遅牛早牛
時事寸評「期待感から生まれた大勝利と現実とのギャップ 高市政権のこれから」
まえがき
[ それにしても2月8日の総選挙の結果はすさまじいものであった。それは現行選挙制度がいきなり牙をむいたようで恐ろしささえ感じられた。単独で3分の2を超える自民党の議席について、16日の朝日新聞朝刊は「内閣支持層でも『多すぎる』としたのが51%。自民支持層は44%が『多すぎる』と答えた。」と2月14, 15日に行った同社の全国世論調査の結果を伝えている。
今回は、総選挙の結果について簡単な計数的分析を行いながら、高市人気について考察し、さらに中道の課題や今後の政局についての見通しも掲載した。 とくに、現行選挙制度と奇襲解散が重なることによって驚くような結果が生みだされたことや、とりわけ存立危機事態と国会承認との関係におよぼす重大な影響についても指摘をしたもので、できれば選挙制度の改正を考えるべきであると思う。
全国的に寒さと雪害に苦しむ2月初旬であった。阪神間は降雨不足が悩ましい。筆者は近辺の酒蔵開きなどで掲載が遅れたこと(みっともないことで)を申しわけなく思っている。
なお、本稿は2月9日に時事ドットコムへリリースしたものを部分的に下敷きにしている。例によって文中一部敬称略、政党名は略称も併用。]
1.自民への回帰と高市人気で単独でも3分の2超え、与党で352議席
自民党316、維新36、与党で352という超ど級の大勝であった。それに比べて、にわか仕立ての中道改革連合(中道)の49議席はあまりにも惨めな敗北といわざるをえない。また国民28、参政15、みらい11、共産4、れいわ1、減税ゆう1、その他無所属4となった(保守と令和は0)。これらの議席には、自民党のいわゆる名簿不足分である14議席が中道6、維新2、国民2、みらい2、れいわ1、参政1が含まれている。この議席は譲渡されたということではなく自民党の立候補者がいなかったという理解のほうが適切であろう。そういえば、前回は国民民主党も3議席分名簿が不足していた。
さて、そこで小選挙区における得票率と獲得議席率(以下議席率)の関係を見ながら違った視点の解釈を提起してみようと思う。(以下票数は万単位、百分比は小数点以下1位に丸めている。)
自民党については、今回小選挙区では5645万票中2779万票を獲得し、249議席を得た。得票率は49.2%で獲得率は86.2%である。ちなみに2024年(石破氏)の総選挙では2087万票で132議席を、2021年(岸田氏)は2763万票で187議席であった。2024年は38.5%の得票率で47.8%の議席率を、また2021年は48.1%の得票率で67.5%の議席率を得ている。
着目すべきは、少数与党に陥落した2024年でさえ、2021年比で676万票の減であり、逆に大勝利となった今回の2026年では2024年比で692万票の増で、議席の増減感よりも票の動きのほうが少ない点である。つまり、得票数は約700万票の範囲で変動しており、議席数は187から132へさらに249へというように50~110議席の幅で増減している。ということは700万票(選挙区あたり2.4万票)で政権が入れかわるということで、無党(政党支持なし)派の投票動向が結果を左右しているといえる。
ただし、2024年→2026年では公明党の連立離脱による減票があったが、その程度は不明である。おそらく、その穴を埋めての700万票増であったから、1000万票を超える増票があったと思われる。その中の「高市だから」票がどの程度であるのかは実際のところ分からないのである。
【 投票率は56.26%で、前回の53.85%よりも2.4%ポイントほど高くなっている。投票総数は、小選挙区で51万票、比例代表選挙区(以下比例代表)で133万票増えている。ほぼ同数なのだが今回は80万票ほど比例代表のほうが多かった。理由は今のところ不明である。】
したがって、歴史的大勝利とはいえ小選挙区での得票率は49.2%と、わずかに過半数に達していない、にもかかわらず86.2%の小選挙区議席を獲得したのは、ひとえに現行選挙制度によるデフォルメ効果といえる。
また、比例代表(11ブロック合計)では5726万票のうち自民党と記載されたものは2103万票で得票率は36.7%であり、その配分議席数は81(議席率46.0%)であった。しかし、名簿登載者不足(立候補者なし)ということで他党へ14議席が割りふられたことから獲得議席が67に減じた。その議席率は38.1%で、これは得票率と近似している。議席配分に使われるドント方式にもデフォルメ効果がある。
