遅牛早牛
時事雑考「2026年6月-民主主義が危機なのは啓蒙思想がおよばない国があるから-②」
まえがき [ さて、通常国会は終盤にむけて外からは分かりにくい状況を呈しはじめている。当事者にとっては神経をすり減らす嫌な状況になるはずである。はずというのは、衆議院ではあふれるほどの議席をもちながらも、参議院での劣勢をまえに審議日程もふくめて(衆議院の)与党議員は「なぜ」と考えこむであろう。整然と法案を可決し、ベルトコンベアのように参議院へ送ってはいるが、参議院は参議院として独立しているから、衆議院ほどには円滑に動かないということで、衆議院与党が歯がゆく感じるのではないか。
すでに会期末までわずか2週間余りとなった。法案処理には限界があるといえる。例年以上に官邸の不満ボルテージが高まるであろう。おそらく、ネット空間では野党の責任を衝く主張が増えてくると予想されるが、意図的に膨れあがった見せかけの言論の出所が明らかになるかもしれないとひそかに期待している。
イライラは分かるが、思いおこせば、自民党の都合で昨年9月にフルスペックの総裁選を行い、さらに高市総理が今年の1月、2月に解散総選挙を断行したのであるから、日程が厳しくなる原因は明らかである。そのうえ総理が委員会へは出不精というのでは国会がサクサクと動くことにはならない。
ここで総理のスタイルをとやかく言うことはないが、審議不足、説明不足を避けるのが議会の責任であるから、官邸の意向はそれとして、参議院では十分な審議をつくすべきである。
おそらく、巨大与党のプライドに一番こだわるのは総理であろう。二院制を無視するようなこだわりを見せれば、参議院は閉会に向けて「浪高し」の状況になると思われる。
具体的に言えば、非生活関連法案が多いことから印象的にはイデオロギー国会となるので議論が空中滑走しやすい。また、言葉の端々にまで激しく反応するネット空間での言論が何かしら恣意的に操られる心配もある。
ここからは多少妄想的ではあるが、ネット空間では海外などの対抗勢力はかならず試し打ちをやるもので、何かが出現すると推測される。いわゆる「認知戦」の一部であろうが、世論工作に近い。また、給水タンクにコップ一杯の不都合な液体が混入されれば全体が疑わしくなり、不都合な液体の有害無害にかかわらず給水(言論活動)を自制せざるをえないという怖れもある。とりわけ善意の拡散者が事態を悪化させるのであるが、そういう条件を瀬踏みしながら、AIアプリで翻訳も簡単になったことから認知戦を仕掛けてくるのではないか。
と、心配すればキリがないが、なにごとも過敏に反応しないことが一番の防御策であろう。フェイク情報をつかまされ、さらに拡散してしまう危険が日常化すると思うと気が重くなる。
残念ながら、生成AIを使えばとても巧妙な仕掛けができるという視点での注意喚起が素人では難しく、また悪用された場合の被害がどれほどのものであるのかを知りつくしているのはごくごく一部の専門家にかぎられているから、対抗するには過剰すぎるほどに防御的であった方が、万が一という理屈でいえば賢明ではないか。
とりわけ、「いいね!」一押しを我慢するとどうなるのか、それで不便を感じることはない。「もったいぶってんじゃねぇよ!」と言われると思うが、しかし「もったいぶりたい!」のである。鈍感、非拡散・非同意が近ごろのスタイルなのだ。
今回は、2週間前に書いたものを遅らせて掲載しているので時系列的に「ほつれ」が目につくかもしれない、そこはご容赦願いたい。】
1.ホルムズ海峡の自由航行は復元できるのか
「米国とイランによる戦闘終結とホルムズ海峡再開のための暫定合意(覚書)」は18日にも発効した模様で、60日間の協議がスタートしている。これは2月28日の攻撃開始以来、かなり早い段階から戦線離脱を模索(脅しはするが地上部隊は出さない)していたと思われるトランプ氏にとってはそれなりの通過点といえる。というのは、ホルムズ海峡の閉塞が世界経済の失速を招きかねないという不安が膨らむ中で、米軍が海峡の開放を実現するためには、大規模な地上部隊の長期にわたる派遣が必要であり、またたとえ部隊を展開しても失敗する可能性が高いという意見もあり、トランプ政権2.0としては他の条件(核問題、凍結資産解除など)の見栄えが悪くなろうとも「海峡の開放」を優先せざるをえなかったということであろう。
