遅牛早牛
時事雑考「バイデン時代の米中対立劇が幕開け、日本は重心を落とせ」
歴史のまがり角日米首脳会談に注目するも最重要事項は秘匿
◇ 先週18日、アラスカ州アンカレッジで米中の外交トップがおたがいに火花を散らしバイデン時代の米中外交の幕開けとなったいわゆる「アラスカ対話」についていくつか気になるところを述べてみる。
◇ 一つは、おたがいに思っていることを口にすることは時には大切でやるからには露骨なほうがわかりやすい。
今回は、米国側が「『新疆ウイグル自治区、香港、台湾、米国へのサイバー攻撃、同盟国への経済的な強制行為に関する我々の深い懸念についても提議する。これらの行動はいずれも世界の安定に欠かせないルールに基づく秩序を脅かすものだ。単なる内政問題として片付けるのではなくこの場で提議する必要がある』」(日経新聞電子版2021年3月19日21:33「『民主主義を押しつけるな』 米中外交トップ冒頭要旨」)と難儀な一連の課題をストレートにテーブルにならべきったことは当面の主旋律を明らかにするという意味で評価したい。
一方の中国側は、内政干渉だと強く反駁したが、口調や態度は厳しいものの中身は嫌みの列挙に過ぎなかったといえる。今回は中国側が受け身であることが際立ったが、2017年に始まった通商交渉から米側の出方次第という構図に変わりはないということであろう。
◇ 二つは、それぞれの国内向けパフォーマンスとする解説はその通りであるが、焦点の一つは中国軍首脳部の反応であろう。中国共産党の指導下にある人民解放軍は外から勇ましくみえるだけでなく装備も近年飛躍的に向上している。また領域を限れば米軍を圧倒しつつある。
しかしである、子供が一人の家庭から戦死者をだすことは政治的にきわめて危険なことで、祖国防衛ならともかく侵攻作戦の成功率は低く長引けば厭戦を招き政治体制への反発も強まるであろう。
一年以内の短期であればなんとか乗り切れると思われるが長期化するとさすがに経済負担も大きく間違えれば国家崩壊のリスクもありうる。さらに経済的見返りのないどちらかといえば負担ばかりの侵攻作戦に人々の納得がえられるのかという現実問題が横たわっている。
たとえ専制国家であっても国民の支持がなければ長期にわたる軍事行動は困難であろう。まして現在の中国はポピュリズム政治の侵襲がみられ、国民生活に犠牲を強いる政治意志の貫徹がはたして可能なのか、選挙による国民からの信任なき政体の弱点があらわになることをもっとも避けたいのではないかと考えれば侵攻作戦は選択されない可能性は高い。やや文学趣味に傾いた表現になるが、母親の嘆きは国を動かすのではないかと思う。
つまり、一つの中国を実現するために統治上のリスクをおかしての突撃作戦は飛躍したいい方だが「民意が離れることで共産党体制に亀裂が」という事態をひきおこしかねない。もとより軍事衝突の確率はそれほど高くはないのでさらなる論はひかえるが、万が一にも偶発した場合は会戦経験量が効いてくる。米軍の経験量は群を抜いている。
という現実をふまえながら、ブリンケン長官の「『敵対しなければならないところは敵対的になるべきだと述べた』」(前出同紙)との発言を人民解放軍の首脳はどう聞いたであろうか。まあ知るよしもないが重要な点だと思う。
◇ 三つは、次回はないだろうと思う。なぜなら会談でも会議でもない、たまたま喫茶店で相席した場でのやりとりであったという理解がより正しいとすればこれっきりである。さらに米側がならべた課題は容易に手がつくようなものではないから簡単に答えはでない。答のでないやりとりは意味がないどころか逆に有害であるからやる必要はない。それだけのことである。
◇ 四つは、提議されたのは人権問題だけではない。本質は政治価値をめぐる安全保障問題であり覇権闘争である。バイデン政権がどこまで深く考え、どのぐらい胆を決めているのかわからないが、そういう問題になってしまった。「なってしまった」という過去完了形で表される認識が重要である。
そもそも二国間の経済問題であるのなら欧州の艦船がはるばる来たりはしないだろう。4カ国連携にイギリスが興味を示し、インド太平洋に領有地をもつ国も気にかけ、EUは新疆ウイグル問題を人権侵害と断じ制裁を発動している。波が寄せるようにまた暗黙のうちに政治価値をめぐる覇権闘争という文脈が形成されはじめている。もちろん簡単な話ではない。中国も硬軟あわせた対抗措置をこうじると思われるから模様眺めもふくめ状況は膠着するであろう。当面柔らかく膠着してもらえればそれはそれで安定的ではある。
