遅牛早牛
時事寸評「2025年2月の政局②-トランプ政権疾走する-」
1.トランプ政権のスタートダッシュがすさまじい
もはや日常を超えてトランプがあふれている。溺れてしまいそうなので、電源を切るか、スキップすることにしている。いつまでも「気をひく言いまわし(アテンション・バイト)」に構ってはいられない。発信のほとんどが週間要約で間にあうので、慌てることはないのだ。また、伝えられている発言のすべてがわが国に関係するとも思えない、つまり捨て札も多いのでひと月後の残存率はあまり高くない。それに、いよいよ国内メディアのオオタニ・ラッシュが始まるのでトランプ、オオタニ、トランプと連呼されるのもうざいと思われるので、おそらくトランプ色の方が薄められるだろう。といったことを言うのは隠居の気楽さゆえで、現役にしてみればほぼ恐懼にちかい心持ちであろう。
とくに関税の話は、そもそもが交渉(ディール)の手段なのであるから、あたふたするよりも個々の政策目的(真意)を見きわめる方が先というべきだが、当座の営業や為替あるいは株式市場への影響を考えればどうしても神経質にならざるをえないと思うし、そういった立場の人びとが多いのも確かなことである。
ところで、米国がもともと豊かな資源国でありながら貿易赤字が膨張しているのは、国内消費が過大なのか国内生産が縮小しているかのいずれか、もしくは両方なのであろう。それにしても国内の供給力増強の担保なしに関税強化を先行させることは、経済政策としては自傷行為をこえる破壊性を持つと思われる。したがって、たとえばインフレ対策などには入念な準備が必要となるから即戦的な実行は困難と思われる。ということが広く知れわたれば交渉手段としての関税云々策は急速に徐力化すると思われる。
さらに、輸入制限を目的とする関税政策によって国内生産の回復・増進が可能なのかについては、資本と技術の調達を重要視する立場からいえば時間軸もふくめて否定的にならざるをえない。それは超大国の米国においても例外ではない。
くわえて、トランプ氏がどんなに否定しても気候変動については、経営者や投資家はそれを無視するどころか積極的に受けいれていく方向にあり、米国においてはしばらく足踏みをするにせよ、またEU主導に陰りがでてくるにせよ大きく流れが変わることはないと思われる。つまり、投資家の判断や脱CO2への対応において、新規の生産拠点を環境政策が大きくスイングする米国内に建設することが魅力的なのかどうか、またファイナンス可能なのか、などなど入念な検討を重ねているうちに中間選挙をむかえることになる。投資家はトランプ流の持続可能性については世論調査などをベースにかなり疑問をもっているといわれている。今のところ意欲的な計画を交易国に考えさせるのが政策としてはピークであったと過去形で語られる可能性がたかいということであろう。
2.関税により輸入品の価格が上がっても国内が生産増になるのか疑問である、むしろ値上げに走るのではないか
ところで、産業の基礎資材である鉄鋼・アルミ製品に25パーセントもの関税をかけたとしても、必要な製品はかならず輸入せざるをえないことから、その関税分をどうやって回収するのかという難題から逃れることはできない。仮に米国内の価格調整(値上げ)がうまくいき輸入品の価格が大幅に上がったとしても、その結果輸入減から国内増産という経路をたどるのかといえば、そんな面倒なことはパスして、当座は国内産も抜け目なく値上げにはしる可能性の方がたかいと思われる。企業の論理は値上げが先で投資は後であろう。
そこで、「関税が嫌なら米国に工場を建てろ」という理屈に追随するのは日本の政府や企業ぐらいで、各国とも国内事情があってトランプ流になびくことの方が今日的にはむしろ政治リスクを高めるといえるかもしれない。いいかえれば、いつ始まりいつ終わるかがよく分からないトランプ関税を前提にして、国内工場を閉鎖しそれを米国に移すことが自国民に歓迎されると考える政治家はいないということである。
また米国内においても、トランプ関税を信じてさまざまなリスクをかかえる新規投資にふみきるよりも、てっとり早い値上げによって莫大な利益をえることのほうが、企業にとっては合理的といえる。それによって株主には高配当を、経営者には高報酬が、さらに労働者には賃上げが保証されるのであれば見かけ上は大成功といえる。しかし、物価が上がり格差が拡大するという副作用からは逃れられない。とくに所得の低い人びとにとってはたいへんな迷惑といえるし、インフレ時の選挙は大いに荒れると思われる。
