遅牛早牛

時事雑考「すりかえられた争点―選挙のてん末と時代おくれ感」

◇ 衆議院選挙がつねに政権選択につながっていることはまちがいない。が、今回(10月31日)の選挙がどのていど政権選択の色あいをもっていたのかについては「ほど遠い」ものであったというのが偽らざる実感である。

 実態からいえば、日をおうごとに自公連立・岸田政権にたいする信任投票の意味あいがつよめられたといえる。つまり菅前総理の突然の総裁選への不出馬表明は経過としてはドラマチックではあったが、結果からいえば「争点はずし」を意図したもので、アベ・スガ政治への国民の評価から逃げたことは明白であった。

 しかしこのことから「やはりうしろめたいのかな」と憶測するのは甘いのかもしれない、権力集団の本能は権力保持に特化している現実をふまえれば、すべては選挙において有利か不利かの判断にもとづいている。だからこれに美学とか倫理観をぶつけてみても詮ないことである。ここで筆者が残念であると言葉を修飾してみても、モリカケサクラ問題も広島の買収事案の資金疑惑も感染症対策あるいはオリパラ東京大会もさっさと俎上から降ろされ、現実はできたての素うどん(岸田政権)のお味はいかかがですかと問われることになってしまったのである。まだ食べてもいないのに味はどうかと聞かれても答えようがないので争点どころか焦点まで定まらず、そこはボケた感じの選挙になってしまった。つまり「争点はずし」は成功したのである。

◇ だから「政権選択選挙」などとこれまた有権者にすればボヤっとした明後日(あさって)のラジオ体操をどうしようかいった程度の緊迫感しか感じさせない抽象ボキャを連呼していたのでは盛り上がるわけがないといえる。

 与党とくに自民党が画策したのは疑似政権交代であり、気がつけば「やっぱ良くないところもあったよね」といつの間にかアベ・スガ政権を批判する側にちょこっと座り、「ところで心機一転、キシダでどうかしら、あんがいうまくやるかもよ」と腹がたつぐらい見事に問題のすりかえをおこなったのである。

 これは常套手段であった。手垢にまみれた昭和的手法の復活であるが、結果として国民がうけいれたということであろう。

 この構造における最大の問題点は、こうなると予想されたのに適切な対抗策をこうじることをおこたっていた立憲民主党のある種のだらしなさであり、「スガ体制のほうが戦いやすかったのに」といった状況から抜け出せなかった適応力の欠如であろう。

 当初の、スガ政権への信任選挙にしたいとの自民党の思惑への対抗であれば、批判構造として政権交代をぶつけることもある程度の説得力をもっていたと思われるが、相手が一歩さがって恭順の意をそえながら新機軸を打ちだしたのだから(こういったところが狡猾といえば狡猾なんだよね)、対抗上すくなくともアベ・スガ政権への批判を争点として残す工夫がひつようだったのではないか。そこをとばして、有権者にはなじみのうすい空想的政権交代をぶつけたのでは不発におわることは予想の範囲だったといえよう。

 

◇ 分配が大事とか新しい資本主義を考えるとかいいながら、普通に飾ったほどほど感にあふれる「キシダ政権」と、リアル感を欠いた準備不足もはなはだしい「エダノ政権」の争いの行先は火を見るよりもあきらかであった。有権者の判定はリスク回避にあったのではないか。また、本気で政権をねらう態勢にないのにいくら絶叫してもふりむく人は限られていたということであろう。

◇ だから、どうして政権交代の道すじをつけるとか、扉をひらくといった一歩下がった感じをださなかったのか。与党側の作戦の肝は恭順の意をそえるところにあったのだから、その作戦に対抗するには野党側にも謙虚な気持ちがひつようであり、それがみえれば自民党支持者のなかにもお灸をすえたほうがいいと思っている有権者が少なからずいることから、安心してお灸票をいれてもらえた可能性が高かったと思う。たとえ取らぬ狸の皮算用といわれても立憲民主党としては悔いののこるところであろう。

◇ くどいようだがここが肝腎なのでくりかえす。高い目標(政権交代)を口にすることを非難しているのではない。アベ・スガ政権への批判の場を半分でも残すひつようがあるなかで、もろに政権交代を争点にしたことは「野党の側からの争点の転移」を意味するだけにおわらず、それは与党の「争点ずらし」をさらに助長し正当化することになったのではないか、という指摘である。

