研究会抄録
ウェブ鼎談シリーズ(第5回)「労働運動の昨日今日明日ー賃金をめぐる諸課題ー」
講師:北浦 正行氏、加藤 昇氏
場所:「工房北浦」渋谷区渋谷
【加藤代表】 今日は、北浦さん、加藤昇さんに、賃金をめぐる課題などについてお話いただきたいと思います。
初めに少し感想を聞かせていただきたいのは、ここ数年、総理肝いりの賃上げ要請もあって、その効果があったのか、なかったのか。官製春闘ともいわれていることについて、感想をお聞かせいただきたいと思います。
昨今、官製春闘と言われていますが
【北浦】 私は、官製春闘という言葉はあまり、好きではありません。もともと春闘というのは民間がやるものだと私自身も思っていたのですが、かつて政府も、絶対にくちばしは入れないとしていたものです。国会でも、賃上げをしろと野党議員が言っても、それは答えられません、これは民間がやるものだと答えるのが政府の立場であったはずなのに、何でこうなってしまったのかなという感じがいたします。
いずれにしても、これは上げんがためのいわばリップサービスだと思っているのですが、要は春闘の賃上げがほんとうに労働者のために上げたいと思っているのか、経済の、ただ消費の呼び水として上げたいのかという、その辺の違いではないかと。もしそうだとすれば、官製春闘と呼ばれているけれども、労働者のためというより、いわゆる経済政策として言われているのだと、いうことになってしまうと思います。
どうも、政府のいろいろな政策を見ていますと、全体的に経済色が強くなっている中で出ています。この問題に限らず、言葉だけが上すべりしているような感じがあります。
もう1点申し上げますと、賃金というのは労使が決めるものだというのは、私の尊敬していた金子美雄先生がいみじくも言っていたところです。賃金というのはしょせん、納得できるかは労使が交渉するからなんだと、こうおっしゃったのです。そうなんだろうと思うのです。交渉するからこそ、ここでいい、あるいはここまでよというのがあったのだろうと思うのです。そういう納得感というものが、賃金交渉には必ずあるのだと思うし、毎年の春闘の中で勝ったの、負けたのと言いながらも、そういうことはあったのだろうと思います。
だから官製なんてことになると、3%になりました、いや届きませんでした、そういう評価は今日あたりの新聞にも出ているわけですけれども、ではほんとうに労使は納得しているのかというのはどこに出ているのだろうか。その意味で言うと、春闘の持っている、あるいは賃金交渉の持っている大事な意味合いが薄らいでしまったのではなかろうかと。そこのところがかえって危ない話ではなかろうかと思っています。
【加藤代表】 では、産業別労働運動に幅広い経験をお持ちの加藤昇さんからどうぞ。
【加藤昇】 私が電機連合を引退した頃から、いわゆる官製春闘というものが言われたわけです。いわゆるアベノミクスの中で国の経済政策や社会政策として位置づけられたのではないかという気がしますが、今、北浦さんがおっしゃったとおり、賃金交渉というのは、単に賃金だけではなくて、賃金を取り巻くさまざまな環境、例えば生産性であるとか、その他の労働条件であるとかを含めて労使が議論をするということが基本、ベースとなるものだと思います。そういった意味では、労使自治の観点から考えて、賃金交渉のあり方について改めて原点に立ち戻って考える必要があるのではないかという気がします。
春闘終焉と言われて、久しいですが(30年)
【加藤代表】 お二人とも認識はほぼ一致されていますし、「労使自治」で戦後ずっとやってきたところに、突然官邸から3%賃上げをと、経団連や連合に対し強い要請があったというのは、正常な姿ではないと思います。だから、本来の正常な賃金決定システムに早く戻すべきだとも思います。
ただ、では本来の賃金交渉として眺めてみますと、連合が発足してから30年近く、一部では「連合春闘」という言葉が使われていますが、それも既に30年です。だから組合員になってから30年たっている人はもう(組合員の)卒業が近くなっている。
講演会などで、「あなた方が組合に関わったときに、既に連合がありましたか、ありませんでしたか」と聞いたら、ほとんどが「連合はありました」とお答えになります。最初から連合がありましたと。4団体を知っている人はベテランに限られる、ということになるわけです。
そのくらい30年の歴史を重ねてきた「連合春闘、賃金交渉」についてのご感想を、批判にとどまらず、励ましも含めて、また、これから何が大切なのかということも含めてお話をいただきたいと思います。
【北浦】 連合がずっと春闘の旗振り役を担ってきて、それがどういう評価を持つのかというのは、おそらく連合の評価のこれからの最大のポイントなのでしょう。私なりに見てみると、春闘の特にナショナルセンターレベルにおける春闘の見方、考え方というのが、やはり大きく変わってきたようで変わっていないというのが現状なのかなと思います。
