遅牛早牛

2020年からの課題と予想-①良いことも悪いことも米国から

新冷戦時代に突入か?

 正月早々剣呑な話ではあるが、米中経済闘争が感じの悪いことになって、いよいよ新冷戦の始まりということらしい。まあ熱戦ではないから、死者や負傷者が出るとは思えないが、いろいろと不都合なことが起こるのか。いずれにせよ、同盟国日本にはそれなりの覚悟が必要であろう。

 思えば、1989年から30年を経て、社会主義国家の中でソ連に代わり中国が国力を伸ばし、昨今では経済規模で世界第2位となったが、その経済力を軍備拡張や諸国篭絡に活用し、今や米国を凌駕しようと、本当にそうなるか分からないが、気分はそうなりつつある。というタイミングでのトランプ大統領が放った2017年のファーストパンチは、米中関係がすでにハイテクなどの技術分野に限らず広範囲の覇権をめぐる対立構造にあることをあらわにした。たとえばそれは、西太平洋における米中の力の均衡線をどこに定めるのか、米国の軍事覇権に中国がどこまで肉薄しようとしているのか、米国に対抗する国際グループをどのような方法で構築しようとしているのかなど中国による挑戦ストーリとして取りざたされている。

貿易交渉は小康状態だが、この先は険しく長い

 当面の、貿易に関する交渉は今のところ小さなまとめ(一次交渉)ができたので安定状態にあるが、底にある深刻な対立構造がとんでもない危険をはらんでいることは紛れもない事実であり、大統領選の展開次第によって過激なシーンを引き起こすのか、あるいはほどほどの着地点での弥縫決着を図るのか、今のところ先行きは不透明である。まあ、11月までのお預けということだろうが、貿易赤字から関税合戦、そして構造問題へと焦点が移る中で、ほんの瞬間垣間見せた米中の覇権争いの深刻さを直視しないわけにはいかないし、11月までの長い休憩時間が終われば、今度こそバトルロワイヤルの始まりではないかといった不安感が根強く漂っていることも確かである。

「切り離し、封じ込め」は不可能、弊害も大きい

 しかし、そうはいっても、現実の経済・貿易の相互依存関係は想像以上に深く密接で、昔の冷戦構造のような「切り離し、封じ込め」策をとれば彼我ともに被害がとてつもなく大きいことからそれは選択できない。現在争われている関税ごっこは我慢比べに等しく、下手をすれば自国民からの厳しい非難を誘発するリスクがあるので、そのリスクを回避するためにも有無をいわさぬ厳しい敵対構造を無理にでも作り出す、といった操作的政治手法が採用されるおそれがないではないが、冷静に考えれば何ともばかばかしい限りであるから、常識的にはこのまま膠着状態が続くと思われる。

 しかし、米国の指導層は中国のこれ以上の台頭は阻止しなければならないと考えていると思われるので、そのためには貿易赤字や不公正な活動以外のクレームのネタを発見すべきであるが、知財・補助金以外に強力なネタを見つけられるのかどうか、また、そのネタが10年以上続くと思われるこの闘争に耐えられるものであるのか、など自国民と同盟国が賛同できる大義を獲得できなければ勝負を続けることはできないだろう。そういう流れで、人権問題が香港騒動を契機にスウィッチ・オンとなりそうであるが、これを正面に掲げることについては米国政府も議会もさすがに躊躇すると思われる。なぜなら、人権問題は出口のない二国間騒動の典型例であり、片方(中国)にとって究極の内政干渉として国を挙げての反撃体制を固めるのに格好の口実となることが多く、一方、くちばしを入れる側(米国)にとってなんら益することのない無報酬ゲームであることは自明のことであるから、ほとんどの国は口先だけの関与にとどめ、あとは国際機関に委ねるという方式が定着している。そのことの是非はともかく、経済問題を主要テーマとする二国間交渉に人権を絡めないのが一般的である。ということで、人権以外でよさそうなクレームのネタが果たして見つかるのか、交渉上のポイントといえばポイントであろう。

中国は外部経済に依存し、社会主義経済として矛盾を抱えている

 一方の中国は、売られた喧嘩に対し最適な対応策をどうするのかという命題に落とし込み、結果として冷静に処理していくと思われるが、建国70年を経た共産党政権にとって最大の危機であり、同時に転機であると思われる。

 振り返れば、資本主義システムに便乗し、また、グローバリゼーションを最大限活用する中で、うまく立ち回ったことは間違いない。それを自慢したい気持ちは分からなくもないが、問題は中国が便乗したシステムは中国製ではないことであり、本来の社会主義経済とは何のかかわりもないもので、一体全体この国の経済に関する根本原理はどうなっているのか、また、これらの経済的成功は誰のおかげなのかと問われたときに、経済方針はともかく実態は国際協調体制の中でのただ乗りによる成功であることは論を待たない。だからこそ、アメリカファーストという一国主義を暗に非難しながら貿易の国際協調体制を支える守護神のごとく演じて見せたわけで、ここに中国経済の大矛盾がある。つまり、中国の経済的繁栄が外部システム、それも資本主義体制と西側諸国に支えられている現実を直視すれば、今掲げている覇権色濃厚な国家目標がいかにも現実離れした旧時代の古びたもの、否、もっといえば経済的成功に本当に必要なものなのかとの疑問に駆られるであろう。