 この指摘は、140から150の結果がのこればなんら問題にはならないことであっても、100を切ったのでは副反応がきつくでることにつながるもので、まして夢にも思わなかったといった発言は、現実を把握する参謀機能に問題があると思われるだけにとどまらず同党の政権奪取への本気度を疑いうる余地をのこすもので支援者においても議論を誘発するおそれがあると思われる。

 みずから火をつけ消火にしくじったのではないか。ふつうにもう少し低めの球を投げておればもっと政権批判票を手にできたのに、まあ肩に力が入りすぎての暴投の感じがする。

◇ 選挙の結果は峻厳である。自民党も立憲民主党もともに議席減であったが、評価をいえば単独安定過半数を確保したことから岸田政権が信任されたことは疑いようがない。これが自民党減、立憲民主党増であれば議席に示された民意をもって政権批判のとりかかりができたかもしれないが、この結果では岸田政権信任、枝野連立政権否定、日本共産党との選挙協力も否定といった発信が民意の名のもとウェブ空間を飛びかうことになりかねない。

 ところで野党が国会において政権を批判するのはあたりまえのことである。そのことを批判がましく指摘する向きがあるが、余計なことといえる。すべての国民が政権の考えに賛同しているわけではない。問いただすべきだという人がいるかぎり、またそう信じるなら厳しく問いただすべきである。どんどんやればいいのであるが、問題はそのような問いただしのなかで「あるべき政治のかたち」を人びとに示していくことができるかどうかであろう。大臣を辞任に追いこむことが究極の目的ではない。もちろん追求ごとではあるが、その追求のなかに自らの政治を表現できなければ支援の輪はなかなか広がらないであろう。

 立憲民主党の場合は、アクティブな支援者の好みが反映されているのかどうかよくわからないが、追求のための追求に堕しているようにみえる。支持を拡大させる方策という側面も大切にしたほうがいいのではないか。なにか鋭さをもって一流とする作風が党勢の拡大を邪魔しているような気がする。現有の支援の輪だけでは力不足であるから、それを何倍にも広げるための国会質疑が求められている。それが「追求ばかりではないか」とのそしりを受けるようでは、申しわけないが素人芸といわざるをえない。本来の資質は高いのになまじ論客などとメディアからもちあげられるものだから「われを忘れている」のだろうか。

 政権交代のためには静かに橋頭保を築いていく策謀もひつようである。また事を成すには遠望と些事の両刀遣いでなければならない。

◇ ところで選挙結果をうけ、枝野幸男代表が11月10日に辞任することになった。辞任してよくなるとはとうてい思えないのに、どこでボタンのかけちがいがおこったのか、もともと幹事長と選対委員長の辞任ですむていどの話だと思っていたから、外してしまった。そとからはうかがい知れない事情がいろいろとあるのだろうか。

◇ 首班指名では「枝野幸男」と記された札が何枚でてくるのか、寂しい光景になると思うが意気消沈することもなかろう。というのは96議席は「まずまず」の結果ではないかとうけとめているからである。そこで思いだしてほしいのは最悪50から60になるのではという強迫観念にさいなまれた日々を、また昨年9月の強引としかいいようのない立憲民主党と国民民主党の合流もすべては強迫観念のなせる業(わざ)ではなかったのか。と考えれば現在の立憲民主党の政治姿勢あるいは政策にくわえ人気の程度でいえば衆議院で100議席ちかい勢力を温存できたことは僥倖といってもいいのではないかと思う。まあ僥倖とはずいぶん皮肉ないいぶりだと筆者自身も思うが、もろ手をあげて賛同はできない政党にたいし昔のよしみで苦言を呈しているのである。だから96という結果が、代表が辞任しなければならないほどの敗北であるとどうしていえるのか、ここのロジックが重要で、枝野代表のどこに瑕疵があったのか国民にきちんと説明すべきである。

 共産党と組んだことがわるかったのなら小選挙区での57の勝利のうちいくつかは返上しなければならないではないか。比例での獲得議席が少ないのは全議員の共同責任ではないか。どのアンケート調査をみても政党支持率が野党第一党とは思えないほどの低さで、この低さは代表だけの責任とはいえないではないか。国会対策もふくめ議員全員の責任だと思う。

 かくすればかくなるものとわかったうえでの選挙協力なんだから、思いのほか不首尾であったからといっていきなり代表辞任となるのは全くいただけない。まあ、あえていえば足し算は得意だが引き算はからっきし苦手であったところから読みとばしが生じたともいえるので、今後をいえばまずは引き算から始めるべしということか。