というのは、30年前と比べれば確かに賃上げ率の数字は大分小さくなりましたし、いろいろな環境の変化があることは事実なのですが、賃上げというのは、物昇、物価上昇率、それをどれだけ確保していくのかというようなところが主眼であって、それプラス生活向上分というのがかつてはありました。その辺はだんだん見えなくなってしまいましたが、やはり物価上昇というところをキーにしたマクロ的な形で議論してきたというのが現状なのかなと思います。
デフレ下になってその意味合いというのは薄れてしまったので、連合の役割は何だろうということはあるのですが、やはりインフレ下においてはそこを必死に守ってきたのが連合だと思うし、生活防衛の基本はそこにあるのだと。ここに来てまた少し物価が上がってきていますが、その辺のところもですね。ただ、問題は、そのときに、この時代の中で、見るところを少しずつ変えていかなくてはいけないのかなと思います。
例えば、1つは、物価というものについても、今の消費者物価は、例えば生鮮食料品など衣食住が中心に考えられますが、生活の固定的な費用、通信費などがすごくかかっていますね。どんな世帯であっても携帯電話の1つや2つは持っているというような流れになるなど、生活構造も変わっている。そうすると、物価の見方ということももう一度見直しをして、それから見てほんとうに物価分というものが確保できる、つまり生活費が確保できているのかという、かつてで言えば、生活費をちゃんととれていますかというような、そういう原点的な見方が一つ要るのだと。
それからもう一つは、これはかつて山田精吾さんが事務局長時代に言われたことですが、手取りが大事なのだと。可処分所得論というものが、随分言われたわけです。そのときに、今あるのは社会保障。まさにこれはどんなに3%上がっても、それを超えるように社会保障が上がっていってしまえば、結局減ってしまうわけです。もちろん社会保障は誰の、労働者のためにまた戻るのだよと言われても、必ずしもそれはすぐに戻るわけではありませんし、当座のところにおいてはやはり生活費のマイナス要素であることは変わらない。そういったような可処分所得というような観点。
あるいは、何かもうちょっと賃金について、生活という観点でもう少し新しいメルクマールを考えるとか。単に従来のような物価だけとか、マクロ指標ではなくて、労働者の実感に合うような軸足づくりを、身近なところからもう一度提起するということをやってもいいのではないかと思います。ただ、今さらながら、大昔のようにマーケットバスケット方式をやれとか、そういうことを言うわけではありませんが、各産別がそういうように組合員の実感で提起してきた時代もあったと思います。そのようなものが、またぞろ考えられてもいいのではないかなと。これはナショナルセンターの問題というより各産別の問題かもしれませんが、そういうものをリードしていくのが、これから必要なのかなという感じがしております。
「連合春闘」最初からバーチャルなところがありましたが
【加藤代表】 はい。懐かしい言葉を聞きました。私鉄総連の方がマーケットバスケット方式を熱心に展開されていたのを思い出します。確かに、生活実態とは何かというのは難しい、しかし重要な論点でした。
そこに(消費者)物価上昇が関わってきて、これも議論を始めるといろいろな課題が出てきたということで、当時、議論のための議論とは言いませんが、活発な議論が行われていました。
今、北浦さんが言われた手取りが問題だよ、というのは可処分所得に注目せよということでした。しかし社会保険料負担が増えることが可処分所得を減じている状況の中で、可処分所得が減った、減ったと言っても、社会保険料が原因で減ることに対する評価軸は、働く者の立場から言えば老後生活の支えになるという意味で、生涯生活という視点においてはプラスになる可能性もあります。
また消費税も、消費税の用途の多くは社会保障費に使うということで、目的税的な側面があれば、現在負担しても、将来それが返ってくるという意味でいいのでは、という複眼的な議論がこの30年間、いろいろ行われてきたと思います。
加藤昇さんは、現実にこの連合春闘、産別としては主力部隊の電機連合の立場で参加されていますが、今の時点でごらんになってどんな感じですか。
【加藤昇】 春闘が昭和30年にスタートをしてからしばらくの間、日本は高度成長がずっと続いたわけです。その中で労働組合も一定の組織率があったので、それなりに労働者の生活向上を目指して大幅な賃上げを目指していきます。そうした中で、賃上げの相場形成をナショナルセンターが役割として担っていくということで、しばらくの間、春闘の役割という面では機能をしたのでないかと思います。
しかし、連合が結成されて以降の経済環境というのが非常に難しかった。いわゆる安定成長というか、低成長時代に入ってきた中で、どのようにして賃上げの相場形成機能を担っていくのかという問題が生じたということとあわせて、さまざまな難しい課題が起きてきた。
