遅牛早牛
時事雑考「朝鮮半島の統一、左派政治家の夢」
◇ 「同じ民族だからいずれ統一ということになるでしょう」と簡単に語る評論家が多いが、はたしてそうなのか。私は否定的である。「近づけば近づくほど遠くなる」、なぞかけではないが、そう思う。
同じ民族であるから統一に向かう心情は理解できるが、心情だけでは結果は保障されない。国家の統一はさまざまな障害を克服して成されるもので、現在の大韓民国と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との統一には、不可能と思わざるをえないほどの大きな障害が多く待ち受けている。ここで最も重要なのは、統一が本当に国民あるいは人民の幸せにつながるのかという点において大きな疑問があることで、これこそが最大の障害になっている。
◇ 第二次世界大戦の終結から東西冷戦によって分断された南北ベトナム、東西ドイツ、南北朝鮮のうち、前二者は統一された。残るは朝鮮半島の統一であるが、これは簡単なことではない。
まず、ベトナムは1945年の日本の敗戦撤退の後、北ベトナム(ベトナム民主共和国)が中国・ソ連の支援を受けながら、フランス、アメリカとの戦いを制して統一にいたったもので、簡単にいえば武力統一である。統一後国名をベトナム社会主義共和国に改めている。
次に、ドイツは1989年の冷戦終結により、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)がドイツ民主共和国(東ドイツ)を吸収し統一にいたっており、これは経済力による統一といえる。もちろん、1973年には東西ドイツ基本条約が発効しており、国家として相互承認がなされるなど基盤は整っていたといえる。
このように二例とも圧倒的な力の差こそが円滑に統一を導き、その後の安定を支えているわけで、両者の力の差がぼやけている場合は、たとえばイエメンのように南北統一を果たした後に内戦がぼっ発するという危険をはらむことになる。
◇ これは、国家統合は力の差を前提とした吸収形態が安定的で、対等合併は不安定であることの例示であろう。現在の朝鮮半島の実態は、経済においては圧倒的に南優勢であるが、軍事をふくむ政治は北が、残念な表現であるが非民主的であるがゆえに優勢である。そこで、相当に単純化した議論であるが、政治は北、経済は南といったように、政治・経済・軍事・外交同盟・社会などの要素を選択的に組み合わせて統一国家を構築するやり方、いいかえればパッチワーク方式は現実性、合理性を欠くことから、議論は北か南かどちらかの体制を選ぶという単純な問題となり、普通に考えれば北を選択することはありえない。
分かりやすくいえば、北による武力統一は朝鮮戦争の帰趨を考えればありえないので、選択肢としては南の体制を前提にした統一しか残らないことになる。
以上の文脈から、文大統領がおもねるように北に呼びかけても、残る選択肢は南だけという伏せられた文脈、もっといえば現在の北の体制は国際的な支持も得られず袋小路に入り込むので南としては悠々の対応ができるとの魂胆が見え見えであるから、北の反応が冷たくそのまなざしには少なからず怒りが漂っていることもうなずけるであろう。
青瓦台に集う指導者たちの話法は善意と理想に満ちたものだが、北の首領が直面している国家体制と自身の危機を思えば怒りを覚えずに聞くことはできないであろう。体制保証を求め核開発という最大のリスクをおかす国が受け入れ可能な統一とは何か。北から思索すれば南の呼びかけはいかにも独りよがりで浅薄限りないものと思えるであろう。
◇ 文大統領が夢のように2045年を語るのは勝手であるが、南北両国の隔たりはあまりにも大きく、この統一は人の手に負えるものとはとても思えない。
とくに国家体制の違いは想像を絶するもので、選挙によって大統領と国会議員を選ぶ民主国家と中世から近世における絶対王制を連想させる専制国家が国境線をまたぎ、どのようによしみを通じあえるのか、普通につき合うことさえ危惧されるのにさらに高次の協力体制とはどんなものなのか、私にはファンタジーとしか思えない。
とくに、人権問題では北には拉致問題はじめ多くの課題があるが、根源は国家体制にある。また、交流が人の移動を促進させるが、簡単に国境管理を緩めることはできない。北の政治体制を守っているのは遮断と監視と密告であるから、それに障りのあるものは絶対に受け入れないであろう。
◇ 仮に南北の経済協力が合意され、南からの投資を受け入れるとしても北の領域における南の資産が本当に保護されるのか、関連する法制度の整備だけでも大変ではないか。さらに、私有財産権を争えば最終的に裁判あるいはその制度に行きつくことから、政権のありよう、厳しくいえば正統性にまで議論がおよぶので、この上なくデリケートである。つまり、北への投資は高いリスクを伴うことから、民間は北以外の政府保証なしには動けない。この国には他の国にはないさまざまなリスクがある。もし、百人の投資家に北への投資の意欲を聞いたときに何人が前向きの答えを出すだろうか、また、どんな条件を付すであろうか、まだまだリスクカントリーでしかない。これは投資に値する国づくりを怠り、瀬戸際外交と国際法上灰色行為で国家経営を進めてきたことに由来するもので、記憶力確かな国際社会は甘くはないであろう。
◇ 北は軍政国家であり、国全体が軍事機密である。これを緩め、民生を涵養することは国家体制に一穴を開ける危険をおかすことになるから、国内に自由な商品市場が広まることをうれしくは思わないだろう。