 しかし本当にダメだね、ここは辞任を止めなければ立憲民主党の明日が見えなくなる。数人が代表選への意欲をみせていると聞くが、力で倒さないかぎり世代交代とはいえない。まして新陳代謝など立憲民主党にはまだまだ贅沢品であって、そういうことは期待にこたえてからの話だと思う。

 「表紙を変えても内容は変わらない」のがふつうであると思うが、どうなるのかここは代表選をみまもるしかないだろう。

 

◇ 直言すれば、代表をおりるならすくなくとも党籍をはなれ無所属になるぐらいの覚悟でやるべきである。そうしないと立憲民主党は院政の党になってしまい、政権をになう国民政党にむけて脱皮できなくなると思うからで、院政をやるくらいなら自分でやれと国民はいうであろう。一時の遁走をみのがすほど世間は甘くはない。

 そもそも立憲民主党は結党伝説をもつ稀有な党である。それは2017年の小池政変ともいうべき希望の党設立時に「排除」された民進党左派に救命ボートを枝野幸男氏が用意したことからはじまる建国神話であって、そしてこの神話こそがこの党のすべてなのである。

 だから同党のヒエラルヒーは始祖のもとに駆けつけた順番と始祖との心的距離から構成されているというのが筆者の見解である。代表を辞任してもこの権力構造はかわらないであろう。これは宿命にちかいものでほとんどのばあいかえられない。かえるためには第二の創業をおこなうしかないのであるが、その好機であった昨年9月の合流を新機軸とすることができなかった。多くの人は枝野立憲民主党が、玉木雄一郎氏が手ばなした(旧)国民民主党を併合したとうけとめているのではないか。どんなに手続きをつくしてもラベルがかわらなければ新製品とは思われないのである。であるから代表辞任は問題解決にはつながらないと思う。

 

◇ さて、いつのころからか最低でも140から150議席、ばあいによっては200にとどくのではないか、そうなると衆院第一党も夢ではないという幻想にひたっていたのであろうか。もちろんそのことを非難するつもりはない。そういう白日夢もなければやっていられないと思う、と同時に各種調査間にはおおきなバラつきがあり実態を把握するのがむつかしかったともいえる。しかし今回の選挙の主役は何回も指摘したとおり「感染状況」であって、内閣支持率はワクチン接種率に正相関、感染者数に逆相関しており、不支持のピークはおおむね7、8月であったと思われる。だからもし7月に総選挙がおこなわれていたなら政権交代が実現した可能性は高かったと思う。結果的に自民党はオリンピックに救われたといえる。

 また感染症も劇的に鎮静化し、かねていわれていたとおり「総選挙の時期は10月以降遅いほうがいい」という戦術占いが的中したともいえる。

 といった急速に潮目が変わる来島海峡のような場面設定にあって、96はサバイバルラインギリギリともいえるのだから、左派政党としては善戦したと思う。

◇ 同様に、日本共産党も2議席減だからよくふみとどまったと思う。中国共産党のマイナスイメージが容易に投影されやすい状況はかつてない危機をもたらせていると考えられる。さらに選挙期間中において中国共産党と日本共産党の違いをいちいち説明する時間はないのであって、説明せずに似て非なるものと有権者に思ってもらうには、立憲民主党を中心とした野党選挙協力体制の枠におさまり「連合政権」とさけぶことが必須であったとも解釈できる。献身的ともいえる候補者調整は参加のためのコストであり、候補者調整による比例票の減少も、日本のために働く政党であるとの証になるのであれば十分許容できるものといえよう。そういう意味ではよく考えられた戦術であったと思う。つまり政党サバイバルとしては十分成功しているのではないかしら。

 しかし問題は来夏の参議院選挙そして2025年の参議院選挙(同時選挙の可能性もあり)であろう。まして大阪・関西万博期間中の選挙ともなればどんな野党選挙協力がありうるのか、日本共産党にとってはとうぶんの間サバイバル選挙がつづくと思われる。

◇ 今回の選挙は一面においては政権交代の大波を生む可能性を、他面においては左派政党(左翼としないのはまだ判然としないところがあるから)の排除を生む可能性をふくんでいたと考えられる。いずれにしても危険な要素をもっていたと思うが、この時期この状況での政権交代がなにをもたらすのか、準備不足がありありとみえるなかで、あえて国民のリスクをたかめることは避けるべきであったというのが筆者の考えである。