その1つが、組織率がどんどん低下をしてきたということ。もう一つは、それとも関連があるのですが、非正規雇用労働者が増加して、雇用形態が非常に多様化してきたことです。そんな中で、どのようにして春闘の社会的な賃金決定と相場形成という役割を果たしていったらいいのかという問題等が出てきたのではないかという気がします。
当時の電機連合の鈴木勝利委員長はそういう状況の中で、連合は賃金決定に果たす相場形成の役割といいますか、それはもうあまりやらなくてもいいのではないかと。むしろさまざまな政策・制度的な課題について連合が対応し、賃金決定は産業別労働組合、あるいは大産別が中心に なってやることによって、もう少し、本来進化させていかなければならない賃金決定の仕組みなんかも、もっと高度化できるのではないかという思いで、連合の中でさんざん議論をした経過があります。
ただ、近年、連合も、例えば非正規雇用労働者に対してどのようにして賃金の相場形成を図っていくのかといったことや、同一労働同一賃金あるいは同一価値労働同一賃金の観点から、連合が果たすべき役割というのは、単なる正規雇用の労働者だけではなくて、彼らに対してどんな影響を与えていくのかといったことなどにかなり真剣に取り組んできているのではないかと思います。そうした意味で新たな役割が生じてきたのではないか。また、その役割を担って取り組んでいただき始めたのではないかなという、そんな感じを持っています。
「労働条件は産別自決、連合の調整」との方針はあまり広がらなかった
【加藤代表】 鈴木勝利さんが、電機連合の委員長、また金属労協議長という立場も踏まえ言われたことですが、これは連合結成時から賃金決定については、明確に産別自決という言葉を使って、産別で決めるということが取り組みの中心原理でした、方針として。
それで、賃金決定並びに相場形成に連合(本部)として機能を果たす余地は少ないという共通認識のもとで、では連合(本部)は何をするのかといったときに、連合は調整ですと。だから、労働条件については産別自決と連合調整としたうえで、連合の主要任務は、それは政策・制度課題の改善であると。だから、政策・制度改善は、連合の責任、産別の参加と整理したということです。
このような整理をしたのですが、これはあまり徹底されなくて、特にマスメディアとか、各種報道機関は、連合本部の山岸会長が、全部采配を振るっている、という認識のほうが強くて、当時、労政局長の私としては、それは産別の仕事ではないか、また金属労協が相場を出せばいいのだと考えていましたが、やはりメディア相手に連合が機能しているということを、誇大と言ったら言い過ぎですが、連合本部の指導性のもと、連合全体で賃上げに取り組んでいるという形もイメージとして大切だということで、あたかも連合本部が全て仕切っているというバーチャルな空間が演出されたことが社会的認識として、組合員の理解も含めて(マイナスの)影響を与えていると思います。
そこで、鷲尾事務局長時代に、春闘終焉論というのが随分はやりました。実は、そのときには終焉していたのです。鼎談シリーズの第1回において大福さん、西原さんも、そのあたりのいきさつを少し述べておられたし、また、笹森元連合会長は「もう曲がっちまっているのだから」と、つまり春闘は曲がり角ではなくて、もう曲がり切っているのだからと、いわば当時の当事者において、連合が果たすべき役割というのは、過去の春闘における賃金指導とは次元の違う領域にあるとの認識に達していたと思われます。鷲尾、笹森時代において、言いかえれば実践レベルにおいてようやく形が見えてきたのではないかと思われます。
また、パート労働者の組合員化とか、非正規労働者の待遇改善とか、新たな課題について連合本部が旗を振るというところに来て、20年ぐらいの時間軸で、少しずつ、そういう議論に実態が追いついてきているということではないかと思います。
産別自決はいいとして、連合の役割は大きいのではないか
【北浦】 今のお話で感じたのですが、結局、その水準の議論というのは、もはやその産別自決なんでしょう。大昔のように、「太田ラッパ」のような総資本と総労働の対決なんていうのは誰も考える人はいないので。それでいいのだろうと思います。ただ、連合というもの、ナショナルセンターというものは、何か新しい理念とか、それを常に打ち出してもらうべき、と思います。
そうすると、今や、両加藤さんのおっしゃっているとおりで、格差是正というものを連合が打ち出された。そうしたボールを投げて、産別がどう考えているかと。それはまさに非正規の問題ですが、今まではミニマム基準の議論だったものが今後は最低賃金とどうリンクさせていくのかという議論にもつながります。そういういわば最低規制みたいな話との関係で賃金を考えるには、格差というものが1つ前面に出て、そういうボールを投げてもらうということがすごく大事だろうと思います。