ともかく、専門家界隈ではほぼ分析済みのことなので強い政治性がないかぎり経済政策としては採用されることにはならない。あくまでポーズあるいはディールの手の内におさまる、否おさめるべきものといえる。
もちろん、事の弾みとか成り行きで混乱が生じ、結果的に一年分ぐらいの損失をこうむる企業や国、地域がでてくる可能性が残ることについては大いに警戒すべきであろう。これらは危機管理の課題といえるかもしれない。
3.国内の分配問題に目をつむり、輸入価格の引き上げを狙うのは反消費者的
さて、富裕層にとっては「政治が金を生む」ことに変わりがないということであり、そういった直截なシーンの出現がトランプ離れをおこすという見方はあたらないというか、すでに分断状況は与件であるからむしろ支持の固定化にむかうという、政治家にとっては信じられないぐらいおいしい時代が始まっているといったほうがいいと思う。つまり分断状況にあるからこそ政策が迎合化し金がばらまかれていくという意味で「政治が金を生み」、その結果として富裕層の富がますます積みあがっていくのであるから、内外からどんなに非難や批判を受けようが「アメリカ・ファースト」、「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(MAGA)」を変える議論にはならないと思われる。
ということで、政府機関や政府支出の見直しというゼロベースからの現金化を、「国民の金をとりもどす」という定式化した大義で飾りたて、現代の錬金術師ではない改革請負人としてイーロン・マスク氏を抜擢したのであろう。「政治が金を生む」ことのポジティブな解釈はそれでいいとして、他方ではネガティブな解釈が生じるのもあたりまえといえる。
あたりまえのことは気にすることはない、無いも同然なのだからということなのか、正当に選ばれた大統領としては国民への配当に勤しんでさえいれば義務をはたしていることになるのであろう。ウクライナ戦費の回収もふくめて前大統領とは次元の違う活躍が期待されている、と信じて疑わないところが際立っているトランプ氏はとても強い大統領なのであるというのが支持層の評価であろう。
しかし、そもそも分配に問題があるということは、路線を現状の延長線上におくかぎり本質はなにも変えられないということであり、それは一部の人びとを今まで通り豊かにすることができても、多くの国民をそろって豊かにすることはできないということであるから、結局のところ選挙の約束を果たすことが難しくなっているのであろう。という現実にぶつかり窮余の策として、友好国もふくめ海外から雇用をとりもどす以外に手はないということであろうか。そのあたりの機序はよくは分からないが、とりあえず黄金の手段として浮かびあがったのが関税なのであろう。しかし、これはどう考えても虫がよすぎるというか、関税一本足打法では力不足であり副作用が酷いので、むしろ為替介入(ドル高是正?)のほうに目がいくのではないか、という意見もある。
そういえばドル安を目指した1985年のプラザ合意を思いだすが、ここ何年間にわたって米国への輸出でため込まれた「ドル資産」を大幅に減価するドル安作戦もありうるが簡単なことではない。ともかく選挙期間中にアッピールしすぎたせいで関税については持て余し気味のようだが、いくつかの対象国を残してうまく手じまいをすることになるのではないかというのが当面の結論である。
考えてみればトランプ流とは半分が呪術のような世界であるから、どうしても専門的な議論は回避され、でてくるのは期待と希望のカクテルだけとなるから深酔いするのであろう。それでも正気に戻ったメンバーからたまに指摘される不都合に対しては「それはフェイクである」といい切るのが呪術の世界の約束事になっていると思われる。
4.重商主義かつ保護主義かつ帝国主義的で友達がいなくなるかも
つづけて、関税政策に執着することの時代錯誤感であるが、利益追求の自由と共存共栄の精神を軸として作りあげられた国際的な市場型経済体制において、重商主義というか帝国主義的な外交は早晩いきづまると思われる。
