ国家組織での立場を利用し、麻薬ビジネスに力を貸し利益をえることを認める理屈はどこにもないと考えている。
ということで、麻薬関連の死者数が一説によれば8万人をこえているという現実を踏まえ、米国の直截的行動は今後もつづくと思われる。人口比でわが国に引き直せば3万人もの死者数を政府が看過することはできないということで、もちろん11月の中間選挙を見据えてのことではないかという指摘を否定する気はないが、そういう話とは別に麻薬に関しては証拠があるかぎり強権的対応についての議論が残ることについては、筆者は理解できる。
とくに、分断と不安が広がる時代にあって、麻薬が家庭や社会を破壊する無音の兵器となる可能性があるかぎり、各国政府ともますます神経過敏になると思われる。とくに、フェンタニルは安価に製造できることから、社会的な危険性はきわめて高いといえる。
したがって、今回のことのすべてが政治的なわけではなく、犯罪的要素も事実として少なからずあるということであれば、わが国での受け止め方も変わるのではないか。もちろん、当初のネガティブな印象はけっして消えないと思われるが、そのこととは別な面があるということであろう。
10.嫌トランプ気分もほどほどに、わが国は現実直視の思考を
さて、いつまでも正しい正しくないと争ってみても政治は完結しない。政治は妥協をともないながら出口に向かうのであるから、人びとの関心はとりあえずマドゥロ氏から離れ、急ぎ足で「マドゥロ氏なきベネズエラ」の明日を支えるロドリゲス氏に向かうと思われる。
否それ以上に、世界の警察官としての規範から解き放たれたトランプ政権が何をやらかすのか、今年後半の11月の中間選挙まではリラックスできる時間さえない、つまりストレスにあふれた10か月になると思われる。
そのうえで特に留意したいのは、わが国における嫌トランプ気分の横溢は、今回のベネズエラ大統領宅への急襲にみられる戦略性への洞察の欠落を招くことにより与論をミスリードさせる危険があるということであり、地殻変動に近い激動期には表面的な評価に流されるのは愚かしいといえる。大切なことは既成評価の虜になるのではなく、個々の事例についてはその都度において現実直視の思考が求められているということではないだろうか。
以前から筆者はトランプ取説が要ると述べてきた。あいかわらず氏の表現の半減期はきわめて短い。また時系列的には矛盾も多い。しかし、楽器が変わっても主旋律は変わらないので、そこは聞き分ける必要があると思っている。ずい分と面倒くさい大統領ではあるが、我慢しながら主旋律を探し当てなければ、と考えている。
◇ 耳当てと 笹袋もつ 戎かな
加藤敏幸
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