それがないと、ただ産別だけがやっているよということになるとどうでしょうか。バーチャルだけではこの春闘という意味が、やはりだんだん風化してしまうような気がします。やはり、そういう投げ方をしてもらえばいい。数字でなくてもいいので、その意味で今年あたりはだんだんそれが鮮明になってきて、いいことではないかなと思っています。
【加藤代表】 そうですね。格差是正という言葉は、2000年ぐらいから使われ始めたと思います。北浦さんが言われたことは、同感です。そういうことも含めて、また賃上げ方式についても随分変わってきました。
電機連合の取り組みを振り返れば(個別賃金方式への挑戦)
【加藤昇】 ええ。電機連合の振り返りというか、紹介をさせてもらえればより理解が深まるのではないかと思います。
私は、電機連合の書記として入職後しばらくして賃金を担当したときから、賃金の要求方式の問題というのが大きなテーマだったというか、電機連合にとっては非常に大事なテーマだったという気がします。
それは、電機連合が1967年に、第1次賃金政策をつくったときから、賃金要求方式は個別賃金要求方式であるべきだという考え方だったのです。そこには、電機産業の特殊性という面もあるのかもしれないですね。電機産業、情報産業の多くの組合が電機連合に加盟しているけれども、業種、業態、労働力構成、全部違うのです。
それで、違う中で、春闘の賃上げ額あるいは賃上げ率をどのようにして決めるかということでは、平均賃金というのは、昭和30年の春闘が始まったときから、平均賃上げ額、平均賃上げ率で相場形成をずっと図ってきたのだけれども、それでは、電機産業の中の賃金の格差の改善だとか、賃金水準の平準化は図れないのではないかということが一番大きかったのではないかと思います。
まず、最初は調査からですね。それで、今でも日本の民間の調査のスケールとしては最も大きいのではないかなと思いますが、電機連合は1960年代の半ばぐらいから、組合員全員の一人一人の賃金データを集めたのです。今でも30万人分ぐらいのデータを毎年集めているのですが。それを集計、分析して、各加盟組合に、毎年分厚い報告書としてフィードバックしています。当時は、現場の技能職か、事務や技術系の事務技術職かという2つの職群でしか区別はできませんでしたが、年齢とか、学歴とか、勤続年数で細かく分析をすると、例えば、現場の技能職の35歳の勤続17年の男性だったら平均でいくらになるかが示されます。これが個別企業別といいますか、単組別にデータが出てくる。それを、比較すると、うちが高い、低いという評価ができるわけです。
そういう賃金比較ができましたので、最初から、1960年代の半ばぐらいから、平均で賃金を比較することがあまり行われなかったというか、そんな発想があまりなかったのですね。そうは言っても、当時の総評や中立労連で構成していた春闘共闘会議だとか、あるいは同盟も含めて、ほとんどの産業別労働組合は平均何%の賃上げを目指すという要求を掲げて、加盟組合は平均何%だ、平均何円だという要求をしていましたから、それとの関係で電機連合も平均賃上げ額、平均賃上げ率の要求を統一要求としてきましたが、賃金比較も、個別賃金の比較をしますから、産業別統一闘争としては個別賃金要求に早く切りかえなければいけないのではないかという議論がずっと起きてきたということだと思います。
こうした取り組みは、60年代から追求されてきたのではないかということ。あまりこの話ばかり長く続けるわけにもいかないのですが、だんだん、何十年もかけてその中身を深化させてきた。労働力構成の変化とか環境変化に合わせて深化をさせてきたという歴史だと思います。
最初に平均をやめてしまって、個別だけで要求をしたのが、95年ですが、そのときは、そういう個別賃金要求をしているのは鉄鋼労連しかありませんでしたが、電機連合が2番目です。あとは電力労連がやっておりましたけれども。最初はそんなときですから、いわゆる標労で、学歴と年齢と勤続年数で特定し、35歳の技能職の勤続17年で幾らにするという要求でした。電機連合はだんだんホワイトカラー化をしてきて、技能職ではやれないという企業別組合、単組も出てきたという環境変化もあります。
【加藤代表】 業種によっては難しいということですか。
【加藤昇】 ええ。あんまり意味がないという言い方ですね。そんな中で、職群別だとか、職種別の要求にしていったらどうかと。あと、企業によっては、うちは現場のほうがフィットするのだというところと、うちはホワイトカラーのほうがフィットするのだというところに分かれて、一時、あんまりいいやり方ではないと思いますが、エントリー方式と言いましたが、うちは技能職を選ぶ、うちはホワイトカラーを選ぶということで、どちらかを選んでもらうというやり方を、経過措置みたいにして取り組みました。