2.自民党への回帰と高市人気に中道の戦術ミスが重なった結果
今回の総選挙を本人希望にそって「高市氏への信任投票」として分析するのであれば、党名で争った比例代表での36.7%ではなく、小選挙区での49.2%、あるいは与党である日本維新の会の得票率6.6%を加算した55.8%が広義の連立政権支持率といえるかもしれない。
しかし、もともと個人の信任投票ではないものを後から信任とみなし計数をいじりながら、ことさら高市氏の信任性を強調するのは不適切であろう。しかし、票が大きく動いたことは確かなことである。
もっとも2024年(石破氏)でさえ自民党としては小選挙区では38.5%の得票率を得ていたし、2021年(岸田氏)にいたっては48.1%の得票率であったことから、高市氏と岸田氏との比較において得票率では大差はなかったというべきであろう。
もちろん、692万票の増(戻り)の多くがいわゆる高市人気に連動していたことは否定できない。問題は、高市人気の実相が巷間いわれている熱狂的イメージからはかなり距離があったのではないかということに集約される。ここで巷間というのは主にマスメディアやSNSなどのネット空間のことである。
つまり、国民の3分の2を超える人びとが高市氏を支持しているという意図的な錯誤が往来を闊歩しているという疑問であり、それがとりわけ高市政権非支持層にある種の危機感をもたらしていると思われる。
いつまで続くか分からないが、今のところ自民党幹部がやけに謙虚さを強調しているのも、おそらくそういった事情を気にしてのことかもしれない。
もちろん、計数的な分析は内閣や党においてはすでに共有されているはずであるから、膨らんだ議席の分だけ慎重運転になると思われる。
さて、断定する気はないが、議席ほどには高市氏への支持が高くはないのも事実であるから、この先マイナス要因が重なれば内閣支持率の漸減が始まると思われる。今がピークとの思惑が永田町的には伏線となって静かに何かが動きだすといえば、いい過ぎであろう。
3.圧倒的な議席効果で政治日程はすみやかに正常化へ
これで高市氏の党内覇権が確立し、その戴冠式が2月18日ということで、ひと月近い遅れがあったものの、政治日程はすみやかに正常化するであろう。
新しい国会での活発な議論が期待されるものの、予想される委員会での与野党比率を考えれば国会審議の低調化は避けられない。いいかえれば与党にとっては一瀉千里ともいうべき環境なので、通常なら難しいと思われていたテーマへの着手が急速に浮上するであろう。
もちろん、いまだ与党が少数の参議院での議論が脚光を浴びることになるにしても、衆議院での再議決が可能になったことから、審議の趣はがらりと変わることになる、ということで議会の責任において十分な審議となるように工夫を求めたい。この点、維新と国民の国対委員長会談が13日に開かれ、国会運営について意見交換を行ったと報道された。
そのことをふくめてどういった工夫ができるのかであろう。熟議の国会がおよそ1年間続いた。これは与党国対としてはそうとう骨の折れることであったと思う。したがって、3分の2をはるかに超える議席の力にいずれ頼る時がくるということで、議席に胡座(あぐら)をかくのはそう遠くない、との見方を覆すことができるのかが注目点のひとつである。
勝って兜の緒を締めることができないのが人間の常である。野党の質問時間と機会を議員数にあわせて制限することによって、答弁者の失言の最小化をはかる、という国会運営が予想される。これはいく度か過去に経験したが、慣例という名の野党への圧迫であり、多数派の横暴である。また、そういった党略にもとづく議会運営が許容され、そのいいわけに高い議席率を持ち出すのであれば、縷々述べたように議席率が民意を反映していないゾーンがあることを再度指摘せざるをえない。
憲法改正やスパイ活動防止などの議題が検討されているという。武器輸出あるいは非核三原則の見直しなど、かなりハードな課題へのアプローチが密やかに進められているとも聞くが、まずは苦しい国民生活への対処である。
実質賃金が4年にわたり下がりっぱなしである事実を正面から受け止めるべきである。取り組むべき課題の優先順位に政権の本性が現れるといわれるが、そういう意味では維新との連立合意内容が投票の対象となっていたわけではあるまい。維新の前のめり感や大阪におけるダブル選挙などはかなり常軌を逸していると思う。まるで駄々っ子のようだとはいわないが、物事には限度があるといいたくなる。