したがって、世界経済失速への懸念あるいは原油市況の影響を受けての米国内のガソリン価格の上昇の解消のために妥協したのは適切な判断であり、評価できないわけではない。とはいっても、問題点が山ほどあることには変わりはない。とりわけ筆者が懸念するのは、トランプ氏の関心が他に移ることである。
そこは、仏のマクロン大統領でさえ、エビアンでのG7開会中の最大の関心がいかにしてトランプ氏を最終日まで引き留めるか、に集中しなければならなかったほどであるし、また他の首脳も同様に気を遣う態度をとったと伝えられている。腫れ物に触るような態度をとったのは、やはり腫れ物であったからであろう。
現時点では、イラン問題とりわけホルムズ海峡の開放へのトランプ氏の関心の持続がもっとも肝要なことであるから、またウクライナ問題の再確認も重要であるから、マクロン氏としては最高の接遇を提供したのであろう。その意味は「最後まで責任をもってやれよ」と言うことであろうが、G7の舞台も縮小コピーのように小さくなったのも事実である。
さて、件のホルムズ海峡の開放であるが、前にも少し触れたが、たとえば「受益国を中心にホルムズ海峡を守ったらどうか」という「トランプ氏の投げ出し作戦」が潜在的な恐怖といえる。
そんなことを言われても、実際のところ「国際水路」であることを現時点で実質的に担保できる国も有志連合も存在しないのであるから、このまま革命防衛隊の意のままということになるのか、あるいは想像をこえる悪い事態が起こるのか、そういう漠然とした不安が関係諸国を黙らせているようにも思えるのである。
さらに通行料もどきについても、イランは交渉期間中の配慮としての「無料」と言い張り、今後のことはオマーンと談合していくという。
これは悪夢が正夢になる事例なのか。ともかく事態がここまでくれば、良い悪いではなく力の裏付けが問われているといえる。そういう意味では国際関係が百年単位で退行しているという批判は当たっている。
ここで批判されているのは国連ではなく、その構成国であって、とりわけ特別な地位にある米英仏ロ中の常任理事国なのである。その5か国のうち3カ国が国際法からいえば凶状持ちのようになっているから、示しがつかないのである。
また、米国の政治潮流が不介入主義に強く傾いていることから、国際機関や同盟への貢献(出費)を極力抑えようとしているし、そうするのは一国主義としては合理的といえる。しかし、歴史的に言えば一国主義ではダメだからと国連を提唱したのは、米国の当時の大統領だったから話はややこしいのである。
もっとも、この傾向は世界各国のGDP比率を見れば明らかなように、米国の相対的な縮小(シュリンク)からもたらされていることは確かである。
また、それだけではなく米国内での民主主義の行きづまりというか退行がリベラルな対外政策を支えられなくなっているとの解説も説得的である。
たしかに、少し調子が悪くなっただけで大騒ぎをしているようで、子供じみていると思う人も多いことから、米国全体の印象の悪化あるいは権威の失墜といった金で買えない価値の毀損や信頼の低下をもたらせているといえるかもしれない。
もちろん、指導者の個性がもたらす災厄の一種であるとの考えもあるが、そこだけに焦点をあわせて因果関係を考えることには同意できない。とくにトランプ氏が原因であるのか、結果であるのかは相互に絡みあう難しい問題である。米国の問題という指摘のほうが合理的である。
もちろん「そもそもネタニヤフ(首相)の口車に乗り、イラン攻撃を決行したからこういう結果になった、米国は責任をもって原状回復をはかるべきではないか」といった米国責任論をつよく唱える向きも多いことは分かっている。それも天下の正論であるから、そのことに反論する気はない。
しかし、国際関係においては一つの正論だけでは通用しないことが多い。たとえれば、重力場で起きている現象を倫理や正義あるいは規範といった質量ゼロの理屈で変えることはできない。なんだかんだ言っても重力に対抗するにはリアルな力が必要なのである。
ということで、今回も実際にミサイルを撃ち、無人機を飛ばしている国が主導権をとっている現実を直視すべきという段階説を克服することはできなかったのである。イランが屈服しなかった事実の重さを感じはじめると思われる。
2.軍事行動で決着がつかずに再交渉プロセスに
さて、軍事行動で決着がつかずに再交渉プロセスに入ったということで、当面米副大統領のバンス氏がその大任に就いている。彼は攻撃に反対であったと聞く。