 このように、原理原則は書庫に山ほどあっても、日々適用しているのは超高度な現実主義なのだから、今回の課題も世界一器用な政治能力を発揮して、池に落ちた石の引き起こした波紋が時間とともに収まっていくがごとく軟着陸を図るのが得策であるだろうし、そうなると思うが、残念ながら予想のつかないことが二つある。一つは、中国の内部経済体制の行方であり、もう一つは内部抗争である。つまり政治闘争、これこそが中国のアキレス腱である。ここは、習近平政権の可撓性と耐久性が鍵であろう。

過ぎたるは及ばざるがごとし、中国の対外工作

 それにしても、最近の中国の対外工作は「度を越してる感」が強くはないか。文化などの影響力を用いるソフトパワーそして軍事力などを背景にしたハードパワーに加え、対象国の世論形成に留学生などの在外中国人あるいは中華系移民等を動員する事象が目立ち始めた。合法非合法にかかわらず、ある意図のもとでの政治的示威行為や諜報活動が日常的に展開され始めると、当該国の警戒アラームは赤く点灯し始める。また、中国経済は中国政府すなわち中国共産党の指揮下にあり、人民もその指揮に服することが当然とする法体系であると思われることから、また、通常の政治的自由が厳しく制限されているうえに、反政府、反共産党を意図する発言・発信は巧妙に無害化されている強度の監視社会であると認識されていることから、例えば、韓国へのサード配置をめぐり、用地を提供した財閥系企業への営業妨害や不買運動はじめ目に余る攻撃を目の当たりにした企業経営者は心中に相当の畏怖心を抱えたことであろう。これらの事象は民主国家ではありえないことであり、市場ルールを何倍も逸脱した全体主義的統制国家の問題行為といわざるを得ない。巨大な購買力を背景に企業・経営者などに無言の圧力を加え、相応の成果を得ていると思われている。

 こうしたシャープパワーを行使していることが自明であり、現実に効果を上げていることが、諸国をはじめ企業・経営者またNGO団体をして自己規制、事前規制に向かわせているとの推察は正しいのではないかと、広く共通の認識となっている。これこそが中国政府あるいは共産党の狙いであり、今のところ勝利感を味わっているのだろうが、逆に中国の経済発展を蝕む病巣となっているともいえる。

 工作する側がどんなに巧妙だと考えてもしょせん見え透いたことで、「汚い手を使いやがって」と怒りを覚える側の憤懣を、うまくいったと思えば思うほど感じられなくなっているのだろう。

 前にも少し触れたが、外部経済にうまく乗っかって今日の経済的成功を獲得した中国にとって、外部経済は恩人に近いお客様ではないか。客は中国に隷従したくないであろう。この巨大な矛盾を正しく認識することが中国にとって喫緊の課題であって、理不尽とも思われるトランプ大統領の中国に対する仕打ちに対し、国際世論の反応が批判を含みつつも受容的であるのは、論理が飛躍するけれども中国流にいえば、かの国の徳の不足に原因があると思うし、ここを改めることがさらなる中国経済の発展を可能にする必須条件であると思う。

誰が大統領に?また再選したとしてトランプ大統領は変わるのか

 さて、11月以降はどうなのか。それは誰が米国の大統領になるのかということと、仮に当選したとして2期目のトランプ大統領は変わるのかという二つのことを考えなければならない。前者は置き、後者であるが、再選という最大目標を達成した後の政治家の目指すものは名声であり、それは類まれな偉大な大統領という称号であろう。

 具体的にいえばノーベル平和賞であるが、この場合、世界の平和に貢献したから受章するのではない。彼に与えれば、少なくとも何人かの人が救われる可能性が高まるかもしれないから与えようという、善行誘導を目的にした授与である。これで、たとえばブレの激しい判断による軍事行動が抑制されるなら、授与することが平和に貢献するという半ば笑い話のようではあるが、皮肉の棘を内側に持つメダルとして与えられることがあるかもしれないし、おかしいとも思わない。ただし、場合よって無効にするとの条件付きでの話であるが。

 他の深刻なケースとして考えられるのが、目標喪失による脱力である。この場合レイムダック化が早まるであろう。これは自由主義民主国家にとって最もよろしくないことで、習近平が指導する中国共産党が狙い定めているところでもある。中国との交渉は長期戦である。交渉戦列が乱れるような方針の変更には慎重を期し、入念なシミュレーションをなすべきである。相手は専制体制にある。情報管制も徹底しているうえに意思決定は早い。民主体制と専制体制の戦いでもある。開発独裁に魅力を感じている多くの途上国に与える影響も大きい。これは、トランプ大統領だけの仕事ではない。米国政府と同盟国の共同作業でなければならない。目的は中国共産党を打ち負かすことではない。軍事行動をともなわずに中国との共存を獲得する条件を整えることにある。また、限りなくカオスに向かおうとしている世界秩序をふたたび立て直す道をつけることでもある。