職群から職種。この職種も突き詰めていくと、職種と言ったって、それは何なのかと。同じ職種の中でも、年齢や学歴で賃金を決めるという要素がだんだん小さくなってきたので、もっとそこの仕事内容というか、スキルということで、電機連合の中は揃えられないかみたいな議論があって、2007年につくった第6次賃金政策では電機連合のスキル基準まで作って、ブルーカラーとホワイトカラーをそれぞれスキルのレベル1からレベル5まで基準をつくって、ではホワイトカラーであったら、開発設計職のレベルの4について揃えて要求して、そのレベルで回答を引き出そうではないかという取り組みをやってきたというのが今日ではないかと思います。
それで、そこのところがなかなか、ほかの産別の中でいまだかつて受け入れてもらえなくて、何か相場形成に果たす電機連合の役割が小さいのではないか、あるいはベアを隠しているのではないかといったような批判もされた時期もあったのではないかという気もします。
回答表示をめぐっての苦労
【加藤代表】 ありましたね。いわゆる回答表示をどうするかというのが、連合結成後の大きな仕事でした。そこで、情報センターを設置し、トヨタから、約1,500社くらいですか、それぞれ標労方式で報告していただくことにしました。35歳とかですね。そういう標労方式でようやく賃金比較、交渉結果の比較をする形にしました。
今、電機連合の取り組みを加藤昇さんからいただきましたが、そこでの個別賃金(要求、決定)方式と、連合が最終報告としてやっている個別賃金というものは、言葉は一緒ですが似て非なるものではないかと思います。
要するに、賃金の妥結結果を評価しようにも、それを比較するベースがばらばらで、基本的に議論の土俵に乗らない。しかも、賃金比較に対して問題意識を持たない産業別労働組合もあり、議論にならないということがありました。そこで、電機連合が1995年から、要求方式も、これは電機連合がいわゆるスト権を背景に統一闘争(交渉)方式というものを持っている以上、入口と出口が精度の高い数値がなければ統一行動ができないということも含めて、タイトな交渉方式だと思います。
そういうことで、今の電機連合の執行役員の方々が、この課題について受けとめていただけるのか、もう一つは、ヨーロッパ型の産業別労働組合に近づこうとしているのではないか、と感じます。
【加藤昇】 そうですね。
要求方式が産別運動の内実を物語る
【加藤代表】 私は電機連合の産別運動というのは、いわゆる産業別労働組合の生の形と言うのでしょうか、原点を目指していると、特に賃金、労働協約において、その方向性があると感じられるのですが。
ただ、これは大変なことだし、使用者側の認識がそうはなっていない。まあ、それぞれの企業の風土に根差した賃金で、先ほど北浦さんがいみじくもおっしゃられた、納得すればいいのだという面もあります。よく正しい賃金体系を教えてくださいと質問をされることがありますが、いや、正しい・正しくないは関係ない、みんなが納得すればそれが一番いい賃金体系ですと答えること多いのですが、ここは大きな課題があると思います。
平均賃上げ方式は原資配分が問題となるときに
【北浦】 今のお話で、そのとおりだというふうに私も思いました。平均賃上げというのは、考えたら原資配分が問題になるときなのであって、全体としての水準、賃金が上がってきますと、どうしても賃金の個別比較というのは大事になる。だから、この平均賃上げから個別賃金という流れはまことに自然な流れであって、そういう意味では電機連合は先鞭をつけている。大事なことは、個別賃金というのは、横比較ができる、企業間横断でできるということと同時に、もう一つは、限りなく、ここにあるように、仕事基準というように、つまり、賃金の価値を誰が決めるのかという議論にだんだん近づいていくのだと思うのです。
それで、配分の問題になりますと、これは労使間の問題ですので、力関係ということになります。やはり職種別の賃金のところは、これは経営者が経営方針の中で決めるものなのか、いや労働者が自分たちはこれだけのことができるのをちゃんと評価せいということで、行くのか、まさにそこのせめぎ合いだと思うのですが、日本においてはまだまだそこのところの協議のシステムとか、そういうのができ上がっていない。
例えば、ヨーロッパみたいに、業種別においての協定でいくとか、産別としての役割があるとかというところもあるのですが、そういう取り組みと一緒にこれが根づいていく必要がある。職種別の賃金の方式というものは形式だけ整えてもなかなか根づいていかないのではないかと思います。私はこういう方向が多分これからのあるべき姿の1つ、全てではないかもしれませんが、大きな方向になると思います。
【加藤代表】 個別賃金方式が、本来の役割を果たすべく、特に連合の中でそういう認識が強まっていく必要があるということですか。
産業別統一闘争の取り組みの深化?