そのバンス氏に対して、「うまくいけば私の功績、うまくいかなければバンスの責任」とはトランプ氏の発言と聞くが、王の発言としてはまずは正直といえる。その心は、「恥を忍んでここまで譲歩したのだから、うまくいかないはずがない」ということであろう。しかし、うまくいくとの見通しは甘すぎることは王自身がよく分かっていると思われる。
なぜなら、これからの交渉の推移はイラン側の認識あるいは事情に依拠することを忘れてはならない。つまり、イランが多くを望むことが失敗の始まりであることを、イラン全体で理解しているのかどうかがポイントであろう。しかし人びとは、失敗に学ぶよりも失敗を重ねることを好む。欲ボケが進めばイラン内部の交渉をまとめることが難しくなる。
ようするに欲しいものが区区に違っているイラン国内の事情につけ込むのが(相手の)常套手段であるのに、あれもこれもと手を伸ばしている姿が想像されるが、そうなると分断の危機が訪れるのである。蛇口が固く締まっている内は我慢できるが、水が滴りはじめると人びとは渇きに負けて、一個しかない蛇口に殺到する。といった危うい問題がある。これなどは当事者能力の問題であり、まさにイラン側の事情なのである。ということは節度をもって対処すればイランは多くのものを手にすることができるのである。
イラン攻略には温かいスープを用意してから
さて、交渉の行方は不明である。しかし、米国に戦略家がいるとすれば温かいスープを運び込むであろう。そんな気分にはなれないというのであれば、逆にイランを世界の厄介者に仕立て上げるのが上策かもしれない。ホルムズ海峡で金儲けをするように仕向けることぐらいは簡単であろう。
そこで、邪悪な談合によって米・イラン・オマーン3か国による暫定共同管理をでっちあげ、保険会社に仲介させるという狡猾な案が考えられる。最悪なものと邪悪なものとの合体なので国際的には非難ごうごうであろうが、意外と安定的なのである。この場合保険は任意であるから無保険でも構わない。が、整理券がいる、みんな順番待ちをしているのだから交通整理には手間がかかり、割り込みは許されない。こんなシナリオがでてくるのは、イランが降伏していないからである。
筆者は最悪かつ邪悪な仕組みを推奨しているわけではない。しかし、「核開発問題」と「海峡問題」のリンケージを一度外さないことには、この交渉は前には進まないと思われる。また、世界経済への悪影響を考えれば「金を潤滑油にする」方法を排除できる国も機関もない。なにしろ、イランが人質にとっているのはホルムズ海峡というよりも世界経済そのものであって、米国をもってしても人質(ホルムズ海峡)を解放できなかったのであるから、海峡を利用している国は理想論ではなく現実論に早晩切り替えることになると思われる。
もちろん、凍結資産解除や復興基金でイラン側が納得するのであればそうすべきであろう。しかし、ホルムズ海峡の完全が脅かされる怪事件が発生するかもしれないのであるから、海峡管理の責任は明確にすべきであり、その文脈において金が責任の所在を示すことも真理といえる。実際のところ海峡には「大魔神」が要るのである。また、現実に航行に困難が生じれば保険料は高くなるのである。
この仕組みのミソは非承認の金品の動きをめぐり、世界からの非難をイランに集中させるところにある。本来ならそういった筋の悪い非承認の収益には手をださないのがセオリーなのであるが、革命防衛隊の中には貧すれば鈍する向きがいるかもしれない。
さて別のシナリオであるが、現在のイラン国内の世論を統制できたはずの最高権力者はすでに消されたので、交渉で生じる不満に対しては「海峡封鎖」というガス抜きが多用されると思われる。対する米国も「爆撃」で応じざるをえなくなる。双方ともに犠牲とコストが発生することも嫌な話であろう。さらに、それぞれの国内世論をいちいち交渉に反映させるのは非効率である以上に危険でもある。
つまり、60日単位でドタバタと不安定な無料通過と海峡の閉鎖開放のオンオフを繰りかえすというのがシナリオBであるが、関係国が長期有料化のほうが安定的であると考えるならば、保険料の水準にもよるがありうる話であると勝手に思っている。ともかく、交渉でのやり取りと実態との乖離が矛盾を形成するが、現実に海峡の安全が保持できるのかが意外と難問なのである。
3.それにしても悔やまれるのが2月28日の決断である、覆水盆に返らず!