むろんこの事態を誘引したのは習近平政権であり共産党体制だと少なくない国が確信している。あらためて議論をはじめようというのではない、確信しているのである。確信と核心には議論は不要であろう、だから確信と核心が壮絶なぶつかり合いをはじめようとしているのだ。今世紀に入ってから伏竜は昇竜と化し天空をわがもの顔でかけているが、どうも聞きたいように聞き見たいように見る癖があるようで、その傍若無人ぶりがいささか心配である。
◇ 五つは、異例の報道陣呼び戻し後のブリンケン米国務長官の発言に、「『(国務長官としての)最初の外遊先を日本と韓国にした。あなた方が説明したことと異なる状況をうかがっていると言わなければならない。中国による多くの行為に対する深い懸念も聞いており、それらについて議論する機会があるだろう』」(前出同紙)とある。さて日韓から聞きおよんでいることについて「議論する機会」を誰と誰がいつどこに設定するというのだろうか。また日本にその心づもりがあるのか、外してはならない一点である。
さらに発言にある「中国による多くの行為に対する深い懸念」とはなにか、親中であることを隠そうともしない韓国が具体的になにをいったのか、あるいは本当にいったのかなどあやしく機微にふれる発言ではないかと思う。
なにかしら事態が先行した感があることは否めない。とくに日米の外相が事前にどこまで話合っていたのか明らかにされていないので論評のしようがないが、すくなくともアラスカでの米中の応酬の結果として日米関係をさらに深化させざるをえないということであろう。すくなくとも中国の覇権主義が後退するまでは現実問題として日本に他の選択肢はないのではないか。賽はすでに投げられたのだ、重要であればあるほどいとも簡単にことは為されるのであって、こういう場合国民はいつも置いてきぼりなのである。
2+2でのやりとりと来月予定の管バイデン会談が注目される。いつも最重要事項が秘匿されるのが外交である。それにしても「戦略的忍耐」が「戦略なき忍耐」であったとするならば外交上の忍耐とは弱腰の敗北主義と再定義されるだろうから、予定されている日米首脳会談では積極的攻勢につながる政策が話し合われると予想できる。支持率を挽回するためにも管首相はバイデン大統領との意気投合感を安倍トランプと同じように演出しなければならないのだが、満面の笑みを引きだすための何かがこれから20年の日本の進路を規定するだろう。いつの間にか看板が変わっていたとしたら、しかし総選挙までは何事も明らかにされることはないだろう。
中国が嫌われる理由と好かれない理由
◇ 新型コロナウイルスがどこかから広がりパンデミックとなった。そのどこかとは中国の武漢ではないかと疑われている。にもかかわらず、否だからなのかパンデミックの起源を明らかにすることに中国政府は消極的というよりも否定的である。
そもそも感染対策での初動の失敗が招いた世界規模の惨禍ではないか。その責任から逃亡しようとしているのであれば、ぶざまとしかいいようがない。
ところが、強制的手法で感染封じ込めに成功するやいなや態度を一変させ、今では主要国で唯一の経済成長プラス国としてまたワクチン供与をちらつかながら影響力の拡大をはかるなどスーパー現実主義の実践にとんでもなく厚かましい国だとパンデミックの惨禍を受けた国々は心底苦々しく思っている。さらに恐懼(きょうく)して当然なのに何かにつけて恩きせがましくも傲慢な態度が多くの国の感情を逆なでにしているが、それにまったく気がつかないところがまことに中国らしいのである。この鈍感さこそが中華の本領であると思われるが、習氏共産党も歴代の王朝とおなじように中華思想の弊にむしばまれようとしているのではないか。
◇ 「国防動員法」(2010年7月1日)と「国家情報法」(2017年6月28日)は中国に災いを招きいれるだろう。内容もさることながら最悪なのは適用の恣意性である。法律を作れば法治国家になれるわけではない。本当に正しく適用されかつ執行されるのか。これが問題であって、法律がどんなに立派でも恣意的に適用あるいは執行されるがゆえに信用を失うのである。先ほどの二つの法律は内容にも問題があることにくわえ、いつどのように執行されるのか大いに不確実であるから中国に資本投下している海外の経営者にとっては近未来においてさえ予見性を欠くもので彼らの多くはいいようのない不安感を覚えているのではないか。
また地震よりも高い確率で有事を宣言されるかも知れない、そしてそれは不意打ちのように突然起こるのではないかと多くの経営者が思っている。さらに法の適用に当局の恣意性がことのほか反映されるならば経営者としての対応が難しく、後日責任問題につながるのではという経営リスクを抱えることになる。そんな事例が多い。となれば表向きはともかく静かなる撤退こそが最善策と考える経営者はふえていくと思われる。
この二法は国外で暮らす中国人にとってもそうとうに迷惑な話ではないか。拡大解釈をするなら中国国籍をもつかぎり本国のスパイとなるべしというものでわざわざ排斥の根拠を与えるようなものである。このセンスのなさは他に例を見ないものだ。