4.総選挙での隠れた争点に高市政権の外交姿勢があった
今回の総選挙では、内政だけでなく外交姿勢も隠れた争点であった。まずは対米関係である。とりわけトランプ米大統領との人的関係は重要であるということで、「高市早苗が総理大臣でいいのか、自維連立でいいのか」という問いかけは米国にも届き、その返事が3月19日の日米首脳会談に付随した「高市氏と自維連立を支持する」という異例の内容をともない返ってきた。2月5日のことで、これは紛れもない内政干渉であるが、いつも慣例は破られる。
異例の解散総選挙に異例の外交応答が重なった。介入された側が黙殺しているのか黙認しているのか、いずれ厄介なことにならなければと念じるのみである。多少危険な感じもする日米トップの関係を多くの有権者は淡くポジティブに受けとめていることは確かであろう。
ということで、3月19日の日米首脳会談が注目される。問題は金融市場の反応であろう。トランプ米大統領の関税攻勢からおよそ一年、米国内の経済状況がかならずしも良好とはいえないことから、対中要求のハードルが高くなるといった予測情報があふれるだろう。
さらに、対日要求については予測不可能なだけに、堅固といわれながらも不安定性を否定できないのが日米関係の実態である。不安定化する米国にあって徐々に支持を失っていくトランプ政権と共に歩む「対米協調路線」の危うさと難しさが際立つのではないか。
さて日中関係である。中国の戦狼外交とは相手国の隙を衝くもので、本質的に対等友好なものとはいえない。だから、国会での台湾有事に関わる答弁を執拗に追いかけ、まるで弱みを握るがごとく、間接的とはいえストレスをかけ続けたことは紛れもない事実である。多くの識者が予想したとおり、これが選挙戦での高市氏にとっての追い風になったと思われる。
硬質に見える対中外交姿勢を総選挙で国民が明快に支持したことから、国内世論が整ったという解釈を前提に国会での質疑は大きく転換することになるであろう。ただし、国内世論が硬化すればするほど外交上の柔軟性が失われることになるから、高市外交の足かせになる怖れを消すことはできない。
また日中関係は動かない、当面軟化しないというのが多数意見のようだが、今日では日中関係が米国の対中政策の従属変数化している状況にあって、わが国が単独で取り組めることはほとんどないといえる。そのうえ年内にも原材料としてのレアアースがショートし、経済活動に悪影響が生じる可能性がある。そうなればおそらくワクチン(多国間協調対応)が間に合わないという事態となる怖れもあり、そういった事態への備えをどうするのか。
また、中国における経済不調が深刻化することへの警戒感が、さらなる景気後退を加速するリスクもある。日中の経済関係においてデカップリングなどは論外である。などなど国旗損壊罪よりも優先されるべき課題が多いようで、いよいよ思案のしどころが近づいているのではないか。
前門の虎後門の狼ほどではないが、外交政策においても難しい状況にあることには間違いない。
5.大勝したがゆえの重荷とリスク
ところで、大勝したことで窮地を脱した高市政権は大いに強化され、長期政権への道が拓けたといえる。しかし、大勝した政権には大勝のリスクがひそんでいる。
まず、高い期待が深い失望に転じるリスクである。さしたる実績もないのに60パーセントをはるかに超える内閣支持率がいつまでも続くはずがない、と人びとが思いはじめるまでに、実績としての政治的配当が必要である。
その政治的配当となる消費税減税については国会よりも国民会議で議論する方針のようだが、おそらく国民会議は高市氏の思い通りには進まないのではないかと考えている。
また一般論ではあるが、選挙公約の多くは有権者の期待にそって実現される可能性が低いというのが過去に大勝した政権の傾向であった。さらに、日米関係というよりもトランプ-タカイチ関係における防衛費負担増を責任ある積極財政の中に組み込まなければならない。今回の大勝によってタカイチはオールマイティになった、あるいはしてやったと米側は受けとめているであろう。ということから要求がますますエスカレートするのではないかと思われる。
とはいっても、恒久財源を要する政策は議席を積みあげても難しいものは難しいという現実がある。責任ある積極財政が選択と集中を意味するのであれば、当面消費減税と防衛費増の綱引きとなるのではないか、と考えるのだが財政規律に対する高市氏のスタンスが不鮮明なので踏みこめない。責任ある積極財政といっても責任ラインがふらふらすれば放漫財政と変わらないのではないか。