中国の破綻は世界の災厄につながる

 考えたくもないが最もひどいケースは、現在の経済ストレスに耐えられずに中国経済が破綻することである。中国発の経済危機が引き起こす災厄は計り知れないが、それ以上に危惧されるのは国内対策として外部に向かって暴発することや一時的であれ統治の危機が発生することである。中国の政府機関はよく訓練され、よく統制されていると思われるが、地方もふくめ不測の事態が発生するリスクは決して低いものではなかろう。

人口13億を超える国家の破綻はあってはならないことであり、また、経済崩壊が起こったなら世界に与える影響は甚大であろう。その時に、米国が「アメリカファーストアゲイン」と叫び、日本も「いいね」を押せるのか。そうではないだろう。こうなると、時の大統領には何の備えもポリシーもなく、ただ右往左往するだけというみっともない事態が起こりうるわけで、一国主義は何の意味もなさない、みじめなものとなるであろう。

 とくに日本は、リーマンショックを思い起こせば、2008年9月には蜂に刺された程度と侮っていたが、翌年度は世界一の落ち込みを記録したように最も影響を受ける経済である。緊急致命事態の発生に備え日米首脳が何を話し合わなければならないのか、問うまでも問われるまでもない、自明のことではないか。

戦略なき介入なのか、米国の中東政策には大きな疑問

 さて、米中交渉が長い休憩期間に入った間隙を突き、米イラン関係が橙色から赤色になった。海外派遣兵力を大幅に削減するという選挙公約についてとやかくいうつもりはないが、中東政策に限れば支離滅裂といわざるをえない。何かを誘発させようとしているのか、わけがわからない。よくマッチポンプといわれたが、ポンプのあるうちはいいが、ポンプなしで火をつけてどうするのよ。

また、政治に対する信頼はその予見性から育まれると思うが、毎回、鉛筆を転がすような政治(意思決定)を信頼するものはいない。トランプ政権の中東政策が後世の歴史家を悩ませること必至であろう。

「何も考えずにやったことなので深刻に受け取らないで、お互いほどほどにしとこうね。」といった児戯にも等しい関係なのかと揶揄したいが、それならそれで、そのように収めてほしいものだ。外に緊張を作って中を収める。そういった恣意的な作戦のたびに無辜の民が苦しむのは本当にやるせないことである。

北朝鮮は置いてきぼり、課題は3方面に

 といっているうちに、北朝鮮がセルフスターターをぶんぶん回し始めた。結局、核は放棄しないということだ。彼らが考える非核化プロセスの時間軸は何十年単位であり、事実上の保有国の立場は譲る気がないということだろう。これは、北を支配する首脳層の堅い決意であろう。もともと、核拡散防止条約は不平等である。不平等であるが現実智の成果といえなくもない。ぎりぎりの選択としてのこの不拡散体制が崩壊したときに何が起こるのか。核兵器は貧者の兵器といわれるように廉価である。意外と小型軽量である。自爆テロに使用されるかもしれない、その時の被害は想像を絶する。国家として使用する確率は低いといわれているが、確率ゼロではない。さらに、闇市場に流れるものを完全にコントロールできない。テロリストに限らず脅迫の手段になりうる。大量破壊兵器として厳重に管理されねばならないが、誰が責任をもってやるのか、やらせるのか。米ロ中英仏、保有5か国、同時に常任理事国である彼らの役割と責任が問われている。

 すでに印・パキ・イスが保有しているともいわれているが、核をめぐる新たな議論が起こるのだろうか。完全な非核化が対北援助の条件だと考えるが、拉致、ミサイルも含め日本の立場はどうなるのか。ここで一言、日本の世論もあるぜ。

 中途半端な状況にあって、今日あらためて米朝首脳会談とは何だったのかと問いたいが、日本国内にそれに答えられる政治家がいるのか疑問である。誰のための会談だったのか。また、それを教唆したものの責任も問いたい。少なくともディールで済まされる問題ではない。

 ということで、米国というよりトランプ大統領は3方面に課題を抱えることになった。この3つの課題を、大統領選挙に役立つかどうかという文脈でのみ取り扱われるのなら、かの国の威信は地に落ちたも同然である。かかる事態において、日米首脳会談は機能したのか、具体的に知りたいものだ。国会に対して何も説明しないで済ませられることではない。鬼ごっこではないのだから、逃げ回ってどうする。憲法改正を本気でいうなら、今のこの安全保障問題を丁寧に議論しなければ前に進めないでしょう。「あの悪夢のような民主党政権時代」といいきったときの勢いはどこに行ったのか。国会も旧弊にとらわれずに、今必要な議論を深めなければ議会不要論を加速するだけではないか。まあ、正月なのでここは各先生方の奮闘を期待したい。

 今年は、良いも悪いも米国から来るもので、そういう意味においてアメリカファーストだろう。

年明けに ひまわり咲くか 季語狂う

加藤敏幸