戦争が外交の行きづまりの末の手段というのであれば、外交が戦争の行きづまりの末の手段ともいえる。そこで、戦争で決着がつかなかったことを再び外交で解決を図るという二巡目交渉が、本当にうまくいくのかということと、主役級のイスラエルにかき回されることの二つの課題があるといえる。歴史的には、国際関係はいつも大局ではなく小局によって動かされるから楽観はできない。
ところで、結果からいえば2月28日に始まった攻撃は失敗であったと言えるが、それは結果が目前にあるからそう言えるわけで、未実行作戦であるかぎり、結果は永遠に分からなかったといえる。とはいえ、政治の世界では結果がすべてである。
もし時間を巻き戻せるのであるなら、2月28日の攻撃は延期すべきであった。このことに関連して興味深いのは、6月1日のトランプ・ネタニヤフ間の電話のやりとりであろう。内容は開示されていないが、トランプ氏の怒りがあふれた内容が伝聞として報道されている。これで、イラン攻撃についての人びとの心証は「じつに杜撰であった」との一言に集約されたと思われる。同時に、米国の最高意思決定の質が疑われ、また失望の度を高めたと思われる。関係国としては話が酷すぎて声がでないのか、あるいは声をあげたところで改善の見込みがないのでひたすら沈黙しているのか、いずれにせよトランプ外交としては失策といえる。
米国の政治家は神経が強靭なのであろう、悩む人が少ないように見える。では学者はどうであろうか。啓蒙思想をすてた結果がこの様(ざま)であるとまでは言わない。しかし、普通に言えば心的外傷を形成するほどの惨状なのである。
過日、覚書についての交渉内容をトランプ政権2.0の閣僚が湾岸諸国をおとずれ説明し理解を求めたと報じられた。理解はともかく納得はえられないと思う。敬意とか信頼とかがゼロベースになって、関係が難しくなったと思われる。
4.5月の米中首脳会談がG2とは呼ばれない理由
今年の1月5日に政治リスク専門コンサルティング会社「ユーラシア・グループ」が発表した「2026年の世界10大リスク」には「米国の政治革命」がリスク1として挙げられていた。革命にもいろいろある。ニュアンス的には政治の地殻変動に近いかもしれない。ちなみに2025年は「深まるGゼロ世界の混迷」で「米中を含めてどの国も国際秩序を主導できず、リーダー不在で不安定化する世界」というものであった。確かに5月中旬の米中首脳会談はその内容においてリーダー不在すなわちGゼロを、皮肉にも押し出しのいい2人の映像をもって世界に告知したといえる。
イランをめぐる一連の出来事を「米国の政治革命」に結びつけるのは簡単ではない。それでも因果関係については人びとの認識においてほぼ「白黒がついている」といえる。米国とイスラエルの責任を消すことはできない。
たぶん、11月の中間選挙の結果をみてからというのが大方の関係者の態度表明のタイミングだと思う。しかし、政治リスク問題は予見的に議論されるのが常なので、むしろ「米国の政治革命」は今が旬かもしれない。
政治評論としては、ホルムズ海峡閉塞のリスクを予見できなかったのはトランプ政権2.0の恥ずかしい失敗であったといえる。あるいは同様のことが対中関税交渉でも見られた。レアアースの切り札としての強さを見誤っていたという信じられない戦術上の不備を目の当たりにして、関係国の間では同盟することへの不安が微かではあるが静かに浮上しはじめている。時代は変わったのである。
一見すれば中国側の対米ディフェンスが強化されているので、時代としてはすでにG2ではないかと言われれば、そうかもしれない。しかし、米中で解決できないことが多ければG2とはいえないから、やはりGゼロであろう。
これは中国の力不足というよりも米国に予見性や規範性に欠ける面があり、それではとてもG2などとはいえないからで、とくに政治判断や政策にはつねに継起性(たとえ継続していなくとも事象間の関係性が認められること)が求められる。いいかえれば時系列的な前後関係における論理的なつながりの保持である。
いわゆる脈絡と言われているが、これがトランプ氏の場合はほぼ半分が論理的なつながりを欠いていて、さらに短時間で変化するので支離滅裂に聞こえる場合があるのであろう。だからというわけではないが、世界のGDPでいえば両国で40%を超えているにもかかわらずG2とは呼ばれないのである。もっとも基本が「アメリカファースト」と「中華ファースト」との絡みあいの世界という結界があるので、G2としての役割を担う気はないと判断されている。
ところで、イランは国連海洋法条約の批准国ではない。また、平時、戦時ということでは、米・イスラエルVSイランという構図は認識できても、他の湾岸諸国とのかかわりについては分かりにくいのである。さらにレバノンとイスラエルの関係がヒズボラとイランのつながりを介して複雑に絡みあっている。願わくば、ホルムズ海峡の通行とは切り離してもらいたいものである。
それにしても、ほとんどの国にとっては災厄ともいえる事態である。イランはもとより米・イスラエル両国が失ったものは、文字通りはかり知れない。言いたくはないが、時価でいえばイランよりも米・イスラエルへの批判が強まっているのである。
現実に原油不足とか価格高騰(インフレ)による各種の被害が発生しているという実害にかかわることなので、ほとんどの国が批判的であるのは当然である。原油供給に支障が生じたのが100日余り、米国による大胆な備蓄放出と輸出増によって高市政権もたすかったと思うが、次元の違う話である。7月からの100日が正念場であろう。
さて、悲観的な見通しから国家間には啓蒙思想の土壌がないと断言する前に、米・イスラエルの言論空間が現在どうなっているのか、まず確認したいものである。「米国の政治革命」が一番のリスクであると指摘されているのだから、その革命についての論争をぜひとも知りたいものである。もっとも、両国の言論空間を写すわが国の言論空間にも「そろそろ何か言えよ」と言いたい気分である。表題にある啓蒙思想のおよばない国に米国が当てはまるとは現段階では言い切れないが、しかし心配しなくてもOKとも言えないのである。
(つづく)
◇ 大雨や アジサイ残る 生臭さ
加藤敏幸
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