【加藤昇】 さきほど加藤代表がいわれたように、電機連合の取り組みというのは、いわば産業別統一闘争というものは一体何なのかということと、産業別統一闘争の中身の議論がずっと続いてきたのではないかなという気がしますが、個別賃金決定方式ができた背景には、それはそれぞれ企業によって経営者の考えはあるのですが、比較的、電機連合の産業別統一闘争に対する理解があったのではないか、あるいは理解をするようにかなり努めてくれたのではないかという気がします。したがって、賃金の、要するに職種別の賃金や、今、スキル別の調査までやっているのです。スキル別の調査などについても、幾ら組合が一生懸命調査をすると言っても、企業の理解がないと調査が進まないので、企業がかなり理解をしてくれているし、要求方式に対しても、紆余曲折はありましたが、電機連合の要求の基準に対して、その基準に沿って回答をするという、対応をしてくれたというのが、大きかったのかなというふうに思っていまして。
【加藤代表】 なるほど。
非常に重要な視点だと思います。例えば見方を変えて、この20年間はリストラの時代でした。2000年あたりから大手企業においても希望退職の募集などのリストラが始まった中で、会社を離れていった人の再就職先として、競合する他社というケースもありました。
そうすると、経営者側が、声に出さないが、そういった人の移動が、これだけ国際的に競争が厳しくなると、ある日、事業所や工場をたたむという話が発生したときに、長い時間をかけて育成した大切な労働力が、とても転勤できないという条件がついてくると、働く側とは違った悩みが出てくる。逆に他社の人を受け入れるというケースが発生するということを含めると、制度の横断性を、産業の中ではないよりあったほうがはるかにいいし、また、各社どのくらい払っているのかということが緻密に知ることができれば、ある意味安心できるのではないか。
そのような文脈で言えば、加藤昇さんが言われた経営者側の理解もわかる気がします。電機は労使が密接に、また濃厚にやりとりしています。その蓄積と、使用者側が持っているニーズと言うのでしょうか。やはり、労働条件は公正競争基準ですから、横断的に、隠すよりも開示したほうがトータルにはいいのではないかということもあったのではないかと推察しています。
これからも電機産業としての統一闘争は前進していくということですね。
賃金格差と同一(価値)労働同一賃金
【加藤昇】 同一価値労働同一賃金でやるとか、同一労働同一賃金でやるとか、非正規労働者がこれだけ増えてきている中で、どのようにして大手・中小間だけではなくて正規・非正規間の格差是正も図っていくかということが非常に重要なテーマになってきているのですが、そのときに何を物差しにして格差是正を図っていくのかとか、という議論が必ず起きてくるわけです。
それが、同一労働同一賃金みたいな議論になってきているのだと思うのですが。そういった意味で、さきほどの電機連合がやってきた個別賃金決定方式が、そういった取り組みの一つの参考事例になるのではないかと思うし、もっともっと活用すべきではないかなという気はします。
【加藤代表】 私も、現役の方に対する提案として適切なものだと思います。その話の前に、北浦さん、同一労働同一賃金あるいは生産性について整理をしていただきたいのですが。
生産性と賃金の関係をめぐって
【北浦】 まず、生産性と賃金の問題ですが、これは生産性三原則というのが一応ある。生産性三原則で言えば、公正分配という問題がありますが、生産性が上がってその成果を公正に分配するのだと。こういうような読み方をすると、生産性が上がらないと賃金は上がらないとなる。もちろん、そのことは正しいわけですが、あまりに結果論だけで見ていくと、この生産性と賃金という問題が、賃金の本質ということから離れていってしまうのかなと気になっています。生産性三原則も実は同じで。別に分配の問題が最後の到達点ではない。賃金が上がるから、生産性を上げているのだというところもあるわけですね。
【加藤代表】 あります。
【北浦】 そこが出発点のところでもあるのです。賃金が確保されることで生活が守られ、やる気を起こし、頑張るのだという気持ちで上がっていくという。だから、その出発点でもあり到着点でもあるということを考えないと、この生産性と賃金という議論は何か生産性ありきの議論になっていって、生産性を増やすだけの運動になってしまう。生産性と賃金がリンクするかというと、必ずしも保証がないといったような現象が起きてしまう危険があるのだと思います。
ですから、常に賃金というのが出発点であるという視点を忘れてはいけない。そう考えると、賃金とは実に、単に成果配分だけではなくて、賃金自体の固有の要求というのがあるわけです。それはさっきの話と同じように、例えば生活原資でも、生活が苦しいときには、少し我慢してでも会社はわかってほしいと言うべきであって、それは生産性の原理原則の範囲を超えることだってある。だけど来年は生産性を上げていくからという、長期の視点に立ってバランスさせることだってあるわけです。