人々の交流が盛んになると、膨大な情報が口コミで流れ出す。その中には国際的に疑われた数多の旧悪の痕跡も混じると思われる。まあパンドラの箱を開けるようなもので、いわゆる当局として管理不能になる恐れが強い。
◇ 半島北部の豊富な鉱物資源が魅力的なのは理解できるが、だからそれがどうしたといいたい。地下資源に恵まれた国は多いが、その開発に成功し国民にその富が分け与えられている国は少ない。むしろ、資源をめぐる血なまぐさい紛争あるいは内戦によって多くの国民が塗炭の苦しみにあえぐ国の方が多いではないか。
人権をはじめ労働基準など全く歯牙にもかけないレッドマークの国にどこが投資を検討するのだろうか。今日、投資するサイドのハードルが高いことを思えば、滅多にない儲け話とばかりにうごめくのはどういったマネーなのか、簡単には思いつかない。
◇ 東ドイツを抱え込んだドイツ(西ドイツ)は東のインフラ整備に莫大な投資を行いその財政負担に長年苦しんだと聞く。東西均霑化にさまざまな施策を駆使したが格差は未だ埋まっていない。それらの不満は広がっている。東西ドイツの事例は参考にはならないと思うが、悲しいかな膨大なカネで不平不満、恨みに嫉妬を買うばかりでは、支援する側の徒労感も天文学的に跳ね上がり、その反動が差別感情を助長することになるだろう。人間が持つ性癖というか業というか、政治の任に当たるものは深くそのことを考えなければならない。権利なのか施しなのか。南北朝鮮の人々の心のひだをうまく撫でることができるのだろうか、今の為政者にそんな香しい手わざがあるとは思えない。
きわめて低い可能性ではあるが、言葉にしたくない事態を恐れるとともに、隣国としてまた歴史上大きなかかわりと責任を持つ国として忌まわしい事態への対応を内心備えることも必要と思う。
◇ で、軍隊はどうなるのか。軍備縮小はリストラでもある。失業者となった軍人を統制できるのは年金、カネである。軍備縮小後の財政負担は軽くはならないから、世論との軋轢は厳しさを増すであろう。軍事緊張の緩和、デタントは軍人の権威を貶めるもので、軍部は不機嫌になるというのが世界共通の歴史観である。
本来、軍人はリアリストでなければならないし、事実そうである。そのリアリストの意見を聞いてみたいと思うが、少なくとも韓国軍は米軍との共同体制を基盤に成立していると思うが、どうなるのだろうか。ここらあたり、南北の軍部の実態については素人には分からないことが多すぎる。統一にあたっては軍の帰趨が焦点であろう。
また、いつも政が軍に優越しているわけではない。状況により、軍の判断は行為者である軍自身にありうる。核兵器のみならず化学兵器についてもどのような管理体制にあるのか。不測の事態が起こることを危惧する。
◇ 軍よりさらに難しいのが外交であろう。少なくとも四か国は口を出す。当然のことである。とくに、非核化が焦点である。核保有のまま南北の関係改善は無理で、半歩でも前進させようとするなら韓国自身が非核化について厳然たる態度を明確にし、行動すべきである。まさか核保有の地位がやすやすと手にはいるとは思ってはいないだろうが、この点文政権は甘い。四か国中の米・中・ロは強力な核保有国で、また、米・中・日はGDPでは上位三カ国である。だれにも米日と中ロの綱引きの展開は予想できない。理屈のないパワーゲームなので熾烈な陣取り合戦になる前に、理性が働けば、凍結せざるをえないだろう。
南北の意思で動かせることは限られている。だから、当面は現状を維持することであり、非核化が厳密に確認されてから、南北の自由度が認められるといえよう。とくに、韓国が外交において米国から離れていくことは簡単ではない。おそらく、中立という立ち位置はないだろう。味方か敵か、とまではいわないが結構きついといいたい。歴史的に中国大陸になびく習いがあると思うが、米国が東アジアへの関心を失わない限り、反米路線は経済的にも致命的事態をもたらすだろう。
現在の米国の対中政策は根が深く、10年20年単位の、たぶん封じ込め路線になる可能性が高いのではないか。突発的なトランプ現象ではないと考えるべきと思うが。
◇ 南北ベトナムの統一は北ベトナムの勝利で終結したが、その後まもなくベトナム軍はラオス、カンボジアへ侵攻した。また、旧南ベトナムから多くの人々がボートピープルとなって国を逃れた。ベトナムに平和をと主張した「ベ平連」の活動が一時盛り上がったが、今思えば国際政治を前に素朴であり単純であり幼稚であった。
他方、東西ドイツは、ヨーロッパの中核として復興著しい西ドイツの強大な経済力と、フランスと共同しECをEUに発展させた政治力が統一をけん引した面もあるが、決定的だったのはソ連の弱体化と崩壊である。第二次世界大戦後の体制は主要戦勝国の手に握られている国際政治の現実にあって、ある意味幸運であったといえる。
さて、朝鮮半島にはどんな幸運の風が吹くのだろうか。他国の介入を遮断するなにがしかの力がはたして湧いてくるのだろうか。大韓民国5000万人、北朝鮮2500万人の人々の日々の生活を統一によって支えることができるのだろうか、本当に幸福をもたらすことができるのだろうか。まして、南の人々が恵まれた経済ポジションを顧みずあえて統一を目指す動機とは何なのか。不思議でならない。
◇ とかく左派政治家は黒板に大きな円を描きたがる。出だしはいいが、終わりはずれてつながらない。結局円は完成しない。一方、右派政治家は円を完成させるため始めから小さな円を描こうとする。結局小さすぎて使い物にならない。
◇ また劫火悲しく悲し首里の城
加藤敏幸
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