また、利益追求においては最大限の自由が保証されている米国社会あるいは経済において、経済的劣位におかれている労働者の復権をはかるには一次分配あるいは二次分配における政府や議会の統制力を回復(強化)すること以外に何かしらのうまい方法があるとはとうてい思えないのであるが、そういった分配問題には目をつむり、ひたすら交易国を威圧し力にもとづく関税政策によって国内問題の解決をはかるのは国家利己(保護)主義の極みともいうべきであり、歴史にのこる下策といえる。
ここまでの文脈については多くの国や地域が賛同すると思われる。ともかく、今日唯一の超大国が力によって交易条件を変更しようとしているところに問題の本質があるといえるし、さらにやればできるはずという無自覚の思いこみが地球規模の災厄の種になるのである。
5.トランプ、習、プーチン3氏に共通するものは何か
さて、トランプ、習、プーチンの三氏には力への信奉という共通する政治スタイルがあり、その淵源には民主的権力基盤への蔑視と強力な核兵器の保有が横たわっているように思える。実に受けいれがたいことではあるが、これも現実である。すでに歴史はひと回りして再び核を中心とした力の時代、核による均衡の時代にまいもどっているのではないか、少なくとも三氏の立ち居振る舞いからそのような佇(たたず)まいを感じるのである。
今では、質量ともに地上生命に対して破滅的な核兵器を有する三氏が右といえば他の諸国もそういわなければならないという国家間における力の支配という専制主義が常態化しつつあるということであろう。
三氏の中では習氏の核戦力が劣位にあることは否定できない。まあ時間の問題ではあるが、非保有国としては複雑な気分であって、中国の保有水準が二国に並ぶことに対し一定の見解を準備しなければならないのであるが、このまま放置しておくと均衡水準まで中国の核装備が増強されることは間違いないと思われる。
そんなに核兵器を抱えこんでどうするの、逆に危険ではないかというのが非保有国の感想であるが、核抑止への依存が今日の基本原理であって、核による順位付けこそが力の序列なのである。これは良い悪いではなく現実そのものなのであるから、気にいらなければ世界の各所において同時多発的に核開発にとりくめばいいとはいえないが、結局のところ北朝鮮の対応が手本であると勘違いする国が多数でてくるかもしれないという文脈において核保有国とりわけ米ロの対応が問われるということであろう。
余談ではあるが、プーチン氏が歴史に名をのこすとすれば、核拡散防止(NPT)体制の大義を踏みにじった点、つまり核軍縮につとめるから核保有が許されているという現実的にはほとんど詭弁に近いが、そういうギリギリの保有国としての責務をロシアは婉曲ではあったが非保有国に核を使用するかもしれないと核を恫喝の道具として使ったことは国際的には大罪というべきで、これをもって非保有国に対する頸木(くびき)は消失したと解する国が出現すると思われる。まことに危なっかしい時代となったといえる。
6.スーパーパワーがスーパーパワーがでなくなる日
飛躍するが、米国においても戦後体制は遠い過去なのであろう。さらにいえば歴史としてもあまり継承されていないというか、歴史そのものの概念がないようにも思われる。そもそも超大国が崩れていくのはそのパワーに原因があるというか、分かりやすくいえば使い過ぎなのである。もっとも、各国に裨益する使い方であればパワーの温存は可能であるが利己的に使いつづけると大いに損耗するのである。パワーは影響される側がその影響を受容することで成立する概念であるから、パワーという樹木は影響される側に植わっているといえる。つまり影響を与える側には自生していないのであるから、総スカンを食らった瞬間からスーパーパワーはスーパーパワーではなくなるのである。米国の影響力は実存する国家としての総合力に依拠しているが、それでも諸国の認知なしに影響力を行使することはできないのである。
影響力を拒んでいる国は北朝鮮をはじめいくつか存在するが、「もうええ加減にしろ」といって目を背け耳をおさえる国が増えれば米国といえども影響力の効果的な行使は難しくなる。つまり、影響力には空回り、上滑りということがあり、また一度失われた影響力は簡単には回復しないといわれている。おそらく世界大戦といった悲惨な出来事をくぐらなければ元にはもどらないということであろうか。