予想以上の議席増に自民党内も驚くばかりであろう。当然のことながら権力者として強くなった高市総理との距離のとり方に戸惑いがあると思われる。また、一部の側近への権力集中が周辺に波風を立てるかもしれない。
庶民の期待は諦めさせる、要望は聞いたふりをする。このぐらいでなければ為政者は務まらない。これが最もきついリスクであろう。
次に、当選議員たちの傲慢病である。搭載名簿では間に合わないぐらい当選していることが傲慢の源泉である。
筆者がとくに指摘したいのは49.2%という得票率に対する認識である。つまり、現行の選挙制度においての49.2%は十分に高いといえるが、野党の出方によっては300をはるかに超える議席であっても、あっという間に200台へ滑落するのである。
たとえば、2021年(岸田氏)の総選挙の小選挙区では、得票率は48.1%で187議席(67.5%)を得た。比例をあわせると259議席になり十分な議席数であった。48.1%と49.2%といえばどんぐりの背比べほどのことであろう。つまり、得票構造的には259も316も土台は変わらないといえる。だから316議席と259議席とは襖1枚で隣りあっているともいえるのである。
議席率は現行制度では第1党と第2党との相対関係、すなわち両者の差異でほぼ決まるものなので、今回は自民党への復元作用あるいは高市人気を伝っての回帰と、対する中道の選挙直前での新党結成という戦術上の大ポカが減票をまねき、同時に無党派層からの高市押しなどが重畳し、驚愕ともいえる票差あるいは議席差を生んだと思われる。
では自民党への回帰票がどの位あったのかについては、比例代表での得票数が2024年の1458万票から今回の2103万票へと644万票も増加していること、また投票率が2.4%ポイントほど上昇していることを加味して、おそらく500万票台であったと考えられる。
では高市効果はどの程度であったのかについては関係するファクターが多いため詳細なことは分からない。とりわけ、公明党にかかわる票の動きは率直にいって分からないのである。
筆者は前回(1月25日)の弊欄において、いわゆる公明党票といわれているものの50~70%が中道に流れると勝手に予測したが、そもそも基礎数をどこに置くかさえ定かではない。たとえば「小選挙区は自民、比例は公明」という戦術がどれほど効いていたのかということさえ分析できていない。かなり無理のある記述であったと思っている。
さて、高市人気によって集まった票数が自民党の単独過半数を維持するうえでの生命線であるという党内の共通認識こそが高市政権の支えであり、平たくいえば当座の貯金であると筆者は考えている。
ところでリスクというほどではないが、与党議員352人のうち政務三役、党幹部、院の役員などのビジーな立場を除けば、200人近くが平役にとどまると思われる。質問時間がたっぷりあるのに質問項目が思い浮かばないというか、政権批判ができない立場の質問のむつかしさは以前からさまざまに指摘されている。だから、質問しながらの総理あるいは大臣へのべた褒めが横行したことも実際にあったのである。また、地元への利益誘導が見透かされる質問が党のイメージに測り知れないダメージを与えたこともあった。そういった悪印象は高市人気といえどもいつまでもカバーできないであろう。
6.国会の議席構成は長期政権、政界は一寸先は闇、まさかの世界
高市氏の総裁任期は2027年9月まである。いわゆる「政治とカネ2.0」は熾火(おきび)となっている。また、旧統一教会とのかかわりを示す「TM特別報告書」は元来右翼勢力が問題視する類のものと思われる。もちろん細部における信ぴょう性などから不活化の可能性もあるが、保守的傾向のつよい議員にとっては、どうしても受けいれがたい教義をもつ団体との関係性は政治生命にかかわるものなので、全体としてどう対処するのかという問題は残っている。
それ以外の、議員などのスキャンダルや失言などがあっても軽微であれば次期総裁選での再選の可能性はきわめて高いといえる。もちろん、本人の失言こそが最大のリスクであることは衆目の一致するところであろう。
次に、選挙を軸にした政治日程の展望であるが、次の総選挙は遅くとも2029年夏までにということであれば、少し早めの2028年7月予定の参院選との同時期あるいは同時選挙の可能性も考えられる。