◇ 政治的にあるいは外交上なにか気に入らないことに遭遇すると韓国のロッテのように何らの落ち度もないのにとんでもないとばっちりを食らうのであるからノーマルな神経では務まらないではないか。さらに自然発生的に起こる、いやそう見せかけている不買運動の背後に先ほどの二つの法律の影をみる識者は多い。
だから今日的に4カ国連携やブリンケン長官の発言を真剣に受けとめるならば経営者として早急に予防的措置をとらなければおそらくものいう株主からの厳しい追及には耐えられないであろう。
まさに不確実性のリスクにどう対応していくのか、進出企業にとって最大の試練と思われるが、それ以上に中国政府当局にとって火の海を渡るような困難な事態がおこるであろう。もともと政経一体には無理があるのだ。資本主義経済に政治を持ちこんではいけない。中国に富と繁栄をもたらせた外国資本と経営に恩の代わりに鞭を、ねぎらいの代わりに毒草を飲ませるようなまねをしてはならない。それは中国の歴史に背くものであり消えることのない汚点を残し素晴らしい未来を傷つけることになる。
不安心理が経済の敵
◇ たしかに巨大な市場は大きな魅力ではあるがそれは平和な時代での評価軸であって、今日東方から暗雲が漂いくるなかでどんなことがあっても中国政府を信じると決心している海外の経営者あるいは投資家がどのくらいいるのか。
中国共産党はまだ資本主義のことを分かっていないのだろうか。経済においては戦う前に負けるケースがあるが、その原因は心の世界に生じる不安が起こすもので、それを軍事力で防ぐことはできない。
まさに不安心理こそ中国経済の弱点であり、それは「国防動員法」「国家情報法」でぐるぐる巻きにされた中国人民の不安心理を指しているのではなく、中国全域にしみこんでいる外国資本がいだく不安心理を指しているのである。外国資本が不安を感じたとき中国経済は揺れる。なぜなら資本は年のうち364日は臆病で、365日いつも神経質なので、早く安全地帯へ避難したいと願っている。
だから仕掛ける側にすれば外国資本が不安を感じるシーンをうまく演出できれば上々の出来であろう。筆者はサイバー攻撃については多くを知らない。しかし、中国は国家をあげてなにかと策を講じ実行してきたであろうし今後もそうするであろう。これと同じことなのである。民主国家の弱点と専制国家の弱点とは必ずしも対称ではなくむしろ相当に非対称であるから狙う対象と手口は自ずと違ったものになってくる。
じっくり時間をかけながら満ち潮のない引き潮だけの世界を感じさせ、また食虫花がじわじわと体液を吸い尽くすように技術が窃取されているといった風評を感じてもらえれば十分なのである。さらに、資本主義が育つ土壌ではないと資本家が思うだけで中国大陸が資本にとって不毛の荒野に変わりゆくのである。このストーリーの怖いところはずいぶんと時間がかかるところにあって時間がかかりすぎるから使えないのではなく時間がかかりすぎるからターゲットが気づき手を打つきっかけが分かりにくいところにある。
こういったことを証明する必要はない、裁判ではないマーケットの認知の問題なのである。認知には腐ったスープの一滴で十分なのである。資本は夜明け前に足音を立てずに消えていく。そして中国経済の成長は過去のものとなるだろう。
中国経済の脆弱性 不安心理に揺れ、有事に弱い
◇ といって資本の逃走を権力で阻止することは逆にリスクの存在を宣言するに等しくさらなる逃走を誘発することになる。これが戦わずして負けるという残念なシナリオなのである。今米国が仕掛けているゲームを勘違いしているのではないかとお節介にも心配しているのだが、まさか米国債をたたき売ればとか思っていないと良いのだが、問題は世界の市場がドルよりも元が欲しいと思わないということである。東シナ海あるいは南シナ海での緊張の高まりは資本の逃避を招き、確実に海上物流を圧迫する。かの国の脆弱性とはそういうことである。
◇ 中国の今日の繁栄あるいは経済的成功はグローバリゼーションの賜物である。だから中国の衰退あるいは失敗は国際的断絶によってもたらされると因果論を逆転させればそういえる。だからとりあえずプーチンロシアやイランなどとの反米同盟に幻惑されるのかも知れないがその道は出口のない迷路であって長い消耗戦に突入することになるだろう。ロシアにしてもイランにしてもまた他の反米国家がいくら束になっても米国ほどは気前よく中国からものを買ってはくれないだろう。