◇ 日本維新の会は大躍進であった。この党には他の野党が学ぶべきところがあるのかもしれない。残念ながら具体をしめすことができないのは筆者の勉強不足のせいで、容赦願いたい。

 そこで、まさにローカル政党ではあるがローカルにおわらない要素があるという点であるが、とくに吉村大阪府知事が感染症対策に腐心しながらメディア露出をつよめ、知事としての役割に政党の執行力をにじませながらアッピールしてきたことが所属政党への支持をひろげたと思う。国政野党がとかく批判のための批判に傾きがちななかで、日本維新の会が大阪府政と市政をとおして政党としての存在証明をはたしたこと、なかんずく「批判だけ」との批判を回避する方途を示したことは評価できるのではないか。他の野党においてただちにマネはできないと思われるが、投票動機には政治姿勢や政策以外に執行能力への信頼があることを考えれば、今後の政党のありかたを検討するうえでおおいに参考になるのではないか、と思う。

 とはいいつつ、今回の議席増の少なくない部分は自公政権批判の受け皿効果によるものと思われる。ここは立憲民主党の戦略ミスによるもので次回はどうなるかわからない。ということで政権との距離感が微妙に変わる可能性もありうる。政権にたいし是々非々であるところに中道性があるといっても、基本が自民党岸田派よりも右であるということであれば有権者の判断も違ってくるかもしれない。

◇ 国民民主党は3議席増でとりあえず消滅の危機をのりこえたといえる。昨年の春には支援団体の連合本部からも厳しい指摘を受けていたことを思えば一時の小康をえたのかもしれない。また立憲民主党からの激しいきりくずしを耐え抜いての議席増なので感慨もひとしおであろう。

 しかし自公政権批判の受け皿としては一番手でなければならないと思うのだが、維新の後塵を拝するようではまことに情けない、網を張らねば魚はとれないのであって、魚影のおおきさからいえば網が少なすぎたといえる。あと10ヶ所ぐらいは小選挙区に候補者をたててもよかったのではないか。もちろん厳しい野党内の圧力があったと思うが、みすみす批判票を取りのがしたのだから立憲民主党あるいは日本共産党としてもおおきく考えれば損失といえるのではないか。このあたりの駆け引きはよくわからない。とくに立憲民主党とのあいだには近親憎悪ともいえる悪感情の存在がうかがえることから両党が融和することには悲観的にならざるをえない、残念なことである。

◇ 良くない関係だと思われている立憲民主党と国民民主党の存在は両党の支援組織である連合を悩ませているのではないか。1989年の連合発足時の支持政党は日本社会党と民社党の2党体制であったから、もとに戻ったといえばそうではあるが実態ははるかに悪化しているといえる。とくに連合の調整が空まわりの感じが強く、ここ3年同じような調整と同じような見解が幾度も連合から発せられている。本来支援組織の意向は尊重されるはずなのに、それが幾度もとなると空まわりあるいは軽んじられていると思うしかないではないか。そういう意味では枝野立憲民主党の自立性が高いということで喜ばしいことではあるが、喜んでばかりという雰囲気にはないようである。

 来年夏の参議院選挙がおそらく最後のチャンスになると思われることから、ながらく世話になった労働組合組織にたいし議員ごとにさまざまな思いがあるのであればと何かしら言葉がでそうであるが、覆水をかえす技をもちあわせる者はいないようである。

◇ 来年には感染症が収束するのか、あるいは治療法の確立によりその脅威がうすれるのか、流れは明るいほうに向かっていると思う。となれば世界の関心は気候変動にむかうであろう。気候変動対策わけても脱炭素社会の模索がおおきく取りあげられると思われる。

 と思いながら、今回の総選挙はどういった選挙であったのか、反芻すればするほど「時代おくれ」を感じてしまうのである。私的には何十年も同じ手法で、同じアルゴリズムで選挙をこなしているような、タイムマシンに閉じこめられたような感じがしてならない。それのどこが悪いのかただちに整理ができないところがもどかしいのである。たしかに進歩史観にも限界があり、脱炭素社会を展望すれば時代の巻き戻しもひつようになるかもしれないから、おくれることの優位性を否定することもなかろう。とはいっても今の「選挙」の現実は化石的すぎるのではないかと思いつつ、次は参議院選挙である。何かしらの前進を考えなければならない。

◇ 早や冬至カモにアオサギ夙川に

加藤敏幸