しかし、最近の論調は生産性の結果が賃金であるみたいな議論一辺倒になってしまっているように思えます。政府の言い方は、どうも経済原則的になっているので、そっちのほうに走ってしまいがちになるのではないか。
それからもう一つ、生産性と賃金ということをきれいに反映させていったらば、どんな賃金ができるかと言ったら、成果主義になってしまう。成果主義の賃金が一番それに合っている。それは工場の場合だってそうだし、ホワイトカラーだってそうだし。成果が上がれば、その成果分だけをお払いしますよ、みたいな世界。そうすると、成果主義的な賃金というのは、決してそれが全て全否定されるわけではないけれども、やはりそれはある部分を失っているところがあるわけで、結果としての賃金の払い方になっている。生産性を上げていくというプロセスの視点が欠けてしまう。
最近の特に高度プロフェッショナルなどを見ると、まさにその傾向が非常に強いわけですから、そういうところはひとつ注意しなければならないかなと。生産性と賃金のこの順序の読み方の点、賃金とは一体何だったのかという点、そして生産性の出発点でもあるのだよという点、ここが大事なところです。
それから、同一価値労働同一賃金と、賃金差別の問題ですね。
これ、同一価値労働同一賃金を法制化すること自体はいいことだと思います。ただ、例えば何とか手当をどうするといった、ガイドラインで出ているような議論は、むしろ差別の問題だと思います。同一価値労働同一賃金というのは、同じ価値の労働をしたものに、同じ賃金を払う。理念としては非常に立派ですが、そのことの意味合いって一体何なのかというと、あの法律で出ているのはどちらかというと均衡処遇の話であって、本質的な同一価値労働同一賃金と言うためには、労働が同一であるということを目指すというベクトルがもっと出ていないといけないと思います。
つまり、あそこのところで一番欠けているのは、非正規が正規になるということ。それは入っていないのです。現状においてのバランス感覚の中でやると。もちろん、今、2018年から、例のいわゆる労働契約法の関係があって、その正規化の議論も始まっていますが。
【加藤代表】 5年ルール。
【北浦】 なっていますからね。そういうような流れの中において、なっているけれども、ほんとうに労働というものを同一にしていくというベクトルがなくて、労働において区別ができる、違いがあるのだったら、それは賃金を変えてもいいという。まさに経営側はそういうような論法でこれは乗り切れると言っているわけです。それは現状においては確かにそういう解釈にはなるのだが、それであったらこの問題の本質ではない。つまり、労働の差別とか区別とかという問題が常に前提にあって、それをどうなくしていくのかということが重要だと思います。
例えば自動車の工場なんかにいても、同じラインにいて同じ仕事をしているのだけれども、なぜ身分の違う人が同じところに並んで仕事をするのかという、まずそこから議論していかないといけない。それが単に価値労働という議論だけでいくと、違いをつけていって、例えば職制の違いとか何とかで、常にそちらで終わってしまう。
だから、実態的には似たようなところで議論はしているのかもしれませんが、本質的なところでいくと、同一価値労働同一賃金というのは結構重たい問題であって、もっともっと、先ほど言ったようなベクトルを追求するようなところがあるということを考えないといけない。ただ、出発点として今の同一価値労働の法律ができることは悪いことではありませんし、これがきっかけになることは事実だろうとは思いますが、ちょっと表面的なところだけで終わっているなという感じはします。
【加藤代表】 なるほど。 今、整理をしていただいた生産性の話も、さらに単純化した構造にすれば、頭の中がすっきりはすると思いますが。
【北浦】 そう。すっきりする。
賃金の果たす役割は複合的で、すそ野は広い
【加藤代表】 さて、そのすっきりすることがいいのかというと、これは結局、退行しているのではないかと。
例えば、賃金が持つ機能の1つは、これは消費を支えることです。だから経済政策としてどういうことをやったとしても、最後は賃金が上がらないと効果がない、つまり雇用者所得が伸びないと、個人消費が増えないということになる。いわゆる経済の上昇スパイラルをつくることはできないということです。もう一つは、労働の再生産という古典的な議論になりますが、子供たちの教育の問題も当然、未来の労働者をどうするかということです。また、労働者本人をどうやってエンカレッジするかに加えて、能力開発というすばらしい言葉があります。能力開発に資する原資が月々の賃金の中で与えられないと、自己啓発は後まわしでいいのかとなりますので。だから、先払い的な、いわゆる先行投資型の賃金という議論もあります。後払い論が主流ですが。
【北浦】 そうですね。
【加藤代表】 そうすると、先ほどの生産性と賃金の関係も、今言ったような要素だとか、時間軸を加えた上で、今日的に豊かな理論体系をつくる必要があるのではないかなと思います。
労使間には時間軸に認識の差があるのでは
