遅牛早牛

時事雑考 「感染症対策には、ためらう時間などない」

◇ 三月は去り、新年度を迎えたが、世界は新型コロナウィルスに翻弄され、今も災禍は続いている。春なのにブルーとグレイの四月になるのか。

◇ 事態を甘く見たことは間違いない。いつものことだが、第一報を耳にした為政者にとって、得体のしれない「その出来事」は余計なこと、少なくとも彼はそう感じたに違いない。想定外の事態だしもちろん未経験。微視情報はあるが巨視情報はない。そこで、キリッと立ち上がり「手順」にしたがって采配をふるえば、最善でなくとも次善の策を講じることができたであろう。

 しかし、多くの為政者にとって、長らく座り続けた椅子の表面には接着剤がべたっと着いていて、どうしてもキリッと立ち上がれない、のだ。

 そうでなくともやることは山のようにあるのだ。次の党大会はうまくいくかしら、主席はどう思っているのだろうか、来週の集会は成功するのか、最近の次席の動きが気になる、といった人々から見れば些末なこと、それが接着剤の成分である。

◇ 政治形態が違っていても、政治家の行動は似ている。自分勝手なストーリに現実を合わせようとする癖も同じだ。彼らが持っているのは冷徹な眼力ではなく、人間関係に歪む偏向視力だから、たいがい初手は相手を見くびった緩いものになる。そして、いつも人々はひどい目に会う。

 さて、本当にひどいことは、うかつな対応をした政治家どもがどういう理屈か英雄になり、さらに己の権力を強化し、あげく真実を隠し、消していくことで、その後に悲惨な時代がやってくることさ。これを政治性後発災害という。

◇ 「手順」と「段取り」は政治の必須項目である。靴を履いてから靴下をはくのは間違った手順である。履く前に下駄箱から靴を出しそろえるのを段取りという。

 新型コロナウイルスへの対応が急がれる今年の1月から2月、安倍首相と小池知事の胸中を占めていたのは、習近平主席の訪日と7月開催予定の東京2020大会であったことは間違いない。話を整理するため簡単に時系列で記す。

 1月23日、武漢市、湖北省が封鎖され、1月31日、米国は中国渡航者の入国禁止を決め、2月2日に実施した。日本は1月31日、武漢市、湖北省滞在者らに限って入国を制限、米国との対応の差が露わになった。

 2月24日、専門家会議が、ここ1、2週間が山場と指摘。

 2月27日、安倍首相が、3月2日から春休みまで全国の小中高・特別支援校の休校を要請。

 2月28日、中国共産党楊政治局員来日、習主席訪日について。

 3月5日夕刻、菅官房長官が日中両国は新型コロナウイルスへの対応を最優先するため、習主席の訪日を延期することを発表。

 3月6日、中国からの渡航制限を決定。

 3月23日、小池知事が、都市封鎖の可能性に言及。

 3月24日、安倍首相が、IOCバッハ会長と電話で(一年程度の延期)合意。

 3月25日、小池知事が、感染爆発の重大局面を強調し、週末の不要不急の外出は避けるよう、平日の自宅勤務、夜間の外出自粛を要請。

 3月28日、安倍首相は、ぎりぎり持ちこたえている、いつ急拡大してもおかしくない、長期戦を覚悟する必要がある、(新学期からの学校再開)もう一度専門家会議を開き、意見を聞く、と会見で。

 3月30日、小池知事が、東京2020大会の開催日を2021年7月23日および8月24日と発表。

 3月31日、新たな感染者数200を超える、東京は78。

 ◇ 主席の訪日延期が確定した後、中国からの渡航制限が決まり、オリンピック・パラリンピック延期の後、感染爆発の重大局面を表明し、週末等の自粛要請をという手順を踏んでいる。

 さて、新型コロナウイルスへの対応で直面する大きな課題は、緊急事態宣言であるが、対象地域は東京ならびに大都市が考えられる。東京に限れば、発令の前での東京2020大会の日程確定が手順である。だから、IOCが4週間でと発言していたのを、なんと3月30日に決定した。迅速な運びに驚いたが、東京の新たな感染者増が黄信号となり、一刻の猶予もない緊迫局面にいたったなかで、決めるべきことを年度内に決めたわけだから、感染の推移や費用負担など多くの問題を抱えながらも、オリンピック・パラリンピックについては段取りも含めここは多とすべきであろう。

 延期問題はとりあえず落ち着いたが、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして、東京オリンピック・パラリンピック大会を完全な形で実現するということについてG7の支持を得た」のはいいが、「神だのみ」の方が共感できるし真実味がある。

◇ では、新型コロナウイルス対策の評価はどうであろうか。日程で述べた通り、主席訪日と東京2020大会開催という2大イベントが微妙に影響をあたえていたことは事実であり、その影響で感染症対策にキリッと立ち上がれなかったと思わざるをえない。とくに、2月27日の休校要請時の強い姿勢が3月半ばには後退しているように思えるのだが、独断だと非難を浴びたがあの強引な姿勢で二の矢を放っておけばと今も悔いが残る。

 逆に勘ぐれば、あの時の強い姿勢は感染症対策よりも、翌日来日する中国要人に向けられた可能性もあるのではないか、などと思索は千々に乱れる。

 これは小池都知事においても同様の傾向がみられ、3月20日からの3連休のゆるみが後日問題になっているが、3月23日の都市封鎖発言が2週間前、せめて連休前になされていればと。つまり、評価のポイントは3月のはじめの3週間の動向にあり、残念ながらお二人とも、結果論ではあるが、着手に2、3週間のためらいが見られたということである。

◇ もちろん、政治家は予言者ではないから、訪日、大会と新型コロナウイルスがこのように絡みあうとは誰しも予見できなかったわけで、あえていえばめぐり合わせ、因縁のようなものではなかろうか。

◇ 政治家同士の相性があるのか知れないが、長らく冷えていた日中関係が米中の確執の中で何となく雪解けてきた好機であったことは間違いない。千載一遇とはいわないが、ビッグチャンスであったことは確かである。オリンピック・パラリンピック招致も騎虎の勢いで、居並ぶ競争者を圧倒しての快挙であった。

 が、好事魔多し、老人がいえるのは、植えた木の果実は人に採らせよ。「桃栗三年、柿八年。柚は九年。」とはどなたの言葉か知らないが、今は熟柿踏まれることを恐れるべきである。

◇ 今回の感染症対策の評価は当然収束してからのことであるが、現時点においていえることは、すべての対応がせめて2週間早ければということではなかろうか。米・伊・西・仏・独で生じていることは対岸ではない此岸のことである。

◇ 春雪は恥じらうように融け急ぐ

加藤敏幸