バイデン政権が経済問題から人権問題へ軸足を移したのは戦略的持久戦に移行させる意図があってのことで見方によってはひどい罠ともいえる。二国間の貿易問題に矮小化してしまうと同盟関係の再構築にはつながらない。とくに高率関税は国際的な批判も強いうえに自国内の経済秩序を毀損するリスクもあって長く続けることは難しい。米国といえども孤立化の道は衰退の道である。つまり二国間交渉には限界があることは早い段階から気づいていたのだろう、だからゲームをかえ、同盟関係の再構築すなわち合従(がっしょう)策に走っていると思われる。
しかしである、人権問題の出口は難しい。さらに安全保障は力の均衡点の模索であり、実際に押し合ってみなければ分からないもので、押し合いは緊張を生む。覇権国家を目指す中国としては本気で押し合ってみたいのかも知れないが、おそらく長い長い旅路となり米国もまたその同盟国も苦しむことは間違いないのだが、もっとも失うものが多いのはどちらなのか。
夢にこだわるな、現実を生きろ
◇ ひどい罠という意味は人権問題では妥協できない中国の硬直性を剥(む)きだし執拗に責めたてることにより漸進的な衰弱をはかるいいかえればリングから降ろさない戦術をベースに、さらに新疆ウイグルでの人権侵害の中心である宗教弾圧にスポットライトを当てて中国の敵を増やす意図がうかがえる。敵の敵が味方になるかどうかではなく、敵の敵が増えればこれは上首尾というものであろう。まあ泥沼作戦にはちがいない。
だからここでは簡単に「夢にこだわるな、現実を生きろ」という言葉を中国におくることしかできないのだ。
皇帝のメンツにこだわらなければ人民は鼓腹撃壌(こふくげきじょう)そして四海は泰平となるが、頂点に立つ皇帝のメンツがすべてなのが王朝の王朝たるゆえんであるから内心しびれるほどの不安を覚えるのである。
わが国の選択肢は少ない、日米同盟の深化を真剣に受けとめるべし
◇ さて、またかような妄想の闇に迷い込んだが、わが国の進路は日米同盟とともにある。とくに東アジアの安全保障は日米共同作業である。これは既定のことである。しかし、新疆ウイグルでの人権侵害への制裁には踏み切れない事情は天安門事件の時とさほど変わっていない。声はだすが手はださない、という路線であるがこれでいいのかという問題が残り、いろいろ事情があるからというわが国のいいわけが通用するのか疑問ではあるが、たしかにことは単純ではない。また人権と安全保障が完全にリンクしているわけでもない。
とはいってもミャンマーの軍政化が二重写しとなってわが国の姿勢が問われることになろう。日米同盟の使命は安全保障であるから、人権問題については米国は遠慮気味かも知れないが、欧州は違うストレートである。さらに人権問題での役割を日本には期待しないとはじめから員数外にされるのも正直いって悔しいではないか。
筆者としては、これは保守本流を標榜する政治家集団へは挑発として、他方親中的とみられているリベラル政党へは揶揄(やゆ)として投じるつもりでいるのだが、正直まともに受けとめていただけるのか心もとない。
ひるがえって国民の多数は日米安保を日米同盟と受けとめ、中国の領土的野心を警戒している。今日70年代の安保反対リベラル層は高齢化し年々活力を失いつつある。「現実問題として外交安保リアリズムをとる人が国民の多数を占めるため、安全保障でリベラル票を惹きつける戦略を維持する限りは、政権交代は難しいということである。」(『日本の分断』P52 三浦瑠麗著 文春新書)ということであろう。
ここで各政党の綱領などをならべ緒論点について比較検討したいのだが各党の熱量たるややかん一杯を沸するのに不足するほどの低調さで、これはどういうことか永田町にはスカスカの腑抜けしかいないのかと落首の一つも貼りつけてやろうと気持ちだけは高ぶるのだが実行するには少々歳を食ったようだ。
しかし忘れてならないのは4カ国連携の原点は価値観外交にあるのだから、誰なのかは横に置きいいだしっぺのわが国はここでモゴモゴとごまかすわけにはいくまい。
与野党ともに安全保障と民主主義に立脚した価値観外交を具体的にどう進めるのか方向性を明示するべきである。大上段に構えるのが無理であるなら中段があるではないか。すでに矢は放たれているのになにを躊躇しているのか、日米同盟は現実であり、民主体制の東アジアの橋頭堡でもある。決然としてたたなければ大切なものを失うぞ。中国の歴史は漢民族が中心で東夷北狄南蛮西戎との戦いであり融和であったと聞く。だからなのか、かの国の人は自意識過剰とコンプレックスが背中合わせになっている。であるからいろいろあっても媚びていかんのだ。畏敬とはいわないが多少の敬意(リスペクト)を持ちあう少なくとも軽侮などのない関係、これが基本であり平和共存の方程式である。
これは国民も同じで、国の矜持にかかわる問題である。
◇ジグザグと温む野道を蛇わたる
加藤敏幸
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