という日程を念頭に野党側、とりわけ中道の組織固めが急がれる。とくに来年春(2027年4月)の統一地方選挙がターニングポイントになるのではないか。2028年7月の参院選までの30か月間で中道が全国政党に飛躍できるのかが、わが国の政治シーンにとっても実に重要なポイントである。
とりわけ26年間にもおよぶ自公協力体制の中で、公明党の自民党化が進んだのではないかという見方もあると聞く。さらに地方議員にとって、またその支援者にとって何らかの形で政権の系統に位置することのメリットはそれなりに定着していると思われる。窮屈な日程の中で新党「中道」への地方レベルでの合流が完結するのかは今の段階では見通せない。しかし、地方の合流が進めば参議院は合流せざるを得ないのも現実である。参院選では32ある1人区は究極の小選挙区である。衆参分離は分裂と解される。次の総選挙では与党が議席を伸ばす余地はなく、与党の戦略目標が参議院の過半数確保に向くことは確実といえる。同時選挙において衆は中道、参は立憲あるいは公明ということになれば衆参分裂選挙との批判を受けるであろう。それこそ中道の大義が本格的に問われることになり、そうなればどうしても「しくじり感」は拭えないであろう。
7.存立危機事態と国会承認-デフォルメ議席でいいのか
ところで、現行の選挙制度は民意を比較第1党に集約する力が強く働き、とりわけ少選挙区では立候補者が増えれば増えるほど、比較第1党の議席率が得票率以上に大きく上振れする構造になっている。
ということから、選挙制度を変えないかぎり大きくまとまることは避けられない。しかし、これは総論である。現実は、立憲民主党プラス公明党の中道改革連合(中道)が寸分の評価をも得られずに惨敗に終わったように現実は簡単ではない。否むしろ難事中の難事なのである。とりわけ有権者の理解が必須といえる。
1994年の政治改革から生まれた現行の選挙制度は30年目にして、自民党1強を支えることになった。今後、振れ幅を抑える方向で改正すべきであろう。同時に解散権は制限されるべきである。それらの見直しは大勝した自民党議員の責務ではないか、といっても現実は難しい。票差がさらなる議席差を生みだすという、まるでラウドスピーカーのハウジングのような選挙制度がもたらす危険な側面を以下にしめす。
国名は明示されていないが事実上の話として、米国(米軍)が攻撃を受けた時に、内閣がわが国の存立危機事態と認定して はじめて集団的自衛権の行使が可能になるというのが法律の建付けである。しかし、それには議会の事前承認が必要である(緊急時には事後承認も可となっている)。これは議会に連帯責任を求めているもので、議会が連帯するということは、国民が連帯するということと同値であると解される。連帯とは結果責任を背負うものであるから、国民の承認のもとで集団的自衛権の行使、すなわち自衛隊の武力行使が予定されるのである。
という話であれば反対される人が多いかもしれない。すべては仮定の話であるから、いたずらに不安を煽る推論は避けるが、これが主権在民の基本である。つまりある状況において、その時の政権が、選挙において過半におよばなかった得票率であっても、議席が過半数をこえていれば過半数の国民が承認したことになるのである。
まして、単独で3分の2以上の議席であれば参議院の反対があったとしても、国会としては承認しえるのである。
今日、憲法改正発議の議席数が話題になっているが、筆者としてはそのことよりも上述のケースの方が気になるのである。状況次第というあやふやないい方には、内閣が議会に承認を求めても否決されれば、対米関係において内閣こそが存立できなくなるという不気味な事態の可能性をふくんでいる。もっとも、事態がそこまで急変すれば、おそらく事後承認にすりかえることになるであろう。
筆者は、法に定める集団的自衛権の行使そのものを否定する気はない。ただし、その事態に対しては国会が主権者を正確に代表していることが必須条件であって、今回のように過半数に届かない得票率なのに3分の2以上もの議席を得て、その数でかかる事態の承認行為を決することには納得がいかないのである。外交上、圧倒的多数の議席を有することには負の側面がある。つまり応能負担が増大するのである。もちろん、日米安保条約の果たす役割の大きさは十分理解したうえでの判断として、またわが国が払うべき犠牲について十分覚悟したうえで、集団的自衛権の行使におよぶべきである。
このように人気やイル―ジョンでは済まされないことがあることを政治は事前に人びとに指摘しておくべきである。とくに、台湾有事という言語概念にはひどく曖昧なところがあり、それは米国の曖昧戦略から来ているもので、米国において曖昧なものがわが国において明瞭になるはずがないといえる。100に1もないことだと考えてはいるが、けっして0ではない。