という国際政治の原理原則を痛切に感じる立場にない国が核保有三か国とりわけ米ロなのであり、必然的に鈍感なのである。いいかえれば、原理原則から逸脱しているという自覚の欠如がロシアをしてウクライナへの侵略を、中国をして周辺海域での覇権拡大を、そして米国をして国際機関や交易国への威圧を、易々とやってのけられるということなのであろう。
自覚の欠如すなわち無自覚であるから易々とやれるというのはある意味便利ではあるが、どう考えても反知性的である。つまり、ここでは無自覚と反知性とが共存しているのであるから、まことにやっかいな事態であると受けとめる国や地域も多いのではないか。
そこで、威圧的な交渉による関税引きあげに対しては、対抗措置として報復関税を考えるべきであろう。中国における秦時代の合従連衡策に似た議論であるが、反関税連携というわけにはいかないとしても、同種同様の対抗策の採用が連衡的状況をうみだす効果を見くびってはならない。トランプ流の真骨頂は威圧をふくむ二国間交渉であり、それは戦術としては歴史的な裏付けがあるといえる。反面、同時多方面との交渉は苦手ともいえるわけで、関税の扱いについては理不尽な面もあるのでその限りにおいては対抗措置をとるべきであろう。二国間交渉ではロープ際でのクリンチでゴングを待つのが良策かもしれない。
この二国間交渉方式は当面の数か国との交渉はともかく、順列的に多くの国を相手に展開しはじめると、自ずから矛盾が現れるもので、さすがの米国の組織力をもってしても系統だって進めることが難しくなると思われる。さらに、根底の動機が何であるのか政治的、経済的あるいは地政学的要因にくわえて心理的すなわちパーソナルな要因にも注目すべきであろう。種を明かせば意外なほどの単純さに衆人がおどろくところに手品の醍醐味があるのと同じ仕組みのように思われる。
7.濡れ手で粟なのに、どうして壊すのか?
さて、国際的な金融システムにおいてはとりわけ米国ドルが基軸通貨であることから、悪しざまにいえば濡れ手で粟ともいえる利益を手にしている米国が、国内政治の矛盾の矛先を貿易赤字先にむけて何を解決しようとしているのか、需要があるから供給(輸入)が生じると考えている人びとにすれば容易に理解できるものではないであろう。そうでなくとも世界の富の過半を収容(収奪といいたいが)しているのに、さらに貿易赤字を威圧により縮小させて、その利益化をはかるというのは強欲というよりも深刻な思慮の欠落というべきかもしれない。
まとめれば、現行システムにおける最大の受益者がシステムの部分破壊に血道をあげているという現状を、最大の対抗国と見做されている某国がほくそ笑んで見ていることは間違いないであろう。まさか陽動作戦の一環として、中国だけに関税強化策をとっているのではないというアリバイ工作のつもりかもしれないが、策を弄することが味方の足並みを乱すことになることには注意が必要であろう。
長かった大統領選挙期間中のさまざまな公約的発言の回収作業なのかもしれないとも思うが、とくに友好国や同盟国の人びとから見れば奇妙な政策と受けとめられることが先々の障害になるリスクとか、さらにトランプ氏の意識下には「経済恐慌」とはいわないが適度な規模の「経済不調」を望む気持ちが多少なりともあるのではないかとか、かなり大きな疑心暗鬼が歩きだすかもしれない。当座はどうってことはないが緊張が高まった時には不協和音を生むかもしれない。
たとえば、移民と薬物(フェンタニル等)の流入が気にいらないからといってカナダとメキシコに25パーセントの関税をかける方向との報道が盛んに注目されていたが、両国とも国境における人流・物流での管理強化でとりあえず凌ぐつもりのようだ。それで目的が達せられるのであれば「早くやればよかったのに」という、なんと簡単なことであったのかと嘆息せざるをえないし、関税は端から関係なかったのではないかとあらためて思わせられるのである。なるほど関税で本気度を示さなければ改善されないというディール主義にも一面の真理があるということで、何かのお試しだったのであろうか。
というように、関税をてこにした交渉というトランプ流の問題提起(外題)は本当のところ何を目的にしているのかが時折分からなくなるのである。それというのも筆者がボーっとしているせいなんだろうが、ことの因果関係が不明な点がトランプ流の最大の特徴といえる。