【北浦】 加藤さんのおっしゃったとおりで、さっき私の言ったことと絡めて言いますと、要するに経営側と労働側とで、時間軸の違いというのがやっぱりある。生産性と言ったときに、どこで考えているかというと、経営側はやや時間軸が長いところで考えている。1年で生産性なんて上がるわけないわけで、そんなものは3年か5年かわかりませんから、その幅の中で考える。だけど、賃金はどう決めると言ったら、経営側はコストですから。単年度で決めてしまう。
【加藤代表】 発生コストですね。あるいは予定コストで。
【北浦】 はっきりした予定コストではない。だから、時間軸が違うものを同一レベルで議論をするような形になる。そこのところにやはりこの問題があるのだと思うのです。だから、時間軸を当てはめてみると、これは中期的にはそうだよなと、何となくきれいな図式で収まる。
だけど短期で見たら、生産性と賃金が必ずしもそんなきれいな関係になっているわけはない。何かそこのところがあいまいになってしまうと、生産性が上がっていないからということで賃金を抑える論理になる。
【加藤代表】 そうですね。賃金抑制論になってしまうこともある。
【北浦】 下手をすると、新しい生産性基準原理ともいえるのではないか。一種の。かつて日経連が経営側を主導した時代にも、単年度で考えるのはどうかという議論があったような気がしますけれど。ただあのときは物価が高かったから、まだそこが中心の議論だった。
確かにデフレ時代の賃上げ交渉は難しい
【加藤代表】 そうです。確かに物価が与える影響というのは随分大きいと思います。デフレがこれだけ続くと、春闘の持つ効果と言うのでしょうか、相場形成、つまり相場が波及していって、全体的に雇用者所得が伸びていくという構造が、これだけデフレになると、ちょっとつくりようがないということもあったと思います。
そこで、加藤昇さんのほうから、今、賃金差別と、それから同一労働同一賃金など結構重たい問題もあって、同一労働あるいは同一価値労働同一賃金という議論をすることと、賃金差別を解消していくということが同時並行的に混じり合いながら進んでいくことが、状況をわかりにくくしている。
だから、賃金差別の問題は賃金差別として堂々と受け入れるし、なぜ差別になっているのかということもつまびらかにしていく必要があります。何となく臭いものにふたをするということでは、問題の解決にならないという意味で。
それはそれとして、私は同一価値労働同一賃金というのは、これは産別運動の中で、今言ったようにスキルまで含めて、相当すり合わせが進んでいるし、経営側の評価の軸も結構揃ってきているとか、そういうツールとか蓄積のある中で、いろいろな議論が始まることはあり得ると思いますが、日本全体としては難しいところもありますか。
【加藤昇】 ですよね。
【加藤代表】 ちょっと誘導尋問になってしまった。(笑)
【加藤昇】 もともと、日本の場合には賃金の決定は企業内決定です。
【加藤代表】 企業内協約ですから。
企業内協約を乗り越えて
【加藤昇】 要するに企業内労使関係ですから、賃金、労働条件の決定は企業内労使で決定をし、協約も企業内協約である。だから、そこが特に産業別労使交渉、産業別協約がベースになっているヨーロッパとの違いだと思います。だから、そんな中でどのようにして産業内で、同一協約にはできないけれども、同一水準と言うとちょっとおこがましいのですが、その賃金の平準化を産業内で図っていくかという取り組みが大事だと思います。
ただ、さっきかっこよく同一価値労働同一賃金、あるいは産業内の賃金格差の改善に今やっている電機連合の取り組みというのがかなり大きく寄与しているのではないかというふうに言ったのですが、ただ、さっき言った生産性と賃金との関係もあると思いますがね。
大手・中小間の格差というのは、そんなに縮まっていないのですよ。毎年、取り上げて検証をしているのだけれども、大手組合と中小組合との賃金格差というのはあまり改善されてきていないというような気がしますよね。だから、その辺をもう少し具体的にどうして行ったら縮まるのか。正規・非正規も含めて、研究する必要があるのではないかなという気がします。
【北浦】 なるほど。
【加藤代表】 大変本質的な問題提起で、それには随分エネルギーのいる、また時間もかかるテーマだと思います。ありがとうございました。
―― 了 ―
【講師】北浦 正行氏、加藤 昇氏
大学卒業後、労働省(現厚生労働省)に入り、能力開発課長等を経て、1996年に退官し、日本生産性本部に転じる。社会労働部長、事務局次長等を経て2017年自立し、渋谷に工房を構える。「労働」に関わる領域を中心に執筆、講演、研究活動を行うほか、政府関係の委員会、研究会等、武蔵大学客員教授、日本生産性本部参与、日本テレワーク協会副会長等を兼務。
加藤 昇氏
1971年 電機労連(現電機連合)に入職、総務部、調査部、賃金政策部書記。
1996年 賃金政策部専門部長
2000年 中央執行委員・賃金政策部長
2009年 (株)マックスに転籍し、共済推進業務に携わる。
2013年 同退職
公職等 中央最低賃金審議会委員、労働政策審議会最低賃金部会委員、同家内労働部会委員
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