事と次第によっては、内閣の意向を国会が否定する事態とか、その結果において日米関係の不調和とか、内閣総辞職とか不信任あるいは総選挙といった事態にいたることなどは大いにありうることから、安全保障環境の激変をいうのであれば、今回の得票率と議席率のとんでもない非対称性をまず是正しておかなければ民主政治としては完結しないことになるのではないか。
そういう意味で、現行選挙制度は政権交代の難易だけに着目しすぎた、平和な時代の遺物だったということかもしれない。
8.惨敗した「中道」が直面する難題
さて政局の焦点は、中道の敗戦処理に移る。有権者は冷たく突き放しているわけではなかろう。問題は名称も中身もよく分からないまま投票日を迎えたことであった。
中道路線への回帰ということであれば、2020年9月の現在の立憲民主党発足時こそが第一歩を踏み出すべきタイミングであったと思う。また、衆院選で立憲が議席を減らした2021年秋にも機会があった。おそらく、気づいていた人がいたと思うが今日では「秋(とき)すでに遅し」ということだったのであろう。
急な解散に対応する緊急事態だったとはいえ、何の相談もなく安全保障とエネルギー政策を公明側に寄せたことを疑問に思いながら投票所にいって、さらに立憲民主党名が消えているのであるから、有権者ラストといわれても仕方がない。
落選議員の複雑な感情はあるにせよ、踏みだしたのであれば中道の旗は掲げ続けるべきではないか。
惨めすぎる結果ではあったが、中道の小選挙区での得票数が1221万票、比例代表では1044万票であり、2024年(石破氏)の総選挙では、立憲民主党としてそれぞれ1574万票と1157万票であったから、前回比でいえば小選挙区では353万票、比例代表では113万票の減少となっている。
小選挙区での353万票の減少は、公明党票からの入りもあるので、立憲民主党としての前年からのへこみは軽く600万票を超えていたと思われる。野党のこれほどの失敗はたいへん珍しいといえる。
また比例代表での中道の得票率は18.2%で、42の議席を得ており議席率は23.9%であったが、自民党から割ふられた分の6議席を差し引けば、36議席なので得票数との関係でいえば議席率は20.5%であった。
自損もふくめ最悪の環境下ではあったが、約20%の得票率に託された有権者の思いは尊重されなければならない。現在、中道たたきが蔓延している。たたくのは勝手次第といえるが、それが小選挙区で中道候補者に投じられた1221万票へ向けられたものであれば有権者への敬意を欠いたものといわざるをえない。
本来責められるべきを容赦し、てっとり早く敗者をたたきまくるという風潮がわが国の大勢とは思わないが、ジャーナリズムとしての目指すべき方向からはいささか外ずれる流れが生まれていると感じている。とくに、SNSをはじめネット空間は情報交換の場ではあるが、人を貶め断罪する場ではなかろう。また基本的なルール形成さえもできていない。これでは万人による万人の戦争状態を誘発するだけである。背後にあるアテンションエコノミーは小銭で時として人や大切な公共財を傷つける場合がありうるのではないか。今は言論空間そのものが傷つけられている。
さて、2月13日に中道の新しい代表が決まった。小川淳也氏である。これでようやく野党第1党も代替わりとなった。それにしても高い代償であったと思う。ベテラン議員は知恵を出す前に欲を出すといった声もあったが、そうでない人が多かったと思う。
しかし、時の流れは過酷で時代への適応を人的代謝で乗り越えようとしているのであろう。と同時に、これでようやく新しい革袋に新しい酒が入ったと、またいよいよミレニアム世代への橋渡しが始まり、やがてZ世代が政治シーンに登場するとの期待を寄せる声も多い。
さて、中道が直面している課題は率直にいって半端なものではない。とくに理念や基本政策は政党の立ち位置や進むべき方向あるいは個別の政策や制度の良し悪しを判断する上で基準となるもので、政党活動の基礎ともいえる。
とりわけ安全保障政策、エネルギー政策、憲法改正などについては公明側に寄せた印象が強いことから、立憲民主党系議員らの適応が急がれる。
まるで連山のように課題が連なっている。書きはじめると半分は愚痴になるので、今回はやめ別の機会にするが、今中道が直面している課題はわが国の民主政治と政党政治が抱える基本問題そのものであるとつくづく思えるのである。