さらに、イーロン・マスク氏による「タックス・イーター退治」も時節柄の見直し運動という意味では有益と思われるが、対外援助という地球規模での富の再配分機能をつうじてうまく手にしていた友好的風評をいってみれば児戯的に捨て去ることの意味が分からないと普通にそう思うのであるが、先ほど述べた米国が手にしているシステム益(幹事会社とか元請けあるいは家元など制度上の優位性から発生する利益)はあって当たり前のものではなく、参加国の受容があってはじめて正当化されるものであるから、トランプ流をつづけていけば濡れ手で粟のシステム益も漸減していくと思われる。もちろん、第二次世界大戦後につくられた国連からして耐用末期といえるから、他の制度や機構も同様であろう。
8.ウクライナとガザ地区の和平のゆくえ-問われるトランプ政権2.0の真価-
さて、ウクライナとガザ地区の和平はどうなるのか、トランプ2.0の真価が問われている。ウクライナ停戦にむけた米ロの高官交渉が始まっている。米ロ中心という形式への非難を皮切りに山津波のような批判がおしよせるであろうが、トランプ流だからこそ事態が動きはじめたことは紛れもない事実である。もちろん経過と仕上がりによって評価が違ってくるのは否めない。もっとも他国の評価などは歯牙にもかけない人たちだから、そのあたりは普通の物差しで測るわけにはいかないだろう。
そこであえていえば、紛争当事国の人びとに停戦について実現の可能性を嗅がせながら、瞬時でもその気にさせたことは従来には考えられなかった状況をつくりだしたという点においてポジティブに受けとめるべきであろう。
もちろん、出口への困難な道筋は識者の指摘のとおりであるし、また戦場につながる人々には正義の実現こそが正義であるとの主張があることも理解できるが、一般論としては砲弾やドローンの飛ばない空に勝るものはないのだから、ロシアあるいはプーチン氏をその気にさせつつあるのはトランプ流の成果といえる。ただし、老練な国際機関のエージェントや政治学者の意見はさまざまであり、なかには米ロによるウクライナ処分という厳しい指摘も見うけられる。論は山のようにあるが停戦への道は深く険しい。
9.停戦交渉の場でプーチン氏を罰することは難しくなった
さて、プーチン氏が起こした侵略戦争であるというスタートラインに立てば停戦過程のどこかでプーチン氏を罰しなければならないが、現状ではそれは困難である。また、停戦にはプーチン氏がひつようであるから罰することはできない。これはジレンマである。ということで、スタートラインを大幅に書きかえ(というより捏造)なければならないことになる。つまり、停戦を実現するにはプーチン氏以外に責任の所在(悪者)をつくる必要があるというとんでもない動機をベースにしながら、もう一方のゼレンスキー氏をプーチン氏の身代わりに据えるという被害者が加害者であったという冥府からの使者でさえ思いつかない天地大逆転の策謀が始まろうとしている。大統領がつく嘘は嘘ではない、それこそが真実なのであり、真実は大統領の3インチの口から創造されるものである。とまではいわないと思うが、しかし冷静にいえばロシア国内の状況はそれに近いもので、EU的感覚でいえば実に信じがたく馬鹿げているのであるが、残念ながらその馬鹿げていることを1ミリたりともEUは動かせなかったのである。
というロシアの人びとの認識とウクライナの人びとの認識にくわえて欧州域の人びとの認識の三者ギャップをどうするのか。くわえて譲ることのできない二人の指導者と二つの国をとりあえず停戦まで引っ張りつづけるには、正義は重すぎると考えたのであろう。だから、ウクライナの被害者性を加害者側へとじわりと動かしているのではなかろうか。ウクライナがいつまでも被害者でありつづけるなら、交渉テーブルは成立しないということでトランプ氏の努力は日の目を見ないことになるので、誰が考えたのかは不明ではあるが、停戦から大統領選挙へそして条約締結という手順には正義の二文字をわざと欠落させたのであろう。
こういった設定は欧州にとっては噴飯ものであり、とうてい受けいれられないことと思うが、筆者としては理解の範ちゅうの端にあると思っている。