ところで、元に戻せばいいといった無責任な外野の声も聞こえてくるが、政界にはバックギアはない。後戻りは消滅の道である。「中道改革連合(中道)」と書かれた票が1044万票もあったことを忘れてはならない。管見ながら、投票には契約の意味があり、投票する方もされる方もそれに縛られると考えている。
さて13日の代表選のあとでの小川新代表の1時間を超える記者質問への応答が伝えられている。たたくことが正義だと勘違いしているインフルエンサーの反応はともかく、長く語ることが必要な場面があると思う。とりわけ立憲民主党を閉店し中道改革連合を開店したことの政治的目論見をくわしく説明するべきである。惜しむらくは新党の立ちあげ時に2週間ほど説明のために全国をめぐっていれば、自維連立の一択ではない、別の選択肢があることの理解がすすんでいたかもしれない。
あるいは奇襲解散であったからこそ基本方針転換に踏み切れたという背面の真理もあった。もともと立憲民主党としてはそう遠くない時期に基本政策の見直しが必須であったとの認識が浮上していたと見られていた。党内の意向を集約するにあたり、公明党の連立離脱のタイミングを待つしかなかったという上層部の判断は筆者としては理解の範囲であったが、やはり無理があったということであろう。
ということで、遅まきながら自民党との政策上の線引きをしっかりと引き直さないと、同じであるなら二大政党は不要である。議会制民主主義は対立軸がなければ慣れあい政治に陥りやすいもので、有権者に緊張を生む選択肢を用意しなければならない。でなければ大政翼賛会と変わりないことになる。
今振り返ってみて立憲民主党とは何であったのかと、同党の参議院が残ってはいるが、しきりに頭をよぎるのである。
批判ばかりと主張する人々は、批判ばかりの情報しか集めなかったのではないか。地道な聞き取りからの堅実な質問もあったのだが、そういうところは報道されなかったのであろう。このあたりは、対立よりも解決を重視する国民民主党に差をつけられた感じである。二番煎じではつまらない。米国も中国もロシアも不変ではない。東アジアに緊張緩和が生まれれば、様相はがらりと変わる。親中でなくとも現状とは違う外交スタンス、といってもニュアンスの差であるが、そういう選択肢が必要であろう。
10.連合と産別の役割分担
今回の予想をこえる中道惨敗の選挙結果をうけて、立憲民主党と国民民主党の支持・支援団体である連合の動向が注目される。民主的手続きが尊重される団体なので、当座の見解は別にして本格的な議論にはしばらく時間がかかると思われる。中道に移ったベテラン議員の多くが落選した。これで、民主党政権時代を知る議員がレアになり、リベラル政権は過去のものになったといえる。逆に本格的な中道路線をつくる条件が整ったといえる。
連合では、中道については入口の議論さえできていないと聞く。また、現在のところ参議院は従来のまま(立憲、公明)となっている。独立路線の国民民主党の存在も大きい。
さらに、参院選の比例区では公明党候補の個人名得票数が圧倒的に優勢であったことから産別(産業別労働組合)出身の議員の考えもふくめて中道への合流には綱領、基本政策、組織、選挙戦術などについてさまざまな意見が連合内でも浮上すると思われる。
そういった事情をかかえながら、連合としてどこまでの議論を想定するのか、道順をつけるだけでも大仕事であろう。それでも2028年7月が迫ってくる。
(付録)今後の連合の役割について
1989年発足の連合は労働戦線統一の成功事例ではあるが、政治戦線統一では強い影響力を発揮したものの、最終的に主体者たりえなかったといえる。
労働団体の全国組織としての政治アクターの役割があることは当然のことといえる。それにしても結成から36年を経るなかで、従前の労働4団体(総評・同盟・中立労連・新産別)時代に比べ、脱色剤を使ったのかと思われるほどにイデオロギー色が洗い落とされていることに驚くのである。と筆者が語れば事情を知る人びとはやや鼻白むであろう。
しかし、労働団体としての影響力を確かなものにするためには組合員レベルをふくむ組織全体の結集力を高める必要があり、そのためには活動領域での継続的な再定義(アップデート)が必要であろう。この点については感覚的ではあるが、その多くが確実にこなされていると受けとめている。「いい仕事」していると思う。
そこで「政治と労働の接点」としての連合(本部)の役割であるが、たとえば脱イデオロギーとかそういうことではなく、安全保障政策やそれに連動する外交など、また中身抜きの憲法改正の是非をめぐる議論あるいは原発をとりまく神学的というか形而上学的議論などに連合がわざわざかかわることもない、という流れが定着しているように感じている。実際のところ、イデオロギー的形骸が残ってはいるもののずい分と薄くなっている。これは賢明というか自然な対応であると思われる。
という文脈を受けながら、連立政権が組みかえられたり、野党が分裂したり合流したり、さらに新党が生まれたりと、この異常なほどの目まぐるしさはとても温厚な団体である連合の手に負えるものではない、と思うのである。
連合は、国際労働組合総連合(ITUC)に会長(郷野晶子氏)を出している組織である。国内的にも総理との政労会見はじめ政府諮問会議などに、あるいは法律に基づく各種委員会にも多くの委員を推薦派遣するなど、また地方においても同様の役割をはたしている社会的にも十分認められた組織(エスタブリッシュメント)といえる。
だから、賃金をはじめ、またそれ以外の政策・制度課題についても政府あるいは省庁は当然のこととして、経営者団体とも十分に意思疎通が図れるポジションを築いているのである。だからそれだけでも十分ではないかしらといった感想を禁じえないのである。
もっとも、連合加盟の産別は固有の政策・制度課題をかかえているので、個別に政党などとのかかわりを強化するのは当然であろう。また、政党からの要請に応じて組織内から各種議員を出すことには十分な根拠と意義があるといえる。さらに、産別を介して議員交流を行い連合の枠内での要請行動に助力するのも自然なことであろう。
とはいっても、産別固有の政策・制度課題を連合の場で扱うことには一定に制限があることも事実である。
昔話で恐縮であるが、1985年のプラザ合意以後対ドルを中心にした円の急騰は著しく、円高不況として国内経済を直撃したのであった。とくに、輸出比率の高い鉄鋼、自動車、造船重機、電気機械などのものづくり産業においては雇用問題も発生するなど産業としては悲鳴をあげざるをえなかったのである。当然連合の前身組織であった全民労協においても対応策に議論を重ねたのであったが、急激な値上がりについての対応策はまとまるものの、あるべき為替レートについては、輸入ウェートの高い石油・ガス、衣料服飾品、食品などの業種では為替差益によって潤うなど、産業間の格差がきわだっていたのである。
また、生活者には歓迎感があって、消費生活でいえばふだん買えないと思っていた高額商品に手が届く、さらにあこがれの海外旅行が現実のものになるなど、今から思えば消費生活的には黄金の時代であったといえる。このような為替レートから生じる産業間の悲喜こもごもについては、連合のような広範な領域をカバーする団体には、広範であるがゆえに内部矛盾を生成することから、手を出すことができない課題も多かったといえる。
ということから、連合においては個別の産業政策は避けられることになったのである。多少省略し過ぎ感もあるが、という経過からいえば、産別の守備範囲において固有の産業問題や個別の政策・制度課題が存在することは自明であるから、それらの解決を求めてある種の政治的対応の必要性が生じていることは当然社会的にも受容されるべきものである。
他方選挙への取り組みについては、地方ごとまた選挙区ごとの事情もあり、画一的な対応には無理があるということから、行動に責任をもてる自己完結型の組織が活動の中心になっている。
ではあるが、たとえば兵庫県知事選挙などにみられた特異な活動体の出現など既存の行動ルールから大きく逸脱している場面には相当な距離をおかざるをえないことから、従前の活動レベルを維持することが年々難しくなっていると思われる。
あくまでボランティア活動が前提ではあるが、活動の意義や目的は組織的に対応されるべきであろう。
新しく生まれた政党の多くは従来概念をこえた組織形態あるいは組織運営を有している。そういった「政党活動のニューウェーブ」を積極的にとり入れることが、連合領域での従来型の取り組みを得意とする団体においてもいずれ現実のものになると思われる。
労働組合でも組織論ではなく結社(社中)組織が時代の流れではないかと思う日々である。
◇ アンニュイと 言っても春は 花粉症
注)下線部の変更 割りふられに統一 完結するのか←できるのか(2026年2月16日22:00)
加藤敏幸
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