やはり、これ以上の死傷者あるいは犠牲をいかにして止めるかという視点でいえば、勝っていると思っているプーチン氏と戦いつづけられると思っているゼレンスキー氏の認識の変容が必要であるという情況判断は正しいといえる。しかし、認識の変容こそが人間にとって、組織にとって、国にとってきわめて難しいのである。つまり、困難といえる。
10.民主主義国の兵器製造能力は危機的?厳しい継戦能力の実態
さて停戦を考えるにあたり、一口飲めば二口目を欲するのが平和の味であるから、大衆心理的にも後退りができない何かが必要なのである。
というところまで議論がきているのに、侵略者プーチンを罰することなしに出口はないというのであれば、そう主張する者として何ができるのかを自問すべきであろう。問題の切り分けがもとめられている。だから、今日明日にでも20万人規模の最精鋭の部隊をウクライナに投入すれば戦局は反転できるとしても、それだけの派遣が可能な国は現実にはゼロなのである。さらに、兆円、億円単位で費やされる日々の戦費にしても最大の負担国であった米国が議会の賛成をえられそうもないという実情において実にお手上げに近いのである。くわえて、兵器弾薬の生産能力が長年にわたる縮小路線の結果いちじるしく低下していることもあって戦況は芳しくないのである。
という現実を踏まえてウクライナ支援サイドこそが態勢立て直しを迫られているのであるが、全体としてファイナンス不足といえるのである。
そこで、ウクライナに埋蔵されているレアアースの戦略的価値にスポットライトをあてさせ、さらにそれを戦費の形(かた)として値付けまでしたというとんでもない下品さにある種の感銘を覚えている。そういえば日露戦争も最後は戦費であった。
と述べれば目をむく向きも多いと思うが、しかしたとえばわが国にしても戦後復興への援助には言及できても、戦場への支援については言及すらできないのだから、ここは沈黙せざるをえないのである。ほとんどの国がそうなのであるが、口でいう正義と財布の正義とが一致していない。という中で、採掘できるかどうかは別として豊富な地下資源の存在が停戦交渉や戦後復興への道筋をつける灯として、ウクライナの人びとを鼓舞していることは事実である。
もっといえば、米国が主導する停戦交渉が不調におわった時に、爾後に必要とされる巨額の軍事費に対し、唐突ではあったが埋蔵レアアースを形(かた)にしたことにより、きわめて高いリアリティがえられたことになるから、米国議会としても国民に対し従来以上の説得力を持ちえることなど、とても分かりやすい図式になったといえる。3年間にわたって米国も英国もEUもよく支援しつづけたというべきであろう。しかし、ロシアの侵略を正すために無尽蔵の資源を投下できるのか、またその根拠をどこに求めるのかなど当事国だけではなく国際社会としても大きな課題を背負ったということであろう。また、ロシアを支援した国々あるいは中立を装った国々などもそれぞれの国益に忠実であったといえるかもしれない。くわえて、ロ朝の同盟化は北朝鮮のサバイバルに寄与すると思われるし、東アジアの安全保障に難しい緊張を生んだといえる。など、世界の現実はリベラル派の思惑をこえて新しい段階にいたっているということではないか。
11.これで米国が引いてしまったら、あまりにも悲惨すぎるというのが実情である
さて、トランプ大統領があつかう以上は決して損はさせないという米国民にむけての黄金の説得がぞんぶんに力を発揮するのではないかと筆者は期待している。ここで米国が引いたのではあまりにも悲惨すぎるのであるから、何とか踏みとどまってもらわなければと思っている。
それにしてもレアアースの採掘権をよこせとはなんとも下品なことよ。しかし、この下品さこそがトランプ氏にあってバイデン氏にはなかったものであろう。米国は資源大国でありながらレアアースには恵まれていないのである。5000億ドルという評価の内実はともかく75兆円までの与信が確保されればウクライナの継戦力をロシアが侮ることはできない、すなわちほとんど勝っていると思っているプーチン氏とロシアの人びとに水をかけ本気で交渉に臨ませる最大の動機を示したことで、はじめて停戦が成就する可能性がえられたといえる。
ついでにいえば、過日ヴァンス米国副大統領がミュンヘン安全保障会議でEUあるいはその加盟国に説教というより悪口攻撃で大いに悪評であったと報道されている。また前後してトランプ政権の首脳部による発言も示しあわせたようにEUあるいは欧州主要国の体たらくを指弾するものであった。
わが国ではどちらかといえば欧州寄りのリベラルな報道が中心であるから、トランプ政権はやりすぎであるとの感想をもつ向きが多いことはそれなりに理解できるが、わが国の嫌トランプ的、反プーチン的反応は国際政治を語るには情緒過多であると思っている。
だからあえて、ウクライナの国境線を守れなかったのはEUの力不足が原因であったと憎まれ口を叩きたいのである。安全保障においてはEUはただ乗りと批判されても仕方がない面があることは否定できない。(それにしてもただ乗りとはいい過ぎであると思うし、責任転嫁の匂いがしなくもない。)
もしロシアがEUにとっての脅威であるなら、自分たちが生命線と考える東部戦線は自分たちで死守するべきであろう。それでなくともG7のうち4カ国は欧州国家ではないか。さらに、英仏は常任理事国であり核保有国でもあるのだから、ウクライナが欧州あるいはEUの生命線であるというのであればもっと違ったやりようがあったのではないか、(本当に生命線なのか)などなど厳しい声がでている。
そういったきつい物言いをトランプ政権は嫌がらせで言ってはいないと思われる。ある程度緻密に検討された気配を感じるのであるが、狙いは交渉終結後の平和維持のための派兵とか費用負担をふくめた関与を欧州に覚悟させるところにあると推察している。
もちろん、欧州の団結がなければ現在のウクライナの意思を受けとめた停戦にはならないと誰もが考えるであろう。また、ディールだけでは引き分けすら難しい。というレベルの議論には、ここで停戦できなければ二国間ではなく多国間の紛争に発展する危険性をふくんでいるのであるが、NATO未加盟のウクライナへの直接軍事支援には欧州は踏み切れないとロシアは読んでいると思われる。したがって、ロシアが一番知りたいことは米国が受容できるギリギリの線であるが、これが電話でのやり取りでは拍子抜けするほどゆるいとロシア側では受けとめているのではないか。だから急ぎトップ会談で確認したいということではないかと推察している。罠か、という疑念もあるだろうし、やはりトランプ発言があまりにもロシアよりなので逆にプーチン氏が心配してのことかもしれない。
ともかく、この何日かの報道のトーンで米ロが突っ走るとNATOが完全に弱体化する可能性が高くなるのでプーチン氏の大勝利ということになりかねない。それは世界を震撼させるとんでもないことであり、とりもなおさずトランプ氏の大失態ということになり議会が紛糾するであろう。
といった妄想を重ねても未来は未決であるからいつも不明である。当座はともかく、いずれまとまらなくなる可能性のほうが高いと思われる。この先については妄想も限界である。
ここでの議論は結果論すなわち後出しじゃんけんではあるが、つきつめれば宥和的であったことのツケ払いは欧州としてはそうとうに高いものになるのではないか。それにしても、トランプ氏のゼレンスキー氏への言いようは酷いものではあったが、むろん本気で言っていると思うが、間違いだらけの中で真理を語っているのが、このままではすべてを失うぞという下りであろう。で、それは正しいのである。同時にそう言った米国の責任はどうなのか、またその信頼性について、世界はさらに厳しく見つめているといえる。
12.ガザ地区、停戦できても課題は尽きない
さて、ガザ地区での停戦は評価されるものである。しかし復興は計画でさえ年単位の時間がかかる。すでに難民化したガザ地区の住民をヨルダンとエジプトへ移住させるとはどういう魂胆であるのか。またいかなう脈絡なのか、不可解である。しかし、瓦礫の山を人が暮らせる居住区につくりかえることが可能なのか。まだまだ答えはでないが、リゾート地なら金があつまり利益もでる、というのは一面の真理ではあるが、だれが賛同するのか可笑しな提案である。リゾート地にするから邪魔だという理屈はありえない。
追いだされた人びとは、おそらく新築のガザ地区にもどれるとは考えないであろう。はたして安住の地があるのか。流浪の民にはならないと誰がいえるのか。停戦後にさらなる課題が横たわっている。
◇ 夙川は 颪(おろし)渡らせ 鴨を抱く
加藤敏幸
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